第5空間 逃亡者、そして残留者
念のために女の持っていた剣で、喉を切り裂く。
万が一生きていた時の事を考えて、止めをしっかり刺しておく。
それをして、モンスターがぴくりとも動かないのを確かめて、トモキは刀をモンスターから引き抜いた。
腕を使っただけでは引き抜けず、モンスターの体に足をかけてようやく取り戻す事が出来た。
折れたり曲がったりはしてないが、血みどろの刃が戻ってくる。
あらためて自分達がモンスターと戦い、相手を殺したのだと実感する。
曲がりなりにも生き物であると思うだのが、殺した事への後悔などない。
生きるか死ぬかの瀬戸際で、生命を賭けて戦ったのだ。
そんなものがあるわけもない。
ただ、生き残った事への安心感があり、生命の危機を排除した喜びがあるだけだった。
そして、思った以上に力んでいたらしく、手の握力が感じられない。
武器を使うという事がどれだけ力を用いる事になるのかを知った。
とりあえず一度戻ろうという事になって他の者達がいる所へと向かう。
これからどうするかを決める為に。
仲間というわけでもないし、戻る理由も無いのだが、それでも何となく二人は他の者達がいる所へと向かう事にした。
そして、先ほどより人数を減らした他の者達を見る事になる。
「……これだけだっけ?」
戦闘前は全部で十人くらいはいたはずである。
トモキと赤毛女を抜いてもあと八人くらいであろうか。
しっかり数えていなかったので詳しいところは分からないが、おおむねそれだけはいたはずだ。
なのに今、目の前には三人しかいない。
「他の奴は?」
尋ねると一人が答えてくれた。
「逃げたよ、あっちの方に」
そういうのは、残っていた者達の中でおそらく最年長と思われる男だ。
年の頃、四十は超えてるだろうが。
頭に白いのが混じってるところをみると、もっと上かもしれない。
その男は、トモキ達が戦っているのとは逆方向を指している。
それを見てトモキはため息をもらした。
「…………マジかよ」
予想外といえば予想外だった。
思い込みと言えばそれまでなのだが、無意識のうちに全員この場に残ってるものだと考えていた。
トモキ達は戦ってるのだから、加勢する事はないにしても、見捨てていくなんて事は無いものだと。
特に何の根拠もなく。
しかし、危険が迫ってるならば逃げるのが得策だし、それが出来るなら少しでも早く行動をするべきであろう。
トモキ達が戦ってると言っても、それを助ける理由は他の者達にはない。
今日始めて顔を合わせたばかりで、仲間というわけでもない。
逃げたとて責められるいわれも何も無い。
それでも、戦ってる最中に逃げたというのはトモキからの印象を悪くはさせていった。
しかもただ逃げただけではない。
「……ねえ、武器とかが無いんだけど」
赤毛女がそれに気づく。
地面の上にあったはずの武器などの大半が消えている。
「あいつらが持っていったよ」
やはり年配の男が答えた。
やっぱりという思いを二人は抱いた。
「どうせ持ってくなら、こっちで戦ってくれよ」
ぼやくも今は意味が無い。
まだいくつかの武器や防具は残ってるが、まともな武装が望める状態では無い。
残った三人に戦闘に参加してもらうにしても、全員が全てを装着出来るわけではない。
せいぜい一人、それも半端に防具を身にまとった状態になるだろう。
戦闘につれていく事は出来ない。
敵の攻撃を受けてしまったら、まず間違いなく死ぬだろう。
防具が完全でもかなりあぶないが、それでも直撃を食らうよりは幾らか生存率があがる。
それが望めない状態で戦闘に連れて行くのは酷である。
そもそもここに残ってる三人が戦闘に加わるかどうかはかなりあやしいものがある。
なにせ、結局加勢にこなかったのだから。
武器や防具を持ち去られたという事情はあるにしても、結局は援護にこなかったのだから。
そもそも最初の段階でトモキ達と共に向かっていかなかったのだから、戦力としての参加は期待出来ない。
危険な事に付き合わせるのを無理強いは出来ないが、やはり、どうしても信用や信頼性という面では低く見積もるしかなくなる。
(でもまあ、逃げた連中よりはましか)
残った理由が何なのかは分からないが、ここにいただけ他の連中よりはマシなのかもと思う。
どちらがどれだけ良いのかは判断つかないところではあったが。
「ま、いないならそれはそれでいいけど」
赤毛女はそういって、残った武器の一つを手にとる。
「ちょっと付き合って」
「何に?」
「さっきの所。
あいつの頭、完全にこれでやっておきたいから」
そう言って斧を持ち上げる。
なるほどと思った。
確かにモンスターは倒したが、完全に始末したのかどうかは分からない。
何せ詳しい事が何も分かってない相手なのだ。
止めを刺したつもりであっても、再び動き出す可能性もある。
それこそゾンビのように復活するかもしれなかった。
「ある程度叩きつぶしておかないとね」
「分かった」
作業中の護衛などをしろという事なのだろう。
この空間、一人でうろつくのは危険だしそれも当然だと思える。
歩き出す赤毛女に付き合い、トモキは再びモンスターの所へと向かおうとした。
そこに、背後から声がかかる。
「ま、待ってくれ」
何だと振り返る。
ここに残った三人の一人、ぼさぼさの髪の男が二人の方に顔を向けて声をあげている。
「も、もし、敵を倒した、なら、かかか、核があるはず、なんだ。
それを取ら、ないと……元に……再生……するかも、しれないんだな」
途切れ途切れの喋り方なので理解しにくかったが、言いたい事は分かった。
「あの、二人が戦って、る間、ステータスを開いて、色々見てたんだ、な。
そしたら、マニュアルがあって、それに色々書いてあったんだ。
敵っていうか、モンスターの説明もあって……説明って言っても、一つ一つ詳しく書いてるわけでもなくて、分からない事も多いけど。
そこに色々と書いて、あったんだな」
「それで、カクってのがあるとまずいと?」
「う、うん。それを壊しておかないと、そのうち元に戻るらしいんだな、これが。
そう書いてあっただけで、本当に復活するのかは分からないけど」
ぼさぼさ髪の男が喋ってる間に、トモキもステータス画面を呼び出して、マニュアルなるものを探っていく。
確かに基本的な情報という形で注意書きのようなものがあった。
モンスターについても多少は書かれている。
「……確かにな。
核の事も書いてある」
「でそでそ」
我が意を得たりと男は何度も頷く。
「……さっさと核ってのを壊しておかないとまずいな」
トモキと赤毛女は心持ち急いで先ほどのモンスターの所へと向かっていく。
その後ろから、ぼさぼさ髪の男がたどたどしく後をついていく。
残る二人も、少し間を置いてその後についていった。
倒したモンスターの所に戻ってきたトモキと赤毛女は、倒れてるモンスターを見下ろす。
まだ動き出してはいないが油断はしない。
いつ復活するか分かったものではないのだから。
慎重に、注意深く体を見下ろし、核を探していく。
基本情報によれば、体の表面にある結晶のようなものがそれであるという。
おおむね顔から胸・腹といったあたりにあるとか。
体を横に向けて倒れてるので探すのは比較的簡単だった。
うつぶせでなくて本当に良かったと思う。
程なく核を見つけ、赤毛女は手にした斧をそれを向けて振りおろす。
頭の方に。
重さものったのか、一撃であっけなく頭蓋骨を叩き割っていく。
かなりグロテスクな光景が広がるが、気にしてるわけにもいかない。
そうやって復活までの時間を稼いでから核を切り取っていく。
大きさ自体はそれほどでもなく、縦に十センチ、幅が二センチほどの直方体に近い形をしてる。
壊さず切り取ったのには理由がある。
そして、それを切り取った瞬間に、モンスターの体は霧散していった。
本当に霧のように分解され、跡形もなく消滅する。
こいつらが他の生物と全く異なる何かであるのが、これではっきりと分かった。
呆然としながら五人は、それを見つめていた。
「これが核ね」
手にした赤毛女が珍しそうに見つめている。
「後々、これが役立つ日がくるはずでござる」
そう言うぼさぼさ髪は心持ち興奮してるように見えた。
「道具に装着して強化が出来るはず。
ずっと先の事でありますが、テンション上がってきましたわー!」
口調はおかしな所があるが、言ってる事に間違いはない。
これも基本的な情報の所に書いてあったのだが、核は魔力の結晶として用いる事が出来るという。
今はこれを利用する事は出来ないが、適切な処置をすれば、武器や防具の強化などが出来るらしい。
応用範囲はそれだけではないようだが、今分かってるのはそこまでである。
あとは自分で探せという事なのだろう。
もう少し親切にしてくれても良いのにと思うのだが、不平不満を伝える連絡先はない。
(メールフォームくらい用意しておけよ。
連絡先電話番号でもいいけどさ)
あってもまともに対応してくれるかどうかは疑わしい。
そう思ってるところで、
「これ、どうする?」
と赤毛女が聞いてくる。
手に核を持って。
二人で倒したので、一応どちらが所有するかを確かめてる。
「そっちで持ってる?」
「……いや、別に。
特に拘りはないんで」
今の所は持っていてもしょうがない。
譲っても特に問題はなかった。
「そう。
じゃあ、こっちで持っとく」
そう言って赤毛女はステータス画面を開いたようだった。
ステータスには様々な機能があり、その一つに所持品の収納というのがあった。
これもぼさぼさ髪の男が見つけたもので、物品をその中に入れておく事が出来る機能らしい。
試しに男は、足下の草を引きちぎってステータス画面の所持品の中に入れてみたらしい。
見事に雑草は所持品の中におさまったという。
それを聞いて赤毛女もステータス画面を操作していく。
見てる間に女の手にあった核が消える。
「入った」
短く女が告げた。
その後何度か取り出しと収納を繰り返し、使い勝手を試していく。
その都度核が消えたりあらわれたりするのが、何となく面白く感じた。