第40空間
「ここでござるか」
案内された場所に至り、カズアキはまずは胸をなで下ろした。
ここから先の事もあるが、まずは目的地には到着した。
その事で一つは面倒が解決した。
「とりあえず休憩でござる。
それから、この周辺を調べるであります」
周りの者達にそう伝え、荷物を下ろしていく。
武器と防具だけは身につけながら、本日の日程を考えていく。
三日かけて到着した場所は、話に聞いていた通り広い。
腰の高さまである草がそこらを埋め尽くしてるが、基本的に身を隠す場所はない。
かなり距離置いて樹木が生えてたりはするが、遮蔽物に使うのは難しい。
少人数で戦うとなると、かなり分が悪い。
立ち回り方を考えないと、一気に押し寄せられてしまう。
そうなれば正面からぶつかる力比べになり、カズアキ達が不利になる。
なので動き方を考えなくてはならない。
トンネルから出て来た連中をどうやって攻撃し、どうやって迎撃し、どうやって倒すか。
損害を出さず、モンスターを確実に倒す。
虫の良い話であるが、それが出来なければならない。
一人でも欠けたら、ここにいる全員が終わる。
たった1人の喪失が大きすぎる損害となるのは既に経験している。
そのような事は御免だった。
単純な戦力減退としても、心理的な苦しみとしても。
救いようのない連中はともかく、共に歩んでいける者が消えていく喪失感は味わいたくない。
そういった辛さも回数を重ねれば慣れるのかもしれないが、慣れるほど回数を増やしたくない。
その為に頭を使う。
知恵を絞る。
血を流す代わりに汗を流す。
これからもここにいる者達と明日を迎えるために、今できる何かを探していく。
休憩と見張りを交代し終わる頃には昼下がりになっていた。
あと2時間3時間もすれば夕暮れになる。
そこまでの間に、モンスターの群が幾つか出てきたのを見たが、全て放置した。
相手をしてる余裕はない。
まだやり方も定まってない段階で戦うのは危険すぎた。
少しは有利な状況を作ってからでないと、戦うのは無理である。
森まで引き込めれば良いのだが、話に聞いていた通り距離がある。
木々がトンネル近くまで生い茂っていた1番地と違い、ここにはそれがない。
たったそれだけで、戦闘について慎重にならざるえなくなった。
森の中ならば、この人数で問題なくやっていたのに、たった一つ違いがあるだけでそうもいかなくなる。
(嘆いていても始まらないけど)
まずは何から手をつけたものかと考えてしまう。
ある程度考えてはいたのだが。
「まずは穴掘りからいくでござる」
何人かにスコップを持ってもらい、最初の指示を出す。
夕暮れまでの残り少ない時間であるが、比較的簡単にできる障害物という事で穴を掘る事にした。
「まずは膝くらいの高さまででいいから。
その代わり、縦と横になるべく広く」
作業を担当する4人に大きさの指示を出していく。
その傍らに、貢献度で購入したずだ袋を置いて、別の者達にも指示を出す。
「かきだした土はこの中に入れて。
土嚢にして積み上げるから」
積み重ねる方向も指示を出し、作業を開始していく。
ザク、ザク、と土を掘る音がしていく。
それを聞きながらカズアキは、モンスターへの警戒に向かっていった。
警戒にはヒトミが率いるボウガン隊がついていた。
全員女で構成される彼女らは、矢をトンネルの方に向けていた。
警戒能力が高いヒトミは当然である。
また、ボウガンを抱える女子も、全員ボウガンの技術をあげている。
体力的に不安のある彼女達は、筋力がほとんど関係ないボウガンの扱いを上げていた。
そんな彼女らの周りをカズアキ達が固めて守る。
穴掘りに半分ほどの人間をあててるので今の人数では心許ない。
それでも、何の備えも無しというわけにもいかない。
穴というか、そこそこ広い足止めを作ってる間、カズアキ達はトンネルに目を光らせていた。
「いざとなったら、逃げるぞ」
それだけは徹底しておく。
「何か来ます」
ヒトミがトンネルを見つめながら警告する。
「作業中止!
全員、伏せろ」
即座に、とまで素早くは出来なかったが、全員がその場に伏せる。
丈の高い草のおかげで、それだけで身を隠す事が出来る。
そのまま暫くその体勢を保っていく。
「モンスターは?」
「気配が近づいてます。
そろそろトンネルを出る頃かも」
ヒトミの声にカズアキは鏡をかざしていく。
それを草の上のあたり出して、トンネルの方を見えるようにする。
光の反射が怖いが状況を確認せねばならない。
ヒトミを信じないわけではないが、実際に目で見ないと分からない事もある。
「……確かにいるな」
掌におさまるくらいの大きさの鏡には、モンスターの影がうつってる。
確認するのは難しいが、おそらく3体か4体はいる。
今の状態では、相手をするのが難しい数だ。
「……このまま放置。
近づいて来たら全力でやるけど、どこかにいくならそのままで」
小声で手近の者に伝えていく。
それを聞いた者が他の者達にも伝えていく。
離れた者には、伏せていろという手信号をおくる。
声が出せない状況の時の為に決めていた方法である。
一定の意味の時の手の動きを決めておいて、それで何をするのかを伝える。
手話という程では無いが、幾つか決めておくとかなり便利である。
無言のままある程度の指示を出せるのは、待ち伏せなどでかなりの効果を発揮した。
今も、拡散されていくカズアキの指示が、声の届かない者達にも伝わっていく。
全員、それに従いモンスターの気配が無くなるまで伏せていた。
モンスターが去った後、夕方までの時間で作業を続行する。
それほど大したものにはならないが、それでも作業を少しでも進めておきたかった。
何か一つでも出来上がればそれだけで少しは有利になる。
ささやかなものでも良い、多少なりともあれば、それなりに役に立つ。
そんなそれなりを幾つも作っていけば、大きな利点になる。
即座にモンスターを倒せるわけでもない今、そうやって少しずつ作業を進めるしかない。
それが終わってからカズアキ達はトンネルから離れた森へと向かっていく。
身を隠す場所、周囲の地形を利用出来る場所でなければ寝泊まりは出来ない。
(暫くはこんな調子だな)
トンネル近くに出向いて作業をして、終わったら森へと帰る。
何日かはこの繰り返しになるだろう。
(貢献度がもてばいいけど)
ある程度作業が進むまでモンスターとの戦闘は控えたい。
その途中で襲われたならやむを得ないが、こちらから積極的に戦いにいくつもりはない。
その為、貢献度は貯まりにくい。
食事などでどうしても消えていくが、補充は先になる。
先に作業が一段落するか、貢献度が足りなくなってやむなく戦闘に入るか。
どちらが先になるか分からない。
まだ余裕があるのでそれほど神経質になる必要は無いが、なかなか厳しい状況ではある。
翌日、再び作業に出るカズアキ達は、更に穴というか溝を掘っていった。
落とし穴というほど深くはなく、横幅をなるべくとるように作っていく。
それをトンネルを囲むように構築していく。
土嚢は積み上げて壁にし、これも障害物になるようにしていった。
モンスターが出て来たら作業を止めるので、進捗はそれほど早くはない。
だが、確実に増えていく溝は、モンスターへの備えになっていく。
膝が入るくらいまでの深さのそれは、モンスターの足を止めるくらいの役には立つ。
移動速度がそれによって殺され、攻撃の機会が増える。
段差があれば足場も悪くなり踏ん張りがききにくくもなる。
それが攻撃の威力を減退させる事も期待していた。
掘るのは手間ではあるが、工作するよりは楽ではある。
スコップ一つで作れるのだから、こんなに便利な事は無い。
土嚢も作れて一石二鳥である。
一日二日と作業を進め、ある程度の数を作っていく。
幅三メートルほどの溝が、横一列に展開していく。
更にその前後にも造り、奥行きももたせていく。
二重三重に作られていく溝と、積み上げた土嚢は確実にモンスターの邪魔になる。
四日をかけて作った溝は、人工的に作った障害物になってくれそうだった。
実際に試してみるまで本当に効果があるのか分からないが。
「まあ、こんなもんでござるかね」
出来上がった溝と土嚢の山の列を見て満足していく。
もっと頑丈な柵とかも用意したいが、手持ちの道具と材料ではそこまで作れない。
工作の為の技術もない。
そんな状態で出来るのはこれくらいしかなかった。
もちろん、穴掘りは穴掘りで慣れや経験による差がある。
やった事のない人間と、慣れてる人間では作業速度が全く違う。
だが、それでも比較的技術を必要としない方法となるとこれしかなかった。
より複雑なものも今後用意するとしても、今はこれで満足するしかなかった。
「じゃあ、明日から本気出すでござる」
作業に区切りをつける事を宣言する。
とりあえず工作はここまでにして、翌日からはモンスター退治を行う。
ここまでの努力が役立つよう願いながら、森へと戻っていく。
全員、翌日からのモンスター退治を考え、幾分緊張していった。




