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第4空間 勝利

 武器を構えて立つ二人の前に、それが進んでくる。

 距離が縮まるにつれて相手の姿がはっきりと見えた。

 最初はクマかイノシシかと思ったがどちらでもない。

 四つ足をついているが、それでも高さは身長170センチのトモキの腹か胸のあたりまである。

 頭も大きく、下あごが普通の動物に比べて大きい。

 口も大きく、噛まれたらひとたまりもなさそうな印象を受ける。

 地球上のどんな動物にも似てない、酷く凶悪な印象を受ける存在だった。

 もう化け物やモンスター、怪物と言った方がよほど当てはまる。

 敵というのがふさわしい相手だった。

(こんなのの相手をするのかよ……)

 どうやって戦えというのか、さっぱり分からない。

 今までしてきた稽古が何の役にも立ちそうもないと思えてきた。



 それでも足を動かしていく。

 モンスターに向けて動いていく。

 それを見て、モンスターの方も動き出す。

 狙うのはモンスターではない。

 まずはその前を横切るように動いて、もっとも身近な木の後ろに隠れていく。

 そうする事で相手との間に障害物を置き、簡単に攻撃できないようにする。

 出来ればその間に赤髪の女が動いてくれればと思った。

 だが、こんなモンスターを相手にしてまともに動けるかどうか。

 真っ先に武器の所に向かっていった気丈さはあるようだが、いざ敵を前にしたときどう動くのか。

 それはまだ分からない。

 出来れば相手の勇気を信じたかったが、こればかりはどうなるかさっぱりわからなかった。

 しかし、懸念は杞憂に終わってくれそうだった。

 盾をもった女の姿が視界にうつる。

 トモキと反対側、モンスターの背後にまわるように動いていく。

 それを見て、少しだけ安心した。

(逃げなかったか)

 正直、その可能性は考えていた。

 トモキをおとりにして逃げるのではないかという疑いはあった。

 そんな人間でない事を願っていたかったが、こればかりは本番まで分からない。

 だが、大事なところで逃げるような人間ではなかった。

 それが分かっただけでもありがたい。

(あとは、なるようになるか)

 結果がどうなるかは分からないが、やるだけの事はやろうと思った。



 それから始まった戦闘は、じつにたどたどしいものだった。

 とにかくモンスターの気を引こうとトモキが先に攻撃を仕掛ける。

 かまえた刀を二度三度と振りおろすが全然モンスターに届かない。

 腰が引けてしまってるのと、緊張の為に距離感が掴めなかったからだ。

 刀の間合いはだいたい分かっているが、それより遠くで振ってしまっている。

 恐怖が一定以上の距離を詰める事を躊躇わせていた。

 モンスターが前足でトモキを払ってきたせいもある。

 丸太のように太い腕が伸びてくると、それだけで後ろに飛びすさってしまう。

 実際には十センチかそこらしか動けてないのだが、とにかく距離をとろうとしてしまう。

 だが、そうやって気を引いたおかげで、赤髪の仲間がモンスターの背後に回る事が出来た。

 こちらは勢いよく近づき、振り上げた剣を思い切り叩きつけていった。

 腰に攻撃を受けたモンスターは、たまらず跳ね上がる。

 損傷そのものは大した事はなかったが、鉄を思い切り叩きつけられた打撃は結構なものだったようだ。

 トモキの事も忘れて赤髪の方に振り返る。

 その隙がトモキを動かした。

 しゃにむに近づいて、一太刀をあびせる。

 これも有効打にはならなかったが、モンスターの手の甲あたりに当てる事が出来た。

 人間もそこを痛打されるとかなりの痛みをおぼえる。

 モンスターもそれは同じだったのか、苦痛の叫びをあげていった。

 そこで振り返ったところで、今度は女が攻撃を加える。

 連携というには不格好だが、自然と交互に攻撃を加えるようになっていった。

 そんな事が何度か続いて、さすがにモンスターも埒があかないと思ったのだろうか。

 背中に攻撃を受けながらも振り返りもせず、トモキに向けて攻撃をしかけてきた。

 四つ足で距離をつめ、トモキの前で立ち上がる。

 直立したモンスターは、三メートル近い高さになる。

 その高さから渾身の力をこめて前足を叩きつけてくる。

 まずい、と思った瞬間に後ろにとんだ。

 転ぶことなど気にしてもいられない。

 思い切り後ろに飛び、背中から地面に落ちていく。

 そんなトモキの鼻先を、モンスターの前足がかすりそうになる。

 間一髪だった。

 あとほんの少し遅れていたら顔を吹き飛ばされていただろう。

 相手の力次第だが、致命傷になっていたかもしれない。

 ギリギリのところで命をすくうことができた。



 後ろにとんで背中から落下したトモキは、そのまま後ろ受け身で転がっていく。

 少しでも距離を稼ぐのと、多少なりとも起き上がるのを早める為だった。

 鎧を身につけたままでの受け身は、いつもと多少勝手が違うが、出来ないわけではない。

 そのまま転がりながら立ち上がり、近くの木の後ろに入ろうとする。

 これも上手くいった。

 まだトモキを狙っていたモンスターが、前足で攻撃を仕掛けてきていた。

 それを木が防ぐ形になる。

 バリ、ベキ 、と嫌な音が鳴る。

 その音に合わせて、木くずがモンスターの前足から飛んでいく。

 かなり盛大に表面を削ってるらしい。

(マジかよ)

 ぞっとした。

 斧などを用いれば確かに木を切り倒す事は出来る。

 だが、それは鉄の固さがあってこそ出来る事だった。

 このモンスターの前足は、そこに生えてる爪は、鉄と変わらぬ硬さを持ってる事になる。

 また、木を削るほどの力を、その体に宿しているという事でもある。

 一撃でももらえば、確実に死ぬ。

 鎧などに当たれば一回くらいはどうにかなるかもしれないが、それでも無事に済むとは思えない。

(絶対に避けないと)

 防具に頼るのは危険すぎた。

 可能な限り攻撃は避けねばならない。

 とにかく木を間において、モンスターをはばんでいく。

 いずれ木が倒れるかもしれないが、それまでは時間をかせいでおきたい。

 そうしてるうちに、仲間の赤髪が近づいてきて、モンスターを背後から攻撃していく。

 最初はそれを無視してトモキを狙っていたモンスターだが、何度か攻撃を受けるとさすがに放置してられなくなったのか向きを変える。

 それを狙ってトモキはモンスターの背後をとる。

 簡単に止めをさせるとは思えないが、少しでも傷をつけて、相手を死に追いやっておきたかった。

 そんなトモキの前で、モンスターが動きを止める。

 いや、完全に止まったわけではないが、頭を振って足をもつれさせている。

 四つ足をついてタタラを踏むというか、のたうち回るように動いている。

 いったい何が、と思ってる間に、赤髪女が剣を二度三度とモンスターの顔面に叩き込む。

 モンスターの動きが更におかしくなっていった。

 前足をメチャクチャにふったり、半端に立ち上がって腕を振り回したり。

 何事かと思ってモンスターを見て気づいた。

 顔の辺りに傷がある。

 目と口の周り、髭の生えてるあたりだ。

 それで何となく察した。

(目つぶし……?!)

 おそらく、かなり上手く頭部に打撃をいれたのだろう。

 それで目を潰したものと思われる。

 今のモンスターは、周囲の事が見えないはずである。

 耳が残ってるので音は聞こえるだろうが、それだけで攻撃を当てるのは難しい。

 攻撃を避けるのも同様に。



「今よ!」

 仲間の声に勇気づけられて一気に距離を詰める。

 刀を脇に構え、切っ先を前に突き出すように突進していく。

 ほんの少しならった剣道などでは決して習わなかったものである。

 合気道でももちろん習ってない。

 この場に置いて、一番適切だと直観的に思いついたやり方である。

 狙うのは、無警戒になった相手の脇腹。

 そこにめがけて、切っ先を突き刺していく。

 思い切り助走を付けて、相手にぶつかるように突っ込む。

 その勢いが切っ先に伝わり、モンスターの体の中に鋼鉄の刃を埋め込んでいく。

 分厚い皮膚を突き刺し、強靱な筋肉を貫通して内蔵に到達して更に内部に押し込んでいく。

 急所に入ったかどうかは分からないが、鍔もとまで押し込まれて無事で済むわけがない。

 動けば動くほど体内で刃が内蔵を切り裂いていく。

 すぐには死なないかもしれないが、モンスターの命を確実に削り取っていく事になるだろう。

 あとは時間の問題と言えた。



 それからは本当に呆気ないものだった。

 苦しげに地面に崩れおちたモンスターは苦痛を叫び、苦悶を体であらわしながらのたうち回っていく。

 しかし体を貫いた刃は抜け落ちる事もなく、着実にモンスターの体内を荒らしていった。

 やがてモンスターは口から血を吐き出していく。

 動きもほとんど無くなっていく。

 一撃で死ぬ事はなかったが、それだけに残った生存可能時間を苦痛の中でもだえ苦しむ事になった。

 やがてモンスターは体の動きを止めた。

 口からはダラダラと血があふれていく。

 それをトモキ達は黙って見つめていた。

 初めての戦闘に勝利した感慨などありはしない。

 呆然と何も考える事もなく、死にゆく、そして死んでいったモンスターを見つめ続けていた。

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