第3空間 初戦
先ほど見た通り、剣に刀に槍に斧、それに盾に鎧に兜などが転がっている。
その中から刀を手にとり、鞘からぬいていみる。
金属のもつ銀色があらわれた。
本物かどうかは分からないが、重さから金属であるのは疑いようがない。
叩けばかなりの痛手を与えるだろう。
ついでに防具の方にも目を向ける。
鎧は剣道の防具のようなもので、装着は簡単そうではあった。
ただ、胸の方はともかく背中側を全く守ってない。
鎧というよりは胸当てと言った方が正解だろう。
それも急いで身につけていく。
中学校の時に剣道を体育の時間にやっただけだが、それのおかげで身につけ方はだいたい分かる。
ついでに籠手なども装着していく。
こちらは剣道の防具と違って、厚手の革に薄い鉄板が貼り付いていた。
重さもそれなりにあるが、防御力は期待できそうだった。
あと、足に装着するものも置いてある。
これについては手探りで身につけ方を考えていくしかない。
おかげで数分ほど時間をかけてしまう事になった。
それでもどうにか装着する事が出来る。
動いてる途中で落ちないか不安であるが、これ以上どうしようもない。
最悪の状態で最悪の出来事に発展しないよ願うだけである。
ついでに兜も頭にのせた。
兜というより陣笠のようなもので、それほど防御力は期待できそうにもない。
硬度はあるがどうも木製のようで、どこまで頼れるか分かったものではない。
それでも無いよりはマシである。
「似合ってるじゃん」
一緒に武器と防具を身につけていた赤髪の女が声をかけてくる。
思いもしなかった言葉に、反応が遅れた。
何か言わねばと思うが言葉が思いつかない。
出て来た言葉は、
「どうも」
という短いものだった。
それでも赤髪の女は、わずかに笑みを浮かべた。
「それでは頑張ってください。
幸運を祈ってます」
トモキと赤髪の女が武器と防具を身につけたところで、仮面の男はそういって消えていった。
「せめて前の者達よりは長生きしていただきたい」
そんな事を言いながら。
どんな意味なんだと思うも、考えてる余裕もない。
あらわれた時と同じように、消える時も唐突で驚いてしまった。
本当に姿が薄くなり、そのまま景色に溶け込むように消えていった。
色々とありえない事が起こってるが、これが今置かれた現実なのだと思い知らされる。
悪い夢であって欲しいとも思うが、その保障はない。
死んだと思ったら目をさまし、「なんだ夢か」と言えるかどうか保障の限りではない。
今はともかく生きていく事を考えねばならない。
仮にこの状況が本当に夢だったとしても。
そうこうしてるうちに何かが近づいてくるのを感じた。
最初はかすかな振動として。
そのうち重い足音として。
草を踏み、木々の枝を押しのけ、あるいは折っていく音も聞こえてくる。
仮面の男が言っていたとおり、敵とやらは本当に近づいてきていたようだった。
刀を構える。
隣で赤髪の女も剣と盾を構えている。
「……あの、何かやってた経験とかあります?」
唐突ではあるかもしれないが、そう尋ねてみた。
相手の技量や経験などを把握しておきたかったからだ。
何かしら経験があるならありがたい。
それに、何か話してないと間が持ちそうもなかった。
一番の理由は、近づいて来る何かの気配に、緊張が高まりすぎて身動きがとれなくなりそうだったからだ。
本当に緊張で体の筋肉が硬直していっている。
何でもいい、気を紛らわしてないと息が詰まりそうだった。
そんなトモキの気持ちを察したかどうかは分からないが、相手はその言葉に応えてくれる。
「別に何も。
喧嘩は始めてじゃないけど、こういうのはさすがにね」
「ですよね」
「あんたはどうなの?
何かやってたりする?」
「中学校の体育で剣道を。
あと、ものすごくガキの頃に喧嘩ばっかしてたくらいですかね」
「こういう事は慣れてない?」
「始めてですよ、武器を持って戦うのなんて。
まあ、道場には通ってましたけど」
ほんのささやかな、それだけは続けてやってきたという自負があるものはそれだけである。
「道場って?」
「合気道を少しだけ。
大した腕じゃないですけど」
実際、どれだけ役に立つのか分かったものではない。
付け焼き刃の技などが役立つとも思えない。
「でも、何も知らないよりはいいんじゃないかな」
「そう思いたいですね」
言葉を交わしながら、音のする方向を見つめる。
どんな奴が出てくるのかは分からないが、とにかくやるしかない。
やらねば、おそらくこの先はないのだから。
残念ながら武器を手にとったのは、トモキと赤髪の女だけだった。
他の者達はこちらに近づいてすらこない。
それどころか、近づいて来る震動と音に少しずつ後ずさっている。
無理もないだろう。
今まで平和で安全な日本で暮らしていたのだ。
一部の例外でもなければ、荒事になれてるわけもない。
まして日常とはかけ離れた空間にいきなり置いていかれたのだ。
終わらぬ不安を抱こうというもの。
おまけに目の前に迫る何か。
恐怖を抱いたとして誰が責められるというのか。
そうしてるうちに、木々の間から相手が見えてくる。
まだ結構な距離があるのではっきりと分からないが、結構な大きさがあるのは分かる。
周囲にある木々との対比で、大雑把ながら把握は出来た。
四つ足で動いてる所をみると動物のようではある。
遠目ながら獣毛に覆われてるのも見える。
肩幅というか横幅は結構あるようで、体格はがっしりとしてそうだった。
犬や馬のような細身というわけではない。
それだけに威圧感も感じる。
大きさからして人間と同じかそれ以上はある。
まともにやりあって勝てるの不安だ。
逃げる事が出来るならば逃げてしまいたいとも思う。
だが、それが出来るかどうかはかなりあやしい。
野生の動物の移動速度は人間をはるかに超える。
どれほど急いでも追いつかれる可能性の方が高い。
だとすれば、上手く戦って勝つしかないように思える。
幸い、ここは開けた平野ではない。
適度に間隔をおいて木々が立ち並ぶ森林だ。
木々を上手く利用していけば、勝てる可能性もある。
それに、一人で対処するのではない。
一応、もう一人いる。
連携が上手くとれれば、勝ち目は多少はあるはずだった。
上手く出来れば。
何の訓練も受けてない者同士がその場で息のあった行動をとれるわけがない。
一人より二人の方が有利なのは確かだが、だからといって楽観は出来なかった。
(でも、やるしかないよなあ……)
両手で刀を握りながら覚悟を決めていく。
「あの、俺が先に前に出るから、あいつの後ろにまわってください」
「出来るの?」
「やってみます。
失敗したらごめんなさい」
つとめて軽い口調で言っていく。
そうしてないと気持ちまで落ち込みそうになる。
そんなトモキの言葉に、
「分かった」
と肩をならべる相手が返事をした。
短い言葉だが、仲間がいるという事が今はありがたかった。