第27空間 下さざるをえない決断と、これからの方針
空が明るくなってから何時間だろうか。
かすかな足跡をたどって元の場所に戻り、そこから生活場所とした森の入り口までトモキは戻ってきた。
丁度良い広さの森に入ってほぼすぐの空間には、普段ならとっくに出かけてるはずの仲間達がいる。
どうしたんだろうと思いながら近づいていく。
そんなトモキはテルオが、
「おかえり」
と迎えた。
ただいまと言ってから、何がどうなってるのかを尋ねる。
「モンスター退治は?」
「休んだよ。
さすがにこんな状況だしね」
「マキちゃんがね、昨日の夜に」
カズアキに続くテルオの言葉で悟った。
マキがどうなったのかを。
考えるまでもない事ではある。
あの状態から持ち直す事など奇跡が起きない限り不可能だろう。
「今、どうしてるの?」
「マキちゃんかい?
広間の外れに安置しているよ」
そういってテルオは案内してくれた。
その後ろに続くトモキは、他の者達がうなだれたように動かないのは静かに見つめていた。
急遽作ったのだろう、藪や草を取りはらった場所にマキはいた。
厚手の布でくるまれたそれは、何かの置物かとおもった。
「本当はそういう箱とかを用意したほうがいいんだろうけど。
何せそれすら用意出来ない状態だから」
なんでもかんでも貢献度がかかる世界である。
金が必要な元の世界と変わらない。
(世知辛いな、こんな所でも)
そう思ってるトモキの前で、テルオが布の一部をめくる。
頭のあたりだけが露出していった。
「……あれからこっちには運んでくるのも大変だったよ。
変に動かすと余計に酷い事になりそうだし。
かといって、捨ててくわけにもいかないし。
なるべく震動が伝わらないように気をつけてたんだ」
トモキが去った後の事をテルオが話していく。
「それで帰ってきたんだけど、誰もいなくてね。
当然手当なんかも出来ないし。
ひたすら励ましたよ。
喋ったり動いたりする事は出来ないけど、意識はまだあったように思えたからね。
それからカズアキ君達も帰ってきて、大騒ぎになって。
治療出来る人がいないか聞いたけど、誰もそんな事出来なかったんだ」
やむなく見守るしかできないままに時間が過ぎ去り、完全に暗くなる前に息を引き取ったという。
「そうなったのなんて全然気づかなくてね。
静かになったな、落ち着いたのかな、って思ったけど。
そんなわけないよね。
たぶん分かってはいたんだと思うんだよ、自分でも。
でも、もしかしたらって思って。
そんな事ないってすぐに気づいて、息や脈を確かめたけど、やっぱりね」
最悪の事態に陥った事を知った彼等は、実に重苦しい雰囲気になっていったという。
泣く者もいたし、怒る者もいた。
呆然として何も出来ない者もいた。
「でも、このままって訳にもいかないだろうから、とにかくどうにかしようって。
安置する場所も、こうやってとりあえず作って、そのまま剥き出しなのもどうかと思って、まあ、こういう布でくるんだりね」
夜になってそんな作業をして、そして誰もろくに眠る事が出来ないまま一晩を過ごしたという。
「ま、こっちはそんな感じだったよ。
トモキ君は……あとで聞いた方がいいのかな」
そういってテルオはトモキの方を向いた。
「本当はちゃんとお葬式とかしてあげたいけど、そういうののやり方とか知らないんだよね。
でも、最後のお別れはしておいた方がいいと思うんだ」
だから、とテルオはトモキを促した。
かけたい言葉があれば今のうちに、という事なのだろう。
マキの前に膝をついたトモキは、正規のない顔のマキを見つめる。
何を言えばいいのか分からなかったが、何を言いたくて仕方が無い。
でも言葉は何も出ず、黙って手をあわせるだけに留まった。
それでこの場にいる者の最後の一人のお別れが終わった。
遺体は離れた場所に埋葬する事とした。
貢献度に余裕のある者達が購入したスコップで穴を掘り、マキをおさめる事が出来る深さと大きさを作っていく。
その中にマキを横たえた彼等は、その穴を囲んで本当に最後の姿を目におさめようとしていった。
接点の少なかった者達はそれほど悲しみがあるわけでもないようだったが、それでも身近にいた人物の死である。
少なからぬ衝撃は受けていた。
共に活動していたトモキ達は、それこそ様々な思いが浮かんでくる。
ここに来てからずっと一緒だったという事は、それだけで十分な繋がりを作っていたようだった。
テルオは神妙な顔をし、ヒトミは号泣こそしなかったが静かにすすり泣いている。
カズアキはなどもため息を漏らした。
トモキは無表情に、ただずっとマキを見つめている。
そんな状態がどれだけ続いたか分からない。
ようやく土をかぶせていく時には、日中に大分入りこんでいた。
引きずり思いを残しながらも、トモキ達はマキを土の中にかえしていった。
その場所には、目印として切断した木をさしておいた。
安置場所を作る際に出てきたものである。
これがとうめんの彼女の墓となる。
全てが終わる頃にはもう日暮れが近い時間になっていた。
これからモンスター退治なんてできるわけもないので、この日はそのまま休みとなった。
蓄えはまだ一日くらいもつだけの量がるので心配は無い。
ただ、全体的に意気消沈といったところで、ここからどうやって立ちなおるのかが問題になりそうではあった。
なにせこの中で最初の死亡者である。
簡単に割り切れるものではない。
それほど接点の無かった者でも、否応なしに突きつけられるのだ。
これが明日の自分の姿かもしれないと。
その事が彼等に、この場にいる事の危険性と、ここで生きていく事の難しさを実感させていった。
逃げ出す事も出来ず、戦いを避ける事も出来ない。
生きる為には死ぬ事を覚悟しなければならない。
その事に心がうちひしがれていた。
意識しないでいたうちは、まだ何とかなった。
目の前の敵を倒せばいい、倒して貢献度を手に入れればいい。
そして食事を始めとした命をつなぐ手段を手に入れる。
それだけで良かった。
だが、それが避けられない危険と一体である事を突きつけられた。
人が死に、それが目の前にあった。
先ほど埋葬してきた事実は決して消えない。
忘れる事は出来ても、起こった出来事まで無くなるわけではないのだ。
「それで、あいつらはどうしたんだい」
トモキ、カズアキ、ヒトミが集まったところで、テルオが尋ねた。
聞くまでもない事だと思ったが、それでも確認はしておこうと思っての事である。
「殺した」
あっさりとトモキは言った。
虚飾も何もない。
穏やかな表現で包みこみもしない。
ただ、ありのままにやった事をそのまま伝えた。
「追いついて、忍び寄って、手足を切って、剣を倒れた奴の腹に突き刺した。
それから、モンスターが近づいてくるのが分かったらそこから少し離れた、モンスターが止めを刺すのを見ていた」
「それは、何ともでござるな」
なかなかに凄惨な状況を想像したのか、カズアキは喉が渇いていくのを感じた。
「ま、あんな事してくれちゃう連中だからね。
それもしょうがないわな」
その場に居合わせた唯一の人物であるテルオは理解を示していた。
命がけの作業である。
勝手な行動で危険を増やすような事など許す事は出来ない。
やらかした者には相応の処分が必要だというのは分かっている。
信賞必罰は、決してゆがめてはならない事である。
良きことには報償を。
悪しきことには厳罰を。
これを正しく適用しなければ、功労者に報いる事もなく、悪事をのさばらせる事になる。
トモキのとった行動は、理にかなってると言えた。
おかげでこれ以上の被害の拡大を防ぐ事が出来る。
もしあの3人が生きてこの場にいたら、今後も同様の被害が起こる可能性があった。
それどころか、あの場にいたトモキやテルオ達すら死んでいたかもしれない。
3人の馬鹿げた行動で七人が危険にさらされたのでは採算があわない。
まして、その3人以外で死亡者が出ているのだ。
放置するわけにはいかなかった。
「でもまあ、これで一段落だよ。
今後はあんな連中に悩まされずに済む」
「でも、こうなる前にあの連中を片付けておけば、マキさんが死ぬ事もなかった」
テルオの言葉に反発するようにトモキは言葉を紡ぐ。
「もっと早くやっておくべきだった。
そうすれば、こんな事にもならなかった」
「それは仕方ないよ。
まさかこうなるなんて思いもしなかったし。
未来の事まで予測して行動出来る人間なんていないって」
「でも、あいつらの態度は前から分かってましたよ。
そのうち問題も起こすだろうって事も」
「その時はまだ何もしちゃいなかったよ」
「してましたよ、最悪の態度で行動してた。
それだけで十分じゃないですか」
大きなため息をトモキは吐き出す。
「そこから何かが起こってからじゃ遅い。
何か起こるって事は、とんでもない事になってるんですから」
今回の事件がそれだった。
起こってから対処するなんて悠長な事はいってられない。
起こる前にどうにかしなくてはならなかったのだ。
「それが出来なかったから、マキさんが死んだ」
事実はその通りである。
兆候はいくらでもあった。
それらをどうにも出来なかった、どうにかしなかったから事件になってしまった。
「またああいう事になるなら、何かが起こる前にどうにかしないと」
「ですな。
でないと、今度はもっと多くの者が死ぬかもしれぬでござる」
ヒトミがうんうんと無言で頷いている。
反応こそ示さないが、テルオもそれには同意だった。
生きていくために四の五の言ってられない。
やらねば最悪の結果を招く。
そうならないようにあらゆる手段をとらないといけない。
「でも、もう大丈夫だろう。
あいつらはいなくなったんだし」
「あいつらはね」
テルオの言葉にトモキは頷く。
「でも、次に来る連中の中にもいるかもしれない」
「次か……」
「あの仮面ですか」
「ああ」
今回の出来事はあの仮面をかぶった男が連れて来た連中が起こしたものだ。
「次があるかも分からないけど、またあったなら同じ事がおこるだろうさ」
全員がまともという事もないだろう。
何人かはどうしようもないのが入ってる可能性がある。
それらがいたら、今度は対処をあやまらない。
トモキはそのつもりでいた。
「そうするしかないか」
「他に思いつく方法もございませぬ」
「もう、こんなのやだよ」
他の者達も同じ意見だった。
19:00に続きを出す予定




