第23空間 最悪の事態
数日ほどは、それでもある程度平穏だった。
不平不満と罵詈雑言を相変わらず漏らし続けるが、長茶髪達は一応はモンスター退治には出向いていた。
相変わらずへっぴり腰でろくろく戦闘などこなせてなかったが、それでも多少は稼ぐようになっていた。
食うのがやっとという有様であるが、ここに来た当初よりは良い。
とはいえ、他の者に比べれば成長は遅い。
技術レベルという意味ではなく、いかに慣れていってるかという部分においてである。
あいかわらず戦闘ではへっぴり腰だし、攻撃はなかなか当たらない。
同時期にやってきたテルオと同年代の男の方がまだ慣れている。
少ないながらもそちらは、一日の食事分くらいの貢献度を稼げるようになっている。
戦闘における主力は、トモキやマキと並ぶようになりつつある。
もちろん技術的には全然だが、退こうとしない気力はある。
それが、粘りとなってモンスターに貼り付く形になっている。
勝てないまでも負けないというところだろうか。
確実に貼り付き、少しずつモンスターを削っている。
このあたりは性格なのだろう。
前に出るような性格ではないが、ギリギリの所であっても踏みとどまっている。
やらねばならないという責任感がそうさせていると聞く。
「怖いは怖いけど、やらなければ生きていけないからって言ってたよ」
とはテルオの談である。
ここに来てから年代が同じという事もあり、何かと話をする事もあったという。
その中でそんな事を言っていたのだとか。
嫌ではあるのだろうが、そういう姿勢であるならまだ先はある。
(それに比べてあいつらときたら……)
比較対象があるから余計に落差がはっきりする。
無くても人間としての絶対的な基準や尺度が嫌気を感じさせる。
どうにか出来ればという思いはどんどん強くなっていった。
そして午後。
いつも通りにモンスターを見つけ、これから戦おうとしていた所だった。
トモキが回り込み、マキが突入準備。
その後ろで他の者達が待機している。
トモキはなるべく見つからないように忍びより、敵の近くまで進んでいく。
手にした枯れ枝を構え、適当な方向に向けて投げようと構える。
それが草木を揺らして音をたて、そちらをモンスターが向いたらテルオが射撃。
マキ達がそれから一気にモンスターに突進していくという手はずになっている。
だが、この時はそんな手順を全部無視して長茶髪達が突進していった。
「な?!」
驚くトモキの前で、モンスターが突進してくる連中に目を向ける。
まだテルオがボウガンで撃ってもいない。
モンスターは無傷のままだ。
そんな状態での突進は無謀すぎる。
多少でも負傷を与えておけば、相手の動きが鈍る。
それがあるからこそ、接近していった時にも有利な状態になれるのだ。
だが、その前提が一気に崩れた。
突進していく長茶髪達は、戦闘のやり方など全く考えてもいないようで、ただただモンスターに向かっていく。
まずい、と思ったがどうにも出来ない。
せめて連中にモンスターが向かっていった後で、背後から突進していくくらいしかやりようがない。
その前にモンスターが長茶髪達と接触してるだろう。
(一人はいくな)
まともに戦闘が出来るとは思えない連中である。
正面からやりあえば確実に一人は死ぬと思った。
それもやむをえないと割り切る。
誰が悪いと言われれば、手順を無視して突進した奴らが悪い。
そして、馬鹿な事をすれば馬鹿げた結果に陥るのは道理である。
それらはやらかした者が自らへの報いとして受けるものだった。
だが、そこに別の者が入りこんでくる。
長茶髪達にモンスターの攻撃が繰り出される。
闇雲に近づいていた三人は、考え無しに突っ込み、考えるまでもなくモンスターに吹き飛ばされた。
モンスターの繰り出す、単調な腕の一振り、プロレスでいうラリアットで二人一緒に宙を舞う。
そのまま痛みで動けなくなったようで、戦力として暫くは期待できないだろう。
残った長茶髪は、それでも突進していって長剣をモンスターに叩きつける。
しかし、長い獣毛を何本か切ったが、分厚い筋肉までにはいたらない。
ただ勢いに任せて振っただけの刃では、表皮を切るのが限界だった。
刀身が当たった瞬間に握りの甘い手がぶれ、手首がぶれ、肘がぶれる。
それらが伝えるべき力を拡散してしまっていた。
腰も入ってない。
基本猫背気味な格好をしてるせいで、力がはっきりと入らない。
足も腰も踏ん張りがきかず、そもそもの力が出ていない。
駄目が幾つも重なった一撃は、ただひたすらに駄目なものになっていく。
基本的な体力などはそこそこあるかもしれないが、それを用いる姿勢や体勢が出来ていない。
無駄が多すぎた。
力んだ割には力はほとんど出ていない。
そして力んでるから一気に力を使い果たし隙が生まれる。
決して動きが速いというわけではないモンスターでも、それをとらえる事は出来た。
丸太の如き腕が横薙ぎに襲う。
それを避ける事も出来ずに、長茶髪は吹き飛ばされるはずだった。
入れ替わるようにしてマキがその位置に入らなければ。
何が彼女をそうさせたのかは分からない。
だが、モンスターの攻撃を受けそうになった長茶髪を押しだし、自分がそこに立った。
盾を構え、衝撃にそなえる。
当然、即座に衝撃を受けた。
初めて直撃を受けたが、凄まじいものだった。
盾が直撃を防いでいても衝撃が無くなるわけではない。
腕の骨が吹き飛んだのではないかと思った。
腕だけでなく、体ごと吹き飛ばされ、肺の空気が押し出される。
一瞬の呼吸困難と、ほんのわずかに陥る意識不明。
そして頭に受ける衝撃。
何があったのかと思い、それから、とにかく立たないと、と考えて体を動かそうとする。
しかし車酔いよりも激しい惑乱をおぼえ、わずかに起き上がった体が地に倒れる。
そのまま目がまわり、マキは意識を失った。
ここに来てようやくテルオは射線が通ったのを確かめる。
構えたままだったボウガンから矢が飛び、モンスターに当たる。
急所は外すが、体に直撃した。
位置からして、おそらく胸、肺のあたりである。
モンスターの体の構造が一般的な動物とさほど違いがないなら、それで結構な痛手になるはずだった。
今までもそれでかなり動きを鈍くさせてきたので、これで幾分戦闘が有利になるはずだった。
だが、状況は果てしなく厳しい。
最初に突入していった長茶髪達はほぼ全滅。
助けに入ったマキも吹き飛ばされて動かない。
戦闘は、トモキとテルオ、そしてもう一人の中年がせねばならなくなった。
(きついな)
ボウガンを再装填していくが、時間がかかる。
それまでにモンスターが接近してきたら終わりだ。
暫く大人しくしててくれれば良いのだが、こればかりはどうなるかわからない。
あと一発だけ撃てればと思うが、それも悩ましい。
最悪、全滅もあり得る。
そうならないようにしたいが、どうにかなるとも思えない。
(逃げるか?)
トモキがまだいるが、それすらも考えねばならない。
それだけ状況は不利だった。
一緒にいるもう一人も不安そうにテルオに目を向ける。
トモキが飛び出してきたのは、そんな時だった。
今日はここまで。
続きは明日の19:00になる予定。




