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第15空間 かつて居た者、今は亡き者

「……こりゃあ」

 なんとかそれだけ呟くが、それ以上言葉がない。

 他の者達も同じだ。

 皆、ただただ絶句している。

 無理もないだろう。

 彼等の目の前には、倒れ伏した骸があったのだから。



 いつも通りの探索の中、森の中を移動してる最中の事だった。

 一ヶ月以上もこの空間の中にいるが、まだまだ足を踏み込んでない場所もある。

 そういう所の様子も探っておこうと、今まで行ったことが無い場所を中心に動いていた。

 今までは比較的移動しやすい場所をたどっていたが、今回は道もない場所にあえて踏み込んだりもしている。

 もとより道路なんてものはないのだが、それでも動きやすい場所というのはある。

 草や枝がそれほどはりだしてなかったり、急斜面などのない場所を進んでるので、見落としも結構ある。

 今回はそういう場所にあえて進み、どこがどうなってるのかを確かめていく事にしていた。

 そうやって進んだ先で見つけたのが、干からびた骸だった。



「いつくらいなんだろうね」

 テルオが平坦な声で思った事を素直に述べる。

「……かなり経ってますよね」

「ずっと前のものだとしか」

 皮膚や肉は乾ききり、身につけてる防具もかなり痛んでいる。

 手にした剣も錆が浮かび、かなり腐食が進んでいる。

 何ヶ月か何年なのかは分からない。

 だが、虫すらもわいてないのが、経過した時間の長さを感じさせる。

「臭いもしないしねえ……」

「臭いですか?」

「ああ。

 昔、野良犬の死体を見た事があるんだけどね、それが凄く臭かったんだよ。

 あれが死臭っていうんだろうねえ。

 でも、この死体にはそれもない。

 よっぽど長い時間が経ったのかねえ」

 テルオの言葉に、言われてみればと思う。

 確かにそういった臭いはしない。

 生物であれば、死ねば腐敗するし、腐敗すれば相当な臭いを出す。

 それがないという事は、もうそんな段階すらも終えているという事なのだろう。

「油断したら、こうなっちゃうんだろうね」

 マキの呟きが、他の者達に現実を直視させる。

 目の前の死体は、いつかそうなるかもしれない自分達の姿でもあるのだと。



 埋葬は出来なかった。

 それをしようにも道具がない。

 穴を掘る為にはスコップなどを手に入れるしかないが、貢献度の消耗が気になった。

 それに、骸が横たわってる場所の周囲は木々に囲まれていて、埋葬出来るだけの場所もない。

 それだけ視界も阻まれており、周囲から隠されてる状態でもあった。

「何かから逃げてたんでござろうか」

 状況からカズアキが推測をしていく。

 戦闘か何かで負傷をし、命からがら逃げた果てに、外から見えにくいここに隠れたのかと。

 そのまま治療も出来ずにここで果てたのであれば、こんな場所で横たわってる理由も想像が出来る。

 身につけていた鎧も表面を抉られている場所がある。

 それが致命傷になった可能性はあった。

 状況からの推測でしかないが、そういった経緯でここに横たわってたのではないかと思われた。

 亡くなったこの者から詳細を聞き出せるわけもないし、真相は闇の中である。

 だが確実にはっきりしてる事もある。

 死ねばこうなってしまうのだと。



 骸から立ち去った五人はいつにも増して寡黙になった。

 普段もモンスターに気づかれないように極力声は出さないようにしている。

 しかし今回の沈黙はそれとは違った性質のものだった。

 直面した死という現実と、己がそれと無関係ではないという事。

 それが外部への注意ではなく、己の中に衝動や情動を起こさせていた。

 ──ああはなりたくない。

 ──ならないためにはどうしたら良いのか。

 ──これからも上手くやっていけるのか。

 ──最後はどうなるのか。

 彼等の胸の中で、そういった思いが消える事なく動き回っている。

 抱えていた不安が形になったとも言えた。

 ぼんやりとしていた正体不明の不安。

 それが何であるかを、横たわる骸がはっきりと示した。

『ここにいるなら、いずれああなる』

 認めたくはないが、避けられない事実として彼等にはっきりと示されたのだ。



 それからの戦闘は、より一層慎重なものとなっていった。

 やり方に大きな変化はなかったが、攻撃の一手一手がモンスターの動きを見てのものとなっていく。

 近づけない時は近づかない。

 背中を見せたらその時を狙う。

 無理や無茶は極力避けるようにして、そしてがむしゃらにではなく、相手の動きを見るようになっていった。

 倒せる数が変わる事は無い。

 あいかわらず一日に3体から5体倒せれば良い方である。

 それでも何かが変わっていた。

 急いで倒したいとは思いつつも急ぎすぎず、当たるかどうか分からない攻撃を繰り出しもしない。

 出来ない時は攻撃を控え、確実に当てられる攻撃を繰り出していく。

 消耗がおさえられ、それでいて的確にモンスターを倒していった。

 死なないよう、確実に生き残れるよう。

 そんな事を心がけた戦いがなされていく。

 そして、初めて遭遇した自分達以外の存在が、他の可能性も考えさせていく。



「他にもいるのかもな、俺達以外の人間が」

 夜、眠りにつく前のひとときでトモキはそんな事を呟いた。

 骸ではあったが、自分達以外の存在との接触というか発見からそんな事を考えていた。

「あの人は死んでたけど、まだ生きている人がどこかにいるんじゃないかな」

「その可能性は大きいと思われまする」

 初日に逃げ出した連中は除いての話だ。

 自分達よりも前にここに来ていた者がいるのははっきりしている。

 その者達がどこかで生き残ってるのではないかと思えたのだ。

「この場所にはいなくても、他の場所ならいるかもしれないし」

「他の場所って、あの通路の向こうの事?」

「ああ、それだ」

 マキの質問に頷く。

 この空間の探索の中で、一度はその縁まで出向きもした。

 そこには垂直にのぼる壁と、その壁に作られたトンネルだった。

 大型トラックが二台ほど併走出来るくらいの大きさを持つそれは、向こう側が見えないくらいに続いていた。

 それが何処へと向かってるのかは分からないが、

 ただ、その先にも別の空間があるんじゃないかと考えてもいた。

 壁の穴が通路であるならば。

「そっちに向かっていった人達もいるかもしれない。

 上手く合流出来たら助け合えるかも」

 そう上手くいくかは分からないが、あり得ない事では無い。

 また、それ以外にも可能性がある。

「俺達の後にも誰かがやってくるかもしれないし」

「なるほど」

「確かにね」

 先に来ていた者がいるなら、後から来る者だっているだろう。

 それが何時やってくるかは分からないが。

 だが、もしそれらと合流出来たら人数を増やす事も出来る。

 手数をもう少し増やせるかもしれなかった。



「でも、本当に上手くいくでしょうか」

 トモキの話を聞いていたヒトミが不安そうな声をあげる。

「その人達が良い人とは限らないですし。

 最初に逃げ出した人達みたいだったら、どうなるかな」

「そうだね、その可能性もあるよね」

 それもまたありえる話だった。

 先に来てた者達も、後から来る者達も、まともな人間であるとは限らない。

 トモキ達だって、一緒に来た者達の半数はさっさと逃げ出したのである。

 他の者達もそういう連中である可能性はあった。

 確実にそういう人間が何人かは入ってるだろう。

 合流出来た、人数が増えたと言って喜べるものではない。

 ここにいる者のように、まともにがんばれる人間であった欲しいが、どうなるかは分からなかった。

「そこは祈るしかないな」

 こちらで人選出来ない以上、運に任せるしかない。

「良い奴が来てくれればいいんだけど」

「同意するでござる」

「使えない人間はやだよねえ」

 まだ出会ってもいない者達への希望と願望が重なっていった。

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