第12空間 休息、時々かつてを思い出し
それから数日は変わらぬモンスター退治が続いた。
特に居場所を決めず、あちこちを移動していく。
何せ直径50キロと言われた世界、人間の足であるくには広い。
探ろうと思えば結構歩き回る必要がある。
それで何が見つかったというわけでもない。
この範囲に森と平野と、それなりの幅のある川があるのが分かったくらいだ。
おかげで、水についてはそれほど苦労する事は無くなった。
とはいえ、衛生的な問題から川の水を飲むのは止めておく事にした。
貢献度を使う事になるが、水は購入した方が安全である。
気にしすぎかもしれないが、ここで誰かが倒れたら大問題になってしまう。
たった五人で活動してるのだ。
そのうちの一人が行動不能になるのはとんでもなく大きな損失になる。
無駄遣いするわけにはいかないが、ちょっとした出費を惜しんで大きな問題を招くわけにもいかない。
いずれ鍋などを手に入れて煮立たせて殺菌できるようになるまで川の水はおあずけとした。
それでも、飲用はともかく生活用水として使えそうな水があるのはありがたい。
とりあえず、体や服を洗う事が出来る。
衝立もない今のままでは女子が利用出来ないが、いずれ風呂などを作ろうという話も出て来る。
そうなるまでどれだけ時間が必要かは分からないが、そのうちきっとと皆が同じ意見でまとまった。
モンスター退治は順調で、一日に三体から五体を倒していった。
手に入る貢献度は、食事代を差し引いておおよそ150から300といったところである。
まだまだ装備品が売買一覧にあらわれる事はなかったが、それでも着実に購入に近づいてるという実感があった。
その為、標識や地図、方位磁針の導入も見送っていた。
あれば便利であろうが、必要不可欠かどうかと言われればそうでもない。
まず必要なのは食料であり、食料調達に必要になるモンスター退治のための武具である。
特に武器の予備のない今、新しい武器や鎧は早急に欲しいところだった。
だとして何からという話にもなる。
武器が壊れたらどうしようもないから、まずは武器からという意見がある。
しかし、限定的ながら戦闘に参加してるカズアキが鎧を身につけてないのも問題だ。
何かが起こる前に鎧を、という意見も出てくる。
懐具合に余裕が無いから、その使い道は慎重に検討されていく。
まだ商品として表示もされてない段階ではあるが、今後を考えて何が最善かは常に検討されていた。
「もう少し貢献度を稼げればいいんだけどな」
何度目かの夜、いつものようにこれからの事を語りあい、そして同じ言葉が出てくる。
「もっとモンスターを倒せるようになればいいんだけどな」
「でも、これ以上無理するのもね」
マキの慎重な姿勢を示す。
カズアキも同じ意見である。
「無理をしすぎて引き際を見誤る事は多い。
まだ大丈夫というあたりでさっさと逃げるのが肝心でござる」
「まあ、そうなんだけどさ」
言われるまでもない。
誰かがやられてから逃げるのでは意味が無い。
全員が五体満足の状態で撤退しなくてはならないのだ。
だから無理は出来ない。
なんとか上手くやってる今の状態を続け、少しずつでも蓄えを増やすしかなかった。
「でもまあ、明日は休みなんだし。
そういう事は考えないようにしよう」
「そうですな。
少しは休んでおかないと気が滅入るでござる」
マキとカズアキの言う通り、明日は休みにしていた。
毎日毎日移動と戦闘では疲れてしまう。
どこかで休みを入れないと体が動かなくなる。
なので休日を入れようという事になり、明日がその日にあたる。
「稼ぎがないのはつらいけど……」
「我慢我慢」
「ここは雌伏の時でござる」
二人の言葉がトモキをなだめる。
「分かってるって。
俺だってそんな毎日戦えないよ」
まだ若い、現在二十一歳であるが、さすがに毎日働くのは辛い。
しかも命がけの戦闘である。
肉体もそうだが精神のほうもすり減らす。
どこかで一旦休まないと気がもたなくなりそうだった。
「と言っても、ここから出られるわけじゃないからなあ……」
それが休日の限界であった。
率先してモンスターを探しにいかないだけで、敵が消えるわけではない。
向こうがこちらを見つければ遠慮無く襲ってくるだろう。
休日と言っても、完全に休めるとは限らない。
いつ襲ってくるかもしれない敵に気をつけねばならない。
なので、多少なりとも対策をしておく事になった。
「どう、調子は」
作業中のヒトミに声をかけていく。
振り向いたヒトミは、「あ、はい」と返事をして周囲においてある制作物を眺める。
「あの、これだけです」
「うん、結構出来たね」
そう言って成果を褒める。
今日はモンスター退治をある程度早く切り上げて、必要になる物の制作に励んでいた。
特にヒトミはこの作業を一人でずっと続けていた。
他の者は周囲の警戒や材料の確保の為に作業に集中し続けるわけにはいかなかった。
テルオもそれは同じで、多少なりとも武器や防具を身につけてる彼は、見張りや材料の調達で動き回っていた。
完全に制作作業をこなす事が出来るのはヒトミしかいなかったのである。
女子で武装もないという事で消去法的に決まった事であるが、しかし彼女は黙々とその作業をこなしていった。
とはいっても、手際が良いわけでも、制作物の出来がそれほど良いわけでもない。
一応使用可能な出来ではあるが、精度という点ではそれほどではないだろう。
だが、それで十分であった。
もともとこういった作業に慣れてるわけではないのだ。
ある程度は諦めるしかない。
むしろ、慣れない作業でそこそこの成果をあげた事を褒めるべきだった。
「なかなか頑張ったじゃん。
上等だよ、これだけ出来れば」
「いえ、そんな事は……。
私、全然役に立ってなかったし、これくらいはやらないと」
「まあまあ。
そんな気負わないで。
これだって、気休めになればいいって程度なんだし」
実際その通りである。
話し合いの中で出て来たアイデアであるが、提示したテルオ自身がそれほど期待は出来ないと言っていた。
効果が無いというわけではなく、こういった工作をした経験が誰にもないからだ。
話には聞いた事がある、という者はいるだろうが、実物を見たことがある者はいない。
作った経験など誰も持ってはいない。
そもそもとして、ここにいる五人で、物品の製作製造に携わった経験がある者はいない。
『それでも、無いよりはマシだろうから』というテルオの言う通り、何もないよりは良いという気持ちでやっていた。
その為にわざわざ紐を購入までしているのだが、気休めでも備えの為ならばという事で貴重な5点を消費した。
なのだが、ヒトミは今まで見た事がないほど真剣な表情で作業に取り組んでいった。
「ようやくやる事が出来て、なんていうかほっとしました」
それが理由であるようだ。
気持ちは良く分かる。
トモキとマキ、カズアキの三人は戦闘をこなしてる。
テルオは戦闘に参加する事は無いが、人生経験からくるのであろう知識やアイデアを出している。
今のところ最も作業らしい作業をしてないのはヒトミだけとなっていた。
状況を考えれば無理からぬ事であるが、それが彼女なりに負い目になっていたようだった。
彼女にそれなりの技術や知識があればそうなる事は無かったかもしれない。
しかし、ごく普通の生活をしてきたであろう彼女に、特別優れた能力や才能はなかった。
なのでどうしても何かを頼むという事もなくこの数日が過ぎていった。
(ていうか、この子が普通なんだよな)
こんな状況に放り込まれ、モンスターとの戦いの中で過ごさねばならない。
一般的な人間であれば、何も出来ずに右往左往して当たり前だろう。
むしろヒトミ以外の四人が異常と言える。
トモキとマキは、最初の段階で怯むことなくモンスターに立ち向かっていった。
遅ればせながらカズアキも参戦している。
また、ゲームで培った知識や経験がこの異常な状況で役立つ事もある。
テルオは既に述べたように人生経験からくる智慧がある。
奇跡的にそれらが上手く組み合わさってるだけである。
むしろヒトミの反応が当たり前というべきだろう。
「まあ、横田さんは真面目にやってくれてるから」
そう言って慰める。
実際、それだけの事はしてくれている。
「これだって、こんなに作ってくれたし」
と言って制作物の一つを取り上げる。
それなりの長さや太さのある枯れ木や枯れ枝を紐でまとめたものである。
それを揺らして、カラカラと音を立てる。
「ちゃんと目的通りのものになってるし」
「でも、それはくらいは他の人でも出来るんじゃ……」
「そうかもしれないけど、実際に横田さんはちゃんとやってくれてる。
それで十分だよ。
俺達は作業にほとんど参加出来なかったし」
「でも、それは他の事をやってたからですよね。
モンスターが近づいてこないようにしたり」
「そうであっても、仕事をしてくれる人がいなかったら、これがここまで出来上がる事はなかったよ。
一つだけではない、幾つもある制作物を見てトモキは素直に賞賛する。
自分が不器用だとは思わないが、同じように作業をしたとしてこれだけの数を作れるかは分からない。
しかしヒトミはそれをやり遂げた。
それだけで十分であった。
「おかげで明日は少し気楽にやっていけるよ。
横田さんはそれだけの事をやったんだ」
混じりっけ無しの賞賛をおくる。
ヒトミは俯いてしまう。
それが照れなのか、何かを言おうとして言い返せないからなのかは分からない。
だが、それでもトモキは手にした物を手にとって言葉を続ける。
「良くできてると思うよ。
ちゃんと目的通りの動きをしてるし。
そういって揺らす制作物は、カラカラと音を立てた。
休みを迎えるにあたり、周囲の警戒をどうするかが問題になった。
そこでテルオが提案したのがこれだった。
『鳴子みたいなのを作ってみたらどうかな?』
その一言が発端となって制作が実施された。
とはいえ、言ったからと言って簡単に出来るわけもない。
多分こうなんじゃないかという憶測のもとに枯れ木や枯れ枝を紐でまとめてるだけである。
上手く音が鳴ればもうけもの、とういくらいの信頼性である。
だが、それでも黙々と制作を続け、どうにか必要そうな数には到達した。
それをなしたヒトミをトモキは馬鹿にする事は無かった。
今まで役に立たなかったというが、それはそういう状況だったのだから良いのである。
こうして着実に仕事をこなしたのだから。
(それに、さぼろうとしないし)
一番大事な事である。
仕事がないのを良い事に、何もしないで良いと羽根をのばすような性格ではない。
それは貴重な素質であった。
アルバイトやささやかな社会人経験でトモキはそれを実感していた。
真面目に働く意志があるのは、それだけでありがたいものだった。
(あいつらに比べれば……)
かつて見たどうしようもない連中を思い出して顔をしかめる。
世の中には先天的な怠け者という連中が確かに存在しているのだ。
仕事は他人に押しつけ、手柄は横取りし、権限を持ってる人間には笑顔を見せ、そうでない者には横柄な態度をとる輩が。
ヒトミは幸いにしてそういった性格ではなようで、仕事がない事に負い目を感じ、与えられた仕事を精一杯こなそうとする。
それだけではいずれすり切れてしまうかもしれないが、そういう気持ちがあるというのは誠にありがたいものだった。
それに、戦闘以外での作業を任せる事が出来る人間がいるという事でもある。
現在、戦闘に参加出来るのは三人だけだが、正直なところこれ以上の人数は必要というわけではない。
無理に戦闘に加わってもらったとしても、モンスターを取り囲む時に余ってしまう。
とてつもなく巨大なモンスターならともかく、人間より大きい程度なら三人で囲むだけで十分である。
むしろ、その間警戒でもしててくれた方がありがたい。
また、今回のように作業に専念してくれる者がいるのも助かる。
全員が同じ事をする必要は無いのだ。
(この子には、こういう事をお願いした方がいいのかもしれないな)
戦闘以外の作業を、である。
今はまだやる事がそれほどないが、いずれは何かしら頼む事も出てくるだろう。
その時、周囲を警戒しなくてはならない他の四人に代わってヒトミが仕事をしてくれればと思う。
彼女が女である事も理由である。
やはり体力が無いので戦闘に向くとは思えない。
身を守る術は身につける必要があるだろうが、積極的に参戦する必要も無い。
(マキが例外なんだよな)
体力的にはやはり劣るのだが、物怖じしない度胸がある。
また、どこか喧嘩慣れしてるところもある。
そんな者と普通に生きてきたであろうヒトミを同等に扱うわけにはいかない。
出来る事をやれば良い……トモキはそう思う。
翌日、鳴子を吊した縄をそこらに張り巡らし、トモキ達は休暇に入っていった。
警戒を怠るわけにはいかないが、それでも少しは落ち着いて寝転がっていく。
大きめのビニールシートを広げ、その上で寝転がる。
たったそれだけの事が、今のトモキ達には貴重だった。
「あー、このまま寝転がっていてー」
「右に同じでござる」
「まったくね」
三人の言葉にテルオも無言で頷く。
緊張感からほんの少しだけ解放され、五人は森の中から上方を見つめていた。
目ではとらえきれない天井がそこにはあるはずだった。
そうしながらも、少なからず耳に意識を集中しながら。
その日、鳴子が鳴ったのは二度。
その度にトモキ達は武器を手にとり音のした方向に向かっていく。
目指した先にいるモンスターを倒さねばならず、休暇が完全に休みになる事はなかった。
それでもいつもよりは緊張を解いて過ごす事が出来た。