第11空間 ささやかな工夫
「目印というと、立て看板とかをたてるとか?」
話を聞いたカズアキが確かめるように尋ねてくる。
「いや、そこまで考えてるわけじゃないけど。
でも、このまま闇雲に動いてるだけじゃ、多分どこかで行き詰まると思うんだ」
「まあ、確かにそうかもね」
マキもトモキの意見には理解を示してくる。
「すぐにどうこうってわけじゃないけど、そのうちある程度目印になるようなものを作っていったらと思うんだ。
何かの役に立つかもしれないから」
「材料は、やっぱり買うしかないでござるかな」
早くもステータス画面の購入一覧を開いてるカズアキは、それを他者達にも見えるように表示している。
「ただ、板とかを買うとやっぱり高いでござる。
のこぎりとかで切らなくちゃならなくなりそうですし。
当分先の事になりそうであります」
「まあ、すぐには無理だよな」
そこはトモキも理解している。
何も今すぐ、それこそ明日にでも、というわけではない。
もう少し蓄えが出来て、それからと考えている。
なのだが、そこでテルオが声を上げてきた。
「ああ、だったら紐だけでも買ったらどうかな」
「紐ですか?」
「ああ。
それで、落ちてる木の枝とかを結んで木にかけておくんだ。
多少目立つようにしておけば、目印みたいになるんじゃないかな」
「なるほど」
確かにその通りである。
他の違いが分かるものであれば何でも良い。
それを目立つ所に掲げていられれば良いのだ。
別に看板のような形に拘る必要はない。
しかし思い込みというか、想像力がないというか。
そういう簡単なもので良いというのをすっかり忘れて、加工に手間がかかる事ばかりを考えていた。
日頃、そういった看板を、それこそ道路標識のようなものを想像していたからだろうか。
作るとなると手間がかかると無意識に思っていたのかもしれない。
「それだったらすぐに出来そうですね」
木の枝なんてそこらに落ちてるし、紐なんて安く売っている。
一塊になってる紐なんて5点もあれば購入出来る。
切るものも必要になるが、それはナイフで十分だ。
他に刀や剣もある。
目印の作成はそれほど難しくもなさそうだった。
「どうする、今からやってみるか?」
「いや、さすがに今からというのは」
「もう暗いからね。
やるなら明日の朝にしよう」
「そうですね。
紐はすぐ手に入っても、木の枝を集めるなら明るくなってからの方がいいし」
ヒトミ以外の三人がそう提案してくる。
無言のヒトミも、そんな彼等に賛成なのか、コクコクと頷いていく。
「じゃあ、明日って事で良いのかな?」
話が思ったより早く進んで行く。
そう簡単にはいかないだろうと思っていただけに拍子抜けしてしまう。
だが、それにもまた別の意見が出てくる。
「出来れば明日もう少し貢献度を稼いでからにしない?
そんなに高いものじゃないけど、今のあたしらには大きいし」
たったの5点であるが、一回の食事代の半分を費やす事になる。
余裕のない今の状態では大きな痛手だ。
「じゃあ、明日がんばってみて、それからって事で」
「様子をみながらね」
マキが猶予を付け足してこの話は一段落がついた。
「ただ、標識を作っていくなら、ついでに地図もあった方がいいと思うぞ」
紐の購入については一応の決着がついたが、テルオは更にそんな提案をしてくる。
「どこに何があるのかを記録しておくだけでも大きいだろうし。
なんなら、紙と鉛筆も用意してみたらどうかな。
紐を買うついでに」
「なるほど」
それももっともに思えた。
標識を作ったところで、何処に何があるのか分からないのでは意味が無い。
ある程度位置を把握する為にも、簡単な地図でも作っておいた方が良いだろう。
「ついでに、方向が分かれば便利だ。
方位磁針も、余裕があるなら用意してほしい」
「……なんだか、あれこれと必要になっていくでござる」
それだけ色々と足りない状況である。
「でも、これだけのものを用意するとなると、さすがに明日明後日ってわけにもいかないかな」
「そうでありますな。
貢献度にもう少し余裕が出てからにした方が良いかと」
「まあ、今すぐ必要ってわけでもないですしな」
テルオもそこは理解をしめしていく。
あれば便利なものではあるが、今すぐ早急に必要というわけではない。
おいおい作っていけば良いというものだ。
「今はあちこち移動してるわけですしね」
それもまた急ぐ必要がない理由である。
どこかに寝泊まりしてるなら、そこに帰っていくための道しるべが必要になるだろう。
だが、トモキ達は今、移動しながらモンスターを倒していっている。
道に迷ってもそれほど困るわけではない。
それでも現在地が把握出来るのは大きな利点ではあるだろう。
遅かれ早かれ、標識などは作っていきたいものだった。
「でも、すぐに皆さんが用意した方が良いと思う物もあります」
「なんですか?」
「砥石です」
刃物を研ぐ砥石である。
そんなにすぐに、と思ったが、テルオの説明を聞いて納得する。
「砥石で無くても、油と手ふきでもいいと思いますが。
刃物についてるモンスターの血や脂をぬぐっておかないと切れ味が落ちます。
今はまだどうにかなってると思いますが、明日になればかなり劣悪な状態になってるかと。
そうなる前に、刃を拭うくらいで良いから手入れをした方が良いんじゃないかと」
「なるほど」
「確かに」
「言われてみれば……」
三人とも思い当たる所があった。
最初の戦闘の時に比べて切れ味が落ちている。
使っているから当然であるが、これも放置しておいて良い事ではない。
すぐにトモキはステータスを開いて必要な物を探していく。
砥石はさすがに高いので後回しにし、雑巾にしても良いタオルと機械油を買う。
どちらも安い物であるが、合計10点の出費である。
だが、武器の性能にはかえられない。
切れ味が鈍り、攻撃力が低下すればそれだけモンスターを倒しにくくなる。
モンスターに止めをさすまでの時間が長くなるし、そうなれば反撃を受ける時間も増える。
刃を研ぎ直すのはさすがに無理だが、汚れを拭っておくだけなら何とかなる。
機械油をタオルに染みこませ、すぐに刀を拭っていく。
思った以上にこびりついていた汚れがタオルをすぐに汚していく。
汚れを取り除いた所で、新たに油を塗っていく。
錆の予防の為だ。
それが終わると、タオルと機械油を他の二人に渡す。
二人もすぐに自分の武器に同じような処理をしていく。
それを横に見ながらトモキは、
「助かりました」
とテルオに礼を言う。
「色々ご存じなんですね」
「いやあ、そんな事はないですよ」
照れながら謙遜するテルオは、それでも嬉しそうであった。
「まあ、それなりに長く生きてきましたから」
この中で最年長というだけの事はあるのだろう。
彼がどんな人生を送ってきたのか分からないが、年の功に助けられている。
それはここで生きていく上で助けになってくれそうな気がした。
そして翌朝。
再びトモキ達は動き出す。
モンスターを求め、食い扶持を手に入れるために。
加えて、幾らかの目的も持って。
やっておきたい事が出来た彼等は、昨日までより少しだけ目的意識を持って行動していく。
ささやかながらそれは生きる為の努力と言えるだろう。