第101空間 いつもの方針策定会議2
「でも、よくここまで思い切ったな」
事を終えた後、トモキは不思議そうにそう口にした。
「分かっていてもやらないのが普通だと思うけど」
そういってトモキはカズアキやテルオと向かいあう。
糾弾するわけではなく純粋に疑問を抱いたためだった。
切り捨てなければならない、排除せねばならないと分かっていても躊躇うのが普通であろう。
なのだが二人はそれらを実行した。
「まあ、色々考えはしたでありますよ」
「でもね、もう迷ってもいられなかったから」
葛藤はあったらしい。
それよりも放置する事の害悪が上回ったのだろう。
「ああいった連中に心当たりもありましたし」
「無理して抱え込んでおく方がよっぽどまずいからね」
そういって二人はそう思うにいたった経緯を口にしていった。
カズアキはネットゲームにおけるやりとりが主なところだという。
勝手に動き回ったり、ゲームを荒しにきたりする連中が常に邪魔だったという。
注意をしても聞かないし、運営に訴えても動く気配は無い。
そのため、ゲームから離れていく者達が出ていき、最終的には誰も遊ばなくなったものもあるという。
同様の事はゲームに留まらず、人の集まる所であれば何かしら発生していた。
「そうやって荒らして場所を壊滅させるのを楽しんでるとしか思えないでありました」
今回の出来事も似たような雰囲気を感じたという。
だからどうにかして排除しようと考えたらしい。
言ってもきかないし、大人しくしていてもいずれ再び悪さをしてくるのは目に見えていたからだ。
「こっちも似たようなもんだねえ」
テルオは会社において同様の事態に陥った事があったという。
仕事よりも文句が多く、それでいて自分の思い通りにしようとする者達がいたという。
辞めさせようとしても組合をはじめとした様々な手段を使って妨害し、なかなか思い切った措置が出来なかったという。
配置換えなどでそういった者達を隔離するくらいしか出来なかったが、解雇できないで抱えてる間に払わねばならない給料が負担になる。
それらを養うために会社は余分な負担をしなければならず、それは他の社員が背負う無駄な重石になっていた。
「最終的には首に出来たんだけど、それまで何年もかかったりするからね。
その間そいつらはただ飯を食ってるようなもんだし。
本当に邪魔でしかなかった」
なので似たような態度をとってる今回の連中には、前々から目をつけていたという。
今回、それらを掃除出来てようやく胸をなで下ろしたとか。
「どこにでもいますから、ああいう人達は」
意外なことにヒトミも同様の事を口にしていった。
「学校とかでもいましたから。
表だって騒いだりはしないけど、上手く立ち回って人を操る人とか」
スクールカースト────というもので言えば下のほうにいたというヒトミは、それだけに色々見えてくるものがあったという。
「一番影響を受ける所でしたから。
悪いものが一気に押し寄せるから、他の人が気づかないものも見えてくるというか……」
表では穏健な人物とされるものが、ヒトミ相手には酷い態度をとるといった事もよくあったらしい。
それに、影響力がないと思われてたせいもあってか、ヒトミの前ではボロを出すこともあったらしい。
そういったものを見続けていたから、教室の裏側がどうなってるのか分かる事もあったという。
「今回のもそんな感じでしたね。
裏で少しずつ細工して積み上げて実績を作って。
それで騒動を起こしてきたって感じでした」
食堂という人が集まる場所にいたせいで、人の流れも見える事もあった。
小耳に挟む様々な話もあった。
それらをつなげてみると、かすかな動きが見えてきたという。
そうやって分かった事はカズアキ達に伝えてもいた。
むしろ、この中でそういった動きに一番早く気づいたのはヒトミであった。
「あとは奥さん達とかと共同して、まあ色々と」
それとなく注意を促したり、情報を集めたり、逆に噂話を流して牽制したり出方を見たり。
派手な事は出来なかったが、それとなく探りを入れていった。
そうして出て来る微弱な動きを見て様子を伺い、出て来た結果をカズアキに伝え対策を練っていった。
いずれ解決に向けていくために。
「トモキさんが帰ってきてくれて、一気に話を進める事が出来て助かりました」
おかげで予定を大幅に上回る段階で平穏を取り戻せたという。
それを聞いたトモキは、「凄えな」と驚き、少々の恐怖を抱いた。
殴る蹴るといったものとは別種の力を使ってるヒトミのすごみを感じる。
それでもヒトミは「やだなあ」と笑う。
「女ってこんなもんですよ」
それを聞いた男連中は、背筋に冷気を感じた。
「でもまあ、どこにでもいるんだな、ああいうのは」
話を聞いててそれが分かってきた。
対処が出来ないと害悪になる事も。
「それで皆、迷わず叩き出す事にしたと」
「そういう事でござる。
その程度で済ますわけにはいかなかったでありますが」
「追い出してもねえ……。
外で強くなって逆襲されたらかなわないし」
「ああするのが一番だったと思いますよ」
四人、意見の一致をみる。
生かしておいたら今後に差し障りがあるというのを、それぞれの体験から感じ取っていた。
温情や同情など決してしてはいけないという事を。
やれば自分達への仇になって帰ってくる。
「情けは人の為成らずだな」
巡り巡って自分に情けは返ってくる、という意味で言ってるのではない。
人に賭けた情けは自分の為に成らないという、文字通りの意味で呟いていた。
実際、情けをかけても報われる事はない。
もしあるとすれば、それは相手にそれだけの人間性が備わっていた場合だけである。
「で、これからどうするかな」
それらを踏まえて考えていかねばならなかった。
「話し合いの場をもうけるのはやめるでござる」
カズアキは真っ先にそれを口にした。
「作ればああいう連中がしゃしゃり出て来るのは目に見えてるでありますから。
方針とかは当分こっちで決めていくしかないであります」
「その方が楽だもんね」
空転するだけの会議(と呼べない代物)を続ける理由は無い。
無駄を抱えるほどの余裕は無い。
やる事と決めるべき事などはそれほど多くもないのでさほど問題も無い。
全体的な方針を提示して、あとは各自に行動してもらうだけでも十分事足りる。
それらに一々反抗されても面倒なだけであった。
「民主主義は、当分お預けだね」
当分どころでは済まないかもしれなかった。
「まともな人間がいなけりゃ成り立たないですからね」
相手を思いやる、いたわる、ねぎらう、尊重する。
そんな事が当たり前に出来る者達でなければ機能しない。
そんなごく少数の善人でなければ成り立たない制度を採用するわけにはいかなかった。
「頭の演算処理速度が早いだけの連中に言いようにされてはたまらんでありますからな」
計算が速かったり、理解が早いだけでは意味が無い。
他者を尊重出来ない人間には、発言の機会すら与えるわけにはいかなかった。
でなければ、それこそ抑圧や弾圧が始まってしまう。
そうさせないためにも、頭が良いだけの者を決定権のある場所を提供するわけにはいかなかった。
悲しい事に、おおよその人間はそういったものは考えない。
積極的にせよ消極的にせよ、己の事だけを考えていく。
だからこそ、会議は紛糾し、利害のぶつかり合いに終始してしまう。
各自の不満を解消させるために言い争いをさせる場を作るならともかく、そこに今後の決定権を与えるわけにはいかない。
そんな事をすればここでの破滅を加速させるだけである。
一番の問題として、彼等全体の今後についてそれほど真剣に考えてる者がいない。
いないというかかなり少ない。
たいていの者は目先の問題で手がいっぱいだった。
モンスター退治にしろ、居住地での生産作業にしろ、受け持った仕事の事を考えるので頭がいっぱいだった。
そういった作業において、「これがあれば」「あれがあれば」といった要望は出てくる。
重要な情報であり、それらを把握しておけば集団としての今後の目標にはなり得る。
だが、それらは断片的なものであり、全体の中の一カ所でしかない。
そこだけ取り上げるというわけにもいかない。
もし一部分だけ優先すれば、どうしても他の部分を蔑ろにする事になる。
下手すればそれが集団を潰す事にもなりかねない。
また、要望がたんなる我が儘である事もありえる。
そうであれば、要望を組み上げる事がそのまま無駄に繋がりかねない。
何にしろ利権になりかねない怖さもある。
優先された部分だけが楽をしてしまえば、それは結局今回処分した連中がもたらしたであろう害悪と同等のものを生み出す事になる。
それは絶対に避けねばならなかった。
「モレ達で決めていくしかないでありますかな」
「今はそうするしかないだろうね。
この先どうなるかは分からないけど」
「あちこちから要望は聞くにしても、そうしてくしかないだろうな」
目先にモンスターがいるだけに、これらへの対策は何よりも優先しなくてはならない。
その上で生産活動などに上がりを割り振る形にしていかねばならない。
とはいえ、主な生産活動や各自の生活については、カズアキ達があれこれ言うべきでもない。
そんな所にまで口や手を出すのは独裁でしかない。
代価を出して注文をする事はあっても、それ以上はまずあり得ないだろう。
この辺り、どこまで介入し、どこを不可侵の聖域にするかは難しいものがある。
なるべく各自が上手く生きていけるように、そうする事で落ち着いて生活が出来るように。
巡り巡って自分らに被害が及ばないように、という事にも繋がる。
そんな場所を保つための手段が、それぞれの生活を侵害するようなものになっては意味が無い。
だからこそ、やるべき事としてはならない事の峻別が必要だった。
だが、さしあたってはモンスター対策である。
「レベルアップは絶対必要だから、優先して何人かを成長させないと」
「いつものように、何人かはレベルを優先的にあげさせるであります」
「今だと、10人くらいはいけるかな。
一ヶ月でレベルを4つくらいは上げられるはずだね」
防衛に割かねばならない人数がある。
それぞれの生活のために物資を確保せねばならないという事情もある。
貢献度の入手と使用は個人のものなので、こればかりはどうしようもない。
金銭なら他者に渡す事も出来るが、貢献度はそうもいかない。
なので、優先的に誰かを成長させる場合、その他が大きな割を食う。
その穴埋めをせねばならないので、どうしても投入できる人間は限られる。
「10人って事は、30人くらいを回すんだよね」
「まあね。
20人は付き添いだから稼げなくなるし。
その人達に食事くらいは出さなくちゃならないから。
そうなると、補填も難しくてね。
多分これが限界」
補填というか食事などを引き受けるとなると、それらの負担は他の者達が背負う事になる。
モンスターを倒して手似入れる貢献度から、自分の分だけでなく他の者達の生活費用を賄ってもらわねばならない。
具体的には食料品や食材などの形で貢献度を現物にしてから供出を願う事になる。
ここには居住地における生産職に従事してる者達を含むことが出来ないので、どうしてもモンスター退治に出てる者達に負担がかかってしまう。
生産職の者達も作業をする事で貢献度を稼ぐ事は出来るが、手に入れる点数はモンスターに比べて低いので負担を求める事は難しい。
なので、負担が一カ所に集中する事になる。
その負担をなるべく軽減しようとしたら、優先する事になる対象を減らさねばならない。
出来るだけ多くを用意せねばならないが、こういう所で限界が生じる。
それもやむを得ないが、もどかしくて仕方ない。
それでも10人の人間のレベルを4つ上げる事が出来るのは大きい。
ただ、敵の強さを考えるとそれでもまだ心許なかったが。
「あとは、誰を強くするかだな。
問題を起こした連中みたいなのを強くするわけにゃいかない」
「モレ達に同調してくれる人を取り上げるであります。
それ以外はそれからになるでありますな」
そうしないと押さえがきかなくなる。
何か合ったときに強制的に殲滅出来る力が無ければ、今回のような事態に対処が出来ない。
力は道理で抑える事は出来ない。
力を押さえつける事が出来るのは力だけである。
その力を他者に渡すわけにはいかなかった。
「宛はあるのか。
俺達に近い連中の」
「何人か心当たりは。
全員がモレ達に反発してるわけではないであります」
「候補者は私も何人かあてがありますし」
ヒトミの言葉が今は頼もしい。
なんだかんだで人を一番見る機会があるだけに、一番信用出来る情報を持ってる。
外れはそれでも出て来るだろうが、それ以上に当たりも多いだろう。
そこに期待するしかなかった。
「じゃあ、そのあたりからだな。
急いでレベル15くらいの連中を揃えていきたい」
「二ヶ月くらいかかりそうだね。
どんなに早くても」
稼げる貢献度に限りがあるので、これはどうしようもなかった。
工夫でどうにか出来る事ではない。
「でも、なるべくレベルの高い人間を増やしていこう」
「そこまで必要でありますか?」
「こっちじゃそこまで必要無いかもしれないけど、奥地だとね」
トモキはもう一つの問題を口にした。
「あそこから先に進むには人数とレベルが必要だ。
たぶん、追跡してきた奴らと同じくらい強いのもいる。
それをどうにかしないと」
「なるほど」
カズアキとテルオも納得した。
その先がどうなってるのかは分からないが、調べるためには人が必要になる。
トモキ達のレベルで手こずるとなると、かなり強い人間を用意せねばならない。
「でも、それはやる気のあるのを選ばないとね。
さすがに危険だし」
「そっちの方の選別もお願いします」
トモキはお願いして頭を下げた。