第1空間 異空間
「ようこそ皆さん」
突然あらわれたそれは、落ち着いた声で語りかけてきた。。
その場に居合わせた社トモキは目を丸くする。
他の者達も同様だ。
誰もが落ち着きがない。
それはトモキも同じである。
何せ、バイトに行く途中でいきなりこんな所に出てきてしまったのだから。
自転車に乗ってる途中、視界がぼやけたと思ったら、どことも知れない場所に出ていた。
いったいここはどこなんだと思って周りをみたら、見知らぬ者達が立っている。
そんな所に、冒頭の挨拶である。
驚くなというのが無理であろう。
しかもそいつは、本当に何もない空間に突然姿をあらわしたのだ。
この場にいる十人ほどの者達は、思わずそいつに目を向ける。
なんというか、いかがわしい格好だった。
スーツというのかタキシードというのか、おそらくは上等な礼装をしている。
手には白い手袋、肩にはマント。
頭にシルクハットで、顔には仮面だ。
そんな奴がいきなりあらわれたら驚くのが普通だろう。
(なんだこいつ……)
誰もが同じような事を考えた。
そんなトモキ達に男は話を始めていく。
なお、男と思ったのは、声の低さからの推測である。
女でここまで低い者は珍しいだろう。
その声で述べられた言葉は、すぐには理解しがたいものだった。
「突然ではあるが、諸君にはこれから戦ってもらう。
拒否権はない」
いったいなんだ、と誰もが思った。
その気持ちを代弁するように、集まってる者達の一人が声をあげる。
「ふざけんなよ、どういうこった!」
乱暴な口調と、茶髪にピアスという分かりやすい格好の兄ちゃんだった。
年齢は十代の後半であろうか。
基本的にはお近づきになりたくない人種である。
だが、話を切り出してくれたのはありがたい。
「舐めた事ふかしてんじゃねえぞ!」
口調と態度はいただけないが。
そんな、まっとうな人間ならびびりそうな恫喝にも、仮面をかぶったタキシードマントは微動だにしない。
「何を言おうが結構だが、状況は変わる事は無い。
諸君らは戦って勝たねばならない。
もちろん負けても良いし、戦わなくても良い。
だが、その場合は死ぬ」
重い言葉が出た。
聞いてた者達の背筋に震えが走った。
「負ければ相手が諸君らを殺す。
逃げ続ければ、いずれ飢え死にをする。
食料にしろその他の物にしろ、必要な物を手に入れたいなら戦ってもらう。
異議や反論はみとめないし受け付けない」
「……ざけんな!」
とうとう茶髪ピアスの兄ちゃんが仮面タキシードマントに殴りかかる。
だが、振り上げた拳は呆気なく相手をすり抜ける。
「短気はいかんな。
短絡なのもよろしくない。
威勢の良さは大きな利点だが、それを台無しにする要素が多すぎる。
生き残りたかったら、今少し冷静さと落ち着きを身につけた方が良い」
「るせえ!」
「忠告を耳に入れる柔軟さも無さそうだな。
まあ、君がその調子でいたいならそうするがよい。
いずれ死ぬだけだからな」
再び出てきたその言葉に、今度は他の者達もざわついていく。
さすがに聞き捨てにする事が出来るようなものではない。
黙っていられなくなったのか、別の者が質問をしていく。
「ねえ、死ぬってどういう事よ」
今度声をあげたのは、茶髪ピアスと似たような格好の女だった。
年齢は茶髪ピアスよりは上だろうか。
それでも二十歳になるかならないかというところだろうか。
腰まで届く長い髪は茶髪よりもはっきりとした赤色に染まっている。
身につけたアクセサリーも、茶髪より多い。
それでいて粗暴さなどは見えない。
幾分茶髪よりは落ち着いているように見える。
それでも他の者達に比べれば度胸はあるようだ。
何せしっかりと仮面タキシードマントの方を見つめ、視線をそらしたりしない。
睨みつけてるわけではないが、相手をしっかりと見据えている。
だからこそ静かなすごみのようなものがあった。
顔立ちはややきつく感じるが、美人の類ではあるだろう。
それがこの場にいる男性陣に多少の感銘を与えていく。
そんな彼女に、
「その説明をこれからするところです。
こちらの若者が騒いだので少しばかり頓挫しましたが」
「なんだと!」
「──とまあ、こんな調子なので」
「だろうね」
女も同意する。
「なんだと、このアマ」
「黙ってろ」
怒鳴られた女は逆に低く落ち着いた声で茶髪を見つめる。
相変わらず迫力とかそういったものは感じられない。
だが、しっかりと目を見据え、背筋をのばした姿には物怖じなど微塵もかんじられないすごみがあった。
その空気にのまれたのか、茶髪も黙っていく。
「……ありがたいですね。
これで説明が出来るというもの」
仮面の男はそう言って説明をはじめていった。
「皆さんに集まってもらったのは他でもない。
いてもいなくてもかまわない、むしろいない方が良いようなあなた方には、ここで世界の為に戦ってもらいます」
意味不明な事を再び述べた仮面の男に、しかし騒ぎ立てる者は誰もいなかった。