【第3話】ようやく本題に入れました
「この世界に魔法は実在するんですっ!!!」
天地学園中等部、第二理科室に神無木 偉緒の声が響き渡る。
ご承知の通り、500万年以上続く人類史の中に【魔法】などという存在は騙られることはあっても語られたことはない。
剣と魔法が織りなす世界は残念ながら創作物の中にしか存在しないのだ
「信じてないって顔してますねぇ? フフン、じゃあ証明して差し上げましょう!」
あなたの考えはお見通しですよ。と言わんばかりの得意げな顔で、用意してあったアルコールランプに火を灯した
「理科の授業では参考に見せてもらった程度、実際には使いませんでしたが仕組みは習いましたよね? アルコールを浸した芯に火を灯すランプ。私の使える魔法はその延長だと思って
ください。種を媒介に魔力を送り、力を増幅させ、支配する…」
偉緒ちゃんがランプの日に両手をかざす。するとみるみる火は炎となり球体の形をとる。さながら小さな太陽のようだ。
「火球…なんてね。種はありますけど仕掛けはない、れっきとした魔法です。信じてもらえました?」
アルコールランプの蓋を閉じると幻だったように炎も消失した。
「すげぇ…すごいよ偉緒ちゃん! まるで魔法だ!」
きっとボクの目は初めて手品を見た少年のように輝いていただろう
「だから、正真正銘魔法なんですって」
もっともなツッコミに思わず二人とも苦笑する。
「あ…。もしかしてその髪と目の色は…?」
日本人離れした薄い金髪と碧玉の瞳。フィクションにはありがちな設定だ。特殊能力を持ったキャラクターはその影響で特徴的な容姿にデザインされていることが多い。
「はい、私の生まれ持っていた魔法の力、【魔力】が遺伝子配列に影響を与えたのだろうと。魔力は同じ力を持たない人には見ることも触ることもできません。
魔法として行使した結果でしか観測できないんです」
気に入っているんですよと笑ったけれど、その笑顔に陰があったのはボクの思い違いだろうか…。
「…なるほど、魔法が存在するなら君の言う世界も本当に作れるかもしれない。異世界のゲートを開いてこの世界を繋ごうと言うんだねっ!?」
人間とは現金なもので先刻までごっこ遊びと呆れていたのに可能性を示されただけですぐに態度を改める。オタクめいた部分を刺激され今後の方針を推理したボクに返ってきたのは
得体の知れないものを見る目だった。
「…え、異世界のゲート…? 何言ってるの、怖っ……」
辛辣ぅ~~~~。
「異世界というものが仮に存在していて、其処へと繋げる手段があったとしても魔法でそれは叶わないでしょうね。『MPが足りない』ってヤツですね…。
それよりもっと身近な答えです。『魔法は本当はこの世界に実在した』それが証明されたら次の可能性は?」
まるでクイズを出題するような問いかけだ。ボクの理解力を試されているのかもしれない。でもボクはその答えにもう気づいている
「答えは簡単。『妖精や魔物。ファンタジーの類もこの世界に昔実在していた』…ってことだろ? 隠れているのか、復活させるのか、それはわからないけれど、その手段を偉緒ちゃん、君はもう知っている」
ボクは若干イケボで返答した。
「大正解です! 忍君は本当に察しがいいですね、助かっちゃいます」
この手の設定に慣れ親しんでいるのだ。そこらの「そんなこと言われたって、どうすれば…」と慌てふためく主人公とは知識量が違うのだよ、知識量が
「ですが、実行に移すには私達に不足してるものがあります。それはなんでしょう?」
人差し指をピンと延ばしてまたも質問する偉緒ちゃん。なるほど、質疑応答形式のチュートリアルというわけか…。
ボクは顎に手を当てながら回答する
「仲間とか…材料かな。何をするにもよくお使いさせられるでしょ、ゲームじゃ」
ゲーマーらしい回答をして見せたが間違いだったようだ
「後々はそれらも必要になってきますが、今回は違います。もっと大事なことがあるでしょ?」
大事なこと? 逡巡してみるが答えが出ない。ボクの知らない専門的なことだろうか…?
「レベル上げですよっ! レベル上げ!!」
……
この子、何言ってるの、怖っ……。これがゲーム脳という奴なんだろうか?(ボクも大概なのは言われなくてもわかってるよ)
「考えてみてください。私達モンスターと戦ったことないんですよ? レベル1です! レベル1でドラゴンとか復活させちゃったらどうします!?
全滅ですよ、全滅! 上げなきゃでしょ、レベル!」
「いやいやいや、魔法もファンタジーも実在するのは認めよう。でもレベルはシステムだよ!? この世界にそんなシステムで成立してたの? あったとしてどうやって上げるつもり?」
大人げなく怒涛のツッコミを放ってしまったが、当のイオちゃんは涼しげな顔だ。仁王立ちで堂々としている。
「勿論モンスターを倒さなきゃ経験値は稼げないしレベルは上がりませんよ! 赤ちゃんからご老人まで人類平等に現在レベル1です!」
それ暴言ですから―!
それに最近ではクエスト達成で経験値を取得できる。ならば、人生経験でもレベルが上がらなければおかしいはずなのだ。
と言った理屈で懇々切々と説得してみたのだが…
「私、レトロゲーの方が好きですから!!」
と返されてしまった。どうしてもモンスターを倒してレベルを上げるという体で進めたいらしい。
強引具合に若干呆れつつ、それ以上に胸は高鳴っていた。
先程見せられた魔法。ゲームの様なモンスター。日頃妄想してた世界をもうじき体感できるという期待に。
「私達が世界を変換できる証拠にもなるでしょう? レベル上げと言えばスライムです! ですね? 今日はスライムを創ります!」
未知の生物の創造だ。どれだけ大仰な儀式を行うのかと期待したが、呪術的な道具は影も形もなく、用意されたのは水酸化ナトリウムとビーカーに注がれた水道水だけだった。
「水500㎖に魔力を通しやすくするため水酸化ナトリウムを少量入れます」
それで通しやすくなるのは電気じゃないのか? 電気と魔力って似たものなのか?
「魔力を流し思考転写する…とっ」
「思考転写?」
耳慣れない言葉を思わず口にする。
「テレパシーです。水に魔力を通して簡単なプログラムを組み込んだんです。気をつけてください、攻撃力はないはずですが、動くものを感知したら攻撃するよう命令しましたから」
「水で出来たロボットってわけだ。疑似生命体とでも呼べばいいの…」
一瞬だった。ビーカーから飛び出した"それ"がボクの横をすり抜け壁に激突するっ!
ビダンッッ!!
衝撃音の大きさに二人共が戦慄していた。おいおい、攻撃力ないんじゃなかったか…?
床に落ちた透明な水饅頭の様なそれがプルプルとボク達を威嚇している。
これが、初めての戦闘だった。