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2019年 8月7日 某無料動画サイト動画投稿者炎上事件(死亡者1名)

作者: 7%の甘味料


2019年 8月7日 某無料動画サイト動画投稿者炎上事件(死亡者1名)




2019年 8月7日。


インターネット上の無料動画サイトにおいてある動画が話題となった。


その動画を投稿した男は『Mr.X』と名乗り、他人に迷惑を掛ける事や他の動画の投稿者を貶める動画を投稿した。


事の趣旨がどうであれ動画を再生させ、それによって収入を稼ぐ。


所謂いわゆる、炎上商法と言う物だ。


その無料動画サイトでは動画が再生される度に広告料が発生する。


広告料は1再生では1円にも満たないものだが、1万、10万、100万と再生数を伸ばせばやがて大金になりうる。


この方法で多くのお金を稼ぐ人間が現れ、それを羨み憧れる人間が10円単位で小銭を稼ぐ者が多くいた。


その様な時代の中、『Mr.X』と言う男は特徴のない動画の投稿者であった。


炎上によって狼煙を上げて人を寄せ付けるにはあまりにも煙は小さい。


理由はただ一つだ。


炎上商法を持って動画の再生を稼ぐ別の動画の投稿者と差別化がなされている点はあまりなかった。


全て以前に行われた事の焼き増しである。


これではインパクトもなく話題になるはずもない。


他の根拠としてはチャンネルと言う自身のアップロードした動画をまとめたページがある。


それを気に入ったり、チェックしたい場合それを登録する事ができる。


しかし、その登録者の総数もこの時はとても少なかった。


『Mr.X』は常にオカメの仮面を付け、ボイスチェンジャーにより言葉を話す。


性別についてはミスターと言う名前と動画に映された『Mr.X』の体格を判断しての事だった。


格好によるインパクトと他人への迷惑と批判を重ねるその姿が彼が上げる狼煙である。


話のネタと言えばまだ聞こえは良いだろう。


率直に言えば、人は『Mr.X』を新たな玩具おもちゃにするために集まっている。


とは言え大きく話題にもなっていないので、集まった人間はごく一部の暇人だけである。


そう言った人々により、外部のサイトや、SNS上での拡散も多少は見られる程ではある。


それは密かな炎上であり大きく取り上げられる事もなかった。


事態が急転したのは8月7日に投稿されたこの動画であった。


『ハロー、マイネームイズミスターエックス……』


機械と言うフィルターを通して無機質な音声でその男は告げた。


その声色は既にフィルターによって感情を抜き取られた声である。


声によって男の感情を察する事は不可能であった。


最もそれはボイスチェンジャーによる変声による物だけではない。


この男の淡々とした話し方によるものも大きかった。


それ程にこの男から感情を読み取る事ができなかった。


この男の奇行に集まる人間はこの男を重度の精神障害者であると分析している。


『キョウはね、オレのことキライなくせにさ

 イツモね、チャンネルをミテくれるオマエラに

 "チョウセンジョウ"をタタキつけようとオモウんだ』


オカメの仮面を付けているせいか男の表情は分からない。


しかし、声色から喜の感情も分からないこの男の表情は間違いなく笑っている。


視聴者の半数以上がそう判断したに違いない。


しかし、その笑いの種別は純粋な笑顔ではなく他人を嘲る様な種の笑いであった。


十秒ほど男は次の語りを待った後にこう告げたのだ。


『そんなにキライならさ

 オレのことを……トクテイしてごらんよ

 どこにスンデいるのか、オレのホンミョウとかさ

 ジャア、ゲームスタートダヨ……』


その言葉とともに動画は終了した。


この動画は今までの動画の比にならないほど拡散され、SNS上でトレンド入りする程話題になった。


今まで『Mr.X』の悪事を拡散していた人々に野次馬が次々と集まり大騒ぎとなった。


その次の日も男は何もなかったかの様に動画投稿を続ける。


結果的に『Mr.X』のこれまでの悪事、挑戦状の動画、そして次の日以降投稿される動画は大きな話題となる。


特定に至れるほどの調査力のない人間も『Mr.X』の動画を次々に見始める。


個人情報の特定ができそうな物が映っていれば必ずコメントが書かれた。


一見すれば、馬鹿に見える人間がこんな事をすればすぐにでも特定されるだろう。


この時のインターネット上の反応はそうだった。


しかし、別サイトの掲示板のスレッドで特定作業が始まるもそれは思いの外難航を極めた。


『Mr.X』は馬鹿を装っている様で実に頭の良い男だったのだ。


ハンドルネームのセンスや語り口から漂う教養のなさ、それらは全て演出に過ぎなかった。


自宅の撮影ではけっして窓や扉から外の景色を見せなかったので自宅の特定は困難だった。


となれば屋外で撮影した際の場所を特定し、大体の住んでいる場所を把握していくのが定石となる。


しかし、撮影場所は島根の辺境であったり、秋田の街であったり場所は見事に日本全国に及んでいた。


『Mr.X』は迷惑行為を屋外で撮影する際、毎回の様に場所を大きく移動し撮影していたのだ。


そう、この男は視聴者に気づかれず日本全国ツアーを行っていた。


この事が話題になると『Mr.X』は動画の中で一言だけその事に触れる。


『このクニはオレのニワさ』


勝ち誇ったようにこう答えた。


『Mr.X』が舐められていた理由は単純である。


それは『Mr.X』と言う名前の幼稚さ、小学生男児がいかにも考えそうなハンドルネームである。


そして彼の悪事は実に子供じみていた。


カエルに爆竹を突っ込んで飛ばす、自動販売機の釣銭の取り出し口にすり潰したゴキブリを仕込む。


それを見た一般人の様子を撮影する。実に小学生並みの悪戯を大の大人が行っていた。


悪戯の規模があくまで犯罪として立件するにはあまりにもお粗末である。


生き物への虐待は行われているが、動物愛護法で立件されかねない猫などの多少大きい動物に対しては一切手を出していない。


あくまで小型の昆虫、爬虫類、両生類など殺しても立件される事のない生き物を使った悪戯の様な迷惑行為が主流であった。


話題になり警察に通報する人間が現れても、警察が動くことはなかった。


警察は一通り有名な動画をチェックするだけにとどまり、そこに立件できる要素を確認できなかったのですぐに手を引いた。


当然である。警察も暇ではないのだから、インターネット上で起こされた小火に首を突っ込んでいる時間などなかった。


やがて、インターネット上で特定班と呼ばれる人々はボイスチェンジャーの特定や、カメラの特定など別の観点からの特定を試みる。


しかし、肝心な住所や『Mr.X』の素性を割り出す事はできない。


次第にSNS上では馬鹿扱いされていた『Mr.X』の特定ができない事について特定班の有能さを疑い始める意見も出てきた。


事態が動き始めたのは1カ月後の9月17日の事だった。




その日に撮影した動画の中で『Mr.X』はついにボロを出したのだ。


カメラを移動させるとき一瞬ではあるが乗って来た車のナンバーが映った。


それはほんの一瞬の事で映し出した瞬間は非常にぶれたものとなってしまっていた。


しかし、解読する事は可能だった。


車のナンバーさえ特定できればそれを見ただけで大体の住んでいる場所は把握する事ができる。


それを詳しく調べれば個人情報に辿り着く事は造作もない事であった。


そしてついに掲示板のスレッドにおいて同じ車種の同一ナンバーの車が駐車しているのが発見される。


更にその家の住所が公開された。


今か今かとスレッドを監視していたまとめサイトの人間はその住所が公開された途端に拡散し始めた。


次の日には祭が始まった。


『Mr.X』の自宅の住所にインターネットを見ていた人間が次々に押し掛ける事態になった。


自宅から出てきた『Mr.X』は素顔であったため盗撮によって公開される。


それは瞬く間にSNS上に拡散された。


本名も特定されるが、ここでは仮名としてイニシャルの『T.A』を使う。


しかし、T.Aは押し掛けてきた人間に自分が『Mr.X』である事を否定していると言う話が上がり始める。


T.Aは『Mr.X』と同じ体格をしていた事、動画のナンバーと同じ車を持っていると言う証拠もあったので嘘であると切り捨てられる。


そして、特定がなされた後、連日公開されていた『Mr.X』の動画は突然公開されなくなった。


その事もあり世間は男の言い分に耳を貸すことはなかった、


玄関を荒らされたり、着払いで荷物を届けさせたり、深夜にまでやって来て迷惑行為に及んだ。


中には、『Mr.X』の行った昆虫による悪戯の意趣返しを行うものまで現れた。


彼の自宅に大量に注文した総数1万匹ほどのコオロギが放たれたり、自分が行った以前の奇行をT.Aにぶつけ収拾がつかない状態となった。


『Mr.X』への迷惑行為は動画を投稿しなくなった以上、投稿した動画がまとめられたチャンネルを消す形で幕引きを迫る形になった。


だが、『Mr.X』のチャンネルは消される事無く迷惑行為は更にエスカレートしていく。


その結果事態は最悪な結末を迎える事になる。


10月3日、『Mr.X』と呼ばれた『T.A』は自殺したのだ。


押し掛けてきた人間に見せつけるかの様に男は玄関口で首を吊っていた。


その第一発見者の通報により自殺は発覚し、ニュースでも報道されたが先にその情報は拡散された。


この件に関する善悪の議論は二つに分かれる形となり大きく荒れる事になった。


自殺する程追い詰められていたのに依然と残るチャンネル。


ニュースにより公開された遺書の最後の言葉『俺じゃない』。


インターネット上で様々なデマや考察、議論が飛び交う中それを嘲笑うかのようにある出来事が起きた。


10月15日、9月7日から一切の新作動画が上がらなかった『Mr.X』のチャンネル。


そこに上がるはずのない新作の動画が投稿されたのだ。


これはインターネット上でこの件に関わった人物のほとんどを震撼させる出来事だった。




『ハロー、マイネームイズミスターエックス

 アレ、ナンだかユウレイでもみたかおしてるね』


オカメの仮面を被り、ボイスチェンジャーで声を変えた目の前の男……


以前と変わらぬその男は何時もと変わらぬ部屋で何時も通り動画に映っている。


『アア、そっかぁ……カワイソウだよね

 あのヒト、オレのミガワリになってシンジャッタんだから』


それから男は、ある手段を用いて一軒家に住み自分と同じ車種の車を所持するT.Aを自分の身代わりにする事を画策した事。


ナンバープレートを偽造して貼り付け、撮影する際誤って映した様に錯覚させようとしたことだ。


ぶれた映像にする事で手先が不器用だと自分で言う『Mr.X』はナンバープレートの偽造をばれにくくするための行為だったと話す。


しかし、彼の計画は完璧なものではない。


何故なら全ての人間を騙し通せたわけではなかったのだ。


掲示板にいる特定班の中にはこれがダミーの証拠である事を不自然なカット編集があった事から主張する者もいた。


自殺した男と『Mr.X』の写真を見比べて唯一見えている体の一部である耳を比較する事により。


耳の形が違う事を指摘し、男と『Mr.X』をイコールで結ぶのは誤りだと指摘する者もいた。


しかし、そう言った提唱は大きく拡散される事はなかった。


面白可笑しくMr.XとT.Aが別人であるとする説ばかりが拡散され、結果それを本気で信じている人間はほとんどいない状態である。


この状況では本気で考察をし、根拠のある説であっても全て冗談だと思われてしまっても仕方がなかった。


大衆の中に賢人が居ても、情報の錯綜やデマが横行するインターネット上で賢人の意見が表に出るとは限らない。


何より野次馬でしかない半数以上の人間は騒動が楽しければ良いと思ってる。


なので、Mr.XとT.Aが本当に別人である事が証明されれば騒動は終わってしまう。


だからこそ、騒動を終わらせたくないと言う大衆の意志が自分の都合の悪い情報をシャットアウトしてしまったのだ。


そして最後に彼はこう言った。


『ゲームはキミたちのマケだ……

 もうニドとキミたちはオレにバツをうけさせるコトはデキナイ

 いや、ソモソモオレはタニンのナンバープレートをギゾウして

 ソレをドウガにウツしだだけだ、ナニモアクヨウしていない……

 オレはゲームにカツタメにミガワリをヨウイしたダケサ


 ソレをカッテにカンチガイしてカレをジサツにオイコンダのはキミたちだよ

 このケンにカカワッタスベテのヒトがカレをコロシタンダヨ!

 ツマリ、ミンナがヒトゴロシなのさ!』


この動画の投稿を最後に『Mr.X』は望み通りにチャンネルを消去する。


この事で自分が人を殺してしまったと思ったと認める人物は当然であるが皆無であった。


結局は『Mr.X』のせい、押し掛けた人達のせいであると。


関わって遠くからそれを眺めていた人々は自分の責任になるかもしれない罪の重荷を他人に押し付ける事に徹した。


そして被害者である男に心からの同情や追悼を祈願する事も同時に拡散される事となった。


それからしばらくして、SNS上で『Mr.X』の本当の住所を書かれた発言が公開される。


1人の人間を死に追いやった『Mr.X』を今度こそ叩きのめそう、そう言った内容である。


しかし、その発言に対する反応は以前とは真逆の反応で溢れかえった。


『ふざけるな、また罪のない犠牲者をだすつもりか』


『その特定した住所、本当に正しいのかよ

 ソースはどこだ? それで関係ない人が自殺したら

 おまえは責任を取れるのか?』


その発言をしたアカウントはすぐさま削除された。


『Mr.X』は二度俺に罰を受けさせる事はできないと言った。


それは正しかったのだと証明される出来事にもなった。


インターネット上で特定された住所の信憑性を根本から揺るがす事件を起こす。


それによって大衆の特定に対する信憑性をなくす。


万が一本物の『Mr.X』の住所や本名が特定されたとしても、大衆は易々とそれを信じる事はしない。


彼は幕引きさえすれば二度と自分に危険が迫る事がない事も計算していたのだ。


大衆のこの反応は当然のものであった。


インターネット上で炎上し住所が特定された事で大きな嫌がらせ行為に及ばれるのはその人物が他人に迷惑を掛けているからだ。


この人物は悪人であると言う免罪符の元嫌がらせ行為を行う。


悪人であれば何をしても良い、面白ければそれで良い、そう言った感情で溢れている。


相手が悪人であれば行為自体を正当化できる、そして中にはその行為が正義であると主張する人間も出てくる。


しかし、それは相手が悪人である場合だ。


これが善人、何もしていない一般人であればその行為は悪でしかない。


つまり今まで正当化されていた行為に一般人、もしかすると自分がその被害に合うかもしれないと言う恐怖を重ねる。


自分が僅かでも被害に合うかもしれないと大衆が考えればそれは完全な悪になるのだ。


痴漢冤罪についても似た様な現象が発生している。


立件された時点で痴漢の有罪は確定的である。それは裁判所のデータが示している事だろう。


その中で本当に冤罪が生まれてしまった事件はどの程度だと推測するだろうか。


恐らくだが1割に満たないだろう。


毎日の通勤の内で人が目の前で痴漢を目撃するか、痴漢によって捕まった者を見るのはどの程度の頻度だろうか。


十数年通勤したとして精々平均で1~3回くらいではないだろうか。0と言う人も当然存在する。


多くても10回を超える人はほとんどいないのではないだろうか?


ちなみに線路内に人が立ち入ったと言うアナウンスで停車した場合、ほとんどの場合は痴漢などの車内での迷惑行為をした者を捕まえるのに手間取っていると言う事である。


誰かが線路に立ち入ったのであれば野次馬で人が溢れかえる可能性もあるので、本当に立ち入ったのであれば別のアナウンスをするはずだ。


確かに違う車両、前の電車、次の電車と範囲を拡大すれば回数自体は跳ね上がっていくと思われるが、目の前で起きると言う前提を入れればその程度である。


その痴漢の事件の中でも1割に満たない痴漢冤罪に合う確率など交通事故で死ぬ確率よりも断然低いに違いない。


だが、問題は確率などではない。


大衆の共通の認識の中に、冤罪によって罰を受けたりする事は例え他人であれ忌避すべき事であると言う物がある。


当然と言えば当然の話である。


これを許してしまえば同じように悪事を働いていない自分に身に覚えのない災禍が降りかかる可能性があるからだ。


だからこそ痴漢冤罪は実際に立件されて有罪になるケースは非常に希有であっても大きく批判される。


一般人が誰もが利用する電車の中で身に覚えのない罪を被った事例があったのであれば、それは警察、裁判官、状況によっては被害者に至るまで激しく非難される。


今回の騒動も同じ心理によって、無根拠である住所の特定が非難されたのだ。


その後もデマであるのか根拠のある特定であったのか定かではなかったが、同じ様な動きについて大衆は厳しく非難した。


『Mr.X』によってインターネット上における住所の特定の信用は地に堕ちる事となったわけだ。


この様な酔狂なコンテンツに心酔し、熱心に調査しているのは一部でしかない。


そしてその様を楽しむ野次馬と言う大衆がいるからこそ騒動は大きくなっていく。


しかし、大衆の心が根拠のない特定で自分に火が移る可能性を感じ始めた瞬間に大衆の面白がる気持ちは一気に冷め、それを批判し始める事になったのだ。


実際に騒動によって死亡者が出て、その人物が無実であったとすれば尚更世間に与える影響力も強い。


過重労働もそうだが、世間と言うのは一人でも死者が出た途端に大きく取り上げ、危険性を訴える。


世の中には何時か死人が出ると危惧されている物は多くあるが、実際に死人がでない限り大きくは取り上げない。


他人の不安を煽るには人の死が一番である事をマスコミはよく知っているからだ。


当然の様にSNS上だけで話題になったこの事例を大きく取り上げる事を決める。


騒動の様子はSNSなどのインターネット上だけでなく、雑誌などでも大きく取り上げられ始める。


最終的にはテレビで特番が組まれゴールデンタイムに放送されると言う異例の事態となった。


今回の騒動のあらましとインターネット上で過去に起きたこの事例と類似した事件を被害者のプライバシーを考えた上で放送された。


大半のコメントはネットのネの字も知らない年寄りによって発せられていた。


実情を知らないので的外れな意見や無意味な過去との比較ばかりが目立ち番組としてはとても見られる物ではなかった。


番組はまとめとして不特定多数が利用するインターネットで無暗に個人情報、顔写真を上げる事は危険であると言う勧告をする。


最後に、学校教育においてインターネットの炎上事件を恐ろしさを具体的な事例をビデオなどで見せるなどして教育に組み入れるべきであると言う指摘がなされた。


『Mr.X』の騒動は最終的に世間を巻き込み、様々な論議を呼びながら次第に収束へと向かったのだ。


その中で一つの意見が話題となった。




『Mr.X』は本当に悪人であるのか?


彼はT.Aを身代わりにしたが、直接自殺に追い込んだわけではない。


事実だけを見れば『Mr.X』の住所を勝手に勘違いした集団が勝手に押し掛け、嫌がらせを行い何も知らないT.Aを自殺させた。


『Mr.X』は実に周到な準備を行い、大衆を欺いた。


嘘を吐いた事、これまでの迷惑行為の責任は別にするとして……


彼は我々に不確かな情報で一種の便利屋で有能であると言う固定観念を持った特定を鵜呑みにした結果、起こる最悪の事態を我々に教えたのではないか。


T.Aを殺したのは押しかけた人間である事、『Mr.X』はあくまでインターネットにおける炎上事件の本当の恐ろしさを教えただけだと言う説だった。


この意見には多くの賛否両論が集まった。


批判の一つを抜粋するのであれば。


ここまで周到に準備した男が押しかけた人間がT.Aを精神的に追い込み、最悪死を覚悟するまで追い込まれる事が分からないはずがない。


分かっていてそれをやったのであれば直接手を下していなくても『Mr.X』がT.Aを殺した事になる。


押しかけた人間は『Mr.X』の道化に過ぎない。


そもそも押しかけた人間は無実の人間に嫌がらせをしようと思ったわけではないと言ったものだった。


善悪論はこれに尽きる事はない。


しかし、『Mr.X』が善であったか悪であったかに関わらず、この事件を通してインターネット上にも変化が訪れた。


この件に限らず、特定した住所に押しかける様な行為はどの様な場合であれ悪であると言う意見が強くなったのだ。


『Mr.X』の事件により地に堕ちた特定への信頼と実際に死者が出たと言う事がそれを悪とする意見を強くした。


結果的にこうした炎上の炎は前ほど大きく人を集める事はなくなり、むしろ人は離れる様になっていく。


『Mr.X』の存在、この騒動の被害者である『T.A』の死によって以前よりもインターネットは平和になったと言う意見が出てくるまでになった。


結局『Mr.X』の正体は分からない。


男は今どこで何をしているのか、そもそもあれだけ行動範囲の広さである。


日本に未だに滞在している事すら疑われているので彼の正体は永遠に分かる日は来ないだろう。


そして今インターネット上でこの様な炎上の炎が燃え上がらないのはこの件によって水撒きがされたからだ。


しばらくすれば人間はこの事を忘れる、そしてまた同じ過ちをまた繰り返す。


私達にできる事は『Mr.X』の事件を忘れない為に、記録しておく事だけである。


よってここにこの事件の記録を記す。



2021年 8月7日 某無料動画サイト動画投稿者炎上事件記録




終わり

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― 新着の感想 ―
[良い点] 炎上に対する鋭い風刺。 どのように炎上してどんな結末を迎えるのか、短編でありながらハラハラして見させてもらった。 ネット炎上についてよく再現できている。 [一言] ネット炎上はこの物語より…
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