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誠司、唯一の不幸を噛みしめる。

 誠司です。エロい写真を見ていると、本物を見たくなりますよね。

 とりあえず手近なものをと思って、目の前の麻耶の胸元を見つめてみました。あらゆるπ(パイ)をイマジネーションで見通す秘技、誠司シースルーサイト。

 見える、先端の桜色のポチまで見える。質量ともに申し分ない。

 しかしなぜだろう、麻耶の胸だと思うと、どこにも達していないのに穏やかな賢者の心地に陥ってしまった。

 いや失礼。和ませようと思って。何をって? ささくれた俺の心をですがなにか。

 女に不自由したことなんて一切ない完全無欠のイケメンの俺の、唯一の不幸。それが麻耶と幼馴染なことだと、割と真剣に思う。

 俺の十五年ちょいの人生、全身全霊でガールハンティングに情熱を注いできたにもかかわらず、テレビに映る芸能人も含め、外見部門ナンバーワンは未だにエントリーナンバーワンの麻耶のままだ。

 よく若手女優の美貌を表現するとき、透明感、という抽象的な褒め言葉を使うが、麻耶はまさにその透明感のある美少女だと思う。

 人前で見せる笑顔は笑顔で、よく計算されている。しかし真面目な顔も、気の抜けた顔も、冷酷な顔も、取り繕わなくても、何気に全ての表情が美しい。

 例えば今、目の前で瞳を潤ませ、微かに下唇を噛み締め何かに耐えている表情も、俺以外の男にだったら無条件に庇護欲を誘うだろう。

 深く知り合わず、もし他人でいられたならば、この外見美少女に素直な気持ちでときめくこともできただろうに。

 幼馴染の身の上を呪うしかない。十数年来の付き合いだ、考えていることが大体読める。

 ポケットをまさぐり、常備しているガムを取り出す。


「ニコレット、いる?」

「……もらうわ」


 あの美少女の切なげな表情は、ただのニコチン中毒の禁断症状に耐えてる顔だ。いらいらするとすぐにあの顔が現れる。


「お礼は言うけど、誠司のその大事なことは真面目に考えないのに変に偏った気遣いだけできるところ、嫌いよ」


 そしてなぜか嫌われる。これを不幸と言わずに何と言おう。

 麻耶はニコチンガムをくちゃくちゃやって、一つ息を吐く。

 それでとりあえず禁断症状が治まったのか、冷めた顔で俺を見た。


「さっきさくらに腕掴まれて、振りほどけなかったでしょ」

「ん、そうだっけ。さくら相手に乱暴するわけにも行かないだろ?」

「誠司、腕相撲するよ」

「はあ? なんで、やんねーよおまえ一応女だし」

「いいから、本気でやりなさい。誠司が勝ったら私の友達紹介するわ」

「まじか。わかった、よくわかんないけど約束は守れよ」


 ほんと我が道を行く女だこと。

 既に差し出されている麻耶の右手を、俺も肘を付いて握ってやる。

 麻耶の友達ねえ……あれ、具体的な顔が浮かんでこない。友達は多いやつなはずなんだが。

 ま、いっか。プリクラでも見せてもらって、頭の緩そうな子を選べばいい。


「じゃあ、はじめ」


 賭け事だ、手加減する気はない。麻耶の掛け声に、一気に体重を掛けて力を込める。

 びくともしない。麻耶の細腕が、コンクリートのように固い。

 意味がわからないので麻耶の顔を見てみると、少し哀れむように俺を見て、ぐっと力を入れられた。

 俺は負けてしまった。


「あー、れ?」

「自覚しよう、誠司。この世界、性別とか価値観とかがあべこべになってるのよ。あんたはか弱い男の子。さくらにも私にも簡単に捻られる」


 なんだそれ。俺はバスケをしていたので、腕力もそこそこ強いはず。棒っきれみたいな麻耶の腕が、びくともしなかった。


「私女だったからわかるのよね。か弱い女の子って綺麗だったらちやほやされるけど、不細工だと悲惨なの。ところで、私って綺麗かな?」


 また突然だ。まあ麻耶くらいの容姿があれば、そんな質問も嫌味にはならない。


「麻耶は見た目だけならピカイチだよ。腹ん中は真っ黒だけどな」

「ありがとね。誠司も顔は最高にかっこいいと思うわよ」


 褒められた! 腕力で落として言葉で上げて、


「頭空っぽだけどね」


 やっぱり落としてきたー。酷い。いくらなんでも俺の心、弄びすぎだと思う。


「なにふて腐れてんのよ、誠司」

「自分の胸に聞いてみやがれ!」

「よくわかんないけど。いいから気付きなさいよ。この世界、私たちの価値観とあべこべになっているの。つまり容姿に優れた私たちはどうなるかしら」


 あべこべ、とな。


「……つまり麻耶がピカイチにブスで、俺が最高にかっこわるい」

「そ、誠司はアホな上に、悲惨な不細工になったわけ。私もだけどね。あと私、あのうじ虫が生理的に受け付けないくらい醜いと思うの」

「満が、一目で誰をも魅了してしまうくらいに美しい、ってか」


 言葉の並びだけで笑ってしまう。美しい、満に一番不似合いな形容詞だ。


「冗談のつもりじゃないんだけど。さくら、見たでしょ」


 さくらの言動はおかしかった。さくらたちはまるで、そんな設定の喜劇でもやっているように動いていた。


「なんだ、じゃあもう満のこと虐められないな。昼休み暇だなー。麻耶なんて金欠になるんじゃね?」

「呑気なこと言ってないで。私たち、復讐されるわよ」

「満に? まさか! そんな度胸ないだろ」

「自分でやらなくても、取り巻きにやらせればいい。私ならする、絶対に。あいつは今、それだけの力を持ってるの」


 満も俺の幼稚園からの幼馴染だ。満のことは良く知っている。

 あいつは金持ちの息子で、いくら見た目が不細工とはいえ偉そうに振舞える『力』は持っていたはずなのだ。それでも、今の立場に甘んじている。

 俺たちに復讐するなんて攻撃的なこと、どうしたって満の性格には結びつかない。


「謝っとけば、反抗してくるタイプじゃないと……」

「やられる前に潰すから。絶対にあのうじ虫、どんな手を使っても私が先に潰すから」


 俺の意見は聞いていなかった。

 冗談も言えない。麻耶の目は冷たく、光を失っていた。


「それにあのうじ虫を潰せば、世界が元に戻るかもしれない。こんな悪趣味な現象、意味もなく起こるわけがない。絶対誰かの意思で変容したのよ。そしてこの世界で正気なのは、今のところ私と誠司と、たぶんうじ虫だけ。さくらはおかしくなってるわ。そしたら、犯人は簡単でしょ。理屈はわからないけど、こんな狂った世界で得をしてるのは、あのうじ虫だけなのよ」


 うーん。よくも悪くも所詮満だし、俺にはわからないけどな。

 煮え切らない本音は、心の中だけで呟いておく。


「わかった、俺は麻耶の味方だよ」


 口に付いたのは結局いつもの安請け合いで、いつも通りそれで満足している俺がいた。

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