青葉、非日常から呼び出される。
青葉です。
朝学校に着てみたら、満君に緑の封筒のラブレターっぽいものを渡されました。
「青葉君! これ、友達がね、渡してって!」
「ふーん」
満君はなんだかテンション上がってましたが、ラブレターなんてあたしほど可愛いと珍しいものではありません。靴箱に入っていない日のほうが珍しいくらいです。
むしろ得体の知れない女とタダで付き合うくらいなら、あたしは可愛い満君とデートがしたいです。
読まずに捨ててしまっても良かったのですが、満君が見ている手前、とりあえず開封します。
便箋の宛名を見て、一瞬思考が停止して、硬直しました。
登校前は、呑気なことを考えていました。
週末割のいいバイトをしてお小遣いが入ったので、今日は帰りに満君と駅前の執事喫茶に行きたいな、と思っていました。
そんなに萌えをあからさまに狙った店ではなく、給仕をしてくれるむっちりとしたウェイトレスさんたちの制服が古風な燕尾服だというだけの、一見普通の喫茶店なのです。お坊ちゃまお帰りなさいませ、なんて言ってくれません。
ケーキや紅茶も絶品です。実はコーヒーが売りらしいのですが、あたしにはちょっと苦いので、甘い香りの紅茶をおすすめしときます。
普通においしいので満君も喜んでくれるだろうし、執事キャラを押し出しすぎず素材で勝負の素敵なレディースが揃っているので、あたしが楽しみながらも満君に腐男子の疑惑は掛けられることはないはずです。
そんな放課後の男の子同士のデートについて画策していました。
振り返ってみると、そんな場合ではなかったのですが。
前兆だったのでしょうか。教室の様子も、先週末から少し違っていました。
原因は、先週末満君に絡んでクラスの顰蹙を買った、ゴリラのつがいです。
問題を起こしているわけではないのです。
ゴリラ(メス)こと日野は、友達らしい水上と談笑しています。
先週はかなり険悪な雰囲気かと思ったのですが、見ているとそれが彼女らの距離感のようです。
水上がボケで日野がツッコミ担当のようです。水上が『不細工』だの『ドS』だの、結構キワドイ暴言を吐きまくってますが、日野がさらりさらりと冷静に受け流しています。
もともと水上が元気印の人気者であることもあって、周りの席の子たちも巻き込んで、度々笑いが起きています。
中心は明らかに水上と日野。今にも水上が暴走しそうな場をコントロールしているのは、ツッコミの日野です。
そうすると不細工の極致に見えていた日野もなんだかクールに見えて、先週みたいな不快感を感じません。
昨日バイトで会った、人間っていうよりサルですか、みたいな日野に負けず劣らず不細工な背の低い女も、話の適当っぷりが面白かくてツボだったので、別れる頃には容姿なんか気にならなくなっていました。
男は外見の良し悪しでばっさり評価されてしまいますが、女は外見じゃなくて中身も大事だなぁ、と世の女どもを見ていて思います。
そこの水上だって中の下程度の容姿で、リアルに天使な満君のハートに手が届くかもしれないポジションにいるのです。
たぶん、逆はありえないでしょう。例えばむっちむちのかっこいい女子が、ゴリラ(オス)みたいな男子を好きになるストーリーは想像できません。男子完全優位のこの社会にもかかわらず。
男子と女子、どちらが残酷なのかはおいといて、日野は女に生まれたことを神様に感謝するといいと思います。
さて、ゴリラ夫婦の片割れ、オスの貴志ですが、こちらも様子が違います。
不細工なりに、男としての自分に目覚めたのでしょう。
汚いパンツまで見せる気かっていう短いスカートに、思いっきり下手な厚化粧をしています。もはや化粧まで込みで卑猥です。
そして後ろの隅っこの席の、日陰のかいわれみたいなひょろひょろで存在感のない女子に言い寄っています。
「ねえねえ、中川さん。瑞樹ちゃんって呼んでもいい? 俺のことは誠司って呼んで! 瑞樹ちゃん肌白くてきれいだよね、守ってあげたいタイプだ。あ、顔逸らしちゃうの寂しいな、顔見えないじゃん」
「……や、やめろ、よ」
顎に指を掛けようとして振り払われています。しとやかさの欠片もないです。どんだけ突き抜けたビッチですか。ここまで徹底してるといっそ爽やかです。しかもターゲットのレベル低すぎだし。あまつさえ怯えられて拒否られてるし。
あれならいくらビッチでも、男子に嫌われることもないでしょう。言動はほとんど盛りのついた女子ですし。
あたし自身も、貴志への悪感情が実はちょっと緩和しました。不細工が不細工なりに努力して綺麗になろうとする姿勢は、個人的には好感が持てます。
条件が不利だからといって、あがくことさえ諦めてしまう人は、生まれた意味まで放棄してるみたいじゃないですか。
しかし方向性がひどいですけどね、露出も化粧も。機会があれば指導してやろうかしら。
まあ、ビッチの貴志も、漫才コンビの日野と水上も、とりあえずあたしと満君に迷惑を掛けるのでなければ、好きにしてもらって構いません。
ちょっと変化があろうとも、とっても平和な、温い日常です。
問題は、この日常を切り裂こうと刃を立てるナイフのような、悪意に満ちた非日常から紛れ込んだ一通の封筒です。
手元には、和紙っぽい紙質の薄緑の便箋があります。朝、満君に渡された封筒に入っていたものです。
隣の席の、にこにこ笑顔の満君を見てみます。そんなわくわくした目で見ないでください。気が抜けます。
もしかしてこの子は、天使の仮面を被った悪魔なのでしょうか。
そう思うと無邪気な笑顔が、途端に邪悪に見えてきましたよ。
「満君、この手紙、誰から渡されたの?」
「書いてないの? じゃあ秘密だよ、きっと知られたくないんだろうから。会ってからのお楽しみ!」
なんて天真爛漫な言い草でしょう。これが演技で満君が悪党なら、大した魔性です。
「満君は、この手紙の中身を知ってるの?」
「み、見てないよ! でもラブレターなんて素敵だよね、初めて見たよ。憧れちゃうなあ」
目をとろんとさせてうっとりする満君は、また破壊的な可憐さです。どんな女でもイチコロでしょう。
同じ男子としては可愛さにノックアウトされかけつつ、しらじらしいなあ、と思います。この容姿で、ラブレターをもらったことがないわけがないです。
まあ男子同士の社交辞令ですので、特にぶりっ子に心証を悪くするとかもないですが……この様子だと、やや白に近いグレーでしょうか。
状況的にはまず怪しむべきだと思いますが、できれば疑いたくはありません。
願望になってしまいますが、可憐な満君には真っ白でいてほしいなと思います。
「そっか。じゃあお昼休み、あたし満君たちと一緒にご飯できないな」
「え、そんなぁ、楽しみにしてたのに……あ、ラブレターの人に返事してくるの!?」
「うん、まあ。狼の水上と二人っきりにしてごめんね、襲われそうになったら大声で叫ぶんだよ」
「大丈夫だよぉ、さくらちゃんは僕の嫌がることなんてしないよ」
意図せずほわほわとした空気にされました。ご馳走様です。天然で可愛いなあ。
満君との付き合いはまだ浅いので、もしかしてあたしが騙されているのかもしれません。でも先週末からの一連の振る舞いが演技だとしたら、それはそれで見破れるわけがありません。ただただ尊敬します。
便箋にもう一度目を落とします。昼休みが、憂鬱です。
リーフ様
昼休み、屋上に来てください。
スズの友達より
可愛らしい便箋に、禍々しい予感しか浮かばない、簡潔すぎる呼び出しです。もちろん、ラブレターなわけがありません。
『リーフ』はあたしのネット上でのハンドルネーム、名前を英語にしました。
リアルの知り合いには、誰にも教えていません。
『スズ』は、昨日のバイトで会った不細工な男の名前です。
いえ、心の中ですら言葉にするのは憚れるのですが、言ってしまうと、ウリの相手が名乗った名前です。十万円、ちょっと破格のバイト料をもらいました。
はい、あたし、非合法に売春してます。




