第1話 屋敷とメイドさんを手に入れた
国王と王妃との会食が終わり、その日1日は王宮で過ごすことになった。
結局、法王達が帰って行った後は、まともな話が出来なかったのは、仕方のないことだ。
身の振り方を考えておいてくれ、と国王に言われたのだが、あんまり考えたくないな。少なくとも、王宮に残る事は考えていない。明日1日で結論を出してほしいと言われた。出せなければ、このまま王宮にとどまってもらう事になる、とも言われた。
さて、あてがわれた部屋にいたのだが、やることがない。先ほど、例のイケメンは二目と見れない(僕はゆとり世代だから、ら抜き言葉だって使うんだぜ)程にボコボコにしたが、もうそれで今日やるべきことはお終いとなった。
朝になった。
特に今日もする事がない。本当は国王たちと面談をして、とりあえずの方向性を決めるという話になっていたはずなのだが、なんでもアークティカ国教会の上層部がごっそりと命を落としたらしく、王宮でも大騒ぎとなっていた。
まあ、あれだね、勇者の怒りってやつをかってしまったのかもしれないね。
僕はもちろんしらばっくれることにした。宗教家なんかと関わり合いにはなりたくないからねえ。
まあ、そのおかげで、結論を出すのは翌日に先延ばしとなった。めんどくさいな。
翌日。
「どうするよ、青年」
結局、国王の僕の呼び方は何故か青年のままだった。
「王宮暮らしはご免こうむる」
僕はとりあえずそれだけ言ってみた。さて、どのような反応が返ってくるか。
「そう言うと思ったぜえ、青年」
考えてたんだ。
「じゃあよ、青年。冒険者稼業なんてやってみねえかい?」
おう、冒険者。僕のようなオタク道に浸かっている人間にとってなんと心魅かれる響きであろうか。
「いいね、それ」
「先立つもんがあるかい?」
「あるわけないっしょ」
「それもそうか」
どうやら、冒険者として今後の人生を進んでいくのも悪くないかもしれないな。
「だけど、住む場所はどうするよ? 王宮暮らしなら、何処かに部屋を用意できるし、世話人みたいなのもつけてやれるぜ?」
「世話人という名の監視者だろ? そんなのは断る」
心外だったらしい。少し嫌な顔をされた。
「青年にはまだ信頼されていないか」
「無条件に他人を信頼できるほど、恵まれた生活はしてこなかったんでね」
僕はとりあえず、それだけ言うにとどめた。無闇に自分の過去を話す必要なんてないのさ。
「住むところだけ、何とかしてもらえませんか?」
一応は頼っているというところをお見せしておきますか。
「なんか、条件はあるかい?」
「あとで最低でも2人やって来るんでね。最低でも3人は住める家がいいんだけどね。心当たりはないかい?」
「あるぜ、今から行ってみるか?」
フットワーク軽いな、王様。
連れてこられたのは王都の一角、貴族街にある、広大な屋敷であった。もちろん、王宮には及ばないが、僕が暮らしていた一族の屋敷より、遥かに広い。
2階建ての屋敷で、これまた広い庭があり、厩舎のようなものもあった。
「2年くれえ前に死んだ侯爵がいてよ。後継ぎに恵まれなくてな。その後その領地はその親類が治めてんだけどよ、この屋敷は流石に誰も買い取ってくれなくてな、貸そうにも家賃が高くて、借り手がいねえ。ってわけで、どうよ、この屋敷」
「ありがたく借りよう。無料とは太っ腹だ」
「あ?無料で貸すわけねえだろ」
何……だと?
「1年で500万Gだ」
G? 台所によく現れるというやつらの事か?
「Gってのは、この世界の通貨単位だ。まあ、この屋敷を借りるなら本来なら5000万Gは普通に必要なんだが、特別に500万Gで手を打ってやらあ、どうよ?」
5000万を500万だと? これは物凄くお得なのか、それとも詐欺なのか、どっちだろうか?
「一般家庭で1年暮らすにはどのくらい必要なんだ?」
「ああ? 物価の変動にもよるが、300万G位じゃねえか? 一般家庭4人暮らしでよ」
おいおい、一般家庭の平均生活費を軽く超える家賃かよ、どうなってんの?
「まあ、冒険者なんてのはよ、ランクが上がれば、収入は軽く跳ね上がるからよ、お前さんが本気出して取り組めば、500万Gくらいかあるくたまらあな。で、どうするよ、この屋敷、借りる?」
「俺が借りるメリットは?」
「そらあ、住んでみねえと分からねえよ。ただ、あんたが借りてくれることで、国家としては少なからず収入がある。嬉しいねえ」
500万Gか。しかし、ここで広い家を借りておくというのは、後々リリスに文句を言われないで済むかもしれんな。
「分かった、借りよう。家賃は時々渡しに行こう」
「おお、感謝するぜえ」
国王がニタリと笑った気がする。騙されたかもしれんな。
「で、支度金として10万Gほど渡しておくぜ。冒険者としても、一般人としても先立つものが必要だからな」
「こちらも借金か?」
「いや、これは俺のポケットマネーよ。返してくれるならありがてえがな。冒険者時代の貯金ってやつさ」
「10万Gも渡して、痛くないのか?」
「Aランクくらいまで行くと、すぐ貯まるさ。死ぬ危険もそれだけ高くなるがよ」
冒険者稼業、やはり死と隣り合わせ、というわけか。
「ああ、あと、世話人という形でフィリアをつけるぜ、青年」
「は?」
そういえば、先ほどから僕等の後ろで黙って会話を聞いていたな。しかもメイド服で。昨日まで騎士服でいたので、ちょっと照れてまともに見ることが出来なかったので、先ほどから何とか、視界に入れないようにしていたんだ。
「フィリア・ストラスブールです。改めてよろしくお願いします」
僕の目は点になっていたに違いない。
「断るわけには……」
「いかんな。いまでこそ、アークティカ国教会が黙っているが、奴らは元々本当かどうかわからない魔王復活の噂を信じて、強硬に勇者召喚を行おうと進言してきたんだ。それを、俺が全責任を持つという形で承認したんだ。それをあっさり手元から放したなんて言ったら、また奴らが何を言ってくるかわからん。それで、青年を繋ぎとめておく意味でも、俺にとっちゃあ娘同然のフィリアを青年の世話人としてつけるんだ。嫌かも知れんが、我慢してくれや」
「俺は構いませんが……。フィリアさんは嫌じゃないんですか?」
「嫌ならば、引き受けませんよ?」
おおう、首を傾げながら、少し僕を見上げるようにしてくる。こんな僕好みの見た目をしている少女を前に、持つか、僕の理性よ?
「手え出すんじゃねえぞ、青年」
「保証は出来ない」
僕と国王の軽い殴り合いが始まった。
殴り合いは僕の勝利で終わった。
ああ、清々しいな。いつか僕のお嫁さんになってくれる女性の父親とこうして殴り合いをしてみたいものだ。「娘さんを俺にください!!」「何処の馬の骨かも分からんような貴様なんぞに娘はやらんぞ!!」みたいな感じで。
アホな想像をしてしまった。
この日は家具の購入や屋敷の掃除(近くの市でそういう業者みたいな人たちに頼んだ)などで、1日が終わった。
食事は一般区画の食堂でフィリアさんと食べた。
明日は異世界召喚されてから初の冒険者稼業としゃれこみますか。