プロローグ3
暫くの間、シンヤとフィリアは黙っていた。
特に話をする事がない、というわけではない。フィリアは何を話題にすればいいかわからず、シンヤは特定の存在以外をあまり受け入れないからだ。
そのせいで、時だけが流れていく。
先ほど軽い自己紹介を行ったのだが、それ以降は沈黙であった。
控室がノックされ、謁見の準備が終わったという連絡を近衛騎士団の一員からもらった時はお互いがホッとしたものであった。
フィリアに先導され、謁見の間へと向かう。
己の身の振り方をこれから決めようという時のはずであるが、シンヤは特に緊張もしていないようにフィリアには見受けられた。
そして実際彼はどうにかなるだろうと考えていた。案外楽天的な男なのである。
謁見の間では、玉座に座るべき男がいなかった玉座には。
何故か即席のテーブルが設けられていて、数々の料理が並んでいた。
「よう青年、言葉は理解できるか? 十数分前、フィリアから言葉は理解できる、って連絡を受けたんだが、どうよ?」
国王と言う割には、ずいぶんフランクな男であった。
国王に促され、彼の対面の席に座る。国王の横には王妃が座っている。その後ろには近衛騎士団だと紹介された何人かの騎士達が立っていた。例の後頭部を殴った男もいた。後でどうにかしてやろうとはシンヤは考えたが、今は表情に出していない。
ちなみに、シンヤの左後ろにはフィリアが控えてくれた。
「まあ、軽く自己紹介といこうや。俺はアレックス・フォン・アークティカ。この国、アークティカ王国で国王なんてしてる。まあ、気軽に呼んでくれや。特に俺に対して敬称なんて使わんでくれ。むず痒くなる」
「クリスティーナ・フォン・アークティカよ。この国の王妃を一応やってるわ。よろしくね」
2人は40代くらいだろうか? まあ、年代は聞かないでおこう、とシンヤは判断した。特に女性は年齢を聞かれるのを嫌がるという話を何処かで聞いた覚えがあるし、この王妃様などどう上に見ても、30代前半くらいにしか見えない。街中ですれ違えば、20代でも通じそうだ。
「工藤新矢といいます」
「クドーシンヤ? 苗字と名前の区別はあるのかしら?」
どうやら、日本流の名前はこちらの方々には縁遠いものかもしれない。そう考え、彼は言いなおすことにした。
「姓がクドウ、名前がシンヤです。よろしく」
「なあ、ところで青年よ」
名前を言った意味がないな、とシンヤは思ったがもちろん口にはしなかった。
「すまん、誠に申し訳ない」
国王が立ち上がり、いきなり頭を下げた。隣では王妃が同様にしている。
シンヤはあっけにとられて、座ったままである。
「えーと、とりあえず説明をしていただけませんか? 色々と」
「そうか、分かった」
国王と王妃が席に座る。
「何故、いきなり謝罪から入るのです?」
「こちらの勝手な都合で君を召喚してしまったからだ。そのことに関して、まずは詫びないといかんだろう」
(召喚魔法ねえ。まあ、そんな事だろうとは思ったが、まさかそれで国のトップが謝罪をしてくれるとは思わなかったな)
「そして、本当に謝らなければならないのは、召喚しておいてなんだが、君を元いた世界に戻してやる手段が分からない事なんだ」
「本当にごめんなさい」
今度は座ったまま2人が頭を下げた。
それとは対照的にシンヤは天を仰ぐように顔をあげた。やれやれ、やはりこうなったかとは内心思っている。が、そんなことは特に気にしないのがこの男であった。
「そんなことなら、気にしないでください。帰るだけなら、こちらでどうにかします。それよりも、俺をこの世界に呼んだ理由があれば、聞かせていただきたいのですが」
国王夫妻は何とも言えない表情をしていた。召喚魔法により呼びだされたのに、戻る方法がないので謝罪を行うと、帰る方法は自分でどうにかするというのだ。この世界で何度か召喚魔法で異世界の人間を呼びだした事があり、その悉くが元いた世界に帰還することが出来なかったという前例を記録上ではあるが知っている2人からすれば、この青年は何を考えているのかと疑いたくなるのも当然だろう。
そんな時、謁見の間に法衣を着こんだ男達が宗教騎士団員を数名従えて入ってきた。
「陛下、何故私達より先に召喚されし勇者殿と話をなさっているのですかな?」
勇者扱いされたシンヤは少し訝しげな表情をしたが、その場で発言をしようとはしなかった。ここで沈黙を保つことで少しでも情報を仕入れたい、そう考えたのかもしれない。
「法王さんよ、俺は言ったはずだぜ。この国で勇者を召喚するなら、その存在に対しては、俺が全責任を持つってよ。だからこそ、こうして召喚された青年とお話してるんじゃねえか」
「召喚したのは我らがアークティカ国教会の巫女でございますぞ。そして、召喚したのが我らである以上、彼は我らアークティカ国教会の所属となりまする。当然のことではないですか」
(おやおや、俺の所属に関して、揉めているらしい。はて、国王側に所属するが得か、国教会とやらに所属するのが得か、果たしてどちらであろうか?)
シンヤはのほほんとそんな事を考えながら、テーブルの上に乗っていた飲み物を特に気にすることもなく飲みほした。これが酒ではない事に彼は気付いていた。あまり彼は酒は好まないので、酒でさえなければ特に気にはしない。もちろん、酒が飲めないわけではないが、純粋に好みの問題なのだから、仕方のないことだろう。
「俺が面倒をみるって言った以上は、宗教屋なんかに任せられん。大体お前さんら、異世界の人間なんて召喚して、どうするつもりだ?」
「異世界の人間が古今召喚魔法によって呼びだされた場合、神の加護を受け、大いなる力をその身に宿すのはご存じでしょう? 復活したと噂される魔王との戦いにその力を貸してもらうのですよ」
(復活した魔王ねえ。本当にいるのかな。まあ、そんなことはどうでもいい。少し腹が減った。ここにある飯でも食わせてもらおう)
「だからよ、その魔王が復活したっていうのも、未確認事項だろうが。そんな未確認な情報で異世界から人間を呼びだしやがって。その人間の将来とか、家族の事とか考えたことがあるのか?」
「神の名のもとに魔王と戦うのですぞ? これ以上名誉なことなどそうそうありますまい」
(やはり、違う世界に来たからといって、味覚が良くなるわけではない、か。結局のところ、味がしないな)
「ねえ、シンヤ君、料理はどうかしら? おいしい?」
「すみませんが、俺、ガキの頃の体験がもとで、味覚がボロボロなんです。すごく不味いか、そうではないかの区別しかつかないんで、悪いんですけど、不味くはないとしか答えられないんですよね」
目の前では、この国の政治のトップに立つ男と、宗教のトップに立つ男が論争をしているが、それを目の当たりにしながら、黙々と食事をとれるこの男の神経はかなり図太いものがあるのだろう。
「そう、美味しい料理を美味しいって言えないなんて、人生の楽しみの何割かを損している感じね」
「仕方ないです。こればっかりは治しようがないって、元の世界でも言われました。諦めてますよ」
そして、幾分楽しそうに会話を続ける王妃とこの青年を見て、国王と法王は何とも言えない顔をしていた。
「なあ青年」
「なんです? 腹が減っているんで、出来れば後にしてもらいたいんですけどね」
「ふざけるなよ、小僧!! 先ほどからのうのうと飯など食いおって!! 我々の命令を聞き、魔王と戦ってもらうぞ!!」
シンヤは法王を見上げて、ため息をついた。小馬鹿にしているような感じで。
法王は小馬鹿にされたのを理解したのだろう。何かボソボソと唱えだした。
いきなりシンヤの心臓に痛みが走った。
シンヤは己の心臓を抑えて苦痛に耐えた。
(こいつは……。あの時巫女に飲まされた何かのせいか……!!)
「おやおや、いきなり苦しみだしてどうしたのかな? 勇者殿」
蔑んだような表情でシンヤを見下ろす法王。
「てめえ、この青年に何をした?」
「何を、ですかと? クカカカ、もちろん勇者殿が我らに反逆しないように、心臓にある道具を組み込ませていただきましたよ。我々アークティカ国教会の判断に従いますようにね」
「貴様ら……!!」
「おやおや、私の胸倉なんぞ掴んでどうするつもりですかな? 勇者殿が私を守るために貴方を排除するかもしれませんぞ? 国王陛下」
その時、胸元を抑えていたシンヤが立ち上がった。
「俺の心臓に何をした? 法王」
法王はその様子を見て、少し驚いた表情をしていた。あれだけの苦痛を受けておいて私と対等の口を聞くとはねえ。何処となく、その表情が快楽に歪んでいく。どうせこの青年も後々私の操り人形になるのだ。少しばかり種明かしをしてあげるとしますか。
「貴方に飲ませたものですがね、心臓に絡みつき、私やアークティカ国教会の関係者に逆らうたびに貴方に耐えがたい苦痛を味あわせるように魔法がかけてあるのですよ」
「へえ、そんなものがねえ」
「もっとも、解呪の方法は私達国教会の上層部しか知りませんがね」
「この魔法を使える人間もそうはいないのかい?」
「まあ、この場に連れてきた人間以外に知っている者はいませんね。ですが、それを君が聞いたところで、どうしようもないな。解呪は君には出来ないし、心臓に深く絡みついたそれは、外すことなど出来ないよ」
「どんな形をしているんだい?」
「指輪のような形でねえ。それを知ったところでどうするんだい?君にはそれをどうすることも出来やしないんだよ」
「ところで、何でさっきから自分がペラペラ喋っているか分かるかい?」
その時、法王がハッと我に返った。そう言えば、何故先ほどから随分と喋っているのだろうか?
「操り人形になっていたのはあんたのほうだよ、法王さん」
そう言ってシンヤは己の左手に乗せた指輪のようなものを法王に見せつけた。
「それは……!!」
「先ほどまで俺の心臓に深く絡みついていたものだよ。貴方にプレゼントしてやろう」
そう言ってシンヤはそのリングを法王の口に押し付けた。息が出来ず、そのリングを彼は飲み込んでしまった。
「貴様、私にいったい何をした?」
「平伏せよ」
「なんだと……グアアアアアッッッ」
法王は苦痛にのたうちまわった。何故だ? 何故この私がこのような苦痛を味あわなければならん?
苦痛が解けた。
「平伏しているではないか、結構結構」
汗まみれになった法王は床に這いつくばったままであった。
「悪いけどさ、法王さん、俺はあんた達の側にはつかないよ。この場は楽しく王様達と話をつけるからさ、悪いけど帰ってくれない?」
法王は立ち上がり、一緒に付いてきた国教会の人間を従え、退出していった。退出する前にこちらを憎悪の目で睨みつけていくのを忘れない。
シンヤと法王の対決を黙って見ていた国王夫妻であったが、何が起こったのか分からずじまいであった。
「青年、何をしたんだ?」
「今はまだ、秘密にしておきます。あいつらよりは遥かに貴方がたが信用できますが、完全に信頼できるというわけではありませんから」
「聞かないほうがいい、という事かしらね?」
「そうしてください。それより、俺の身の振り方について色々と聞きたいんですがね」
そう言ったシンヤに対して、国王夫妻は目を合わせて、ため息をついた。
「それに関しては、また、明日話そうや」
「いいですよ」
法王は焦っていた。
あのリングが己の心臓に絡みついている。早く解呪しなければいけない。
本堂に帰りついた後、己の部屋に戻る。ここでなら、安心して解呪が出来る。
その時、ようやく先ほどの会食の場で己が連れてきた人間達がほとんど発言をしなかったな、と思い至った。
部屋の外で叫び声が聞こえた。
何事かと思い、部屋を飛び出した彼の目の前には、首を失いながらも、まるで人形のように歩き続ける先ほどまで会食の場にいたはずの男達がいた。何故判別できたかというのは、彼らが自らの首を持ちながら歩いていたからであった。
操り人形、勇者が言葉にしたその意味をようやく理解した。彼らはあの時、既に勇者の操り人形になっていたのだという事を。そして、己も操り人形になっていたのだという事を。普段なら話さないはずの事をペラペラと話してしまったのは、彼に操られていたからなのだという事を。
彼はリングの解呪を諦めた。否、無理だと悟った。己が組み込んだ術式が既に書き換えられ、解呪を受け付けないのだ。
勇者への憎悪が増えていくたびに彼の心臓は悲鳴を上げ、最後にはリングが心臓を食い破ったのであった。
アークティカ王国歴224年4月1日、この日、アークティカ国教会上層部の人間が謎の死を遂げた。勇者が召喚された日の深夜の事であった。
実は主人公たちの基本設定は前作と一緒。
細部は変わるかもしれませんが、主人公、シェリー・リリス・アヤメは基本設定は一緒。考えるのが難しいのです。