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プロローグ2

 

 召喚魔法が唱えられてから、数分後になるだろうか。召喚の間にいる人間たちの間に緊張が走る。

 空間が歪みだしたのだ。

 そして、その歪みが一人の青年を吐きだした。

 こちらの世界は春、4月になったばかりだというのに、この青年がいた世界では冬だったとでも言うのか、黒いロングコートを着ていた。シャツもズボンも黒い青年であった。

 その青年を見つめるフィリア・ストラスブールの横では、アークティカ国教会所属の召喚魔法をつかさどった巫女が召喚魔法の成功を喜ぶと同時に、少し残念そうな顔をしていた。召喚された人間が、少し期待外れだったかのような表情だった。

 アークティカ国教会の宗教騎士団の騎士達が青年をとり囲んだ。手には槍を構えている。

 「貴様、その手に持っているものを離せ!!」

 その青年はと言うと、話しかけられて戸惑ったというよりは、言葉が分からないという風に感じて首を傾げている。

 「!”#$%’’’&%$」

 青年が何かを言っているようではあるが、フィリアには聞き取れなかった。周りの宗教騎士団員達も聞き取ることは出来なかったようだ。

 言葉が通じないという事に気付いたのだろう。彼はやれやれという風に首を振り、右手に持っていた何かから、左手に持っているグラスに何かの液体を注ぎだした。彼がその液体を飲みほしたところで、宗教騎士団員達も正気を取り戻したのか、「おかしな真似はするんじゃない!!」と怒鳴りつけていた。

 しかし、青年は騎士団員達の感情が理解できなかったのか、またも首を傾げた。その態度に少し怒ったのだろう、宗教騎士団員の青年の一人が槍を突き出して、彼の左手からコップを弾き飛ばした。

コップが地面に落ち、割れた。

 その音に気付いたのか、それとも、コップを弾き飛ばされた事に怒りを感じたのか、彼の顔に初めてまともな感情が生まれたことにフィリアは気付いた。それは“怒り”であった。

だが、彼の目の前に立つ宗教騎士団員は彼の“怒り”に気付いていない。

 「変な真似はするんじゃ……」

 その瞬間、宗教騎士団員Aの顔面は彼の左拳によって殴られていた。

 血しぶきを上げながら、倒れこむ宗教騎士団員Aであったが、彼の怒りはその程度では収まらなかったのだろう。倒れこむAの顔面が跳ね上がった。いつの間にか空いていた右拳が地面スレスレから弧を描くようにAの顔面を襲ったのだった。

 それをきっかけにして、宗教騎士団員と青年の乱闘が始まった。


 乱闘はすぐに終了した。実際、一分もかからなかったであろう。

 “何かあった時のために”という理由で、召喚の巫女を護衛するために用意されていた宗教騎士団員達であるが、全員が地に伏せていた。この場に立っているのは、念のために派遣されていたフィリアと他数名の近衛騎士団員、そして召喚の巫女だけだ。

 そして青年はと言うと、召喚の巫女を守るようにして彼女の目の前に立った少女フィリアの顔面スレスレに右拳を静止させていた。




 シンヤは彼女が女性だと気づいて、拳を止めたにすぎない。

 彼らと話が通じないという事に気付いて、すぐに“私”の力を利用して、言葉の壁を壊そうとしたのだが、その前に攻撃を受けてしまったのだ。

 自分も気が短いな、などと考えながら彼はそれ以外に特に考えもせず、自らのコップを弾き飛ばした男の顔面に左拳を叩きこみ、崩れ落ちたところに右拳で地面スレスレからアッパーカットを決めていた。その後は襲いかかってきた男達を地面にキスさせ、残りの人間達を殴ろうかとしたところ、目の前に立っているのが少女だと気付き、彼女の顔面スレスレで拳を止めていた。

 女の子の顔面を殴るのはよくないことだよな、うん。

 シンヤはその時、そんな事を考えていたが、もちろん、相手にそんな事が通じるわけはない。彼は彼女の目の前から拳を引いた。

 さて、“私”の力を借りて、言葉の壁を壊すとしますかね。

 --完了。

 どこからかシンヤの脳裏に声が響いたが、もちろん、他の人間に聞えるわけがない。

 --後ろだ。

 そんな声が聞こえたと同時にシンヤの後頭部を衝撃が襲った。



 「何をするんです? 先輩」

 「何、意識を奪っただけだ。後で意識を取り戻すさ。何かあったとしても、この程度では死にはしないさ。心配なら、後で回復魔法の使える魔法士に回復魔法をかけてもらえばいい」

 フィリアの疑問に先輩近衛騎士団員は軽い調子で答えた。後頭部を殴りつけ、意識を奪っただけと言えば聞こえはいいが、単なる不意打ちである。

 「ですが、後ろから殴りつけるなど……」

 「おいおい、お前さんを助けたんだぜ? 見習いクン」

 自分を小馬鹿にした態度であったが、彼の実力は本物だ。ここで言い争っても、得にはならない。

 召喚の巫女はそんな二人の言い争いなど気にもせず、召喚された青年に近づき、彼の口に何かを含ませ、水筒でそれを飲み込ませた。

 そんな時、召喚の間の扉が開かれた。

 「先ほど、ここから大きな魔力の流れを感じたが、お前ら、何をしている?」

 そんな事を言いながら入ってきたのは、この国アークティカ王国の国王アレックス・フォン・アークティカであった。

 「おい、巫女さんよ。その青年、見かけない顔だが、何モンだい?」

 「これは国王陛下、この青年こそ、此度の召喚魔法によって導かれた我が国の勇者でございます」

 巫女の返答にアレックスは表情を歪めた。

 「成功しやがったのか……!! レムリアの二の舞にならなければいいがな」

 アレックスの脳裏に浮かんだのは、同じく二年と少し前に勇者召喚の儀を行い、その後勇者の扱いを間違え彼女(召喚されたのは女性だという話だ)の逆鱗に触れ、国の上層部がごっそり入れ替わったとも言われるレムリア王国であった。

 「まあいい、呼びだしちまったモンはしょうがねえ。おい、そこの近衛騎士団員、おめえ、謁見の間近くの控室にそいつを運んどけ、丁重にな」

 「私がですか?」

 答えた青年は嫌そうな顔をしている。

 「おめえが後ろから殴り倒したんだろ?」

 「流石は陛下、よくわかってらっしゃる」

 元冒険者であるアレックスは、召喚の間に入ってきた時にだいたいの事を把握していたが、今まで気付かなかったふりをしていただけであった。




 そんな会話をシンヤは気絶したふりをしながら聞いていた。

 だいたい、後頭部を殴られたくらいで簡単に気絶するなんて、全くのフィクションだ。実際にそれで意識を失い倒れたとなると、後日、脳に重大な障害が残りかねない。

 巫女と呼ばれた女性に何かを飲まされたのだが、シンヤはそれを甘んじて受けている。彼は例えそれがなんであろうと、どうにでも出来ると考えている節があった。

 国王により、自分を殴り倒した近衛騎士団の一員という青年ともう一人の青年によって謁見の間近くの控室とやらに連れて行かれる間、彼は薄目を開けて自分を殴り倒した青年を見上げた。ちなみにその彼はシンヤの両腕を抱えて後ろ向きで運んでいる。その彼がイケメンであったため、シンヤの中では殺意が渦巻いていた。

 控室のベッドに寝かされた後、近衛騎士団員の二人が出て行ったが、イケメンに見習いクンと呼ばれた少女が控室に残った。

 どうやら自分の見張り役だろうか、そう考えたシンヤはため息交じりに起き上った。

 「大丈夫ですか?」

 少女の言葉が理解できる。

 自分の言葉を彼女は理解できるだろうか?

 「俺の言葉、分かりますか?」




 急に起き上った青年をみて、驚いたせいかフィリアは言葉が通じないというのに、声をかけてしまった。

 「大丈夫ですか?」

 通じない筈の言葉に彼は平然と言葉を返してきた。「俺の言葉、分かりますか?」と。

 言葉が通じている。何故?

 彼女の脳裏に不安がよぎった。

 「ええ、分かります」

 「よかった。言葉が通じなかった分、彼らに襲われた時、ついやり過ぎてしまいましてね。後で俺が殴ってしまった人たちに謝ってもらえませんか? 流石に武器を持った連中でしたから、こちらとしては正当防衛だと思うので、俺から直接謝りはしませんけどね」

 「そうでしたか、後で伝えておきます」

 「最後に後ろから俺を殴ったやつに伝えといてください。許しはしないと」

 「え?」

 フィリアはその言葉に驚いたが、何となく嫌な予感がした。だからこそ、こう答えた。

 「ご自分でお伝えください」




 アークティカ王国歴224年の春の4月1日、この国に一人の青年が召喚された。こうして、一人の青年と一人の少女が出会ったことにより、彼らの物語が少しずつ動き出す。

 その物語がどのような方向へ進むのか、今はまだ、誰も知ることはない。


 

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