竜、人間と出会う
とりあえず、今の状況を考える。一言で言えば、落下、であり、もっと深く言うと、死の間際、である。
なにもスカイダイビングをやっている訳では無いのだ。まずパラシュートを着けていないし、そもそもそんなもの望んでいない。しかし、空に居るのは確かで、落下していることも確か。一瞬、夢かと思ったが顔に吹き付ける冷たい風が夢ではないと感じさせる。まぁ、色々いってみたものの、とどのつまりは、こういうことだ。
―――死にそう。
と、こういうこと。あぁ、お父さんお母さん、先立つ不幸をお許しください。どうせ死ぬのなら、自分の死因くらいは把握しておきたい。冷静になって考える。ここで冷静になれる自分もおかしいのだが、死を覚悟した人間には死の恐怖はないのだ。
そうだ。そうだった。思い出した。俺は高校の屋上から足を滑らせて......
ん?まてよ。なぜこんなに落下時間が長いんだ?高校の屋上から落ちたんだぞ?もう五分は落ちてる。おかしい。俺の通ってる高校は三階までしかない。
と、まぁそんことは置いといて、そろそろ終わりが来たみたいだ。地面がもう目の前に来ている。なんも無い平野だ。見渡す限り平野。俺の死に場所はここらしい。それじゃ、最後に、俺の名前は入江竜芽、青春真っ只中の17歳だった。彼女募集中だ。それでは。
ボヨン、と地面に落ちた瞬間体が跳ね上がる。おいおい。一体全体どうなってんだ?再び宙にある体にある音が聞こえてきた。
「ヴァァァァァ」
謎の叫び声。人のそれとは明らかに違う。空気が震えて、地が揺れる。ドサッと謎のクッションのお陰で多少の衝撃はあったものの、無事、着陸した俺は、叫び声が聞こえた方に視線を移す。
頭には角、四本の足にゴツゴツした首に、背中には俺の数倍はあろうかという大きさの翼、俺の体とは比べ物にならない程の巨大で、紅蓮の体。そして、俺が跳ね返ったクッションの正体、長い尾。
もうここまで説明したら分かると思う。そう。こいつは、
「ド、ドラゴン!?」
そうだった。そこに居たのは、ファンタジーの中でしか存在しないはずのドラゴンが居たのだ。
首をこちらに向けて、明らかに俺の事を食おうとしていると思うんだが。
せっかく助かったと思ったらすぐに命の危機とは。
その時ドラゴンが、
「ヴァァ」
と、雄叫びをあげた。あぁ、もう死んだな、と思ったのだが、
「止めてくれーー!」
と、意味はないとわかっていても頭を手で覆って庇ってしまう。目は無意識に瞑っていて、足は情けなくガタガタ震えている。
「ん?」
数秒しても、ドラゴンが喰らいにくる気配が全くない。食うなら食うで一思いにやってほしい。まさか、このビビりまくって哀れな俺をドラゴンは楽しんでるのか?
「お主、何をしておる」
「止めてくれ......え?」
声がした。そう、声が絶対にした。驚いて勢いよく顔を上げてみると......
「女......てゆうか、裸じゃねぇか!」
そこに居たのは裸の女。歳は俺と同じくらい。腰まで届く赤褐色の髪に、紅蓮に輝く瞳、恐ろしく整った顔立ち。やべぇくらい可愛いな。
と、とりあえず。
「とりあえず、これ着ろ!」
着ていた高校の学ランを脱いで、腕を組んで仁王立ちをしている女にぶん投げてやった。
「ぬ、お主、気が利くの。ちょうど寒いと思っていた」
女は俺がぶん投げた学ランを拾い上げて、袖を通した。サイズは少しでかいようだが、下が隠れてちょうどいい。
で、とりあえず自分の状況を確認したいのだが、いかんせん非常事態が起きすぎている。
「とりあえず、だ。お前は誰だ」
と、聞いてみた。突然に現れたのだからただ者ではないないと思うが。
「わしか?わしは、この世界に破滅をもたらす竜、ルインドラゴンじゃ。ルインと読んでくれ」
「ル、ルインドラゴン?」
顎を偉そうにつきだして、ドラゴンといい放つルイン。
「どう見ても、人なんだが」
「これは、大昔に、魔導師にかけられた封印魔法じゃ。今は大分弱まっておるがの」
「そ、そうか」
全くもって信じられないが、辻褄は合う。俺を食おうとしていたさっきのドラゴン。あいつが、このルインだとしたら、問題の八割は解決する。この際、面倒くさいのでさっきのドラゴンはルインと言うことにして、
「で、ここはどこだ?」
「む、ぬし、おかしな事を言うな。ここはユニ大陸の平野ではないか」
「ユニ大陸?」
やっぱりか。俺は他の世界に、つまりは異世界に来ちまったみたいだ。
「ところで、お主に頼みがあるのだが」
「頼み?」
「うむ。実はな、わしの力を抑えるための宝集めに協力してはくれんか?」
「力を抑える、宝?」
「そうじゃ。わしはあと数年もすると、わしの意思とは関係なく、この世界を破滅に導く悪魔の竜と化してしまうのだ。」
「破滅に導く......」
「だがな、わしはこの世界を破滅などには導きたく無いのだ。破滅の力を抑えるためには、このユニ大陸に散らばる三つの宝を集めなければならない」
「なるほど。でも、俺で良いのか?実は俺は異世界から来たんだが」
「む、なんじゃ。そうだったのか。なら尚更じゃ。わしは多少なら人間の知識も持ち合わせておる」
たしかに。今、俺の選択肢は1つしか無いのかも知れない。ルインと一緒に宝を集める旅にでる選択肢だ。もし、ここでルインの頼みを断ったとしよう。するとどうだろう。この世界での生き方も分からず、場所も分からず、このだだっ広い平野でのたれ死ぬかもしれない。つまりは、俺はルインと一緒に旅に出るしかないと言うこと。
「わかった。いいよ。一緒に宝集めしようぜ。わりとそういうの好きだし」
と、言うと、ルインの顔は途端に明るくなり、
「おぉ!本当か!恩に着るぞ!では、改めて、ドラゴンのルインだ」
「俺は、人間の入江竜芽だ。これからよろしく」