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 恋はするものなのだと思っていた。堕ちるものだとは知らなかった。間違いなく、僕は堕ちている。抗うことの適わない、恋に。

 失う恐怖と罪の重さを天秤にかけ、僕は、罪の方を選んでしまったのだから。

「優、私たち、共犯よね?」

 月明かりがやけに眩しい。リサの髪が美しく艶めき、幻想的な世界を彩る。

「……僕たち、これからどうすれば良いのかな」

 尋ねたところで答えは出ない。ただ僕は溺れている。溺れ続けている。夜の匂いに。恋に。リサに。

 足元に転がる“アイツ”が誰なのかは知らない。知る必要はない。リサがここにいる。それだけが、僕の望み。

「今まで通りで良いんじゃないかな?」

 ああ、違う。眩しいのは月明かりではなく。

「今まで通り?」

 薄い雲に反射する、光の欠片たちだ。夜を覆うヴェールのようなそれらが、僕たちを明るく優しく照らしている。怖がることなどないと、優しく。

「そ。毎日、確認するの」

 広がる淡色の世界。リサと僕しかいない世界。僕たちの絆は、きっと。

「……ね? ポチもそう思うよね?」

 鮮やかな色に濡れた塊に向け、リサが声を掛ける。ポチというのは、前の絆と同じ名だ。

「ポチ? それのこと?」

「うん。ポチって名前、可愛いでしょ? だからみんなポチ」

 前のあれの本当の名も、ポチではなかったのかもしれない。リサにとっては全てがポチで。僕もそのうちポチになるのだろうか。裏切らない限りは、傍に居続けられるはずだけれども。

 僕とリサとポチ。ポチの中身が変わっても、関係性の変わらない世界。夜は等しく降り注ぐ。いつも、いつまでも。ずっと。

「優……優は私とずうっと一緒にいてくれるんだよね? 裏切ったりしないんだよね?」

 リサを裏切るということ。それがどういう意味なのかをはっきりと悟った今でも、呪縛から逃れる気にはなれそうになかった。惑わされているのは、それを僕自身が望んでいるからに他ならないのだ。

 間に罪を挟むことで、繋がりを強固なものにする。僕たちの絆は麦藁よりも強く、誰にも付け入る隙を与えない。

 ふたりで抱える罪の重さに比例して、僕はリサを独占する。リサに縛られたまま、操り人形のままだとしても。

「裏切らないよ。リサが……」

 僕を、裏切らない限り。

 間違っていることは知っていた。僕はもうどうしようもないほどに罪深く、足掻けば足掻くほど嵌る泥沼の中に立っている。リサという名の、冷たく魅力的な底なしの沼に。

「私、優のこと好きだわ。……きっと」

 リサが手を伸ばし、僕の頬に触れた。冷たい掌が全ての真実。リサがいるこの場所だけが、僕にとっての全てだと。

 リサの指に、僕の指を絡める。心地好い冷たさが僕を包み込む。ふたりの指が赤く染まり、強い絆が僕たちを縛り付けていく。

 ようやく僕は思い出してきた。何故あの日、リサに声を掛けたのかを。

「僕も、きっと同じだよ」

 リサの瞳に僕が映っていたからだ。教室では一度も交わることのなかった視線が合い、僕を認識してくれた。僕を瞳に映し、初めて見る笑顔で、僕に。

 リサが、微笑んでくれたから。

 想像以上に簡単な理由。僕は、初めからリサに囚われていたのだ。


 だから、リサ。


 赤く濡れた僕たちの世界。

 偽りにまみれた天国に。


 そっと。

 ふたりで。


 堕ちていこう。

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