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 冷たい風が頬を撫でる。指先は暖かいのに。それでも、吹く風は冷たかった。

 お互いに声を上げない。ただ吹き荒ぶ風の音だけが耳に届く。僕たち以外にはもう、息をしていないのだから。

「……やっぱり、逆のが良かった?」

 指先に込めた力を緩め、躊躇いがちにリサが微笑んだ。柔らかな表情を浮かべ、鋭い目で僕を見詰める。

「汚れちゃうからさ、こっちだと。リサの服とか汚れたら大変だろ?」

「別に構わないよ。捨てれば良いだけだし、服は」

 月明かりが手元を照らす。赤と黄色と桃色のそれは、本当は黒いのかもしれない。

「でもさ、大きいし」

 まだ微かに動いているらしく、波打つように定期的に溢れ出す。軍手の先が、鮮やかに染まる。

「まあね。確かに」

 初めての共同作業。この場に似つかわしくない、甘く美しい響き。リサが僕を必要としてくれるなら、僕もリサに全面的に従う。だからこそ、僕たちは共に罪を犯せたのだ。それも、ひどく重大な罪を。

 僕はこれが何なのかを知らない。知る必要はない。必要なのは、今、目の前にある塊。絆という名の束縛のみで。

「でも案外、力って出るもんなのね。私、握力ない方だと思ってた」

 ようやくはっきりとした形が見えてきた。

「人間、死ぬ気になれば何でも出来るってことじゃない?」

 脂が付着し切れ味の悪くなったナイフを、ゆっくりと動かす。

「死ぬ気、じゃなくて、殺す気、でしょ?」

「そうだね」

 調理実習で肉を切った時とは違う感触。せめてここに真魚板まないたがあれば良かったのに。勿論、包丁とセットで。

「リサ、どのくらい細かくする? 僕のナイフじゃあんまり切れそうにないんだけどさ」

 いや。包丁では足りない。もっと、そう。たとえばのこぎりのような。

「見付からないように隠せば良いだけだし、そんなに細かくしなくても良いんじゃないかな? それにね」

 鋸の方が、役不足だといって嘆くかもしれないけれども。

「ある程度大きい方が、駄目になりにくい気がするんだ」

 こんなどこの馬の骨とも判らない奴を切断するための道具じゃないぞ、と。

「……ね? そう思わない?」

 何がおかしいのかは判らなかったが、僕の口元は自然と綻んでいた。勿論、リサの口元も。

「そうかもね」

 おかしいのはきっと、この塊の存在だ。或いは、僕たちの。

 冷たい風が吹き抜ける。今、この瞬間。世界は僕たちだけのものになった。リサと僕、ふたりだけの世界。僕の感情を否定する要素はどこにもなく、だからこれを恋だと認めよう。

 ふたりを包む冷たい空気が解き放つ。肯定せよと、優しく諭す。

「リサ、僕さ……」

 裏切りを許さない関係。それを恋と呼ぶのなら。

 共に罪を犯し、共に歩むことを恋と呼ぶのなら。

「リサのこと」

 紛れもなく。リサに縛られ囚われ続けることを。

 僕はきっと、恋と呼ぶ。

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