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「フハハ!我は魔王!」と名乗る前に勇者に瞬殺されたので、走馬灯で必死に尺を稼ぐ

作者: あゆと
掲載日:2026/07/04

「フハハ! 我は魔……ぐはぁっ!!」


魔王グランヴェルドの視界が、白く弾けた。

胸の奥で、魔力の核が砕ける音がした。

玉座の左右で、黒炎が一瞬だけ大きく揺れる。


(なっ……!)


斬られた。

いま、斬られた。

しかも、最初の一文字で。

しかも、致命傷で。


(待て!)


勇者は、魔王が名乗り終えるのを待たなかった。


(待て待て待て待て!)


違う!

これは違う!

我はまだ、魔までしか言っておらぬ!

魔王ではない!

魔、である!

いや、最後に「ぐはぁっ!!」が混ざったせいで、もはや魔ですらない!


(ふ、ふざけるな……!)


百年だぞ!

この一声のために、玉座の高さを変えた。

黒炎の燃え方を調整した。

マントが広がる角度まで、三度も直させた。


それを。


「魔」で。


斬った。

しかも、魔力の核まで!


(勇者よ……! そこは待つところであろうが……!)


魔王城の玉座の間。

百年に一度の決戦。

万魔を統べる王が、人類最強の勇者を迎え撃つはずの瞬間。

そのすべてが、最初の「魔」と「ぐはぁっ!!」で終わった。


(早い! あまりにも早い!)


魔王の体が、後ろへ倒れていく。

黒いマントが、遅れて揺れた。

砕けた魔力の核から、黒い光が霧のように漏れている。

玉座の両脇では、せっかく調整した黒炎がまだ威厳たっぷりに燃えている。

遅い。

炎だけが、遅い。


(我はまだ、何者であるかを言っておらぬ!)


このまま死ねば、勇者の記憶に残るのは「魔」と言いかけて「ぐはぁっ!!」と叫んだ黒い人影だけだ。

違う!

そうではない!

我は魔王グランヴェルド。

万魔を統べし黒焔深淵暗黒不滅大魔王グランヴェルド二世。

夜を裂き、星を沈め、古き盟約を破りし者。

その予定だった。


(せめて名乗らせよ!)


魔王は、白く飛びかけた意識の中で叫んだ。


(せめて、我が何者であったかを語らせよ!)


玉座の間の音が、遠のいた。

勇者の足音も、部下たちの叫びも、黒炎の燃える音も、白い膜の向こうへ沈んでいく。

代わりに、石を削る音が聞こえた。


*:.。..。.:+・゜・


白い光の奥に、まだ完成していない魔王城が浮かぶ。

最初の記憶だった。


玉座の間ではない。

まだ城壁も低く、塔も半分しかない、建設途中の魔王城だった。

若き日のグランヴェルドが、城門の前で腕を組んでいる。

その前には、巨大な黒い玉座。

玉座は、扉の前で止まっていた。

大工長が図面を見た。

経理係が青ざめた。

若き魔王は、玉座と扉を見比べていた。

「陛下。扉より、玉座の方が大きいです」

「見れば分かる」


(違う!)

死にかけの魔王は、白い意識の中で叫んだ。

(そこではない! もっとあるであろう! 我が魔王として初めて玉座に座り、万魔がひれ伏した場面を出せ!)


しかし走馬灯は止まらない。


大工長が恐る恐る聞く。

「どういたしますか」

若き魔王は、腕を組んだまましばらく黙った。

「壁を一部壊す」

経理係が泣きそうな顔になった。

「陛下、予算が」

「我の採寸ミスだ。我の私室の装飾費を削れ」

「よろしいのですか」

「よい。玉座のない魔王城など、鍋のない厨房だ」

「例えが庶民的でございます」

「うるさい」

周りの魔族たちは、笑いをこらえながら頭を下げた。


(違う! そこもいらぬ!)


魔王の意識は、白い光の中で暴れた。

(我の走馬灯であるぞ! もっと威厳を出せ! もっと恐怖を出せ!)


石を削る音が、鍋の底をこする音に変わった。


*:.。..。.:+・゜・


厨房だった。


巨大な鍋から、黒い煙が上がっている。

若き魔王は、手のひらに小さな黒炎を浮かべていた。

料理長が横で固まっている。

「陛下、火力が」

「弱火と言われたので、黒炎を小さくした」

「黒炎は、小さくしても黒炎でございます」

鍋の中のシチューは、黒く焦げていた。

若き魔王は鍋をのぞき込んだ。

「……すまぬ」

料理長が目を丸くした。

「陛下が謝られるのですか」

「我が焦がした。ならば我が謝る」

「しかし、魔王様が厨房で頭を下げるなど」

「焦げた鍋に王も兵もあるか。貸せ。洗う」

若き魔王は袖をまくり、鍋を洗い始めた。

厨房の魔族たちが、あわてて止めようとする。

だが若き魔王は真剣だった。

「焦げは早いうちに落とさねばならぬ。これは戦と同じだ」

「陛下、戦と鍋を同列にしないでください」


(やめよ!)

魔王は叫んだ。

(黒炎魔法の記憶で、なぜ鍋を洗っておる!)


白い光の向こうで、現実の玉座の間がにじんだ。

勇者の剣は、もう振り抜かれている。

魔王の体は、ゆっくり倒れていく。

胸の奥では、砕けた魔力の核が音もなく崩れている。

部下たちは叫んでいる。

だが走馬灯は、まだ終わらない。


焦げた匂いが薄れ、夜の廊下の静けさが流れ込んでくる。


*:.。..。.:+・゜・


深夜の廊下だった。


新人の魔族兵が、槍を抱えたまま壁にもたれて眠っている。

見回り中の魔王が足を止めた。

「規律違反だな」

新人兵は眠ったまま、びくりと肩を揺らした。

魔王はその顔を見た。

まだ若い。

角も短い。

目の下には濃いくまがある。

魔王は近くの控室から毛布を持ってきた。

そっと、新人兵の肩にかける。

「明日は交代を早めよ。初任務で夜勤三連続は無理がある」

背後で、宰相バルドが記録板に何かを書いている。

「陛下、警備割の変更でございますか」

「うむ。新人を潰して何になる」

バルドは黙って記録板に書き込んだ。

眠ったままの新人兵は、毛布の端を握った。


(違う!)


魔王は、白い意識の中で頭を抱えた。

(恐怖だ! 我は恐怖の王だったはずだ! なぜ毛布をかけておる!)


廊下の灯りがにじみ、食堂のざわめきが近づいてくる。


*:.。..。.:+・゜・


魔王城の食堂だった。


長い机に、魔族たちが並んで座っている。

皿の上には、黒焦げ肉、赤黒いスープ、地獄唐辛子の山。

新人兵たちが涙目でそれを見ている。

料理長が胸を張った。

「これぞ魔王城名物、地獄の業火煮込みでございます」

「辛い」

食堂が静まり返った。

魔王は水を飲んだ。

もう一杯飲んだ。

さらにもう一杯飲んだ。

「辛すぎる!」

料理長が青ざめた。

「申し訳ございません。魔王城にふさわしい恐ろしき味を目指したのですが」

「恐ろしい味と、食べられぬ味は違う」

魔王は新人兵たちを見た。

小さな魔族が、スプーンを持ったまま震えている。

魔王は料理長へ言った。

「週に二日は普通の煮込みにせよ。辛さも選べるようにする」

「普通の、煮込みでございますか」

「うむ。野菜を入れろ。根菜がよい」

「魔王城で根菜」

「強い兵は、よく食べ、よく眠る兵だ。泣きながら食うものではない」

食堂のあちこちで、小さな歓声が上がった。


(違う! これは慈悲ではない!)


魔王は、死に際の意識で必死に言い訳をした。

(士気管理だ!)

だが、走馬灯の中の魔族たちは笑っていた。

怖がってはいない。

ありがたそうに、普通の煮込みを食べている。


(なぜだ!)


魔王は、白い光の中で目を細めた。

(我は、恐怖の王だったはずだ!)


食堂の湯気が白く広がった。

皿の音が消え、代わりに机を叩く音が響いた。


*:.。..。.:+・゜・


会議室だった。


四天王が机を挟んで睨み合っている。

東方将軍ゴルドは、巨大な腕を組んでいた。

西方魔術師リゼリアは、扇で口元を隠している。

南方獣将ガルムは椅子に座らず、床で尻尾を振っている。

北方氷将ネーヴェは、冷たい目で資料を見ていた。

会議の空気は最悪だった。

「だから東門から打って出るべきだと言っている!」

ゴルドが机を叩いた。

リゼリアが扇を閉じる。

「力任せの突撃で何度備品を壊せば気が済むのです」

ガルムが笑った。

「じゃあ俺が南門から行く。速いぞ」

ネーヴェが冷たく言う。

「速いだけでは罠にかかります」

四天王が一斉に言い合いを始めた。

そこへ魔王が入ってきた。

会議室が静まる。

魔王は全員を見回した。

「まず座れ。立って怒鳴るな。声が大きい者が勝つ会議は弱い」

ゴルドが唇を曲げた。

「陛下、しかし」

「ゴルド。お前は東門から出たいのだな」

「はっ!」

「リゼリア。お前は魔法陣で誘導したい」

「その通りでございます」

「ガルム。お前はとにかく走りたい」

「はい!」

「ネーヴェ。お前は罠の確認が終わるまで動きたくない」

「はい」

魔王はうなずいた。

「ならば、次回から議題を前日に出せ。全員、相手の案を読んでから来い。会議で初めて聞くから怒鳴り合いになる」

四天王は黙った。

魔王はさらに言う。

「それと、机を叩くな。修理費が出る」

ゴルドが手を引っ込めた。

「……申し訳ありません」

「謝る相手は我ではない。机と経理係のミミルだ」

ゴルドは机に向かって頭を下げた。

「すまん」

ミミルにも頭を下げた。

「すまん」

ミミルは泣きそうな顔でうなずいた。


(おかしい!)


魔王は、白い光の中で歯を食いしばった。

(我の覇業はどこへ行った! なぜ走馬灯が会議改善を流しておる!)

記憶の中のバルドが、淡々と言った。

「陛下が一番よくされていたことだからでは」

(黙れ、バルド!)

「世界征服のための会議を整えておられました」

(地味だ!)


会議室の魔族たちは、誰も笑っていなかった。

ゴルドは机に触れないよう、手を膝の上に置いている。

リゼリアは、相手の資料に目を通してから扇を開いた。

ガルムは、ネーヴェの罠確認が終わるまで立ち上がらなかった。

ミミルだけが、修理費の欄に小さく丸をつけていた。


机を叩く音が、羽根ペンの音に変わった。


*:.。..。.:+・゜・


経理室だった。


決算前の深夜。

経理係ミミルと部下たちが、帳簿の山に囲まれている。

机の上には、羽根ペン、インク壺、計算板。

誰も顔を上げない。

扉が開いた。

「まだ終わらぬのか」

ミミルが飛び上がった。

「へ、陛下! 申し訳ございません! 勇者対策費と城壁補修費と黒炎演出費が重なりまして」

「黒炎演出費は必要経費だ」

「はい。ですが、黒炎を左右対称に燃やすための追加魔石が」

「必要経費だ」

「陛下……!」

「……少し削る」

魔王は机の上に包みを置いた。

中には、甘い焼き菓子が入っていた。

「食え。経理が倒れると城が止まる」

ミミルは包みを見た。

それから、魔王を見た。

「陛下が、これを」

「勘違いするな。これは慈悲ではない。業務継続のための補給だ」

「ありがとうございます」

「礼は帳簿が締まってから言え」

ミミルは焼き菓子を一つ持った。

泣きそうな顔で、それをかじった。


(違う!)


魔王は、白い光の中で顔をそむけた。

(なぜ差し入れを流す! もっとあるだろう! 勇者を迎え撃つ準備だ! 黒炎! 玉座! 名乗り! そこを出せ!)


その願いだけは、走馬灯に届いた。


帳簿の紙が、玉座の黒い床に変わる。

羽根ペンの音が消え、誰もいない広間に魔王の声だけが響き始めた。


*:.。..。.:+・゜・


深夜の玉座の間だった。


誰もいないはずの広い部屋で、魔王が一人、玉座から立ち上がっていた。

「フハハ! 我は魔王グランヴェルド。万魔を統べし黒焔深淵暗黒不滅大魔王にして、夜を裂き、星を沈め、古き盟約を」

噛んだ。

魔王は咳払いした。

「今のはなしだ」

誰もいないのに、そう言った。

もう一度、玉座に座る。

少し間を置く。

立ち上がる。

マントが肘掛けに引っかかった。

「ぬおっ」

魔王はマントを外した。

「今のもなしだ」


(やめろ!)


死にかけの魔王は、白い意識の中で叫んだ。

(完成形を出せ! 練習を出すな!)


だが柱の陰には、四天王がいた。


ゴルドが小声で言う。

「陛下、緊張しておられるな」

リゼリアが扇で口元を隠す。

「緊張ではありません。入念な準備ですわ」

ガルムが尻尾を床に叩きつけそうになり、ネーヴェに止められている。

バルドは記録板を持って立っていた。

魔王が三度目に立ち上がる。

今度はマントも綺麗に広がった。

声も響いた。

「フハハ! 我は魔王グランヴェルド。万魔を統べし黒焔深淵暗黒不滅大魔王にして、夜を裂き、星を沈め、古き盟約を破りし者。勇者よ、よくぞここまで来た」


玉座の間に、短い沈黙が落ちた。

柱の陰から、拍手が起きた。


魔王が固まった。

「……誰だ」

バルドが姿を見せた。

「失礼いたしました、陛下。今のフハハは大変よろしゅうございました」

四天王も出てくる。

ゴルドがうなずいた。

「腹に響きました」

リゼリアも続ける。

「ただ、肩書きは半分に削ってもよろしいかと。勇者殿が途中で斬る可能性が」

「削るな!」

魔王は真っ赤になって怒った。

「そこに百年分の威厳がある!」

ガルムが手を上げる。

「じゃあ、最初に名前だけ言えばいいんじゃないですか」

「名乗りには順序がある!」

ネーヴェが淡々と言う。

「勇者が待たない場合を想定すべきです」

「勇者が魔王の名乗りを待たぬなど、礼を知らぬにもほどがある!」

バルドが記録板に書き込む。

「では、勇者が待たない可能性も、当日の確認事項に」

「入れるな! 縁起でもない!」


記憶の中の部下たちは笑っていた。


魔王は、走馬灯の中の部下たちを見た。


彼らは、本気で応援していた。

明日、魔王が玉座の前で勇者を迎えることを。

魔王が魔王として、最後まで立つことを。

その名乗りが、少しでもうまくいくことを。


玉座の間が白くほどけていく。

拍手の音が、遠くの叫び声に混ざり始めた。

だが、まだ完全には戻らない。


白い光の中で、魔王はバルドを見た。


「バルド。我は、恐ろしい王だったか」

バルドはすぐには答えなかった。

その沈黙が、答えだった。

「そこは否定せずに、少し考えるところではない」

バルドは、深く頭を下げた。

「陛下は、面倒な王でございました」

「おい」

「肩書きは長く、会議は細かく、備品の扱いに厳しく、健康診断の受診率まで気にされる王でございました」

「それ以上言うと処すぞ」

「ですが」

バルドの声が、少しだけやわらかくなった。


「我らの王でございました」


白い光の中に、これまでの記憶が重なっていく。

扉を通らなかった玉座。

焦げた鍋。

新人兵の毛布。

普通の煮込み。

机を叩かなくなったゴルド。

経理室の焼き菓子。

柱の陰で聞いていた名乗り練習。

恐怖の記録は、どこにもなかった。


「……我は、思ったほど恐怖の王ではなかったのかもしれぬ」

バルドは言った。

「はい」

「そこは否定せよ」

「申し訳ございません」


魔王は笑いそうになった。


白い光が、さらに強くなる。

胸の奥では、砕けた魔力の核が崩れきろうとしている。

もう走馬灯も終わる。

魔王は最後に、バルドを見た。

「名乗りたい」

「はい」

「せめて、名だけでも」

バルドはまっすぐ魔王を見た。

「陛下。九十七年と八か月と十二日、練習なさいました」

「百年と言え」

「では、百年分でございます。陛下なら、できます」

「勇者が待つと思うか」

「待たせるのです」

「無茶を言う」

「いつも陛下が、我らにおっしゃっていたことです」

魔王は、鼻で笑った。

「そうか」


*:.。..。.:+・゜・


白い光が消えた。

現実に戻る。


魔王の体は、玉座の前で膝をついていた。

斬撃は深い。

魔力の核は、もう砕けている。

指先から黒い光が散っていく。

勇者は剣を下ろしかけていた。

勝敗は決まっていた。


魔王は、動かないはずの唇を動かした。


「我は」


玉座の間にいた全員が、魔王を見た。

勇者の目が、わずかに細くなる。

魔王は、息を押し出した。


「魔王」


バルドの杖が、床を叩く寸前で止まった。

ゴルドは叫びかけた口を閉じる。

リゼリアの扇は開きかけたまま動かない。

全員が、魔王の唇だけを見た。


魔王は、さらに声を出す。


「グランヴェルド」


言えた。


魔王グランヴェルド。


その名が、玉座の間に落ちた。


バルドが片膝をついた。

四天王も、料理長も、経理係も、新人兵も、次々と膝をついた。

最初に拍手したのは、経理係ミミルだった。

帳簿を抱えたまま、震える手で二度、三度と手を打つ。

ゴルドが続いた。

リゼリアが扇を閉じて頭を下げた。

ガルムが泣きながら尻尾を振り、ネーヴェは目元を袖で隠していた。

料理長は、あの日の焦げ鍋のふたを胸に抱えて泣いていた。


拍手は一つ増え、二つ増え、やがて玉座の間の端まで広がった。


勇者は聖剣を上げなかった。

拍手が終わるまで、刃先を床へ向けていた。

魔王は勇者を見た。

勇者は聖剣を握ったまま、短く言った。


「名は覚えた」


魔王の指先から、黒い光がまた一つほどけた。


勇者に勝てなかった。

世界征服も果たせなかった。

肩書きの三分の二は残ったままだ。

だが、勇者は今、魔王の名を知っている。


魔王は満足して、目を閉じようとした。


その時だった。

魔王の魂が、ほんの少しだけ残っていることに気づいた。

「待て」

勇者が眉を寄せた。

魔王は最後の力を振り絞った。

「正式な肩書きが、まだ残っておる」

玉座の間が静まり返った。

バルドが顔を上げた。

「陛下」

「止めるな、バルド。ここからが一番かっこいいところだ」

勇者は黙っている。

魔王は言った。


「万魔を統べし黒焔深淵暗黒不滅大魔王グランヴェルド二世にして、夜を裂き、星を沈め、古き盟約を破りし者。闇の王冠を戴き、深き」


「長い」


魔王の魂は、二度目の致命傷を受けた。


「……長くないもん」

声はもう、ほとんど消えかけていた。

「百年分だぞ」

バルドが、静かに頭を下げた。

「陛下。続きは、我らが覚えております」

魔王は、部下たちを見た。

ゴルドが拳を胸に当てた。

リゼリアは扇を閉じた。

ミミルは帳簿を抱きしめ、料理長は焦げ鍋のふたを胸に当てていた。

魔王は小さく息を吐いた。


「ならば、よい」


黒い光がほどけた。

魔王グランヴェルドの体は、玉座の前で消えていく。

最後に残った声だけが、玉座の間に小さく響いた。


「ただし、肩書きは削るな」


「承知いたしましたぁ!!」


勇者は、誰もいない玉座の前で、ほんの少しだけ頭を下げた。

そして、魔王が消えた玉座へ向けて言った。


「……名前だけでよかったと思う」


玉座の間のどこかで、魔王の魂がもう一度傷ついた気がした。


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何も悪くないただのいい人やないか!!!
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