第三章 第三節:実装(3)
第三章 第三節:実装(3)
SIDE:IZUMI-YA
……おやすみ、と言ってディスプレイを切り、一人思う。画面の外はもうオレのいる場所じゃない。周りには、データ処理で風景にしたプログラムたち。一つめくれば、その中は二進数の塊だ。オレだけが違う。そもそもプログラムの造りが違うらしく、ここで何かを考えたり感じたりするのは、オレだけ。時折ヘッドギアか何か通してサイバー空間に来るプログラマーがいるけど、オレを見ても同じようなプログラマーと見分けがつかないらしい。オレだって、自分の境遇をわかっているかと言えば、たぶんわかっていない。オレは元の生活には戻れないのだ。そんなことを考えていると、気が滅入りそうになる。でも、幸いというか何というか、元の生活が恵まれていたわけじゃない。あくびを一つしたら、もう考えない。死んでないっぽいしな。それで十分だろ。
次の日、オート起動したコンピュータを通して、レイに叩き起こされた。普段はだんだん強くなるように設定してある起動タイマーが急ぎの時はマニュアルだからいきなり全開になる。画面の中を跳ね回って、頭?を打ち、ここはあの世だろうかとズレたことを言った。あの世には行っていないからここにいるのだ。
事務所にいたのは、メカノイドだった。紹介で来たらしい。そんなツテがあっただろうか、と思ったが前に仕事場を見せてもらったマイヤーズさんから聞いたんだとか。良心的な業者で、頼りになると話が進んだときはただの宣伝だと思って大して興味を持たなかったが、相談所の責任者の名前を聞いて飛び上がった。二階堂レイ、という名前はその筋では有名らしい。そんなに有名なのにお客がいないのなら、広告を打つのは無駄なんじゃなかろうか。誰も見ていないから誰も来ないのだ。
ランプ・G・ブリトニンさんというメカノイドは、二階堂レイの名前を聞いて飛んできた。ブリトニンさんが知る限りの情報では、二階堂レイがギルモア工科大学で博士号を取ったとき、提出した論文が学会で話題になり、意見が真っ二つに割れた。大馬鹿者か、真理を解き明かす天才か。半年後に全体の意見がまとまり始め、表彰の対象としてノミネートされたが「内定をもらった」という理由で辞退した後消息不明、大学に残した研究資料がまた議論を紛糾させて今も言い合いが続いている。博士号なんて持ってたのか、と聞いたら「就職に有利だし」という高い志を見せた。それは博士号の話か? 大型免許じゃないよな?
どこに消えたのかと探した人もいるが、就職先は個人情報なのでわからず、公表している企業もほとんどない。たぶん現場のエンジニアの一人として働いているのだろうが、そんな場所に甘んじる人材だろうか。何か隠されているんじゃないかとか、案外普通の人だったんじゃないかとか、そんな人物は本当にいたのかなんて都市伝説じみた話も出てきている。もし本当に二階堂レイなら、こんなことをさせていていいわけがないと思ったらしいが、当のレイにはその話をする気がない。なんでも研究者にも人の顔色をうかがって意見を変えないといけない場面が結構あって、間違いを指摘すると常識と違うと怒られる。企業の開発部にいれば、いいものさえ作ればあとはなんでもいいし、自分で名乗らなければ勘ぐられず向こうの会社の人、くらいで済んでしまう。名刺を渡して、あれ? と思われたら嫌だからだいたい上司や同僚と同じタイミングで出して、紛れ込ませていたとか。たまに聞き覚えがあるという人もいたが、話しているうちに「違う人だろう」と納得したという。向こうが勝手に。ヴァンが「なるほど」と言い出したので一瞬空気が凍ったが、「クレイグじゃわからないはずだ」と続いた。全員殺されるかと思った。
「私はやっかまれるより、のびのび仕事したいの。わかってくださる?」
のびのびするのはレイの勝手だが、仕事が来ないので収支が赤字続き、ぼつぼつ危ない。事務所の収入はレイの前職の給料はおろか、オレやヴァンがもらっていた給料と比べても大丈夫だろうかと不安になるもの、働けるなら就職した方がいいと思う。とはいえ契約社会なので就職すると一日8時間以上はフル稼働、どうやらレイには合わないらしい。話が合う同僚もまずいないからやってられない、と言っているが、実際に働けるのはレイだけでオレとヴァンは法的に就業できない。自分だけ働いたらオレたちに食い扶持を与えられない、と思っているのかもしれない。きっと思っているのだろう。思っているようには見えないがきっとそうだ。そうでないなら、働けばいいのに働かないのだから理屈に合わず、消えた天才二階堂レイであるはずがない、きっと同じ名前の人違いだ。だからそういうことにしておく。それとは関係なく、ブリトニンさんは依頼を別に持っているらしい。そもそもマイヤーズさんとその話をしていてここを教えられた。そういうことなら、とレイは喜んで話を聞き始めた。
メカノイドが就業する企業はだいたい権利団体と関係がある。この会社は安全ですよ、と外部監査みたいなものが入って証明書が出るのでそれ相応に安心できるのだが、権利団体が何かやらかすとその辺の信用が全部ひっくり返って逆に疑われるのでその手の報道が一番恐い。場合によっては足のすくい合いをしているのではないかと思うときが結構あり、収拾がついているとはお世辞にも言えない。レイが真顔で聞いているが、なぜ平気なのだろう。その手の業界にいたら当たり前なのだろうか。後で聞いてみることもできるが、依頼者の前だから冷静にしているだけだろう。そうじゃないとしても、そういうことにしておく。怖いし。
ブリトニンさんの会社とマイヤーズさんの会社が共通で監査を受けている権利団体が、最近名前を変えた。権利保障団体UIコンサルタントは一見クリーンだが、どこか仕事が粗い。というか、ぞんざいなのだという。組織改編を受けて異動が多く、監査を受ける側の企業は実情がわからない。たまたま複数の会社の責任者で話したのでどうやら自分たちだけではなく全体がそうらしい、というのが想像され、不気味に思った。UIコンサルタントの保証する企業のいくつかは分野を拡張したり閉鎖したり、荒っぽいことをする会社が増えた、というのは全体を見る立場では印象に残る。調べるだけでも調べた方がいいだろうか、しかし興信所では間に合うまいと話しているとマイヤーズさんがこの相談所の話をしてくれたそうだ。最初は半信半疑だったが二階堂レイの名前を聞いたので飛んできた。来る前は、こんな古い名前の相談所を作るわけない、ナンセンスだ、ありふれていてもアルファベットを並べた方がまだいいと思っていたが本当だったと感激している。それとは別に、オレたちは「NACの方が良かっただろうか」と各々猛省していた。仕事は当然、UIコンサルタントの素行調査。どんな組織か調べてほしいという。向こうから来てくれた依頼者で、こんなまともな仕事は初めてだ。事務所の名前は付け直すとして、喜んで引き受けた。
SIDE:MAX
情報戦略室がクレイグからの依頼を受けたのは昼過ぎだった。政府部隊の関連組織とはいえ別の部署なので相応の手続きがあり、普段自分でやらないクレイグはやたら手間取って時間がかかったという。その結果、我々の仕事が圧迫された。朝のうちに連絡があれば融通を利かせることもできるのにそれもできず、長官という立場から板挟みに遭うのは私だ。ひどく待たされたと怒るクレイグは、仕事が終わったらしい。大変なのはここからだというのに、特に何も思わないようで後は事務的な連絡だった。
こちらはひどく神経を使う仕事をしている。以前情報戦略室を攻撃したハッカーはいまだ消息がつかめず、手がかりもあるにはあるが追いかけるとだいたいダミーデータだったと結論される。部下たちは躍起になってネットワークを探しているがおそらく無駄だろう。後をつけられるほど甘い相手ではない。だが、情報戦略はサイバー空間だけではない。普段から言っているのに、皆本気にしていないのか私の指針には従わない、というかわかっていないので行動しない。私はコートを掴んで戦略室を出た。複雑化したネットワークのプロは、原始的な手段に意外なほど弱い。特化しているのだからこちらは意識の外で、張り込んでいたら見つかるなどということが少なくない。条件さえ絞り込めば探す場所は限られる。先日のバンプシュメールの動きは、戦略室を襲撃したウィルスとデータ処理の癖が似ていた。ならば、潜伏先は近い。私の仕事は、案外単純だ。
敵ハッカーの腕は一流、ここまで来ればマシンスペックにはさほど依存しない。多少なりこだわるとしてもその範囲、ハイスペックマシンのありそうな場所を当たっている部下たちや他の部署の捜索範囲は除外する。そんないかにもな場所にいるほどバカではあるまい。むしろ、一番探されない場所。住宅街にいても、マシンを持ち込めばどこでも使えると判断されれば政府部隊がなだれ込む場合もあるが、必ず後回しにされる場所がある。権利関係の厳重な場所だ。トラブルを起こしたくないならわかっていても意識の外に行き、強行捜査も踏み切りづらい。その間にまた撹乱するを繰り返せばたいした労力もいらず隠れることができる。権利がうるさいとなれば、企業か。だが、どんな腕の持ち主でも同時に発見されるリスクを抱えていて、企業が全体でかくまうとは思えない。個人に発言力のある小規模な企業なら使わなくてもさほど変わらない。となれば、別の権利団体。思想、人権の類いを叫ぶ場所だ。利益がなくとも勝手なことを言う連中はいくらでもいる。そんな連中と、お互いに利用し合う。私が目をつけたのは、ある権利保障団体。最近名前を変えた、UIコンサルタントという組織だ。
UIコンサルタントの管理事務所のそばで、喫茶店の店員に話を聞いた。あそこは身なりこそ小綺麗だが無愛想で、名前が変わる前の権利団体オールドイエス時代の関係者はめっきり来なくなった。出入りしている様子もなく、当時の人間はほとんどいなくなったようにすら思うという。ご協力感謝する、と言ってチップの一つも渡そうとしたが、喫茶店の隅できいきいと叫ぶ声が聞こえた。粗末なノートパソコンで仕事でもしているのか、OL風の女性が無線が切れたと怒っている。ウェイターとトラブルを起こしかけていたので、しかたなく割って入った。通信拠点の仕様が違うからすぐに切れるのだと教えると、いつもここで作業しているからそんなわけないと口答えする。仕方がないので店員に聞いた。
「ルーターの取り替えはしたか?」
「……先週末に」
店には設定に注意するように張り紙してあるが、いつも使っているので気にしなかったらしい。簡単な設定をし直すと安定したようで、やった!と喜んでいる。どんなにテクノロジーが発達して、高い技術を持つようになってもこんなバカみたいなミスがあるものだ。名乗るのも馬鹿らしくそのまま店を出た。後になって、私は自分の詰めの甘さを悔やむ。どんなに高い技術を持つようになっても、こんなことをする。人間や文明ではない、個人がそうなのだ。
SIDE:IZUMI-YA
レイたちが車を走らせる間、オレはサイバー空間で下調べをする。連絡してもまず突っぱねられるし、勝手にデータをあさるとハッカー扱いになる。どうしよう、とUIコンサルタントを調べる段階になってから段取りがわからないとレイが言い出したので不安になったが、こういうときは周囲から状況証拠を集めて当たりをつけて動く、とヴァンが教えてくれた。教えてはくれたがヴァンも実地で身につけているので、上手いわけではない。誰一人先行きが見えないので、こちらが助けてほしいくらいだ。
権利団体オールドイエスは数ヶ月前に名前をUIコンサルタントと変更し、体質も変化した。変化の速さはさほどのものではなく、一つ一つの判断はありえないものではない。でも、全体の流れを見れば行きたい方向は自明、一直線に過激になるので進み方が速い。社名を変える前にどこかの企業と新しく提携しているが、向こうの企業がトラブルを起こして潰れている。潰れたドライアードという会社は、知っている。感じの悪いところだ。
閲覧権限があるデータから類推できることなんて知れていて、考え方次第でただの憶測になるのでネット上で出てくる話はたいしたことないものばかり。レイに相談しても、「その程度は知ってる」と突き返される。その程度知ってるなんてこっちも予想はついているが、これしかない。オレは調整気質のはずだが言葉が乱暴になったようで、気を遣ったのかヴァンが割って入った。
「情報に意味はない。どう流れたかだ」
そうか、といったん納得した。一つ一つは誰でもわかることだが、全体の推移から何が起きていたかは類推できる者とそうでない者がいる。ここにあるのは、情報。バラバラの情報が全体で何かを意味しているなら、見ようとしなければ見えない。ヴァンは前職で情報集めをしていたのでノウハウがあるからそれを知っているのだ。そうだよな? と聞き返したら、えーと、うん、ああ、と困っている。ごまかしているというより、これ以上言えないみたいだったのでそこは追及しない。自分の頭で考えたので、自分の言葉でしか言えないのだ。ましてヴァンだ。上手いわけじゃないしな。
レイと相談しながら進めようとしたら、レイはそういうのができないらしい。なんでもかんでも数値化すればいいとは思っていないが、周りがみんな数値化するのでそれに順応していたら慣れてしまった。だからデータは読めるがデータの外はわからない。悪い!? と怒り始めたがヴァンもオレも別にバカにしていない。むしろデータの外に目が行く時点で感心している。前の職場にはそんな人いなかったし。
発端はドライアードとの接触、じゃあドライアードは何をしていたのかという話がある。そのあたりを話題に上げると、ヴァンが何か思い当たったようだ。ついでに調べてほしいと言われたグリーンボギーという組織は、少し前に検挙されたというネットニュースがあった。UIコンサルタントが現行の体制になったのはその直後。嫌が応にもリンクして、ある推測が立った。
「隠れ蓑か?」
従来の名称を名乗れなくなったグリーンボギーは、逮捕されなかった組織の一角が関連会社に乗り継いで新しい母体を作っているのではないか。そう考え始めたらあとは早く、ほぼ断定できるところまで話が進んだ。あとは証拠があればどうとでもなる。どうやって証拠を探す?と聞くと、全員黙った。助けを求めるようにヴァンに聞いたが、したことがないらしい。推測まではできるが書類を提出したら次は呼び出されて怒られるまでノータッチだったという。なぜ怒られるプロセスが当然のようにあるのか知らないが、結局ここで行き詰まった。
UIコンサルタントの事務所周辺にある喫茶店。まあ今さら聞き込まなくてもというところだが、レイは腹が減ったらしい。確かにいつもなぜ飯を食わないのか不思議だったのだが、腹が減ってたまらなくなるまで食べないというのが習慣らしい。なんて損な人生だ、オレなんて体があったら必要なくてもポリポリお菓子食ってるのに。飯は一日に何回か食った方がいいぞ、と進めるのだが「ペース配分がわからない」という聞いたことのない心配をしている。体重を気にする女性は多いので、そうか、とだけ言って流しておいた。
ヴァンとレイとオレで、テーブル席に座る。正確にはオレはノートPCみたいな端末の上、実際にはレイが退職後に作ったファントムシステムの窓口らしい。ファントムシステムというのはレイが前の職場で作っていた機械の……まあ何か小難しいものだ。機械を作っていたのかと思えば、機械はどうでもいいらしい。その機械で作ったプログラムがほしいので、機械そのものは商品化しない。何を作る機械だ? と聞くと、「あなたみたいなのよ!」と怒られた。わかっていろと言われたが一般教養レベルしか知らないので、わかりやすく言ってほしい。レイはエキスパートだから、ずぶの素人がどれくらいわからないかはわからないらしい。やれやれ、これだから賢いヤツは。
レイがモーニングを二人分頼んで食べ始めた。最初はヴァンの分があるのかと思ったが、ヴァンは生体組織、つまり元の体がわずかしか残っていないので、そんなに食べない。一口食ったら二日は持ってしまう。じゃあどうするのかと思えば、ヴァンの分の残りまでレイが食うらしい。残りというか、パンを半分ちぎったら後はレイの手元に行くのでヴァンが一口もらったと言う方が正しい。二人いるんだから二人分頼むでしょ、というのがレイの言い分だ。一人でたくさん頼むのが嫌なのか。女性の考えることとかわからないので、そんなもんなんだろうと思っておいた。
レイが飯を食う間、ヴァンがいろいろ提案していた。あたりはついたが他の可能性は調べるか? という感じの話だが、レイはゆで卵の殻をむくのに必死であまり聞いていない。皮をきれいにむいてから食べる主義のようで、つるつるにした後も指でなぞって薄皮がないか調べるのに夢中で上の空だ。無駄だろうと途中で切り上げて席を立ったヴァンは、喫茶店の店員にUIコンサルタントの話を聞いた。変わったことはあったかと聞くと、あったという。ついさっき、同じようなことを聞かれた。何かあったんですか?と心配そうに聞かれるとヴァンはどこまで言っていいのかわからず、いや、何も、と無駄に不安をあおって終わらせようとしたのだが、そのとき店の中が停電した。すぐに制御系が立ち上がり直したようだが、様子がおかしい。配膳用に皿を持っていくだけのドローンが、無作為に飛び回り始めて客にコーヒーをぶっかける。ぎゃあ、と悲鳴を上げた出勤前のサラリーマンは手遅れだが、アイスコーヒーだから火傷はしていない。クリーニングでなんとかしてもらおう。飛び回るドローンをヴァンが当たり前みたいに捕まえた。見ていなかったような気がするが片手でがっちりつかんだので、強化骨格にレーダーとか入っているのだろうか。聞いてないけど。そんなことを聞く暇もなく、異変が起きた。外が騒がしいのでオンラインで調べると、どうやら停電があったのは店だけではない。街中で制御系が一瞬落ちて、立ち上がった。ネットワークにつながっていた制御系は、全部やられたらしい。つながっていたマシンは一つ残らず暴走状態、ほとんどはドローンのようなかわいいものではない。事故が起きたら誰か死ぬかもしれないし、単純に自分たちも危ない。何があったの、とレイに聞かれてもわかることは限られている。元をたどればどうやら根本のサーバーの一つが汚染されていて、何かヤバいものを放り込まれたのだろう、としか思えない。レイは端末からオレを追い出してネットワーク上に移動させると、サーバーのダメージを調べ始めた。オレは知識がないから、できることが少ない。一人蚊帳の外に出されて、ネットワーク上に引っ込んだ。通信をつなぐ傍ら、店内の監視カメラで二人の様子が見えた。店の中には、そこそこ客がいる。汚れたスーツを嘆くサラリーマン、ヴァンの捕まえたドローンを眺める子ども。端っこの席にいる、安物のノートパソコンで作業をしているOLは、得意げにキーボードを叩いていた。
SIDE:MAX
先ほどの店から少し離れたオフィス街。情報戦略室は政府部隊の関係組織なので多少は圧力が使える。問題を起こしたくない企業は協力する場所が多く、何か隠している企業ほど進んで協力する。どこの会社も似たようなもの、いちいち事を荒立てると話が進まないので快い協力に感謝し、話を聞いた。UIコンサルタントと交流があるナガサキ・コーポレートというこの企業は、少し前までは権利団体に所属しておらず人間の従業員しかいなかったが、稼働率と勤勉さを確保しようとすれば人間では人材が足りず、メカノイドを受け入れ始めた。真面目に働こうという者の比率は同じだが、総数が増えるのでまかなえると踏んだのだが、権利保障団体と関連がなかった。そこでUIコンサルタントとつながったのだが、橋渡しをしたのは外部の者だ。見た覚えがある責任者の名前は、少し前に検挙されたグリーンボギーの端役。組織に実体がないのでどんな立ち位置の者かはあまり関係がなく、まだ何か企んでいるということだけは確定した。そのとき、一瞬停電して再び明かりがついた。何かと思えば、応接室の外が騒がしい。接客担当の者と二人で部屋を出てみると、書類回収用と思しきマシンが突っ込んできた。後ろから接客担当の首根っこを掴んで応接室に投げ込み、自分も避ける。マシンは窓を突き破って外に落ちていった。接客担当に、状況を見せてもらえるかと聞くと、本当はいけないと言いつつ奥に通された。部屋の中を見た私は、凍り付いた。オフィスのコンピュータの画面すべてに表示された、マスコット。目と口だけのキャラクターが、こっちに舌を出している。オフィスの片隅には、共用の古いコンピュータがあった。仕様が違うのだろう、これだけ無事に動いている。私はコンピュータの機種を見て、担当の者に言った。
「今から言う物をかき集めろ。できることはしておく」
一番古いコンピュータを操作して、オフィス内の少しはまともな性能のコンピュータを集中的に復旧、こちらにワークスペースを移す。集められたタイピング装置、ヘッドギア、疑似操縦桿を組み立てて接続し、ここから原因を除去してオフィスの安定を図る……これは半分以上詭弁で、おそらくネットワーク中央のサーバーまで話が及ぶが、今ここで対応するのが一番速い。こずるいことには職業柄慣れている。反撃開始だ、とサイバー空間に飛び込んだ。反撃になればいいがな、と心の中でだけつぶやき、私の意識はオンラインに溶けていった。
MAX in CYBER WORLD
――入り込んだサイバー空間は、本来人間の認識できる場所ではない。装着したヘッドギアが、変換した情報を視覚と聴覚に与えるが、処理能力によりけりの部分が大きくあり合わせの材料にさしたる信用はない。まるで大海原のような空間を歩くのは、私だけではない。数多のネットユーザー、あるいはメカノイドたちが同じように入り込み、公共のスペースで自分たちの権限を使って活動している。今の私も、端末が外部の物であるがゆえに特権は持たず、同じような境遇にある。そして周囲の状況は、いつも仕事で観測するサイバー空間の状況とは違った。一皮めくればめまぐるしく入れ替わる0と1の羅列だが、本来安定化を図って作られているはずだ。そうでなければサイバー空間を共有スペースにできるはずもない。だが、巨大な二進数の塊はそこいら中で地殻変動のような大きな動きを見せ、まともに動くシステムがあるはずもない。あるとすれば、この混乱を起こしているプログラムだけだろう。
一つ一つの事象は対応するとキリがない。原因を突き止めるまでは他はすべてスルー、結局はそれが一番効果的だ。それがわからない者はあんなことをするのだろう。私の目に映ったのは、意地になってシステムの衝突を止めようとする、プログラマーだろうか。正義漢は結構だが、要領が悪い。これも関わるつもりがなかったのだが、プログラマーが動きをそらした二進数の塊は玉突きを起こして周りを壊した。飛び散ったデータが私に降りかかる。正面からぶつかれば操作する神経系がダメージを受け疲弊するので、支障のないレベルに解体して消去した。ぶつかると思ったプログラマーは肝を冷やしたらしく、大丈夫かと聞いてきた。イズミ屋と名乗ったプログラマーに慣れないことをするなと忠告したとき、サイバー空間には次の変化があった。二進数の塊の一つが桁を増やし膨らんで、破裂する。中から現れたのは、見覚えのある目と口だけのマスコットだ。マスコットは私の目の前に飛んできて、得意げに言った。
「みっけ。そっちで一番なんでしょ?」
情報戦略室での腕が一番でも、全体がたいしたことがない以上私も知れている。ここでやり合えば危険だ。神経系に大量の情報が流れ込めば、肉体がノックアウトという状況は珍しくない。そんなことをしようと思えば、おそらくいくらでもできる相手だ。当然のように襲いかかってきたマスコットは、大量に分裂して私を囲んだ。緊急回避としてサイバー空間からの離脱もよぎったが、その必要はなかった。私を囲んだマスコットは、一瞬で分解されてすべてが消えた。分解したのは、一緒にいたイズミ屋というプログラマーだ。仕事柄それが考えられない処理能力であることがわかり、汗がにじむ。何をしたのか、なぜできるのかと聞いたが、何に驚いているかわからないらしい。
「あんたがやってたじゃないか、さっき」
バカな。やり方がわかったからといってこんなスピードは実現しない。さっきまでは力尽くしかできないようなスキルだったのに、怪物のような演算速度。これは家庭用コンピュータの話ではない、ネットワークに潜む一級ハッカーを相手にしているのだ。情報戦略室が総力を挙げても敵わない相手を蹴散らした。何者かと聞くと、よくわからないという。とぼけているのかと思ったが、自分がなぜこの境遇にいるのか、わかっていないと当たり前のように言っている。職業柄、嘘をつく者などどこにでもいて、それがどんな連中か知っている。だから、嘘ではないと思ったのだ。
頭上から金切り声が聞こえた。先ほどのものとは別にやってきたのだろうか、マスコットの一つが悔しがっていた。見てなさい! と言ってネットの海に消えていく。イズミ屋が追いかけようとしたが、止めた。あれはプログラマーの意思をだいたい反映するラジコンのようなもの、捕まえて壊したからと言って話は進まない。それよりも、とこちらから切り出した。
「協力願えるだろうか」
SIDE:LAY
喫茶店に広げた端末から、躍起になって何が起きているか調べた。でもスペックが足りないし、私はネット上のオープンスペースをあまり使わないので不得手だ。フル回転でキーボードを操作しても、場当たり的に片付けるのが限界。せめてヘッドギアでもあればまだマシだけど、それでも知れている。この状況で作業ができるのは、四六時中オンラインを眺めているハッキングマニアくらいのものだ。おい、とヴァンが話しかけてきても無視。忙しいの!と叫ぶだけ叫ぶが、上の空だ。ヴァンは空気が読めないから、勝手に話を進めた。
「イズミ屋は?」
思わずタイプの手が止まった。そうだ、これはあいつの領分だ。残念ながらOJTの真っ最中で、さすがに練習ですることではないが、あっちにいるのだからまだわかるだろう。私は端末でイズミ屋を呼び出そうとしたが、画面に映ったのは腹の立つデザインのマスコットだった。
「あれえ?ここが拠点のはずだけどなあ」
あからさま合成された電子音でしゃべるマスコットは、じゃあね、と言って何かを吐き出した。ウィルスだ。私はオンライン作業を中断して、自分でもビックリするくらいのスピードでウィルスを除去しにかかった。ついでに元になるマスコットにも攻撃、あわよくば逆探知して端末を見つけてやろう。そこまでされるとさすがに嫌らしく、向こうも応戦してきた。ものすごいスピードのタイプ音は、一人でやっているとは思えない物だった。それもそのはずだ、一人ではないのだ。後からヴァンに聞いたのだけど、店の隅で同じくらいの速さで必死にタイプしているOLがいたらしい。
SIDE:MAX
……サイバー空間の異変は一度収束した。相手がすぐに動かないのはなぜかわからないが、私は知り合ったイズミ屋というプログラマーと一緒に、根治解決を目指す。全体に異常を出したいなら根元を押さえると考えるのが自然、街全体を統括する管制局がやられればこの規模になるだろう。おそらく管制局の中枢の、ピンポイントが変更されて全体が反転している。一カ所であるがゆえにかなり深部に入っても操作は可能で、普通の手段では干渉できない深層部が狙われているのではないか。そこまで言えばわかるかと思えば、イズミ屋は何をすればいいかわからないらしい。わからないからといって文句を言っても始まらない。私はもっと単純な言葉を使った。
「どこを直せばいいかは知っている。だが実現する手段がない」
そしてイズミ屋は、その逆のようだ。ならば私が彼を指揮すればいい。専門的なことはわからないかもしれない、と二の足を踏むイズミ屋だったが、そんな連中の指揮は私の生業だ。こちらに任せてくれれば責任は追及しない、と言って連れていった。こんなことを言っても信用されないかと思えば、ついてくる。だまされやすいのか、あるいは私と同じかもしれない。嘘ではないくらいわかるのだろう。
二人の視覚イメージを共有するために、規格を合わせる。お互いに使えるテンプレートが限られているので、最初に目についたものを使った。管制局のコンピュータは、遙か彼方にそびえ立つ城塞のような姿で映し出された。攻め落とせるのか、と聞かれたが私はできない。できるのは君だろう、と再び協力を仰ぐ。するとサイバー空間の一カ所で、爆発のようなデータの散乱が起きた。
SIDE:LAY
「やられた!」
私の使っていた端末は完全停止、何を押してもうんともすんとも動かない。これに大事な情報を入れてなくてよかった、せいぜいイズミ屋の日記が世界に公開されるだけで済む。私なら首をくくりたくなる話だが、それは人それぞれだから後から考えよう。それはともかく、こちらからできることがなくなった。端末がなければ干渉もできず、イズミ屋に指示も出せない。帰るわよ、早く!とヴァンを急かした。ドローンを放り投げてついてきたヴァンと店を出る。店のドローンだからさすがに壊していなくて、放り投げたらまたコーヒーをまき散らすが、ヴァンは朴念仁なので放してついてきた。いいのか?くらい聞いていた気がするが、こちらが聞いていなくて答えなかった。そんなことより、店の前にある光景が衝撃的だった。近くでビルを解体していたメカノイドたちが大暴れ、解体作業中だったのでハイパワー仕様にマイナーチェンジしている。ヴァン! と私が叫ぶ前に飛び出したヴァンが、メカノイドの一人を組み伏せた。しかし、数があまりにも多い。破壊して回るならともかく原因が本人たちとは別にあるのだからそうはいかず、ヴァンもさすがに困っている。そのとき、頭上から装甲車が降りてきた。政府部隊の装甲車は着陸して、暴動の鎮圧に当たる一隊を下ろした……のかと思えば、どうやら実働部隊ではない。装甲車の背面が大きく開き、現れたのは因縁の大型メカノイド。降りてきたディザスターは、躍りかかるメカノイドの一体を片手で弾き飛ばした。その後は、暴れるメカノイドが何体かかっても問題にもならなかった。
SIDE:MAX
弾け飛んだデータの一群は、大量のマスコットになって飛び交った。どこかのコンピュータを拠点に増殖したようで、一気に絶対数を増やし津波のように押し寄せた。増殖型のウィルスは、複雑であることよりも物量、自己複製速度が物を言う場合が多く、まして一つ一つが強いとなれば手に負えるものではない。既存のセキュリティはかいくぐられて役にも立たず、次々と各システムに侵入した。おそらく、それぞれにハードを暴走させている。管制局のコンピュータがこの状態ならすでに破壊されていて復元は不可能だ、とイズミ屋が言っていたが、その心配はないだろう。管制局が機能しなくなれば全体の動きが止まる。おそらくは別種のウィルス、ここに飛び交っているのは別働隊といったところか。
侵入されたプログラムが増えれば全体のシステムは更に混乱、複雑な制御も可能になるのでどんな悪だくみもたいていは通ってしまう。ここで場当たり的に対処しても意味はない、と言って聞かせたがイズミ屋は納得していない。がんばればそれで満足だというならここでやれ、と言うと苦い顔でついてきた。しかし、我々の元にマスコットが三つ飛んできて黒い霧を吐き出し、霧が集まって目の前で何かのプログラムが構築された。
いったい何かはわからなかった。視覚情報のソフトがそう見せるのか、中世の騎士を思わせる甲冑の戦士。騎士が剣を抜いて私をなぎ払い、防御はしたが跳ね飛ばされた。近くのシステムに衝突して壊し、悶えながらダメージを調べた。若干の負荷によってパフォーマンスは落ちるが、とりあえず死にはしない。起き上がるとイズミ屋が騎士を相手に逃げ回っている。そしてようやく思い出す。この戦いは、よく知っている。
まだ学生だった頃、悪友と入ったゲームセンターでやっていた格闘ゲーム。当時もただの手慰みで、就職してからはほとんどやっていないが、他人から見れば多少上手かったらしく後ろによく見物がいた。オンライン対戦で、世界に目を向ければもっと上手い者はザラにいるというのに。この騎士の操作は、まるで対戦型ゲームだ。驚くべき操作能力だが、世界大会なら稀にいる水準だろう。そんな相手に追いかけられて、イズミ屋はスペックに物を言わせて逃げ続けていた。
反撃しないのはなぜかと不思議だったが、やっと気がついた。手段がないのだ。敵プログラムの破壊をまず考えておらず、ここから何をすれば解決につながるかも知らない。なるほど、と私はイズミ屋に通信をつないだ。ここからは仕事でやるような指揮ではない。久しぶりにやってみるか。
「イズミ屋。できることを教えろ」
聞いてみると、できることどころか何をするか知らないのでできるかどうかもわからない。ならばと次の交渉に移る。キャラクター選択。君を使わせてもらう。すべて私がコントロールすれば私の操作がネックになるが、自分で動くならそうでもなかろう。何をすれば何が起きるかは教えてやる。お互いのスキルアップに、ちょうどいいだろう。私を信用などする必要はない、ここでだましたりしたら君はもうついてこないだろう、と一通り教えてやる。さすがに躊躇する様子があったが、敵の騎士にイズミ屋の行動パターンが読まれ始め、反応速度に差はないので一発くらいかけた。私は最小の言葉でイズミ屋に伝えた。
「ポート102。ロックを外せ」
イズミ屋の目の前に開いた黒い穴が騎士の剣を飲み込み、背後にまた現れて別のシステムに刺さった。着弾をショートカットすることで経路上を守る。周りのシステムを無傷で残すのは望むべくもなく、こちらの反撃が速い方がよほど被害が少ない。攻撃のために指示を与えてきたオペレーターは、細い糸で騎士とつながっているようなもの。ダメージは与えられなくとも、バランスは崩せる。
「左肘だ。引っ張れ」
イズミ屋の出した光るラインが肘に巻き付き、敵の騎士の体勢を大きく崩す。やはりイズミ屋の処理が速い。相手が防御に動くより遙かに早く動作が立ち上がり、思った以上の効果があった。スリップダウンして地べたに張った騎士は、跳ね上がってイズミ屋のラインを弾き返した。ここまできれいに決められた経験が少ないのだろう、敵は初めて隙を見せた。相手の攻撃を振り切ってから自分の攻撃に移るなら、どうしたって一瞬攻撃も防御もできない。行け、とつぶやくとイズミ屋の出したラインが敵の騎士の中枢を縛り、甲冑を締め上げた。イズミ屋が一気に引っ張って騎士を粉々にする。私はその光景を、ふん、と鼻を鳴らして見上げていた。キャラクターの性能の差がゲームの優劣を決めることはよくある。そして、地味なキャラクターが弱いという法則は往々にして存在しない。
もうもうと立ち上がる爆煙のようなデータの欠片たち。イズミ屋は腰を抜かしてへたり込んだが、見た限り対処法さえ分かればどうとでもなっただろう。おそらく次からは、指示も必要ではない。どちらかというとスペック頼みだが、これだけ規格外となればそれも致し方ない。私はイズミ屋を立たせて管制局に向かおうとしたが、データの爆煙が収まり中から人影が現れた。先ほどの騎士よりも遙かに小さな、長い黒髪の女。中国系だろうか。今の時代に国籍はあまり関係ないが、適性が高いのか今でも時折強力なネットワークハッカーを生むことがある。そして情報空間においてハッカーたちにその傾向が強くあるように、視覚情報として受け取ったその姿は、かなり若かった。
「何よ、あんたたち! 邪魔しないでちょうだい!」
街中をパニックにしておいて邪魔するなとはよく言えたものだ、とくだらない感心をしていると、ハッカーは目の前に降り、びしりとこちらを指さして声を上げた。
「私は負けてないわ! やりたいことは別にあるから!」
そう言ってハッカーは飛び上がり、管制局に飛んでいった。作動した迎撃用のセキュリティが次々に破壊され、せいぜい弾幕にしかなっていない。有効性は低く、正面突破は時間の問題だ。だが、こんな強硬手段に出たからには敵も焦っている。おそらく、我々を……正確には、この男を警戒したのだ。イズミ屋という底知れないプログラマーは、泡を食って慌てていた。
SIDE:LAY
ディザスターによる暴動の鎮圧は、破壊活動と言っても問題ないほどのもので、次々とメカノイドたちが破壊されていく。私の名を呼んで、ヴァンが介入の許可を求めていたが、唖然とするばかりで何も言えなかった。叩き潰されたメカノイドたちはかろうじて機能停止はしていないが容赦など感じられない壊れ方、人間であれば目も当てられないだろう。メカノイドだからと目を伏せず見ていられるのだから、私もどうかしている。ディザスターが最後の一体を叩き伏せて、見計らったように降りてきた装甲車からクレイグ氏が出てきた。クレイグ氏は、得意げに現場を見て回った。
「破壊していいと言わなかったか?」
どうやらこの攻撃は、政府部隊の権限の範疇らしい。下手をすれば復旧不可能な損傷を受けたメカノイドもいたはずだが、それも看過している。幸いにも……というのもおかしいが、実際にそのレベルまで粉みじんになったメカノイドはいない。幸運などと言ってはいけないのだが、こればかりは胸をなで下ろした。クレイグ氏はこちらに気づいたが、私たちから目を背けた。こちらも大した興味はないので、お互いに立ち去ろうとしたのだが、街のパニックは収まったわけではない。この場所をとりあえず押さえたに過ぎず、四方から何かの砕ける音が聞こえる。社用車に向かう私とヴァンの背後で、クレイグ氏が命令を飛ばしている。でも……ディザスターが動く様子がない。不思議に思って振り向くと、ディザスターの目からは光が消えている。そして振り上げた拳で、装甲車を弾き飛ばした。
SIDE:MAX
私とイズミ屋はハッカーを追って管制局に向かった。正面突破に出たハッカーと違い二人とも単独での突入能力がなく、私も外部のコンピュータを使っているがゆえに権限がない。いかにイズミ屋の処理能力が高くともこのルートを進んで追いつけるはずはない。そう思っていたのだが、ハッカーを追いかけて管制局の弾幕をかいくぐっていく。先ほどの戦いの手順と、目の前のハッカーの様子を真似ているようだ。さらには脅威的な処理能力は反復の中で動作を最適化していき、すでに後を追いかける方が絶対に速いと言い切れる。追跡に気がついた敵ハッカーがプログラムを投げつけてきた。どうやらプログラムを破壊するクラッキングソフト、致命的なダメージを与えることも厭わないらしい。避けろ! と叫んで二人で回避したが、ウィルスとは違うプログラム構造体にイズミ屋が焦っていた。対処の仕方を教えようとしたのだが、急に視界が暗くなった。意識自体はあり、やられたわけではない。何かと思えば、ヘッドギアが緊急停止され、現実に戻ったのだ。何をするのか、と停止ボタンを押したナガサキ・コーポレートの社員に説明を求めると、電話を渡してきた。
「政府部隊の責任者からです」
電話に出るとクレイグのわめき声が聞こえてきた。今はのんびり聞いていられないので怒鳴って黙らせる。驚いたと見えて何も言わなくなったクレイグに、一から説明させた。なんでも暴動の鎮圧に持ち出したディザスターというメカノイドが、それ自体ウィルスにやられた。周囲のメカノイドよろしく破壊活動に移ったディザスターは、その被害が全体の十数%に及ぶという規模の暴れ方を始め、応戦した者もいるが叩き伏せられた。その話が本当なら、そんなバケモノ相手にいったい誰が応戦したというのか。……可能性が限られるのは知っている。そういうことだろう。ディザスターは今なお止まる気配を見せず、緊急停止が効かない。また以前と同じ事をしたのかと問い詰めると、さすがに仕様は戻したがこの状況なのでオンライン上の信号の送受信が上手く行かず使えないという。そもそも欠陥だらけの操作機構だ。ハードだけなら一級品だというのに、こんなお粗末なことになる。内部をよく知っているので、政府部隊の要求を通すといつもこうだということを見てきたが、悲しいかな政府部隊にそれをわかっている者はほとんどいない。クレイグは、私にサイバー空間からのウィルス除去を求めてきた。
ウィルスを除去させたいのであれば無理に離脱させなければ勝手にやっていた。だが今さらもう一度サイバー空間に飛び込んでイズミ屋と合流することは不可能だ。元いた地点まで独力でたどり着く頃には全体が壊れている。そんな悠長なことはしていられないが、ここにあるものをすべて使うならその限りではない。電話の向こうにはクレイグがいる。クレイグにできることは何一つないが、こいつには権限がある。
「端末を持ってこい。用意できる最高のものだ」
クレイグが口答えをする前に、急げ、と付け加えて電話を切る。ご協力ありがとう、とヘッドギアを社員に返し、私は社屋を出た。
SIDE:IZUMI-YA
さっきまで一緒にいたマックスは、どこかに行ってしまった。ハッカーの攻撃がやたらめったら危なくなって、オレはどうしたらいいかよくわかっていないままほっぽりだされた。マックスが帰ってくる様子もないし、ハッカーはオレを攻撃したがっているようで、いつの間にか立場が逆転。降り注ぐセキュリティの攻撃の中で次々にハッカーのプログラムが撃ち込まれている。こんな場所で戦っていたら管制局が壊れてしまう。必死になってハッカーから逃げるが回り込まれた。自分の要領の悪さが憎い。
女の子の姿をしたハッカーは、光り始めると変身ヒロインみたいに姿を変えた。新しい格好は、迷彩の軍服と機関銃。もちろん銃口はオレに向いていて、乱射してきた。幸い飛んでくる弾は大して速くないので全部掴んで足下に捨てる。当たったら死ぬのはたぶん間違いない。死んでないっぽいだけがよりどころなのに、なんてことするんだよ。
ハッカーは怒って足下に何かを構築した。本人よりも大きな口径の大砲が現れ、こちらに向く。何ムキになってんだ! と叫ぶと、何か言い分があるみたいで余計怒り始めた。
「せっかく先方のために作ったプログラム、あんたが止めたでしょ!」
そんなことしたっけ? と思い出すが、サイバー空間でオレがしたことはまだ一つしかない。仕事先のマイヤーズさんが怖がっていたので助けた。何かを撃ち込まれていたから……あ、とようやく気がついた。
「あんたみたいなのに止められたなんて、恥ずかしくて仕方ないわ! リベンジよ、仕返しよ、なかったことにしてやるわ!」
あれはこいつが作ったのか。やたら凝った造りなのでいろんなソフトがあるもんだと感心していたが、後から調べるとあんなウィルスはまだこの世にない。基礎構造からして誰かの自作だ。オレの素体は感情、要するに電子頭脳の基本を触れるようになってるから除去は難しくなくて、取り出して捨てた。あっちは取り出せっこないと思っていたみたいで、やたら悔しがっている。
でも、あれって他の連中がやってたんじゃなかったっけ? 最近聞いた名前で、ええと確か……と考える間も、ハッカーは何か主張していた。
「何度もしくじったら追い出されちゃう! 先方だって最近厳しいのよ!」
ああ思い出した、グリーンボギー。そうつぶやいたらハッカーは、そう! グリーンボギー! と口を滑らせた。プログラムは強いのに、ここのセキュリティは弱い。たぶん勢いでしゃべっているからだな。そう納得していたら、ハッカーはしまったという感じを出した。真っ赤になって地団駄を踏み、余計に怒り始める。怒られるようなことをしただろうか、と考える暇もなくでっかい大砲が撃ち込まれて、オレは一目散に逃げ出した。
SIDE:LAY
私は瓦礫に埋まったヴァンに呼びかけていた。ディザスターというメカノイドのパワーアップ幅が予想以上、いらない機能を追及したがるミソラらしい馬鹿げた性能だ。さらにはどうやらリミッターを外していたずらに出力を上げたらしく、サイクロンとの戦闘の経験からヴァンはわずかに油断していた。そしたら一撃で返り討ち、近くのビルに突っ込んで崩れた壁に飲まれてしまった。生体組織が残っているのが仇になって、脳震盪を起こしたようだ。返事もせずに姿を見せないヴァンを掘り起こす術はなく、政府部隊が協力するはずもない。手をこまねいていると、小型車で誰かが乗り付けてきた。
誰だろう。フォーマルな服装からしてどこかの組織の人、クレイグ氏と話す様子からして政府部隊の関係者だが、現場に視察に来た人の中にはいなかった。壮年の男性は、クレイグ氏と連携して……事実上一人で指揮を執って、装甲車のコンピュータを起動させた。更に到着した小型車から、サイバー空間をモニターするためのヘッドギアを受け取る。ようやく這い出してきたヴァンは、その人に見覚えがあるようだ。向こうもヴァンを見て、一言つぶやいた。
「ヴァニッシュ・ダンピール。大変だな」
ヴァンの目に怒りの色が見えたが、その人はヘッドギアをつけて何かし始めた。下手に手を出すこともできず、私はヴァンをなだめていた。
SIDE:IZUMI-YA
ハッカーの攻撃が苛烈を極める。何かしたいならさっさとそっちにかかってくれればこっちは追いかけるだけですむのに、襲ってくるからあぶないったらありゃしない。アンドロイドみたいなメカっぽい上張り姿に変身して飛んできて、自分の周囲にたくさんの光の矢を出した。次から次へと撃ち込まれた光の矢を、すんでのところで避け続ける。こっちは必死で避けているのに、なんで避けれるのよと文句を言ってくる。必死だからに決まってるだろう。
応戦もできずに逃げ続けて文句の言い合い、どうやら向こうは邪魔されないようにこっちを片付けてから行きたいらしい。優先順位を考えやがれ、そんなことされたらオレが危ないだろう!したいことが違うから口論は平行線、オレは防御力ゼロで気を抜いたら一瞬でやられると誰が見てもわかるので、向こうもなんとか当てようと躍起になって撃ち込んでくる。そしたら、どこかから飛んできた弾丸みたいなプログラムが、オレたちをかすめた。そして構築される、さっき消えた男の姿。マックスだ。
「ようやく突き止めたぞ。涼城スズナだな。ハンドルネームは『LOVE AND RINGーRING』」
マックスが言っているのは、ハッカーの身元らしい。なんでも数年前、対戦ゲームのスコアアタックの大会があった。新型AIのデモンストレーションのために開かれた大会なのに、雀の涙ほどの賞金のためにAIを大人げなく叩きのめしたプレイヤーがいて、主催した企業が潰れて株価に影響したとか。方々を荒らし回っていたブラックハッカーではないかとその筋では有名な話だけど、それ以来姿をくらましたのだそうだ。同時期にグリーンボギーが成長し始めたことから、台頭の立役者といったところらしい。スズナは満足そうに笑っていた。
「やっぱりあなたは小マシね。情報戦略室なのに」
スズナは大したことを言ったつもりがないらしいが、オレは寝耳に水の話だ。情報戦略室といえば、政府部隊と並列で動く、要するに向こう側の組織だ。マックスはオレを見ると表情も変えずに言った。
「同盟は解消だな」
オレとスズナにマックスを加えた三人は、お互いに撃ち合い始めた。……正確には撃ち合っていたのはスズナとマックス、オレは逃げ回るだけだった。
SIDE:LAY
新しく担当者と思しき人が来てから政府部隊は動きを止め、どうやらサイバー空間からの解決を図っている。ヴァンは何も語らず、暴動を続けるメカノイドたちをどうするか相談してきた。私も余計なことは聞けず、事態の収拾を目指す。せめて何が起きているかわかれば手の打ちようがあるかもしれない。でも、何もわからないし。せめて追跡開始の糸口があれば……と言っていると、ヴァンがさっきの喫茶店に戻っていった。コーヒーをまき散らして飛び回るドローンをもう一度捕まえ、これを入り口にできないかと聞いてきた。考えたらわかるでしょう、普通はできない。私は普通じゃない天才だから、がんばればできる。店の端にいたOLさんがパソコンに外付けのヘッドギアをつけて使っていたから、端末を使わせてもらえないだろうかと話しかけたらうるさいと怒られた。必死っぽいのでこれ以上頼めず、別の手を考える。ヴァンにお願いして、強化骨格を使わせてもらうことにした。本当なら強化骨格には必要ない取って付けたような側頭部のジャックを開いて、ドローンをつなぐ。ヴァンがサイバー空間にアクセスできるはずだ。この方法の最大の問題は、「アクセスするのがヴァン」という点だ。普段から意思疎通が下手なのに、私が指示を出してヴァンが動くのだ。大丈夫だろうか、というのは不安だが考えればすぐにわかる。大丈夫ではない。私はヴァンを送り出した。
SIDE:IZUMIーYA
サイバー空間を逃げ回っていると、突然現れた誰かに頭をぶつけた。向こうも痛がっているが、こっちの方が絶対に痛い。なにせ相手はレトロゲームのグラフィックみたいな角張ったポリゴン、ゴツゴツしていてそこら中とがっている。画素数を考えろ! と怒りかけたが、どこか見たことのある面影。多分そうじゃないかと思って、ヴァン?と話しかけると、イズミ屋か、と返事をしてきた。音声も乱れてるし目の焦点が合っていないので、恐い。低機能なコンピュータを使う慣れないユーザーにはたまにこういうのがいる。オレも生身の時はネット端末を使っていたが、きっとハッカーたちにはこんな風に見えていたのだろう。何をしているのかとお互いに聞き合うので話の進みが遅く、その間にもいろいろ飛んでくるので逃げ出した。ヴァンを引っ張って思いっきり飛んだら、どうやら一人は巻いたらしい。マックスはマシンの処理速度が追いつかずリタイア、スズナが器用にショートカットを繰り返してついてくる。あれは何かと聞かれたら、グリーンボギーの! と言うのが精一杯、一発もらってヴァンが吹っ飛び、サイバー空間から消えていった。
SIDE:LAY
げふげふ咳き込みながら意識を取り戻したヴァンが、イズミ屋の言葉を伝えてきた。グリーンボギー、という言葉からつながりを考える。誰か極めてハイレベルな情報技術者が、向こうについている。そいつがいなければすぐに逮捕される程度の連中も途端に強大な勢力に早変わり、要するにグリーンボギーはそいつを囲っておけばやりたい放題、ハッカー側も守ってもらえる。じゃあグリーンボギーを叩けばハッカーだって大慌て、手が止まって一気に倒せるかもしれない。グリーンボギーの拠点には心当たりがある。権利団体UIコンサルタントだ。まだ証拠はないけど、と言いながら私とヴァンはUIコンサルタントの本部ビルに入った。間違いだったら強盗扱いだけど、仕方ないでしょ。
SIDE:IZUMI-YA
今度はカウガールになったスズナが飛ばしてきたロープに腕を絡め取られて、捕まった。もう逃げられないわよ! と言っているが、もしかしたらと信号を送ってみる。ロープを伝ってスズナが揺さぶられて、慌て始めた。急いで放そうとしたがこちらからも掴んでいる状態なので自由にならない。放したら絶対にやられる距離なのでこちらも必死、引っ張り合いの振り回し合い。自分で仕掛けておきながらこの状態ではスズナの技術も意味がないらしく、焦っている。本来ここからは膠着するのだが、スズナが指笛を鳴らした。何かと思えばサイバー空間全体に散っていたバカみたいなマスコットが雪崩のように押し寄せる。分解は簡単だけど、両手が自由ならの話。片手でやるほど器用じゃない。手を放したらやられてしまうし、放さなくてもやられてしまう。どうすればいいかは経験の無さゆえに全然見当がつかず、わーわー叫ぶのが限界だった。さらにはスズナがダメ押しでプログラムを飛ばし、砦のような管制局のシステムの一カ所が変化して、やたら近代的な電磁キャノンに姿を変えた。どれを食らっても一撃アウト、これはまずい!と思うが速いか、大量のマスコットが消えていった。
あれ? え? と慌てたスズナが後ろを振り向くと、サイバー空間に浮かんでいた、どこかの施設のサーバーだろうか、プログラムの一つが砕けて壊れた。しまった! と叫んでいたので多分スズナが使っていたコンピュータの本体とかそういうのだ。目をそらしたスズナがもう一度こっちを向くよりオレが動くのが早く、ロープを通して一気に信号を叩きつけた。自分の投げたロープでグルグル巻きになったスズナが身動きできずにもがいている間に、遙か向こうの電磁キャノンにこちらからラインを投げる。一気に深層部のウィルスを取り除いて、管制局のシステムは元に戻った。肩の荷が下りてどっと疲れたが、背後でスズナの叫ぶ声が聞こえた。わー! というかけ声とともにロープを引きちぎる。昔の特撮ヒーローか、こいつは。この程度! もう一度やっちゃえばおしまい! と意気込んでいるが、オレはもう疲れている。勘弁してくれ、と思いつつ止めにかかろうとしたのだが、そこに飛んできたのは光の輪っか。オレとスズナを囲い込むように数本の光の輪がくるくると回り、だんだん小さくなってきた。オレとスズナは、何が起こったかわからず光の輪を見ていた。たぶん何かのプログラム、でもなんだか見たことない造り。スズナにとってはまず間違いなく初見で、驚くばかりで何かをする様子もなく追い詰められていく。オレも似たようなものだが、一つだけ違うことがある。初見ではない。似たようなプログラムを見たことがある。この体の中で。オレたちの前に現れたのは、振り払われたと思っていたマックスだった。
「君たちの腕は大したものだ。だが惜しむらくは、視野が狭い」
スズナは理解していなかったようだが、オレはなんとなく、本当にぼんやりと言いたいことがわかった気がした。マックスは、情報戦略で重要なことがいくつかある、と言いながらオレたちに近寄ってきた。一つ、話を聞くこと。一つ、目的を間違えないこと。戦えば勝つことはできないが、いつか二人の優劣がつき疲弊して動きが止まるタイミングが来る。ならば戦う必要はない。この一瞬だけを押さえればいい。もちろん戦って勝てないならタイミングを押さえても仕方がないが、一度限り使える手段がある。サムズアップに提供されたあるシステムが、それを可能にする。……もはや戦いが終わり、警戒する必要もないのだろう。マックスは冷静だった。だからこそここからの逆転はまず不可能だ。マックスはオレを見て、最後に付け加えた。
「君なら知っているだろう。『ファントム』」
ここまで言われればオレにだってなんとなくわかる。サムズアップにあったファントムシステムの大元のコンピュータは、使える者がいなくなって今は情報戦略室にあるのだ。マックスの手元に。起動しても自律運転はしないので臨機応変な対処はできない。しかし、最初から動きを決めておくならそのときだけ使える。そして、大元の機械は人格を持たない分オレより処理速度に優れる。たぶん。
こんなもの! と手をかけようとしたスズナを、必死に止めた。下手に手をつければもつれた糸を引っ張るようなもの、解体手段がない以上悪化こそすれ脱出は不可能だ。どう見てもスズナは見たことのないものを理解できるタイプではなく、オレだって教えられなければほどき方がわからない。ここまでの様子と撃ち合いでの行動パターンから、だいたいの見当をつけて有効と判断したのだろう。オレの口元から、笑みがこぼれた。目の前の男は、戦えば負けっこないくらいの相手だ。でも、勝てない。この男は、格が違うのだ。抵抗する様子のないオレたちを見たマックスは、残念だと言って自分の味方に連絡した。こちらは押さえた、仕事はすべて終わったと伝えているが、向こうが騒がしい。どうやら終わったのはこちらだけ、向こうでは何かが続いている。何があったのかと思えば、聞き覚えのあるわめき声が何かを訴えていた。
「まだ暴れている! ディザスターが!」
オレとスズナはもちろん、マックスさえも何があったかわからない。輪っかの中も外も関係なく、オレたちは顔を見合わせた。




