第三章 第二節:実装(2)
第三章 第二節:実装(2)
SIDE:LAY
事務所の電話が鳴って、仕事かと思って出ると昔の同僚だった。電話を手に、今の同僚を呼んだ。
「ヴァン、電話よ」
オレに……? と嫌そうな顔を浮かべて、ヴァンが受話器を受け取る。わずかな会話の後、受話器を返された。
「仕事の話だ。頼む」
専門的な話は私が受け取って、現場作業を割り振る段取りだ。当然お鉢が回ってくる。先方がなぜ最初にヴァンを呼んだのかは知らないが、昔の同僚以外にそんなことをする人はいない。こんな少しのことなんだから、面倒くさがらないで、と注意した。後日になって「自分に電話が回ってくるのはその人のときだけだから嫌なのでは」とイズミ屋に教えられるまで気がつかず、その日も同じようにしていた。
サムズアップは優れた技術者が少ない。少ないのに仕事の割り振りが上手いので成果はどんどん出て成長、要領がいいというのはすごいことだという好例だ。そのサムズアップのヘブロン支社には優秀なチームがいて、何かのプロジェクトを進めている、という話は聞いたことがあった。しかしヘブロン支社の泣き所は、人はいるのに設備がない。最新技術を開発しても実機を作れず、国外の支社が試作品を作る。エンジニア同士で連携を取り、作ったら責任者が来てチェック、実用段階に移す。新商品なら極秘扱いで、外部にバレないように進めることが多い。やってきた責任者は、試作品の十分な性能を確認したが、その後が問題だった。
向こうの支社は設備がなく、情報セキュリティも先進国の支社と比べてザルらしい。そういうものを他国で作っていると噂が流れていてもおかしくない。行きつけの酒場のホステスが知ってるんだからおかしくないと言われてもその前の段階がおかしいが、情報が漏れるときはそんなものだ。だからおそらく、行程を推測できる程度に内部の話がバレていたのではないかという。試作品が強奪された。奪ったのは過激派の、ボルトクラウンという聞いたことのあるヤツららしい。
国内の政府関係者が検挙のために追いかけるボルトクラウンは、少し前までそこまでしなかったのに表だって反抗し、銃撃戦になることもしばしばある。しかし検問が敷かれてしまえば情報化社会もいい加減行き過ぎた今の時代、ろくに移動ができない。公共の交通機関は使えず、乗用車はすぐに見つかる。さらには国外に出られないとなればさすがに追い詰められ、密航でもしないと海を渡れない。密航するにしたって海路か空路になるので、その手の乗り物が乗り付ける場所までは移動しないといけない。街中あるいは郊外にヘリが来たら撃墜されても文句が言えない。密入国だし。そんなボルトクラウンにとって非常に都合のいい新技術が、サムズアップにあった。
ミソラが送ってきた外部用の資料は、一見ただの反重力乗用車だ。でも、搭載されたものがすごい。エンジンのスペースを圧迫してまでつけられたのは、瞬間移動装置。テレポーターだ。まとまったエネルギーがあれば、100メートル以内の別のポイントに所要時間ゼロ秒で移動できる。その最大誤差実に5.9ミリという、他の国にもすごい人はいるものだと感心する精度だ。前の職場にいてほしかった。
テレポーターは瞬間移動装置というくらいで移動が大前提なのに大きなエネルギーがいるので、エネルギー源と一緒に移動する必要がある。だから反重力車に取り付けて、電力の一部をこちらにチャージして使用していた。少なくとも開発段階では話が早く、使う反重力車は割と普通の仕様なのですぐに用意できる。さっそく作って結果は上々と思ったら、強奪。大騒ぎの末に持っていかれたらしい。そうなれば使い道は限られて、ボルトクラウンの中核の幹部あたりが逃げるための足に使うのではないか、とのこと。試作品なのでIDを控えられておらず、直接見ないと発見しにくい。ボルトクラウンだって多少偽装するだろうし、物が物なのでどんな事ができるかは予測しにくい。考え方次第でいくらでも応用できて、相手は危ないものをどう危なく使うかをいつも考えている。使い方もなんとなくあたりがつくかもしれない。
盗まれたテレポーターはまだ街から出た感じがないから、探してくれない? と頼まれた。社内の話はできれば公にしたくないし、信用できる相手は限られている。私はそんなに信用があるのかと思えば、
「小さな企業はそういうの気をつけないと、潰れちゃうでしょ?」
……まあそこまで不思議な話ではないが、なんだか腑に落ちない。最後に、もう一度ヴァンに代わってほしいと言われたが、トイレに立ったようだ。排泄の機能は無かったと思うけど、クセなのかもしれない。トイレが落ち着くという人は結構いるし。
「また今度ね。それ、盗まれたのいつの話?」
「うーん、昼前かな」
時計を見ると、13時過ぎ。もう話が回ってくるのだから、大急ぎの案件だ。早く言いなさい! と電話を切り、トイレにこもったヴァンを引きずり出す。案の定何もしていなかったのですぐに出発した。トイレには鍵くらいつけたいが、たぶんない方が便利だろう。今みたいに。
ミソラが送ってきた資料に目を通して、ナビにイズミ屋が現れた。IDを検出できない乗用車はむしろ目立つ。ただし、ネットワークから探すなら逐一どこかの監視カメラの映像を見なければいけない。状況によっては現場で見た方が早いことがあって、人海戦術が一番効果的かもしれない。だいたいそんなことを言っていたが、検問に引っかかった。ナビを消していたから、普通に気がつかなかった。検問を敷いていたのは政府部隊、ヴァンの元同僚だ。ヴァンを見つけた政府部隊はどこかに連絡したようで、しばらくすると装甲車が空から下りてきた。姿を現したのは、クレイグさんだ。
「見つけたぞ、ヴァン! 事件の参考人として、任意同行願おうか!」
私情を絡めてそんなことしてしくじったら、一瞬で首が飛ぶぞ。当たり前すぎるヴァンの意見に何も言えず、クレイグさんが引っ込んだ。サムズアップの上層部がどうたら言っていたので、ミソラとは別口の部署から頼まれたようだ。しれっと素通りした後、ヴァンが何か言っていた。
「厄介だな」
テレポーターを追うなら、政府部隊との先手の取り合いになる。ボルトクラウンの行動パターンや拠点の位置といった直近の情報はさすがに向こうの方が多く、なぜか躍起になっているので裏で何か抱えているのかもしれない。ボルトクラウンを私的に捕まえたいなら、強硬手段に出かねない。そんな事情が何かあるのかと聞けば、何があってもおかしくない連中だ、という偏見満載の意見だった。偏見だけど、間違いだとも言い切れない。ましてヴァンは、あっちの人たちを個人的に知っている。その上で言っているのだから、ちょっと恐くなる話だ。
サムズアップの試験走行場はすでに封鎖されて、外部の人間は入れない。こちらは民間、社外どころかトラブルで会社を辞めたばかりなので特に入れない。でもこの辺の地理関係はだいたい知ってるし、あまり来たことはないけど大づかみに見たことがある。グラウンドの近くにはトラックの駐車場や試験場に来る社員目当ての日用品の小売店、国道も近い。ヴァンに意見を求めると、盗んだ連中だって接近はもちろんいざというとき離脱するなら目的のテレポーター車以外に足を確保しないとやってられない。国道に大型トラックか何かで乗り付けたのではないかという。それを足がかりに、移動経路を推測した。
ヴァンは聞き込みをするのが速い。前の職場で担当していたらしく、すぐに情報を集めてくる。傍から見ていたら絶対に下手なのに速い。おそらく下手だから速いのだろう、長くなんてやってられない。目撃情報から、国道を南下していったと思われるが、その道をたどる必要はないと言われた。どういうことかと思えば、ヴァンはイズミ屋に地図を出させた。大きなルートは政府部隊が真っ先に押さえていて、大型車が通れる国道なんて一番にその中に入る。検問に引っかかった様子がないならこのルートはダミー、ここを押さえさせて手薄なルートを通る。ヴァンらしからぬ手際の良さなので政府部隊のマニュアルがいいのかと思ったら、政府部隊自体はダミーのルートをしっかり押さえている。公的機関だから違ったとしても押さえておくのが道理とかそういうことかと思えば「そこまで考えるような気の利いた連中じゃない」とのこと。いくらなんでも悪く言い過ぎだと思ったが、イズミ屋が何も言わない。大括りに同じ職場だったのに、なぜ言い返さないのだろう。恐かったのでそれ以上聞かなかった。
だとしたら通るのはこの短時間で移動できる脇道、試作品を奪ったのだからかっ飛ばして逃げるようなことはしない。一度どこかに立ち寄り、幹部連中とかその辺の発言力のある人たちを拾い、改めて逃走する。幹部連中を逃がせば国外から圧力をかけて構成員を逃がす、という段取りが一応組んであるのだろうとヴァンが言っていた。一応って何? と聞くと、「そこまでするか?」。助けが来ると思っている構成員はほったらかしになるだろうという。下っ端は自分に都合よく考えたいからそういう組織にいて結局だまされるのだ、といったいどうやったらここまでひねた考えになるのか。まあボルトクラウンだったらありそうな話なので、ヴァンが「どこもそんなものだ」といつも通り言い出す前に次の行動に移った。
イズミ屋がネットワークを駆使してナビの画面に地図を映し出す。そんなことがんばらなくてもナビだから地図くらい元々入っているが、自分で捜索しようとしたら考え方がわからなくて途中で困って映し始めたらしい。私だってよくわからないが、ここは案外ヴァンの領分だった。街中に近く人目につかない車を止められる場所は限られていて、地下駐車場あたりが確保しやすいだろう、という。車高の高い大型車が入れるとなるとさらに限られて、都市に少し入った場所にある集配場に向かった。
途中で信号待ち。地べたを走る車で乗用車なんて最近はない。周りは輸送とかその手の専門車だけ、明らかに浮いているのでせめて走っていたいが、なかなか動かない。いらだっていると、イズミ屋が現れた。おそらく行っても仕方がないという。ボルトクラウンは地下の集配場を半ば無理に使っているので、監視カメラの端に映っていたらしい。オンライン上から映像を見ると乗り捨てられた大型トラックがあり、数人の男が車に乗らずに集配場を出た。おそらく幹部はすでに移動している。じゃあテレポーター車が駐車場を出たのはいつ? と聞いたら出ていないという。映像ではその手の乗用車がまずなく、死角にあったとして出口では映るはずだ。たかが出庫のためにテレポートするわけないが、構成員が引き上げたのなら置いてあるわけない。さかのぼっても、別のトラックが出ただけだという。一応どんなトラックかと聞いてみた。少し大きめの、コンテナを積んだ、ちょうどアラウンドビューの右に映ってるようなヤツらしい。右手を見るとそれっぽいトラック。まさかとは思うが、トラックのナンバーはわかる? と聞いてみた。12-13-4。そのまんまだ。
見つけた! と騒ぎかけたが向こうの運転手がこちらを見たので慌てて黙った。乗り込むか? と聞いてきたヴァンをひっぱたき、騒ぎになるでしょ! と早くも学習の成果を見せる私はやっぱり頭がいい。決定的な現場を押さえるまで少しの辛抱、と思ったら目の前に装甲車が下りてきた。向こうも見つけたんだ、政府部隊も結構やるのね、と思っていたら私たちの前に車が止まる。隊員の一人が下りてきて窓を開けさせ、ヴァンを同行させる許可を取ってきたと言うが、そんなわけないだろう、強制力がないとヴァンと言い合いになった。こんなやりとりを交差点のど真ん中ですれば当然交通の大迷惑、どんどん人と政府部隊が集まってくる。この状況は誰でも困るが、一番困るのは横にいる大型トラックだ。慌てず騒がず走り去ったらすんなり逃げれるだろうけど、そんな肝の据わった人がどこにでもいるわけはない。信号が変わったと同時に不自然な速さの発進、アクセルとハンドルの操作に焦りが出ている。大慌てだ。集まってきた他の政府部隊に制止されて、ついにやけになった。アクセルべた踏みの急加速、無理やり振り切ろうとしてさすがに政府部隊も向こうに目が行った。
「ヴァン! 強制力はないんでしょ?」
え? ああ、とビックリしているヴァンの返答を額面上だけ聞いて言葉のままに受け取った。こちらも発進、法定速度ギリギリの急加速。本当はぶっ飛ばそうと思ったんだけど、イズミ屋がセーブしたようだ。安全とか危険とかそういう話ではなく、スピード違反なんかしたら政府部隊に因縁をつける口実にされる、という判断らしい。ここからは追いかけっこ、いわゆるカーチェイスだ。向こうは暴走大型トラック、こっちは法定速度の中古車! 勝てる要素が見つからないが、要領がよければ上手くいくのは前の職場で知っている。私は要領悪いけど、やってみたらなんとかなるわよ。
スピードは相手が圧倒的に上だが、ここは交通量の多い国道、さらにはすでに政府部隊が半包囲状態となれば小回りがきかない。多少のことはパワーに物を言わせて突破しても限界があり、コースアウトすればそれまで、建物の外壁まで突き破ることはできない。そう考えれば相手の方がビハインドが大きく、引き離されはしない。問題はうろつく政府部隊が横やりを入れたがることで、妨害してくるならこちらは回避できない。人目があるので優先順位を変えてまでは攻撃してこないが、ずっと気にしないといけない。この状態に陥った相手が大人しくするはずもなく、追跡のどさくさに紛れて政府部隊にいいようにされるわけにはいかない。敵はボルトクラウンだけではない。
政府部隊の装甲車が大型トラックの真上につけ、反重力ユニットが光り始めた。何かと思えば、珍しくヴァンが焦り出す。離れろ、早く! といつになく慌てているので速度を緩めたら、装甲車の真下に衝撃波が走り、アスファルトを砕いた。撃ち込まれたトラックが無事であるはずもなく、コンテナがひしゃげた上にボールみたいに跳ね上がった。危うく巻き込まれるところだったが、ギリギリ避けることができた。
「……反重力スタン砲! バカか、街中だぞ!」
ヴァンの口ぶりからして相当な強硬手段らしい。前を見れば道の真ん中に大穴が開き、口ぶり云々ではなく公道ですることではないと一目でわかる。衝撃波は大型トラックをわずかにそれたが、運転席がさほど壊れていないのはまず間違いなく偶然、なりふり構わず止めにきたようだ。コンテナの中身は? と聞いたが、反重力によるパルス攻撃なら障害物はあってないようなもの、中身はぐちゃりで間違いない。私とヴァンは手を合わせ、南無阿弥陀仏、とつぶやいた。成仏しなさい、化けて出るなよ、と二人して勝手なことを言う。情けは人のためならず。
そんなことはどうでもいいが、コンテナの中にあったテレポーターはどうだろうか。さすがにこんな形で攻撃を受けたときの強度はデータになく、まず間違いなくスクラップだが一応確認した。車で横を通ってのぞき込むと、コンテナは空っぽだった。目を回した運転手はすぐには話もできず、政府部隊が泡を食っている。間違いだったら大問題だからそりゃそうか、見ていた人がたくさんいるので言い訳も効かないし。しかし目の前に何もないのも事実、どうしたものかと思っていたらナビの画面にイズミ屋が現れた。先回りできるかもしれないという。それならここで野次馬になっている意味もないので、車を走らせた。
テレポーターがないといっても、間違いであるはずがない。追いかけられたときの慌て方はもちろん、テレポーターがないならあれだけの大型トラックが何も積まずに走っていたことになる。コンテナも乗っていないならまだわかるが空のコンテナを積んでおく意味があるケースは少なく、今まで何か入っていたと考えるのが妥当。入っていたのがテレポーター車なら、瞬間移動したとするのが自然だ。おそらく追跡され始めたタイミングで脱出可能な状態にしておいて、追い詰められて瞬間移動した。トラックごと逃げようとしていたのだから真上に装甲車がつけたタイミングまではおそらく中に人がいた。そこから破損地点までで、100メートル以内の地点に目立たずジャンプできる場所は限られ、中の人間が状況を見て判断するタイミングを考えればさらに絞れる。そういう話を元に、路地に入った私たちが見たのはサムズアップの関連会社製国産車、ナンバープレートは一応つけているが、偽造されたナンバーは調べればすぐにわかる。案の定存在しないナンバーの車は、私たちの社用車から一定の距離を取った。そのとき、私のシーバーに外線が入った。音を立てたくないのに、何かと思えばよく見る番号。ミソラだ。
眉をひそめるヴァンを尻目に電話に出る。もう出た? ヴァンさんも一緒? いいなあ、なんてのんびりしゃべっているが、そっちが大急ぎの案件を持ってきたのだから大急ぎで出かけたに決まっている。そしたら、伝えていなかった新事実が出たというのだ。
「試験用走行車が盗まれたとき、私は現場にいなかったの。今聞いたら、他にも盗まれたものがあって、少し前に私が担当した商品なの」
そういえばサイクロンプロジェクトの担当になる少し前に、大きめの案件を抱えていた。制御系はそこまでこだわらないがハード機構は完成度がほしいということでミソラが当てられ、ミソラなので無駄に作り込んだ。どんな案件かは、雰囲気でしか知らないが何か大きなものだったはずだ。
「ちょっと厄介かもだから、気を……て……」
電話の声がかすれ始めた。国道沿いの脇道できょうびの電話がつながらないなんてないのに、てんで聞こえない。たぶん、電波ではなく空間に歪みがある。最近の技術だけど、ミソラがなんかそんなことをやっていた。
おい! と叫んだヴァンは、何に慌てているのかと思えば窓の外を見ていた。窓の外はぼんやりと磨りガラスのように曇り、当然窓の問題ではない。そこから現れたのは警備用浮遊砲台、バンプシュメール。取引先の依頼で作ったが先方が潰れたため試作品のみが倉庫にしまわれていた、お蔵入り商品だ。え? と動けないまま見ていて、エンジンに狙いがつけられたと気がついたが慌てているので運転が手につかない。撃たれる直前、社用車が思いきりバックして、ギリギリで避けた。イズミ屋が緊急の判断で動かしたようだ。法的に認められていないファントムシステムが車を動かしたら道交法とかその他諸々抵触するが、死ななくてすんだのでありがたい。ポンコツ社用車は年季の割にかっこつけてドリフトして止まったが、周りには大量のバンプシュメールが現れた。そこそこ数を作って仕様によってどれくらい差別化できるか、という余計な依頼だったので、試作品なのにたくさんある。ヴァンが飛び出して叩き落とそうとしたが、拳は空を切った。周辺空間を歪めて別位相に出入りできるバンプシュメールは、こちらから攻撃を仕掛ければ瞬時的に回避する。空間の位相が変化すれば物理的な力は届かず、触ることもできない。こんな余計な高機能をつけるのだから、ミソラは自分の才能の使い方を全然わかっていない。やっぱりサムズアップにいてはいけないのだろうか。
バンプシュメールに構っている間にテレポーター車は青く光り始めた。逃がすまいとヴァンが飛びかかるが、後方から撃たれる。ちょっとビックリするくらいの威力の電磁弾は、三つ直列につながったバンプシュメールが撃ち出したものだ。テレポーター車が閃光とともに消え、バンプシュメールもこちらを牽制しながら別位相に消えた。
車を走らせて、自分で走るヴァンと一緒に国道に戻ると、大騒ぎだった。飛び回る十個あまりのバンプシュメールは、大型車の上にひっついて電磁弾を撃ちまくる。さらには、大型車はどうやらコントロールを失い、ドライバーにはどうにもできないようだ。いくら特殊車両と言えども、今どきオートマ化していない車両はほとんどなく、制御系に入り込めば操れる。バンプシュメールには申し訳程度の通信機能があるはずだが、それを介して操っているのだろうか。そこまで複雑な操作はできないはずだが……ともかく現場は大混乱、政府部隊なんてまるで機能していないのでテレポーター車は悠々と横を通り抜けていく。エネルギーの再チャージには175秒を要する。あと30秒はできないはずだから、すぐに仕留めれば捕まえられる。駆け出したヴァンだったが、バンプシュメールによる集中砲火と走り回る大型車の妨害は厄介だ。関係ない人の車を片っ端から壊すわけにもいかず、これだけ数があって向こうは連携しているのだから、撹乱戦法を取っている向こうが上手。すぐには追いつけず残り15秒ぐらいかというときに、空を飛んできた何かがテレポーター車の前に降り立った。わずかなカラーリングの違いを除けば見覚えのあるその巨体は、一目で脅威とわかる代物だ。
「さ、サイクロン?」
現れたサイクロンは、乱れ飛ぶ電磁弾を物ともせずテレポーター車に迫った。どうやら車中で慌てたらしく、急に周りの車の流れが動き始めた。バンプシュメールがくっついた大型トラックがサイクロンに迫る。サイクロンは、重量10トンを越えようかという暴走車を片手で弾き飛ばし、突き進んでいく。車の屋根から離脱したバンプシュメールがありったけ集まってジョイントし、電磁弾を撃った。チャージ音だけでわかるフルパワー弾は、直撃したけど傷一つつけられない。サイクロンの右手の甲につけられた、青白い光を放つ射出口は何かと思えば、さっき見たのと同じような物だった。放たれた反重力スタン砲がバンプシュメールを粉々に吹き飛ばす。空間の位相に影響を受けない唯一の物理干渉である重力波は、回避すらできなかったようだ。ヴァンが驚いて言葉を失っている。なんでも、政府部隊の持つ反重力スタン砲は走行車の下部に取り付けられた物だけで、相当乱暴な手段らしい。応用型のスタン砲は政府部隊にはなく、軍部とでも連携を取らなければ手に入らない。だとしたら、サイクロンはもう警備用などという生やさしいものではない。警備用のときから常識外れの強度を誇ったのに、戦闘、あるいは大規模破壊に特化した改造を受けたのかもしれないという。サイクロンは言葉すらなく、テレポーター車に迫った。そのとき、閃光とともにテレポーターが発動、ボルトクラウンたちは消えてしまった。
立ち尽くすサイクロンを見つめるヴァンは、社用車には戻らなかった。何をしているのかと思えば「絡まれたらまずいだろう」。ヴァンが乗っていたら理由を後回しにして攻撃してくるかもしれない。ヴァンは死ななくても私は死ぬ。ましてヴァンは社用車よりよほど速く細やかに動けるのだから、襲われたとき車に乗っていない方が対応しやすい。そこまで理屈があるなら、ぜひ下りていてほしい。サイクロンが振り返り、こちらを気にする様子はなく空を見上げた。上空からは走行車が降りてきて着陸、中から出てきたのはクレイグさんだ。
「逃がしたか、ディザスター」
サイクロン……私たちがサイクロンだと思っていた「ディザスター」というメカノイドは、ようやく動きを見せてクレイグさんと話した。目標位置は推測可能だというディザスターの言葉を遮って、クレイグさんが言った。
「指令はボルトクラウンの捕縛だ。ガラクタを壊すのは後でいいんだ」
妨害に来たバンプシュメールは対処しなければ時間をロスする。判断ミスではないと思うが、ディザスターは了解しましたとだけ言い残した。反重力ユニットを作動させて飛び去ったディザスターは、おそらく空から探すつもりなのだろう。クレイグさんはこっちに気がついて、にやりと笑った。
「ヴァン、ぜひ一度戦ってみないか?前のように勝てるかどうか」
得意げなクレイグさんを相手にせず、ヴァンは車に乗り込んだ。いいの? と聞いたけど、言わせておけ、とだけこぼした。ヴァンはもう興味も持たず、本当に何も思っていないようだった。
「サイクロンとディザスターは、改造されただけで根本的に同じものみたいね。新規製造はさすがに手間だから、ベースにしたはずよ」
開発元だってもう一機作るとなるとこんなスパンではできない。ましてミソラもたまにしか噛んでいないのだからサイクロンを元にしないと作りようがなく、応用範囲を広げるためにカスタムは視野に入れていたはずだから改造しやすい。基礎パワーを上げて砲塔を搭載し、コンバットタイプにしたのだろう。しかし、ついこの前同じようなことをしてあの大失態、またやったりするだろうか。そう思っていたら。
「学ばない連中だからな」
制御方法を変えて再び実戦配備、似たようなことにならないとも限らない。そういうことをする人たちらしいが、いくらなんでもリスクマネジメントはしているだろう。似たような判断をすればまず同じ轍を踏む。そう思ったけどヴァン曰くまずしていないという。あの大事件を忘れたわけでもあるまいに、なぜそんなことになるのか。ヴァンの回答は、簡潔なものだった。
「学ばないからだ」
……まず学ばないのだから姿勢も方針も変化せず、手元の見える範囲を片付けたら終わり。ヴァンはそこまで言わなかったが、この言葉から類推されるのはこれだ。それ以上何を言いたいというわけでもなさそうなので、こちらも聞かなかった。聞くのが恐い。そのとき、ナビにイズミ屋が映り込んだ。テレポーター車を見つけたという。
イズミ屋の誘導で車を走らせるが、頭上に山ほど飛んでいる装甲車がまだテレポーター車を探して見つからないのにどこで見つけるのかと思っていたら、イズミ屋が見ているのは車道ではないらしい。政府部隊が空から探しているなら見える場所には出ない。エネルギーの一部を瞬間移動装置に割いたテレポーター車はトップスピードが出ない。撹乱するにしても連続でテレポートできないので物量で攻められたくない。その辺から考えると、多分ここだろうとあたりがついたらしい。公道のすぐ下を走っていた地下鉄の線路。線路自体は縦横無尽に走っているが地下鉄の走る方向とダイヤから考えればこの先の終点に出ると考えられる。途中でテレポートして地上に出るんじゃないかと聞くと、連続で発動できないテレポートを地上に出るためだけに使うのは下策、地下鉄相手によほど正面衝突の危機が迫らなければおそらくしない。なるほどと思って、よくそんなの気がつくわね、と感心したら、イズミ屋が気づいたのではないという。
「さっきの、ディザスターが言ってただろ。予想がつくって。見当をつけられるなら、この辺しかない」
予想のしようがある、というところから逆算したらしい。ディザスターは装甲車と一緒に空を飛び回っている。私は少しの間それを見上げていた。あいつはきっと賢いよ、というイズミ屋の言葉で我に返って、そんなこといいからと車を走らせた。
地下鉄の終点駅に着くが早いか、目の前の出口からテレポーター車が飛び出した。こっちの車体は面が割れている上にきょうび珍しいポンコツ乗用車なので悪目立ちする。すぐに向こうに気づかれて逃げ出された。この状況ならヴァンが捕まえられるが、相手はテレポートでまた雲隠れするかもしれない。すぐにケリはつかないだろうと思って追っていたら、なかなかテレポートしない。何かの駆け引きだろうかと勘ぐっていたら、外部通信が入った。イズミ屋が、つないでいいか? と気を遣っている様子。何を気にしているのかと思えば、相手が問題だ。政府部隊の責任者、要するにクレイグさんだ。ヴァンに気を使っていると、本人が「出ろ」と指で指示してきた。通信に出ると、クレイグさんが大慌てしていた。
なんでも、領海のギリギリ外に停泊している貨物船があって、何をしているのかと思って衛星で見てみると、甲板の発着点が一つ空いている。横には二つ並んだ高速ステルスヘリ、位置からしてたぶんさっきまでもう一機あったのではないかという。裏でその手の会社同士を橋渡しすることが多いボルトクラウンは、調べられたら諸々のつながりがあふれ出る構成員もいて、そうなってはまずいと採算無視で拾いに来たと考えられる。ステルスヘリは探してもその近くにはおらず、痕跡として残った雲だけがこちらに向かったことを示している。乗り込まれたら機動力では敵わず、お手上げ状態。今のうち、それもすぐに叩かないといけないという。そしてすぐに対処できる範囲にいるのが、私たちだけなのだ。
政府部隊相手に大きな顔をできるのは気持ちがいいが、実際にどうしたらいいかはわからない。ステルスヘリが来るまでになんとかしないと、と言っていたら、それでは遅い、とヴァン。できれば振り切りたいのにテレポートを見せないテレポーター車は、何があるかわからないから出し惜しんでいるか、テレポートのエネルギーを取っておく必要があるかのどちらかだ。迎えがすぐに来るのなら、テレポートの準備をしておけば着陸の必要がなく、下手をすれば減速すらせずに拾っていくかもしれない。ならば相手の接近を察知してからでは遅い。そう言って手首にシーバーをつけた。体を張るのが前提なので精密機器をつけたがらないのに、つけて動作を確認すると車の扉を開けた。
「イズミ屋。中継を頼む」
ヴァンが送った何かの信号を受け取ったイズミ屋が、ああ、と答えるとヴァンが飛び出した。ヴァンはその辺の車を遙かに超えるスピードでテレポーター車に迫っていった。何をするのか言ってから飛び出してほしい。今度、報連相というヤツをたたき込まなければ。
SIDE:VAN
前を走るテレポーター車は青白い光を出し始めた。追いかけているのに気がついたのだろうか。耳を澄ませてセンサーの感度を上げると、わずかにハム音が聞こえた。ミリタリー仕様の浮遊推進装置、それも国内にはないタイプだ。光学迷彩をまとえば、空と雲しかない上空ではほとんど見えない。さらにレーダーを無効化していればそれこそ感知不能だが、手はすでに打ってある。青白い光が一際強くなったとき、オレはテレポーター車に飛びついた。
目の前が光り、何も見えなくなった。光が収まると、どこかの倉庫のような場所に、武装した男たちが数人いた。向こうに操縦席と窓が見えるから、ステルスヘリの中だろう。足下のテレポーター車の中から手配中のボルトクラウンの幹部が現れて、銃を向けてきた。銃を蹴り飛ばすと、周りの男たちがマシンガンを構えた。まず間違いなく実弾だろう。体、というか強化骨格に傷でもついたらレイが怒りそうなので回避、テレポーター車のボンネットを蹴りつけて車体を跳ね上げ、銃弾を防ぐ。更に車体を蹴っ飛ばして男たちの中に放り込んだ。向こうはさすがに慌てて飛び退き、数人が銃を構え直した。でも、オレよりも見た方がいいものがある。おい、と操縦席の窓を指さして教えてやる。真正面から向かってくるものがある。ジェットを噴射して一直線に飛んでくるディザスターとかいうメカノイドは、オレのシーバーの信号をイズミ屋経由で受け取っている。光学迷彩なんて捕捉してしまえばよく見ればわかるようなもの、メカノイドはそういう画像処理を得意とする連中だ。多少なりともケガを減らした方がいい。周りの連中は大急ぎで操縦桿に飛びついたが後の祭り、正面からぶつかって大爆発したらしい。オレはその現場にはいなかった。スクラップになったテレポーター車だが反重力車のエンジンは下側についていて、瞬間移動装置に至ってはトランクに積んである。その辺は気をつけたので壊れてはいない。操作も外部資料で一通り見ていたので、スクラップになった車と一緒にテレポートしてとっとと立ち去った。
SIDE:LAY
真っ昼間に八尺玉でも上がったのかという大爆発は、都市周辺の人に見られていた。動画を撮影した人もたくさんいて、どうやら過激派組織の企みを誰かが阻止したらしい、という情報が流れた。そのとき空から降りてきたのがあのディザスターというメカノイドなのでスーパーヒーロー扱い、私たちの事務所は誰に聞いても「何かやってたの?」なんて言われる。なんで飛び降りないのよ! とヴァンに当たると、飛び降りずにすむなら飛び降りないだろう、と言い負かされた。こいつは私が思うより頭がいいのだろうか。
それもこれも瞬間移動装置が社外秘扱い、みんなあるのを知らないのでそれを使ったと言っても理解されない。だからもうヴァン本人がわかってもらおうとか思ってないので事務所も割を食った。ミソラだったら少しは把握しているだろうから経費の相談のために電話しよう。ヴァンを呼びつけて電話するように言ったら「今度から飛び降りる」と謝ってきた。わかればいいのよ、わかれば。
ミソラに電話をかけたら、ヴァンが席を外した。どこに行くとは言わなかったから、きっとトイレだ。よっぽど好きなのね。あまり気にはせず、ヴァンはいないから、とミソラを押し切って事件の話をした。
強奪された物がサムズアップの商品なので政府部隊にいろいろ聞かれたらしい。ミソラにとって意外だったのは、政府部隊のお偉いさんが気にしたのは瞬間移動装置ではないということだ。同時に盗まれたバンプシュメール、正確にはその制御系のことを根掘り葉掘り聞かれた。機械系のミソラが作ったのでここは突き詰めておらず、説明した範囲はだいたい理解していたらしい。ミソラは情報が苦手、と自分で言っているが他の人よりうんとできる。政府にもミソラの話がわかるくらいできる人がいるんだ、と感心した。そしてなぜバンプシュメールを気にするかというと、簡単な造りであるがゆえにハッキングしにくいはずのバンプシュメールが、操られていたことを問題にしている。さらにはそれを中継して大型車をコントロールするという離れ業、手元にあるからといってできることではない。ボルトクラウンの周辺にそのようなつながりはなく、別の組織を介した関係団体を調査中らしい。政府部隊の人は何人か来たけど、バンプシュメールを気にしているのはその人だけだった。その後情報部門でも何かを聞いたらしいがここはミソラの管轄外、この手のことは私の方が詳しいだろうと事情を聞かれたが私はバンプシュメールの詳細を知らない。ましてネットワーク上のハッカーは、好きが高じたというすごい理由でとんでもない腕を持っているヤツがたまにいる。どこかをハッキングしたというニュースを見ては、理屈はわかるからよくやるなあくらいの感想を持つ。捕まったという話もよく聞くが捕まる時点でハッカーとして大したことはなく、世界のどこかにはもっとすごいハッカーがいるかもしれない、なんて都市伝説もある。しかしバンプシュメールを操ったヤツがそういうハッカーだとして、方法がわからない以上政府が動くことはなく野放し、気にする人がいたって個人では何もできない。ここから何も動かないだろうと推論を出した。
事務所の扉が開いて、ヴァンが戻ってきた。何か動揺している。表情もそうだし、受話器を持つ私を見て、うっ! と漏らしたので間違いない。電話してるだけでしょ。代わる?なんて口にしたら嫌がるだろうとなんとなく思ったので黙っていたら、今日はミソラが忙しいらしい。またね、って電話を切った。最後にこっちの勤務シフトを気にしていたが、ヴァンがいつならいるかなんて社内情報なので教えない。ヴァン、そんなにホッとしない。お客にはもっと愛想をまくように。私たちはいつもの暇な事務所で営業の計画を立てた。
……二階堂相談所には、カバーできていない範囲がある。そりゃ、こんなに急造チームだからたくさんあるんだけど、すぐに困る事なんてないと思っていた。でも致命的なのは、みんな自分のカバー範囲しか見えない。サイバー空間のイズミ屋も、現場のヴァンも、書類を見る私も。本当に全部を知っている人なんて、どこにもいないことだ。
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――サムズアップ社での聞き取りを終え、事件の記録を検証した。バンプシュメールと呼ばれる浮遊式砲台の制御系の構造は予想の範囲内、それ以上のものではない。だが、実際の現場の記録から逆算すれば、至近距離にある外部機器の制御も不可能ではない。無論オペレーターに相当の技量が求められるが、理論上は可能だ。バンプシュメールのオペレーターの存在を大前提に現場から捜査すれば、見つけるのは不可能ではない。……現場の動きからして、見つかるとは思えないが。現場の能力が足りない以上、サイバー空間から対処するしかないが、私を含めた担当官に相手を上回る技量は求めるべくもない。だが、サムズアップの情報部門に提供された「あるもの」の存在が、それを可能にするかもしれない。成果を上げるかどうかは、実際の運用に委ねられるところが大きい。使いようというヤツだ。諸刃の剣ともなろうが、今後の動き次第で投入を検討している。2762年8月28日、情報戦略室長官マックス・ステイモスの記録。




