第一章 第四節:構築(4)
第一章 第四節:構築(4)
SIDE:VAN --Present day--
中心街。オフィスの入ったビルが乱立する摩天楼に、問題の場所があった。政府部隊が包囲して、6階、グリーンボギーの拠点に押し込む。オレは当然のように、その部隊の中に組み込まれていた。
SIDE:VAN --A few days ago--
政府部隊のビルがウィルスまみれになったその日、夕方にはすべてが復旧し正常に戻っていた。あまりに何事もなかったように動いているので、よほどくだらないことで騒いでいたのだろうとほぼ全員が思ったようだ。無理もない、オレだって現場でうろついていなければそう思う。外部のエンジニアが持ち込んだ「ものすごい何か」の介入で収拾した事態は、その何かがすごすぎてダメージすら残らず完全復旧、ついでにやりかけの仕事が全部復元されたのでその日のうちに終わらせないといけなかった。ほとんどのヤツらが施設の電源が落ちる限界の時間まで残っていて、すぐ帰れると思ったのに!と嘆いていた。飯がやたら遅くなったので帰宅する前にイズミ屋と飯を食って、次の日に上司に報告。ヒラが残って仕事をしているのに上司はいなかったのだ。人間なんて変わらないので、たぶんあと500年くらい未来になっても同じことをしているだろう。
当然オレが書いていた報告書もまるまる復活し、残っていたから作業量が少ないとも、残っていたから早く終わらせないといけないとも取れる複雑な状態。まあビルにいる職員全員サボっていた分仕事が怒濤のように押し寄せたのはどの部署も同じで、得をしたと思ったヤツはまずいない。オレもそうだし。
そもそも報告書の上でボルトクラウンとエアリエルの事件を結ぶのに、結論に困っていた。時間がないのでとにかく何か書いて出すのだが、しくじった。そのタイミングで聞いていたグリーンボギーがどうたらという話が頭の中でリンクして「関係があるんじゃないか」なんて結んでしまったのだ。メカノイドの権利剥奪を狙うグリーンボギーは、偽の情報を流してメカノイドをけしかける。強硬手段が必要なら、武力を用意するためにメーカーを操る。実際に動いたのはドライアード、エアリエルなどの圧力をかけられた組織で、ボルトクラウンに至っては口実を作るために商品を売り込まれた、ある種第三者。ここら辺をいくら潰してもダメージにはならず、別の組織で同じことをして目標を達成する。気付かれないように工作するには、別の手段も講じるかも知れない。急いでいたからってよくもまあこんなことを書いたものだ。見当外れだったらどうするんだ。いつもなら備考欄に一応書く話が、本文の最後を飾ってしまった。
書いたとき、否定する材料自体はなかったので提出してしまい、向こうが受け取った。そしたら、なんだか……なるほどそうか、みたいな感じでどんどん進んでいった。いつも気にしないくせに、たまたま別の捜査線上にも名前が上がっていたので嫌が応にも気になったという。なんでも、こないだのウィルスの入ったハードディスクを送ってきた相手は、ブラウニーというどこかの下請け会社なのだが、何がしたかったか調べると背景にグリーンボギーとのつながりがあったらしい。盗聴器を仕掛けるなり、政府部隊が糾弾されるなりすれば連中は動きやすく、政府部隊がメカノイドとケンカをする、というヤツらにとっては理想的な流れもあった。というより、自然な推移をするならそれしか待っていない。事実、政府部隊は全員でその流れに沿って動いていて、後から聞いたらびっくりしたらしい。オレを含むレイ、イズミ屋の三人はかなり早い段階からタコ踊りだと思っていたが、本人たちは寝耳に水なので「なんて巧妙な!」と言っていた。まあ同僚たちからしたら、保険の勧誘だって巧妙だろうからそこは目くじらを立てず、放っておいた。
最近起きた大騒ぎがグリーンボギーを終点に全部つながってしまい、悪だくみをしていなければさすがにおかしい。政府部隊がいくらこういう場所でも規模が大きいから何人かは仕事をしようというヤツがいて、話が転がってしまったのだ。間違いだったら、原因究明の名の下にオレが吊し上げられる。普通はハンコを押した全員が連帯責任を負うと思うのだが、こういう職場だ。そこのところは、諦めている。
SIDE:VAN --Present day--
押し込んだグリーンボギーの拠点は、見た目だけ丁寧な受付の奥に、構成員たちがたむろする乱雑なオフィスがあった。会議室には数人の、幹部と思しき連中。政府部隊はその特質上、黙って押し込んでぶん殴るという行動を非常に得意としていて、こいつらは強盗なんじゃないかとたまに思う。段取りを踏んで動こうとがんばってみるが、政府部隊の大多数がそんなこと気にしないので、オレは一人で何やってるんだ状態。あまり動かないうちに他の連中が片付けてしまった。普段の仕事もこれくらいやってくれればいいが、黙って押し込んでぶん殴る、の行程がどれ一つ欠けても力を発揮しないのでそれのエキスパートなのだ。オレはマフィアの下っ端なのだろうか、と思ったときは深呼吸。頭のスイッチを切って、何も考えないという何の自慢にもならない特技が、勝手に身についた。
ものの20分で終わった仕事は、別の部署に引き継がれる。今日びどんな組織もネットワーク上に仮想拠点があり、こちらも叩かないと潰したことにならない。調べがついたら他の場所にも殴り込むので、調査待ちだ。情報戦略室からの返答を待って、次の指令が出る。問題が起こったのは、そのあたりなのだ。
後日、政府部隊のビルにやってきたのは黒いロングコートを肩にかけた情報戦略室長官、マックス・ステイモス。お偉いさんだが、クレイグも負けじと虚勢を張り対等に振る舞う。情報戦略室は政府部隊とは違うビルに入ってサイバー空間を拠点にしているので、こないだネットワークを切って回線をつなげずウィルス相手にてんやわんやしていたのは、傍から見ればバカみたいだったはずだ。なんとかしてくれと連絡して、ネットワークは? 切ってしまった! なんてやりとりがあったはずで、いくらなんでも下手に出た方がいいと思うが、そんな考えはクレイグにはない。さすがとすら思ってしまう。マックスはクレイグ相手に、慣れているのかと思うほど冷静だった。クレイグはどこに行ってもあんな感じなのか。さすがだ。
「現場を見ておきたい。通信条件によっては、警戒すべき事項がある」
なんでも、グリーンボギーにはネットワーク上で頻繁にやりとりしていた相手がいるらしく、ハイレベルなハッカーならこっちが予測できないような器用なことをする場合がある。情報の収集は、ネットワークと足を併用するものなのだそうだ。情報戦略室は違う部署なのでどんな場所か知らない。だが、少なくとも上司は仕事に対してまともだ。情報系を専攻してマックスの部下になった方が人生楽だったかもしれないが、その辺の適性は一応検討して体力に全振りしたのでたぶん無理だっただろう。そんなことを考えていたらマックスと目が合った。マックスは、何を思ったかオレに近寄ってきた。
「ヴァニッシュ・ダンピール?」
ええ、と返答すると、マックスは哀れむように笑った。
「大変だな」
それだけ言ってクレイグと一緒に廊下の奥に消えていった。情報戦略室の偉いさんともなると、一目で仕事に疲れているのがわかるのか。そんなの誰を捕まえて言ったって外さないが、オレにだけ思ったようだ。よほど疲れが出ているのだろう。一度休みたいところだ。有給は、取ってしまうと仕事が終わらないので働くが。
食堂でイズミ屋にそんな話をしたら、なるほどな、とつぶやいた。疲れているように見えるか、と聞くと、そうじゃなくて、と言っていた。そうじゃないならなんなのか。そう聞き返すと、「表情自体が増えた」らしい。職場の隅っこで初めて見かけたときは、ずっとつまらなさそうだった。眉一つ動かず、顔面の神経とかそういうの大丈夫だろうかと思うほどで、こういう職場だといっても極端だからすごく気になったそうだ。同じ場所に座るからちょこちょこ話していたら、だんだん反応も大きくなるし口数も少ないわけではないし、なんでだろうと思っていたらどうやらストレス過多で唇を噛んでないとやってられないようだ、と勝手に結論していたらしい。顔の筋肉って大事だからもっと動かした方がいい、と無駄な知識まで教えてくる。オレにとって顔の筋肉とは現場で飛んだり跳ねたりするときに安定するように動かすものなので、普段動かすことはない。だがイズミ屋はそうは思わないらしい。しゃべった方が顔が動くし笑いやすい。そんなことを言われても、笑ったことなんてもう何年もない。そう思っていたのだが。
「普通に笑ってるぞ」
……バカにされているのかと思ったが、そういう感じでもない。イズミ屋は、オレが笑っていると思っているらしい。笑って見せたことなんてないのに、何言ってんだ。そう見えたなら、同僚たちがいないからホッとしているだけだと思うが、「それくらいでいいんだ」と言われると返す言葉がなかった。
そのタイミングで、慌ただしく食堂を出て行ったヤツがいた。複数人。飯は食いかけだったが残りを置きっぱなしにして行ってしまい、誰か見ているとか帰ってくる様子がない。イズミ屋も気がついて、なんかあったのかな、と言っていた。まあ二人とも関与せずに、いつも通り日本伝統食の麺をすすった。
SIDE:MAX
朝のうちに見に行った現場実働部隊の施設から帰るが早いか、情報戦略室がパニックになった。複数の端末が攻撃を受けて暴走、すぐに指揮を執って事態の収拾に当たる。私が自ら作業に取りかかると順当に収まるが、他の端末が悪化する。有効な対処ができる人物は限られ、根本解決となると全体が追いつかない。場当たり的に対処しても敵ハッカーの手のひらで踊るだけ、というこの状態が、相手の意図を端的に表している。私しか知らないはずの情報戦略室の弱点を、すでにつかんでいる。
「マシなのは長官だけ。他は大したことない」
まるで敵ハッカーはそう語りかけるように暴れ続けた。ここ数年指揮管理に労力を割いたがゆえに私自身一線とは言いがたく、腕は向こうが上。私はプログラムを展開する手を止め、頭をフル回転させて対処法を考えた。机を叩いて音を鳴らして立ち上がり、普段は頼れない部下たちに、自分たちの使える範囲の一番簡単なプログラムを全て凍結させるように指示をした。神出鬼没と言っていいほどサイバー空間を飛び回る敵ハッカーは、見る限り高度なプログラムは利用していない。だから追いかけようとサイバー空間の深層部に入れば思うつぼ、手元ががら空きになり決定打を食らう。敵ハッカーが通っているのは、おそらく普通の手段では媒介に使わない簡易的なアプリケーションの中だ。そこを片っ端から封鎖して、囲い込む。敵の行動は少しずつ遅くなり、力尽くの対処が効きそうな範囲に絞られる直前、ディスプレイに何かが映った。目と口だけのマスコットのような顔が、舌を出している。
「思ったよりやるじゃん。じゃあねー」
そんな憎まれ口を残して敵が去って行った後、私には怒りも湧かない。私は、安堵していたのだ。
SIDE:VAN
「情報戦略室が?」
「報復にあったって……」
自分の仕事が山ほど残っているのに、そんなことほっぽり出して事務員たちが話していた。そりゃあ、情報戦略室はサイバー空間を取り締まるんだから、サイバー攻撃を受けたなんて自慢にならないが、じゃあこっちの仕事は見上げたものなのかというとそんなことはない。結局みんな似たような水準で四苦八苦しているのだから、大変だなあ、くらいで終わればいいのに糾弾につながるのだから勝手なものだ。そんなヤツらとは関わりたくない。そう思っていたのに、今回はそうは行かなかった。
クレイグに呼び出され、月例の全体朝礼でしか見ないようなもっと上の上司たちが並ぶ部屋に通された。何事かと思えば、オレに責任を問おうというらしい。
「グリーンボギーの拠点への突入計画を言い出したのは君らしいね?」
いつからそんな話になったのか。そりゃ、一番最初の火種はオレだったかもしれないが、決定権などあろうはずもなく、言いだしたものが雪だるま式に転がって今に至る。その行程には、この意見を通すかどうかの判断をするヤツが山ほどいて、みんなそろって問題にしなかった。責任を問うにしても、せめて最終決定をしたヤツだ。しかし話は流れに流れて、オレに転がり込んだらしい。見たことのない上役は、クレイグよりはマシだろうと説明を試みるが、突っぱねられた。クレイグより上の重役は、みんなこうらしい。
「君には事態の収拾をしてもらう。それがダメなら、何らかの責任を取ってもらうよ」
納得したつもりはない。いくらなんでも強引すぎて、理に適っている部分を探す方がよほど無茶だった。そんなバカな、と思っているうちに話は終わったらしく、お偉方は部屋を出て行った。何をそんなに喜ぶことがあるのかという笑みを口の端に浮かべて、クレイグがオレに向かって得意げに言った。
「がんばれよ」
オレは間違えていた。こんな職場でももう少しマシな部分があると思っていた。真剣に転職を考えた方が良さそうだ。潰しが利かないから、ずっとここにいるってのに。
SIDE:IZUMI-YA
食堂にはヴァンがいなかった。別に示し合わせて集まっているわけではないので、いないときはいないなんて当たり前だが、いつも当たり前みたいにこの辺にいるのでそんなもんだと思っていた。当たり前なんて感覚はあまり当てにならない。
いつもと同じ席で、一人でメシを食う。他の実働部隊の連中は、見たような顔があるので全体で何かあったわけではない。たまに聞き込みをするらしいから、出先の売店とかですませているのだろう。想像だが。いつも一緒にメシなんか食ってるのに、オレとヴァンはお互いの連絡先を知らない。オレは携帯なんて電話に使っておらず、他のヤツらにだって連絡する習慣がないから通過儀礼として必要でなければ連絡先を登録しようと思わないのだ。ヴァン側は知らないが、向こうも連絡先なんて聞いてきたことはない。お互いに似たような電話の使い方をしていたらそうなるかもしれない。そんなわけないと思うが。
まあ別に詮索しなくても明日になったらいるだろうから、「なんかあったの?」って聞けば終わり。ずけずけ行くのも嫌がるだろう。一番安い日本伝統食は、あっという間になくなった。普段はもう少し時間がかかる。一つ高いのにすればよかった。
SIDE:VAN
事態を収拾しろなんて言われても、何をしろというのか。相手はハッカーだからそれこそ情報戦略室の管轄、一応連絡して聞いてみたら「今、それどころじゃない!」と怒鳴られた。オレだってわかっていたので謝ることしかできず、何もできずにお手上げ状態。このままだと責任を取らされる。責任を取れと言われても取れないし、向こうだってクビにする以上の手段はないんだから、この足で職業安定所にでも行こうか。オレは話をするのが苦手なので、職安の窓口でコイツはダメだとあきれられると思うが、日銭を稼げなければオレだって困る。嫌々相手にしているのはお互いに同じなので、職安の窓口担当に泣いてもらおう。そんなことを考えていたら、電話が鳴った。珍しい。そもそも番号を知っているヤツがほとんどいないのに、誰がかけれるんだ。生きた人間はみんな知らないから、フランス人形の帰るコールだろうか。捨てた覚えどころか持っていた覚えがないが。
「もしもし?」
『ヴァン? 私! 私よ!』
誰だてめえ、と言いたくなる返事とは裏腹に誰かわかってしまった。こないだ基地に来た外部のエンジニアは、イズミ屋の携帯をびっちゃびちゃにして下手に触ると壊れるからと言ってオレの携帯で知り合いに連絡して事後処理をしていた。アイツだ。こちらが電話を貸したのだからたぶん番号が向こうで記録されていて、かけようと思えばかけれる状態にあった。かけれるからってかける必要がまずないので、向こうに何かあったのだろう。
「どうした?」
普段かかってこない電話は、かけることもないので使い方がよくわからない。外部の人間なのだからもう少し丁寧な口調を作るべきだ、というのはだいぶ後で気がついたので、もうそんなノリで話すことになった。向こうの、確かレイとかいうエンジニアは、自分からこのやりとりを始めたので気にしていない様子。少しは気にしろ、とオレが思うからよっぽどだ。
『そっちで何かあったの? ケガ人が出たとか!』
ああいう現場なので、ケガ人も出ることは出る。ただ、そんなに勇敢に自分の身を削ろうというヤツはいないので大ケガしても知れた範囲で、病院でギブスをつけられたら次の日には松葉杖をついてやってくる。そんな程度のケガしかなく、ギブスも4、5日で取れるものなので騒ぐ必要はほぼないのだが。
レイが言うには、そのレベルではないのだそうだ。全身の器官や骨格が半分以上整復不能、生命の維持には身体を大量の人工物に置き換えなければいけないという、そんなケガをしてなぜまだ生きているんだと言いたくなるような状態だらしい。そんなケガ人はいない。政府部隊は大ケガどころか風邪を引かないので有名だ。オレは季節の変わり目に体調を崩すことがあるので、そのたびに安心している。
レイは、そう……? と納得していない感じで引き下がった。何でも医療器具メーカーを兼ねている会社なので、何かあったのではないか、と逆算できることがあるのだそうだ。気にしなくていい、ケガの防止なんて基本だからケガしたときに対応してくれりゃ御の字だ。そう伝えてもレイはしきりに何かを気にしていたが、お互い守秘義務があるので突っ込んだことは言えないし聞けない。何も明るみに出ないまま、就業時間を食い潰しすぎるとまずいので電話を終えた。まあ、終えたからって何をしたらいいかはわからないが。
SIDE:LAY
政府部隊には異常がないらしい。なら、なぜクレイグ氏は急に強化骨格の準備を指示してきたのか。試作機は機構的には十分な完成度だが、指示系統の問題は解決したとは言いがたい。相当難度が高く、誰でも使えるものではないというのは変わっていない。実用段階ではないのだ。指示されたのは人間の骨格を作る一揃い、頭蓋すら一部が置き換わる。この割合が必要なら、施術対象者はすでに生きていない。パーツを運んでくれた現場作業員すら何をしているのか疑問に思うほどで、「サイボーグ戦士ですか?」なんて冗談を残す。不謹慎だが本当にそうとしか見えず、そんなわけないでしょ、と辛うじて絞り出した。私は、何かとんでもないことを進めているのではないか。そんな疑問を言葉にすることができず、目の前にある「とんでもないこと」が見えなかった。思い返せば、事ここに限り私は、自分は頭がいいなどと普段思っているのが恥ずかしくなるのだ。
SIDE:IZUMIーYA
医療班が慌ただしく走っていく。慌ただしく走っていっていつもは乗らないような装甲車に荷物を運んでいるが、その台車は足で押さえないと段差を越えない。無視するのも悪いので、カチャッと一発前輪を浮かして段差を越えてみせて得意になっていたら、呼びつけられた。オレは医療班じゃねえ!でも医療班より早いとなればお前も来いというのが言い分だ。オレが医療班より優れているのは台車を押すときだけなのに、呼びつけられて装甲車に乗り込んだら文句を言う前に浮かび上がった。相手の話を聞くとかそういう臨機応変な対応はしてくれないらしい。石頭ともいう。いったいこいつら何をするのかと思えば誰もよくわかっておらず、政府部隊の運用なんていつもこんなものだからもう流そうとしている。まったく適当なもんだと思っていた。反重力装甲車には申し訳ばかりの医療キットしかなく、連れて行かれたのは市街地だった。まあ平和なもので、乗り合わせた現場隊員が一種の訓練だと言っていた。訓練でこれなら本番は壊滅的だ。非常に的を得た意見だと思うが発言権がないのに慣れっこになっているというサイテーの理由で言わなかった。そしたら、どこかビルの谷間から煙が上がった。装甲車はその煙をいち早く発見して、上空に向かった。上からの命令、要するにみんな言われて乗り込んだので何が起きていて何をするのかもわからず、状況が把握できない。だが、オレにだけわかる情報が一瞬だけ聞こえてきた。
「標的のヴァンは?」
SIDE:VAN
いきなり爆発したビルの外壁は、瓦礫になって降り注いだ。とっさに避けれたのは、普段から当てにならない政府部隊で働いているので自分で全部把握しないといけないというケガの功名だ。上から爆音が聞こえれば見上げるより回避が先、何が起きたかはわかるタイミングで見ればいい。全速力で走ってかろうじてかわすと、ビルの中層階の壁が砕けていた。あんなところが爆発するには、外から撃たなければまず不可能だ。ならば、正面にいる。自動照準がいくらでも手に入る昨今で準備した狙撃が中途半端に外れることはまずなく、ビルを狙ったのではない。狙いがあるとすれば、その下にいるヤツ。下にいたのはオレだけだ。オレのいた位置から死角になる狙撃に適した場所は限られ、ビルの窓の一つにわずかに人影が見えた。
ビルに駆け込むと壁に描かれた避難経路の図面から逃走経路を特定、外したのだからおそらく一直線に逃げるルートは避け、時間がかかってもこちらが選ばない通路を通る。一度上層階に逃げ、こちらを巻く。一番上では選択肢が狭くなるので一つか二つ上、と当たりをつけてその辺の階層に階段を使って直行すると大当たり。スーツを着込んで目立たない格好でもしたつもりだろうがそれはビルを出てからの話、こんな雑居ビルにフォーマルなスーツの男はまずいない。おまけに狙撃ライフルを入れるのにちょうどいいジュラルミンケースをひっさげほぼ確定、更には男が拳銃を取り出したので疑う余地もない。発砲する直前着弾点から身をかわし、消火栓のボタンを叩く。スプリンクラーが作動して消化液を吐き出し、あたりは白い煙に包まれた。狙撃のプロは見えなければ銃が撃てず、こちらはこんなことばかりしている職場なのでお手のもの、一気に駆け込んで叩き伏せた。ジュラルミンケースの中の狙撃ライフルを確認して身元は確定、さらにどういう素性かも明らかになった。ジュラルミンケースの片隅に入っていた指令文書は、ボルトクラウンのものだ。報復だろうか。オレはシーバーで近くの政府部隊に連絡、偶然にも装甲車が真上にいたらしい。
ボルトクラウンは報復などするだろうか。ただでも検挙対象になって立場は内外問わず悪化しているのに、政府部隊相手に厄介事を抱えれば全局面から攻め込まれ潰されるのではないか。そんな思考に頭が届かない。普段から諦めて仕事をしていなければ、何か気づいたかもしれない。
SIDE:IZUMI-YA
……オレの乗った装甲車は、着陸せずに帰っていった。現場には別の装甲車が向かい、オレたちはそういう目的ではなかったので装備が足りないらしい。連絡してきた隊員は何か非常事態に巻き込まれたようだからとにもかくにも応援に行った方がいい。別の装甲車が来た後、引き継げばいいじゃないか。オレは現場隊員にその辺を聞いていたが、上司に怒られて黙る羽目になった。どうしても気になる。連絡してきた隊員の声が漏れ聞こえたが、どう聞いてもヴァンだ。そして、さっきの言葉。周りに聞いても全員事務的に乗っているのでそんなに耳を澄ましておらず、現場隊員に聞けば言っていない、聞き違いだろうという。だが、すぐにヴァンの声が通信機から聞こえてきたのでいくらなんでも都合が良すぎる。しかしどういうことか頭の中でつながらず、とにかく不安だけが募った。帰還した後一人で抜け出し、何があったか現場の責任者に伝えることにした。良からぬことが起きているなら、手を打つだろう。ちょうど廊下で、現場責任者のクレイグ隊長に行き会った。
クレイグ隊長はオレを相手にせず、正規のルートを通すようにと忠告した。しかしこちらはもしかしたら緊急かもしれない。事態だけでも伝えるべく食い下がっていると、クレイグ隊長は言うのだ。
「これ以上は職務妨害、及び職場放棄だ。責任を取りたくなければ、持ち場に戻れ」
当たり前みたいに言われてもそんなのは普段しか当てはまらない。問題が起こっている節はあるのだから伝えないといけない。だからしかたがないと思って、クレイグ隊長の腕を掴んで引き留めた。
「それでいいです。一度来てください」
オレは何が起きたかわからなかった。クレイグ隊長の目に怒りの色がにじみ、にらんでいる。しかしオレには心当たりがなく、事情を説明しようとした。だが、クレイグ隊長が聞いている様子がなく、ふと空寒くなったのだ。
クレイグ隊長は、さっき当たり前みたいに忠告した。もしかすると、あれは牽制というか、脅しに近いものなのではないか。そしてこの様子を見るに、それが通らなかったことはないのではないか。クレイグ隊長にとってはそれが常識、世界のルール。そしてそれに刃向かったような形になったオレは、重大なルール違反を犯した、罪人なのではないか。まさか、と思う前にクレイグ隊長の拳が腹に突き刺さった。そんなことをされたのは久しぶりで、まるで構えていなかったオレは息もできずにへたり込んだ。さらにはクレイグ隊長の蹴り。顔に食らって倒れると、頭を踏まれた。
「指図するな。這いつくばっていればいいんだ」
しばらく文字通りの踏んだり蹴ったり、最後は気を失っていたようでいつの間にか政府部隊の基地を放り出されて人気のない路地裏で目を覚ました。
SIDE:VAN
……やってきた応援は狙撃手を捕まえるのかと思いきや、後ろから殴りかかってきた。いくらなんでもこんな身も蓋もないことをするわけないと思っていたのでもろに食らう。嘘でもこの手の訓練をしているヤツらでかなりの人数、全員で囲んでいるとなれば隙を見せてはいけない。なのに最初の一発を食らってよろめき、二人がかりでがっちり捕まえられて殴る蹴る。がっくり力が抜けて泳いだ目に、後ろで捕まえているヤツの足が見えた。自分の足を引っかけてバランスを崩させ、離さないとはいえ力が緩んだところに肘を食らわせた。片手が自由になればもう一人を倒すのはわけがなく、自由になれば一人一人はたいしたことがない。飛びかかってきたヤツを天井のパイプにつかまってかわすと、頭や肩を踏み台に次のヤツに飛び乗る。思い切り蹴り出して階段にたどり着くと一目散に逃げた。人目がある場所で勝手なことができるほど肝の据わったヤツはいない。それも知っていたのでビルを飛び出した。後ろから電磁ライフルの弾が山ほど飛んできて、何発かかすめたが構っていられなかった。
SIDE:LAY
強化骨格の準備をして何かを待たされていた私は、定時を迎えても指示がなく帰っていいかもわからない。本来は帰るどころか他の仕事が山ほどあるのに、この時間まで手をつけていないからいまさら始めても仕方がなく、先方に問い合わせても今忙しいという。向こうの落ち度だから帰ったら?というミソラの言葉にも、そうなんだけどねえ、と何も考えずに答えることしかできなかった。帰り支度をすませて真っ赤なリボンみたいなのがたくさんついた普段着のミソラを、初めてうらやましく思った。少しばかり話して、少しばかり落ち着いた。もちろんミソラに悪気はないんだけど……もしかしたら、この日は話してないで、怒って帰った方が良かったのかもしれない。後からいくら思ったって、仕方がないんだけど。
SIDE:VAN
……日が暮れて、夜になっていた。政府部隊の装甲車はいつにない数が見られ、サイレンも鳴らしていないのに実戦配備、包囲しようとしているのがこちらにはわかる。街にいればいずれ見つかるが、幸いというかなんというか、内部にいたので包囲がどう甘いかは知っている。その網を抜けて、郊外の廃工場跡に来た。半端に解体されて更地になるわけでもなく放置されていて、オレはたまに足を運ぶ。基地に帰ればストレスで吐きそうだというときに少しばかり立ち寄って、呼吸を整える。もちろん業務外だが、そうしなければ仕事にならないし、見通しが悪いクセに静かで風通しがいい。オレにとっては、案外落ち着く場所だ。
そこら辺に砕けた鏡の破片が落ちていた。ボコボコにされた顔は、時間が経って腫れ上がっている。たぶんこれは、オレの本当の顔だ。どんなに平気なふりをしても、本当はいつもこんな顔をしている。オレは何も考えない。ここに来れば、それができると思ったのだ。
カタリ、と物音がした。背後に誰かが来たようで、動かなくなり始めた体で跳ね上がろうとしたが、いたのはオレと同じようなボコボコのヤツ。イズミ屋は、よお、と言って歩いてきた。力が抜けたオレは、またへたりこんだ。イズミ屋はオレの背後で立ち止まって、背中合わせに座った。
「……くだらねえよな」
「……そうだな……」
イズミ屋の言葉に相づちを打つ。お互いに、何があったかは言わなかった。言っても仕方がない。おかしなことがいくらでもあるのが世界の当然だ。オレはそれを知っている。イズミ屋も知っている。だから今さら言わない。
はあ、と息をついて、力が抜けた。思ったよりもだいぶ消耗している。あの程度のヤツらに叩き伏せられるなんて、役に立たないと言われても仕方がないのだろう。もうどうでもよくなって、仰向けに倒れようとした。そしたら、当たり前だがイズミ屋の背中にもたれてしまった。しばらくするとイズミ屋がつぶやいた。
「悪いな……」
何を言うのかと思えば、イズミ屋の背中が震え始めた。
「オレにはなんの力もない。何かしてやりたくてできたことなんか一度もない。力なんて貸せない。背中くらいしか貸せないんだ」
オレにできることなんてない。でも、できることは全部したいんだ。そう言って黙った。背中が力んでいて、もしかしたら何かを耐えているのかもしれない。そう思うと、オレの目の前がぼやけた。こんなどうでもいいことに、オレは耐えられなかった。こんなことは、初めてだった。
オレは背中を離して、立ち上がった。イズミ屋は、ボコボコの顔に涙のあとまでつけて笑っていた。そして、たぶん同じようなみっともない顔をしたオレを見て、言うのだ。
「うん、いいツラだ」
お前もな、と言うと二人で笑った。おかしいことなんてないのに、怒ったり泣いたり喜んだり、全部吐き出して笑っていた。きっとこの世は、そこまでひどい場所ではないのだ。そんなことが頭をよぎった瞬間、そこら一帯が爆発してオレたちの意識は途切れた。
SIDE:LAY
……もう仕事とかどうでもよくなってきた。何かしていればいつも感じないのに、ただ待つだけの残業が延々と続いてやることがないのだから空腹が気になって仕方がない。なるほど、みんなこんな生活をしていればたくさん食べて体重も増えるのだろう。熱心に仕事をしなければ自分もそこに悩みそうで、エンジニアが天職だったことがありがたい。自販機で買った軽食用のジャムパンは、休憩時間に食べるとこんなにおいしいのか。絶対おいしいわけないのに、こちらの心境でこんなに変化する。惜しむらくは、こんなにおいしくするには強烈なストレスが必要なので二度と食べたくはない。
他の技術者もいることはいるが、ほとんど男性なので共通の話題が少ない。就業中だから仕事の話をすればいいと思われそうだが、技術の話だとみんな割と簡単なところしかわからないので好きにしゃべれない。結果ストレスのはけ口がなくなって、たまる一方。本来は週に一度の定時帰宅の日なので他の人は帰ってしまった。めったに定時に帰らないミソラですら、たまたまサイクロンプロジェクトが一段落ついて先方の判断待ち、半端に別件にかかるくらいならと切り上げて帰った。同レベルの女性のエンジニアというのはあまり会ったことがない。女性はたまにいるが話が通じるとなると男女問わずいないので、女性に限定すれば余計いない。とにかく話題を探そうと携帯でスポーツニュースとか探すがほとんど見たことがなく、こないだ付き合いで行ったボウリングのスコアは最高で79、ひどいときは60後半という低スコアなので文字通り話にならない。靴がきついのよ、あそこ。そんなことなので、きっと共通の話題をスパコンに探してもらったら円周率の計算と同じくらい時間がかかるだろうとだいたいわかっているのに探していた。そしたら、連絡があった。緊急回線で、取引先ではなく病院からのようだ。何があったかわからず話を聞いた。
郊外の廃工場跡で爆発事故が発生、けが人が運び込まれた。運良く政府部隊に見つけられたケガ人はかなりの重傷、整復手術での延命はほぼ不可能と断定されている。もう体を代替物に置き換える以外に手段はなく、私たちはちょうどその研究をしていてハード機構を完成させている。すぐに協力してほしいと言ってきた。
ざわめき立つスタッフは、とにもかくにも病院に向かおうとした。だが、どうしても気になって上司に言った。これでは順番が逆ではないでしょうか、と。
「ケガ人が出て招集されるならわかります、でも私たちは事故の発生よりだいぶ前から集められていて、何か不自然です!」
しかしいつもと頭の使い方がまるで違う話で上手く言えず、今何を言ったって死にかけている人がいるのは変わらない。人命を優先するなら、まず対応しなければ。対応というのは……まだ試作段階に過ぎない強化骨格を無理やり実用に移す、まるで人体実験のような話だ。考えようと思えばわかる人にはわかるのだろう。しかし……突きつけられた現実から奥底を読み解くのが、こんなに難しいなんて考えたことがなかった。
私は移動の間、現場に到着したという救急隊員と映像通信をつなぎ話を聞いていた。廃工場に爆発物があったとしたら一大事だ。迂闊に踏み込めばケガ人が増える。それを心配して注意を促したのだが、それどころではないらしい。一応現場を見るだけだったはずの救急隊員は、ケガ人をもう一人見つけた。病院に送られた人よりよほど重傷で、動かすことも危うく手がつけられない。生命反応自体はあるが何もできず、かといって見捨てれば大問題になる。死ぬまで見届けるしかないのではないかと結論されかけているらしい。救急隊員が、何かを持っていた。現場で拾った、ケガ人のものらしき携帯のデータから身元を調べるという。外見ではもう判別がつかないらしい。だが、その必要はない。私にはもうわかった。どこかのおまけでもらったというバカみたいなストラップをつけた携帯は、使った覚えがある。
事故現場は、少し前に通り過ぎた角をまっすぐに行ってさほど遠くはない。私は横にいたスタッフに聞いた。
「……実装はできるわね?」
隣にいた男性スタッフは、ええ、と答えた。技術屋は強化骨格の実物さえ持っていけば後は外科手術の領域、仮に対応するとしても後回しにする余裕がある。まして全員専門スタッフなので詳細な構造はともかく必要な設定くらいはできる。私は運転席を蹴っ飛ばして車を止めさせると、病院を他のスタッフに任せて飛び降りた。タクシーを捕まえて事故現場に向かう。持ち合わせがないが会社にでもつけることにして、携帯でネットワークの状態を調べた。若干弱いが電波強度は実用範囲、暇を持て余していたのが功を奏し端末を眺めてポケットに入れていた。そして幸運にも、先日のぶっつけ本番で十分な性能を示したファントムシステムの専用素体はその他の行程をすっ飛ばして耐久試験が始まり、工場で動きっぱなしだ。必要な条件は、一つを除いて全部そろっている。でもこれから、一番最後の一番重要な条件……「死んでいない」が成立しなくなる可能性は非常に高い。タクシーを急がせると私のことだからきっと遅くなる。案外自分でわかっているものだとどうでもいいことが頭をよぎり、私は歯を食いしばって耐えていた。
SIDE:MAX
「おお、マックスか。いいものを見せてやろう」
あれから二週間ほどだろうか、大失態を犯した情報戦略室は槍玉に挙げられ、責任者である私は矢面に立つことになった。このクレイグという男はいつもそんなことはしないようだ。気楽なものであると同時に気が知れない。そして、この男の部下だという、災難に遭うことが確定していたヴァンとかいう男がそろそろ目を覚ますと聞き、関係者は一通り集まって見ておくことになった。所詮この世は損だの得だののなすりつけ合い、私もそんな絶対原則に逆らうのをやめてもう久しい。目の前のバカのことを言える立場ではない。
運び込まれたクレイグの部下は、その日のうちに全身が金属骨格に置き換えられた。神経系の伝達機構は不十分だが訓練でなんとかする、と非現実的なことを言っている。それもだいたいどこの組織も同じ、珍しくもないので気にはしなかった。今はそのチタン合金の体を拘束具に固定され、分厚いガラスの向こうで目を閉じて眠っている。
関係者にデータを見せて機能を説明するクレイグは得意げすぎて殴りたくなるが、こちらもいい年なので実際に目くじらは立てない。20代でそんなバカをして出世コースから外れ、情報戦略室で長官になるまでに社会の仕組みはだいたい見てきたのだから、今さらそんなことはしない。運動性能、耐久性能、骨格強度。実戦投入を最初から考えていたという強化骨格の説明はそんな話ばかりだ。私は小さく手を上げて発言した。
「反応速度は?」
中枢神経からの信号を受け取って体が反応するまでにタイムラグがあれば、実戦配備には大きな支障が出る。クレイグは一度コンピュータを検索して、大画面にグラフを映しだした。生身との反応速度の差異は0.01マイクロ秒。作った者は有能なのだろうと推測できるデータだ。どこから見ても素晴らしい、まるで芸術品だ!と調子に乗るクレイグの向こうにある画面に、一瞬何かのウインドウが現れて、すぐに消えた。いったい何かと思ったが気にする者は少ない。こんな研究施設で、簡単に誤作動するコンピュータを使うわけがないというのに、把握していないらしい。私は、再度挙手をしてクレイグに聞いた。私の仕事がもう一つあるのではないか、と。
事故現場にはもう一人ケガ人がいた。後に霊安室に運び込まれたが、どうやら関係者のようで、死後DNAから身元を特定して政府部隊の出入りにいた者だと判明した。この改造のために確保した人材はこの男だけだったのだから、巻き添えが出たのだ。放っておくというならこちらも工作はしないがどうするのかと聞くと、クレイグは知らなかったようだ。何があったのかと部下に聞くと、データはさすがに持っていて説明していた。
「もう一人は重傷過ぎて搬送できず、その場で死亡しました。遺体はすでに焼却されていて、近親者とはめったに連絡を取っていなかったようです。運搬係の泉谷という男で……」
クレイグは部下の言葉を遮ると、適当にやってくれと私に言った。だが、それどころではない。さっき一瞬現れたウインドウが大量に開きコンピュータから何かを探っている。ディスプレイには大量のエラー、警告、中には何かが完了したという通知も入り、劇的な速さで処理が進んでいる。コンピュータは処理能力の超過寸前でいつ止まってもおかしくなく、まるで何かが暴れているようだ。
一体何が起きているのかクレイグにもわからない。他の関係者やスタッフたちも把握しておらず、初めて目にした私に説明責任が巡ってきた。見る限りの状況と、もしこんなことが起きるならという前提で数少ない可能性を例に挙げた。
「……現行のコンピュータの動作原理は人間の中枢神経とはまるで原理が違う。そして、効率的かつ実用的なのは中枢神経だという点は、科学医学問わず常識です」
その二つを直結して処理能力を競えば一長一短が出て、コンピュータが勝てるのはせいぜい演算速度、それも単純作業を繰り返す場合などかなり限られた範囲だ。それ以外は勝てない。無論、ほとんどの人間は実用的な頭の使い方を心得ておらず、機械には勝てないと考える。だが、コンピュータが苦手とする範囲で攻勢を仕掛ければ、機械はむしろ何もできない。コンピュータが処理できない範囲、たとえば激情。多少なり技術が進んだと言っても実用性の低い思考パターンの再現はAI以外には適用されず、多少なり技術が進んだが故にコンピュータにつけ込む領域がある。そんな場所から浸食してきたのではないか。そんなことがありえるのかという関係者の問いに、情報技術者として理論的かつ客観的に意見を述べた。
「よほど強ければ、あるいは」
ガラスの向こうで、チタン合金の体が拘束具を破壊した。




