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忘却の蝶は夜に恋う  作者: 北畠 逢希
終章 あの日の約束

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第55話


 ひらりふわりと蝶が舞っている。その蝶はノクスの周りを飛び回った後、白い花に止まった。羽を休めているのだろうか。


「……貴女は、蝶にでもなってしまったのか?」


 人は死した後、七日間この世を彷徨うという言い伝えがある。だがそこに自我はなく、手に見える形となって人の目に映ることはないと聞く。


 手を伸ばすと、蝶はノクスの指先に飛び移った。

 そのまましげしげと蝶を眺めていると、邸の門が開く音がした。こんな時間に誰だと思いつつも足を進めると、なんとその先にいたのはリュミエールだった。


「……魔術省の長官が、なぜここに」


「このような夜更けに申し訳ございません」


 リュミエールは仮面を着けていなかった。彼女と瓜二つの顔に美しい微笑みを飾り、ノクスに一礼する。


 イスカと同じ空色の瞳はノクスの指先にいる蝶を捉えると、柔らかに細められていった。


「やはりここにいたのですね」

「……この蝶のことですか?」

「ええ、私は蝶を追ってきたので」

「蝶を?」


 ノクスは改めて蝶を眺める。夜に光り輝く蝶なんて滅多にお目にかかれないとは思うが、追いかけるほどまでに蝶が好きなのだろうか。


 不思議に思いながらも蝶を見つめていると、リュミエールがノクスの頭に手を乗せた。


「……ノクス。泣いてばかりいないで、私とともに来なさい」


 ノクスは顔を跳ね上げ、リュミエールの顔を凝視した。突然現れたかと思えば呼び捨てにされ、頭を撫でられている。これは一体何事だろうか。


 だが不思議と嫌な感じはしなかった。初めて会った時からそうだ。リュミエールが纏う空気は柔らかく、話していると心が凪いでいくような気さえする。

 

「僕は泣いてなんか……」


「涙が全てではないのですよ」


 リュミエールはノクスの頭をくしゃりと掻き乱すと、彼女と同じ顔に優しい笑顔を浮かべた。こんなふうに子供扱いをされるのはいつぶりだろうか。


「ノクス様ッ!」


 リュミエールと見つめ合っていると、家の中からセバスチャンが飛び出してきた。焦っている様子からして、変な人に絡まれているとでも思ってしまったのだろう。


 リュミエールを見たセバスチャンがこれでもかというくらいに目を見開き、口を開けたまま固まっている。


 それはそうだ。一時は世を騒がせていた人の素顔が、彼女と瓜二つなのだから。


「さて、と。それでは私とともに行きましょうか。ハインブルグ公爵家の本邸へ」 


「……公爵家の本邸に?」


 それはつまり、首都を北に進んだ先にあるハインブルグ領に行くということだ。まさか今から向かうのだろうか。


 リュミエールは驚いて声も出ないノクスの手を取ると、セバスチャンに向かってひらりと手を振った。


「ノクスをしばらく借りるよ、セバスチャン。ここでいい子に留守番をしてておくれ」

「ちょっ……」


 リュミエールは唇の前で人差し指を立てる。そして何かを唱えると、ノクスと共に姿を消した。

 ノクスの返事も聞かずに、だ。


 ひとりその場に残されたセバスチャンは、目と耳を疑うような顔で、ぽつりと呟いた。


「……────様?」



 目を開けるとそこは、見慣れた場所だった。黒塗りの机と長時間座っても疲れにくい椅子、応接用のテーブルセット、本棚が四つ並んでいるこの部屋は、ノクスの執務室だ。

 ノクスは自宅の庭にいたはずだったのに。


「手荒なことをして申し訳ありません、プルヴィア殿」


 ノクスの隣にはリュミエールが立っていた。一瞬にしてこの場所に連れてきた犯人は彼で間違いないようだが、どんな摩訶不思議な技を使ったのだろうか。


 訝しげな顔でいるノクスに、リュミエールは悪戯が成功した子供のように笑いながら「魔術です」と答えた。


「……はあ、魔術ですか」

「ええ、魔術です。これでも私、魔術省の長官ですので」

「一瞬で場所を移動できるなんて、凄いですが……怖くもありますね」

「ご安心ください。これを使える場所は限られているうえ、私の知る限りでは私しか使えないものですから」


 リュミエールは扉をそっと押し開ける。続きとなっている部屋はエヴァンの執務室だ。隙間から光が漏れているのを見ると、彼は今日も城に泊まり込んでいるようだ。


 そして、次の瞬間には絶叫が響き渡った。


「ぎゃあああっ!? なんでノクスの部屋からイスカが!?」

「こんばんは、宰相殿。そして私はリュミエールです。お願いがあって参りました」

「んえええっ、えええ!?」

「服を──服を貸して頂きたいのです、プルヴィア殿に。寝間着姿のまま連れ出してしまったので。あ、貴方が今着ているものでも構いませんから」

「んぎゃあああっ──!」


 壁の向こうで交わされている二人の会話を聞きながら、ノクスはずるずるとその場にしゃがみ込んでいった。まさか自分は、エヴァンから剥いだ服を着ることになるのかと。


 エヴァンの悲鳴は城中に響き渡っていたであろうに、誰も駆けつけてこなかったのは、魔術とやらの影響だろうか。自分はこんな恐ろしい人と一緒にハインブルグ領へ行くのだろうか。

 ノクスはひとり頭を抱えながら、ため息を零したのだった。

 

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