表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘却の蝶は夜に恋う  作者: 北畠 逢希
3章 眠らない夢

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/60

第26話


 翌日のこと。

 世にも珍しい花々が咲いている小さな庭で、イスカはローリエと紅茶を飲んでいた。彼は明日首都を経つ予定だが、その前にイスカに会いに来てくれたのだ。


「よかったわぁ、イスカちゃんが元気そうで」


 今日のローリエは独創的な趣向の服ではく、騎士の隊服のようなものを着ていた。装飾品の類は一つも着けていないが、元々の顔立ちが華やかだからか、今の飾り気のない姿の方が格好よく見える。町中の女子たちの目に留まったら、きゃあきゃあと騒がれそうだ。


「ローリエ殿が私を魔術省に運んでくれたと聞いたよ。血で服を汚してしまい、申し訳なかった」


「そんなのいいのよぉ。服ならまた仕立てればいいだけ。アスランにでも買ってもらうわ」


 ローリエは茶菓子を頬張り、ずずっと茶を啜る。

 イスカは小さく笑った。アスランがローリエに町中で引き摺られる姿を想像してみたが、中々に楽しそうだ。


「それにしても、魔術師って奴は凄いのね。オールヴェニスの次男坊は好かないけど、美貌の長官の魔術は凄かったわ。まるで神のようよ」


「美貌の長官?」


 首を傾げたイスカに、ローリエはほう、と夢でも見るようなため息を返した。


「魔術省の長官よ。確か名前は──リュミエール様、だったかしら。仮面で顔を隠している御人でね」


 魔術省長官・リュミエール。その名に聞き覚えはないが、仮面と聞いてピンとくるものがあった。父の側近に仮面をつけていた人がいたような気がする。


「仮面の長官、か」


 顔を隠さなければならない理由があるのか、それとも一種のお洒落なのか。恐らく前者だと思うが、今もこの先も関わる予定がない人のことを確かめる必要はない。

 折を見てお礼を伝えに行かなければとは思っているが。


「ええ、あれはもう絶対凄いわ。素顔は美しいに決まってる!」


 ローリエはフンと鼻を鳴らしながらガッツポーズをした。


「……ズバリ仮面の下は見ていないんだね?」


「見なくても分かるわよぉ!」


 その根拠はどこから来ているのか不思議に思っていると、セバスチャンが配膳カートを押しながら現れた。台の上にはポットとお菓子が乗っている。


「お二人とも、スコーンが焼き上がりましたぞ」


 セバスチャンはにこにこと微笑みながらイスカとローリエの前にお皿を置く。スコーンはイスカにとって馴染みのあるお菓子だ。


「ありがとう、セバスチャン」


「あらあ、とっても美味しそう!」


 ローリエは嬉しそうに顔を綻ばせてから、手で横に半分に割り、クリームを塗って食べ始めた。イスカはナイフで赤紫色のジャムを掬い、甘酸っぱい香りを楽しんでから口に運ぶ。


 ふと、紅茶のおかわりを淹れてくれていたセバスチャンが、何かを思い出したような声を上げた。


「リュミエール殿といえば、もとは平民だった御方ですな」


「へえ、まだお若いだろうに。凄いのねぇ」 


「仮面を着けているのは、顔に消えない傷痕があるからだとか、左右で瞳の色が違うからだとか、色々と噂されていましたのう」


 魔術師はほとんどが貴族出身だ。イスカの生家・ハインブルグやオールヴェニス家など、名だたる貴族の人間が所属している中で、無名の人間が長官に就任するとは──リュミエールという人には目を見張る能力があったのだろう。


「詳しいんだね、セバスチャン」


 感心するイスカに、セバスチャンは得意げに笑った。


「ほっほ。誰が何と言っても、あのオールヴェニス公爵家の令息を差し置いて、長官の座に就かれた御方ですからのぅ」


 令息とは神童と謳われたセドリックのことだろう。まだ年若いが、大貴族に名を連ねる家柄の出であり能力も抜きん出ている。彼のことは好かないが、その才能は認めているのだ。


 ヴィルジールは貴族だからと贔屓するような人ではない。だが、長官の席に平民が──それもセドリックを差し置いて据えるとはすごいことだ。


 話をしているうちに嫌な顔を思い出したイスカは、気を紛らわせるために紅茶を口に含んだ。そして二つ目のスコーンに手を伸ばそうとした時、誰かが背後に立つ気配がして、イスカは後ろを振り返った。


 なんとそこには、城へ出仕したはずのノクスが仏頂面で立っていた。


「──こんなところで何をしているんだ」


 不機嫌に問われ、イスカは焦りながらも説明しようとしたが、向かい側にいるローリエが立ち上がったので口を閉じた。


「あらあ、ノクスじゃなーい。おかえりなさい。今日は早いのねぇ」


 ローリエは両手を広げながらノクスに近寄る。

 ノクスは眉間の皺を深くしながら、呆れたようにため息を吐いた。


「どうしてハルメルス卿が僕の家にいるのですか」


「イスカちゃんが心配で、顔を見に来たのよぅ」


「ならどうして呑気に人の家の庭で茶を飲んでいるのです」


「馬を飛ばしてやって来たアタシのために、セバスチャンが淹れてくれたのよぉ。イスカちゃんが丹精込めて植えた花々を眺めながら頂くお茶、美味しかったわぁ」


 ローリエはオホホと高らかに笑うと、ノクスの肩に腕を乗せた。ノクスは変わらず不機嫌なままだが、黙って腕を組んでいる。


 イスカは苦笑を漏らしながらも、ノクスの綺麗な顔を見上げ、毎日恒例となっている言葉を掛ける。

 きっと、今日も返事は返ってこないだろうけれど。


「おかえり、婚約者殿。お勤めご苦労様だね」


 ノクスは閉ざしていたまぶたを持ち上げる。冴え冴えとした青色の瞳は首に回されている腕を一瞥したのち、真っ直ぐにイスカへと向けられた。


「……ただいま」


 吐息のような声だった。耳を澄まさなければ、聞こえないくらいに。けれどイスカの耳にははっきりと聞こえていた。


 ローリエがすかさず「もっと大きい声で言いなさいよ」と彼の脇を突く。戯れ合う二人を他所に、イスカは嬉しそうに破顔した。


「おかえりなさいませ、ノクス様。今日はお早いご帰宅で」


 セバスチャンがいつものようにノクスの鞄を受け取り、目尻の皺を深くさせると、ノクスは疲れたような顔をローリエに向けた。


「抜けてきたんだ。ハルメルス卿がウチに向かったと聞いて」


「やあねぇ、人を悪者みたいに」


「こんなところでお茶を飲んでいる場合なのですか? 辺境伯から早馬で文が届いたというのに」


「わかってるわよぉ」


「分かっていらっしゃるのなら、城にお戻りください。陛下とデューク卿がお待ちです」


 ローリエはぷぅと頬を膨らませながら、襟元を正し、立て掛けていた剣を腰に佩いた。


「忙しないね、ローリエ殿は」


「んふふ、落ち着いたらまたお茶でもしましょうね」


 ローリエはぱちんと片目でウィンクをし、イスカの手を取る。改めて別れの挨拶をするのだろうと待っていると、見慣れた黒い鞄がローリエの後頭部に直撃した。


「痛っ! 何をするのよぅ」


「そういうことはやるべきことを終えてから仰ってください」


 セバスチャンに預けていたはずの鞄が、何故かノクスの手に戻っている。どういうことかとセバスチャンを見ると、彼は自慢の髭を触りながら笑っていた。


「心が狭い男は嫌われるわよぉ?」


「ところ構わず女性に軽々しく触れるのもどうかと思いますが」


 ノクスは困ったように溜め息を吐いてから、邸の門へと向かって歩き出した。その後を着いていくローリエは途中でイスカを振り返り、またねと大きく手を振ってくれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ