第20話
「やーん、どれもこれも可愛くて目移りしちゃうわぁー!」
ローリエ・ハルメルスの声はよく響く。ショーウィンドウの前できゃっきゃとはしゃいでいるローリエは、今や人々の注目の的になっていた。
それはそうだ。ただでさえ目立つ外見をしている人が、商業区のど真ん中で少女のような声を上げているのだから。
「隣は最近できたブティックのようだよ」
「入るしかないじゃない! 行くわよイスカちゃん!」
ローリエは拳でガッツポーズを作ると、空いている方の手でイスカの手を取って走り出した。そう急いだところで、店はいなくなったりしないし、閉店まであと半日あるというのに。
イスカは苦笑を漏らしながら、ローリエに引き摺られるようにしてブティックに入った。
波乱の式典から一夜明けた今日、イスカはローリエと城下を散策していた。首都に滞在している間にお茶でも、という誘いがあったのはつい昨日のことだが、ローリエが予定よりも早く領地に戻らないといけなくなった為、急遽出掛けることになったのだ。
城へ出仕するノクスを見送るようになってから、早ひと月。今日は何をして過ごそうかと思った時、邸の前に一台の馬車が停まった。中から現れたのはド派手な格好をしているローリエで、イスカの姿を見つけるなり「出掛けるわよ!」と言われ、強引に連れ出されたのだ。
一番賑わっている大通りにあるブティックを見てまわり、宝飾品店や武具専門店も覗いた後、二人は人気のカフェに入ってティータイムを楽しんだ。最近の流行らしいケーキは芸術品のような見た目をしており、生菓子でなければセバスチャンへのお土産に買って帰りたいくらいだ。
イスカと向かい合って紅茶を飲んでいるローリエの傍には、大きな紙袋が四つ置かれている。それらを馬車に詰め込んだら、イスカとローリエが座るスペースがなくなってしまいそうだ。
「首都は煌びやかでいいわねぇ。領地に帰りたくなくなっちゃうわ」
「でも明後日には戻らないといけないのだろう? 忙しないことだね」
「そうなのよぉ。ひと月くらい首都に滞在して色々と堪能したかったんだけど、父様から早く戻ってこいって連絡が来たもんだから。あーあ」
ローリエはクリームいっぱいのシュークリームに齧りつくと、ふうっと肩を落とした。どこぞのマダムのような所作である。
「ハルメルス領では魔獣の討伐数が増えていると聞いたが」
「ええ、例年の三倍以上ね。だから父様が領地を空けられなくなったから、代理でアタシが来たってわけ。まあ、そのお陰で陛下にも会えたし、ちょこーっとだけ首都も見て回れたんだけどさ」
あれほど買い込んだというのに、彼にとってはちょこっとだけらしい。イスカは小さく笑ってから、熱々の紅茶を啜った。
カフェを出ると、ローリエが空を仰ぎながら「ひと雨きそうだわ」と呟いた。時刻はもう夕暮れなのか、石造りの道沿いに並ぶ明かりがぽつぽつと光を灯していく。
「さーて帰りましょうか。今日はありがとうね、イスカちゃん」
「こちらこそ。とても楽しかったよ、ローリエ殿」
イスカは小さな紙袋を前に出しながら柔く笑んだ。この中には艶やかな黒色のタイピンが入っている。これならばノクスは使ってくれるのではないかと思ったのだ。
馬車を停めた脇道へと入り、買い込んだ荷物を整頓しながら積んでいく。何とか空いたスペースに乗り込もうと、ローリエが差し出してくれた手に自分の手を重ねた時だった。
耳を劈くような音が辺りに響いた。思わず耳を手で塞いたが、そんなのは気休めにしかならず。聞いたこともない音が空気を震わせたかと思えば、大通りの方から人の悲鳴が上がる。
「……何事かしら」
ローリエが一瞬で顔色を変え、腰の剣に手を伸ばす。流石は国境を守る辺境伯の嫡男。いかなる時も剣を持ち歩いているようだ。
「イスカちゃんは馬車の中で待ってて。アスランの家から借りてるものだから、防護魔術の類がかけられていると思うの」
「私なら大丈夫だよ」
イスカは自分を馬車に押し込もうとするローリエの手を掴み、口の両端をニッと勝ち気に吊り上げた。驚いたように目を丸くさせているローリエの肩を軽く叩き、嫌な気配が漂う方角を見据える。




