第8話 研究の路(黒の亡霊 : ソフィア編)
惑星リュミエール──
王宮の執務室。窓の外には、夕暮れの光がリュミエール城の塔を赤く染めていた。
ソフィアは暁光の剣を机の脇に立てかけ、深く息を吐く。
「……エルディアまでは直行便でも一年」
ぽつりと呟いた声に、返事が返ってきた。
ファランの青い瞳が瞬く。
『はい。現行航路の速度では、最短でも三百六十五日と一時間十四分です』
隣で黙って聞いていたミレイが、拳を握りしめた。
「だったら、ソフィア姉さん…別の方法を調べてみようよ」
「別の方法?」ソフィアが目を向ける。
「ええ。……私、ずっと気になってたことがあるの」
ミレイは少し躊躇してから口を開いた。
「……父のことよ。マックス・カノン。古代文明の研究者だったのに、ある日突然いなくなった」
「……失踪、だったわね」ソフィアが小さく頷く。
「父の研究は、王国の最高機密として封印されたって聞いたわ。でも……真相を知りたい。もしかしたら、そこに突破口があるかもしれない。父は幼い私にぽつりと言ったの…
『ミレイが大人になるころには、遠い星にも一晩で行けるようになる。隣の国や町にも、一分に行けるようになるかもしれないよ…』って…」
ソフィアはしばし考え込み、それから決意を込めて頷いた。
「調べましょう。ミレイのお父様がしていた研究を」
ファランがサーチモードに入った……
* * *
翌日──
かつての王宮の裏山。セラフィム号格納庫を通り抜けてさらに地下。延々と続く白い通路を進む。
ファランは過去のデータを照合しながら先頭を歩く。ミレイの父、マックス博士の日々の活動ログや監視カメラのデータを分析して、彼の行動を辿っていた。
「突き当たりだわ。もしかして、また隠し扉?」
ソフィアは壁のプレートにわずかな隙間を見つけ、力を加えるとテンキーが現れた。
ソフィアが眉を寄せると、ミレイが小さく呟いた。
「……0623?」
軽い電子音。扉は静かに左右へ開いた。
「……父が私の誕生日を!」
ツインテールが揺れ、ミレイの頬に淡い笑みが浮かんだ。
その扉の奥はエレベーター。深い地下へと降り立つ。
エレベーターの正面、分厚い扉を開くと、冷たい空気と紙の匂いが流れ込んだ。
書架の隙間に端末や古文書が積まれ、埃が薄い膜のように覆っている。
「……まだ、こんな場所があったなんて」
ソフィアが驚きに目を見開く。
「最高機密だから、普通は誰も立ち入れなかったのね」ミレイは肩をすくめた。
ファランは部屋の中央に進み、青い光を周囲に走らせる。
『解析開始──古代エルディア文字群、断片的な研究記録を検出。……関連ワード:セラフィムゲート、量子場制御、DNA認証…』
ミレイが息を呑んだ。
* * *
調査を進めるうちに、ソフィアたちはさらに奥の通路に辿り着いた。
金属の隔壁。重々しいロック。
「ここも……セキュリティエリア?」ソフィアが問いかける。
『はい。高危険度の研究対象が保管されていた区画のようです』ファランが答えた。
ソフィアが手をかざすと、壁の認証装置が青白く光り、ゆっくりと扉が開いた。
薄暗い室内に、赤いシルエットが立ち現れる。
「……これは……」
その影にソフィアは言葉を失い、僥倖の剣に手をかける…
真っ赤な外装、丸みを帯びた頭部。そこには多数のメーターが並び、長い眠りのせいで針は沈黙している。
ミレイが一歩近づき、埃を払う。
「……今度は、真っ赤で、頭が丸型ロボット? お父様は、惑星イ○カンダルに行こうとしてたのかしら……」
ミレイは肩をすくめ、冷たく赤い頭部を撫でた。
「……でも、こっちは笑わせてくれるタイプじゃなさそうね」
「えー!比較されるのは納得いきません!」
ファランが甲高い電子音を鳴らし、抗議のように胸を点滅させる。
ミレイは吹き出しそうになりながらも、赤い機体に手を伸ばした。
「……電源、抜かれてるわね」
ケーブルを接続すると、胸のインジケーターが赤く脈打った。
……ピッ……ピッ……
青い点滅ではなく、冷たい赤の光。
「動いた……?」ソフィアが身を寄せる。
次の瞬間――
頭部がギギッ……と軋みながら素早く回転し、真っすぐにソフィアを捉えた。
「きゃっ!」
ソフィアが思わず声を上げる。
静かな声が響く。
『稼働条件確認。適合者――ソフィア・リュミエール。認証完了。……再起動を開始します』
赤い光が室内を照らし、低い電子音が響いた。
『──起動完了。セラフィムゲート研究支援ユニット、オラクル・グリム。任務を再開します』
ソフィアは慎重に口を開いた。
「オラクル・グリム……あなたは、何を知っているの?」
オラクルの赤い光が脈打ち、無機質な声が部屋に響いた。
『歴史。古代エルディア文明において、セラフィムゲートは星間交易と戦争の両面に利用された。過剰な資源採掘、異星からの侵入経路、文明全体の均衡崩壊。これにより評議会は使用停止を決定し、ゲートを封印』
ソフィアは息を呑んだ。
「……やはり、危険視されていたのね」
オラクルは淡々と続ける。
『しかし、博士マックス・カノンは考えた。ゲートを兵器ではなく、生活のために。飛行機や車のように、人が身近に行きたい場所へ移動できる装置として。博士はこの施設内に小型の実験機を製作』
ミレイが目を見開く。
「……父が?」
赤い光がわずかに揺れた。
『事実確認──ある夜、博士は忽然と姿を消失。私はパワーセーブモードに移行しており、当時の映像は記録はありません。ただし、研究室奥にある小型移動装置のスイッチが稼働状態で発見されました』
ソフィアが低く呟く。
「……ゲートを通って、行方を絶った……?」
ミレイは震える声で問う。
「父は……その装置でどこかに行ったの? それとも……」
オラクルの赤い瞳は、答えを持たぬまま静かに光を放っていた。
『結論不明。マックス・カノン博士は所在不明。研究施設は危険と判断され、王国により封印措置』
ソフィアはミレイの肩に手を置いた。
「……お父様の残した研究。それをどう使うかは、私たちに託されたのね」
ミレイは唇を噛みしめながらも、小さく頷いた。
* * *
リュミエール王国・中央議会。
半円形の議場に灯がともる。研究者、学者、軍の代表が一堂に会していた。
中央に立つソフィアが静かに口を開いた。
「……発見されたのは、セラフィムゲートの研究施設。父祖の時代に封印された技術です」
ざわめきが広がる。
「再び開けるなど正気か!」
「いや、女王がおっしゃる通りなら、エルディアまでの航路を一年から一瞬に縮められる!」
「だが文明を滅ぼしたのもゲートではないか!」
学者のひとりが立ち上がった。
「記録によれば、古代エルディアはゲートの乱用で星々を食い尽くした。封印は当然の処置です」
軍の将校が声を張る。
「しかし今の王国は違う!もし敵がエルディア遺跡を手にしているなら、我々は後れをとる! 戦略的に考えれば、利用の道を探るべきだ!」
場が荒れ、声が交錯する。
その中でミレイが立ち上がった。
「……父は、ゲートを戦争のために使おうとしたんじゃありません」
議場の視線が一斉に注がれる。
「人が日常の足として、もっと自由に星を渡れるように──そう考えて研究していたんです。……だから、私は父の研究をもう一度見届けたい」
ソフィアは議場を見渡し、静かに手を上げた。
「セラフィムゲートは確かに危険です。しかし今、私たちは一年という時間を待てません。……封印を解くのではなく、制御と検証のための試験運用を提案します」
沈黙。やがて、数人の議員が頷き、慎重派と強硬派の間で低い議論が再び始まった。
最後に老練の議長が槌を打った。
「多数の意見をもって、条件付きでの試験運用を認める」
ソフィアは深く息をつき、ミレイと視線を交わした。
ふたりの瞳には、不安と希望が同じだけ宿っていた。