第29話 真実の月(封印の剣 : リュカレ編)
エルディア王国──
王国に帰還したカレンとレオン、そしてリュシアは、一連のエルディア王国での事件について、軍の幹部、侍従長、行政の各大臣と情報交換を重ねた。
黒仮面の存在と、その正体が超小型ドローンのスウォームであったこと。それがリュシアを洗脳していたこと。さらにリュミエール王国では女王ソフィアの暗殺未遂も起きていること。両事件には関連があると思われるが、なお黒幕の正体はつかめないままであること……。
サディス「承知しました、カレン陛下。 黒幕が不明である以上、依然としてエルディアは危機にあります。 今一度、王国の総力を結集し、この困難を乗り越えましょう」
侍従長が口を開いた。「それで、リュシアの待遇はどうされるのですか?」
カレン「リュシアには、わたしの側近として国の平和と発展に尽力してもらいます。 あわせて、その剣の腕を評価し、エルディア国軍の副隊長を任命します」
リュシアは驚きに目を見張った。
カレンは続けた。
「リュシアは、この国に古くから伝わる“祈りの家”の血を引いています。 非常の折には、私やレオンの代理としても働けるでしょう」
侍従長「カレン陛下。 ご本人を前にして恐縮ながら、リュシアを過信しすぎではありませぬか? リュシアは、“魔女”との噂も絶えませぬ。国の中枢に置くのは如何かと存じます」
カレン「侍従長、ご意見ありがとうございます。 そのお気持ちは、よくわかります。 しかし、わたし自身も、いまだ “魔女” と疑われていることは重々承知しています。
……古代の文献『マナ・ラ・マンシャ伝』の主人公はこう言いました――
『事実は真実の敵なり』
表面的な“事実”が、本来あるべき“真実”を隠してしまうという意味です。 絶望的な現実だけに縛られてはならない。 人が信じ、目指すべき理想のためならば、醜い事実を打ち破り、真実を追うことが大切です。
私はリュシアを信じています。
真実の眼で、彼女を見守りたいと思います」
侍従長、その場にいた大臣たち、そしてサディスも深く頷いた。
レオン「……信じるだけじゃない。守らねばいけない」
* * *
数日後の朝──
城門の外で、朝を知らせる鐘が響いた。
市場のざわめきが風に乗って差し込み、乾いたパンと香草の匂いが廊下まで漂ってくる。
オーロラの泣き声で、カレンは目を覚ました。笑顔で抱くその姿に、朝日が後光のように窓から射していた。
東の塔の窓を、エレーナが開けた。
山小屋に潜んでいたカレンの育ての親――バロック夫妻とその子どもたちも、いまは城に迎え入れられていた。
バロックの妻エレーナは、久しぶりに感じる安らぎに目を細め、窓辺に立った。
ティオと妹のミリィは、広い廊下を元気に駆けまわっていた。
平和な空気が、ゆっくりと城に流れはじめていた。
リュシアは、西の通用門にいた。
毎朝の食事の準備を手伝うようになっていたのだった。
ティオと同じ年齢ぐらいだろうか……町の少年が廊下の陰で小さく拝礼した。
視線の先にはリュシア……
リュシアは少年が運んできた侍従達のパンを受け取り、やわらかく微笑む。
「毎日、ありがとう……」
少年の手は震えており、逃げるようにリュシアに背を向けた。
その先で、レオンが少年に声をかけた。
「いつもありがとう……彼女は、“魔女”ではない。 祈りの家の娘だよ。 明日もよろしくなっ!」
レオンの笑顔と低く落とされた一言に、少年は、ほっと息を吐いた。
噂は速い。だからこそ、誰かのひと言が灯になる。
* * *
午後、エルディア王国の軍訓練場。
そこには、カレン、レオン、リュシア、サディスの姿があった。
女王カレン自ら、剣を学びたいと言い出したのだ。
『今、エルディアにも、故郷リュミエールにも危機が訪れています。私も、姉ソフィアのように剣を取らねばならない時があるでしょう』
カレンは、リュシア、レオン、サディスと共に剣の訓練を始めた。
レオンが見守る中、カレンとリュシアの剣戟が澄んだ音を重ねる。
二人の刃が交わるたび、カレンとリュシアの信頼は一層深まっていった。
* * *
その夜、リュシアは夢を見た……
穏やかな月光の中に立っている。月光は冷たいのに、頬を撫でる霧は暖かい。
息を吸うと、濡れた石と白百合の香りが胸に満ちた。
霧のような光の粒が足もとを舞い、その中から白い衣の老女がゆっくりと歩み出る。
「リヴェリアおばあちゃん……?」
それは、リュシアの曾祖母、リヴェリアだった。
その瞳はアクアマリンブルーに輝く。
「リュシア、負けなかったね。 もう一人の自分に……よく頑張ったよ」
老女は微笑み、言葉を重ねる。
「でも、これからだよ。 カレンに伝えなさい。 導きがあるのよ。
“倉庫の奥、封じられた剣”―― 光を、もう一度目覚めさせなさい」
霧が薄れ、リヴェリアの姿は遠ざかっていく。
「おばあちゃん!」
リュシアは手を伸ばしたが、指先は空を掴むばかりだった。
目を覚ますと、窓からの月明かりが、頬の涙を静かに光らせていた。
* * *
次の日の朝──
リュシアは、カレンとレオンに昨夜の夢の話を伝えた。
カレン「ソフィアお姉さまたちが、真の黒幕を捜してくれているけれど、今この時も誰かが次の犠牲になるかもしれないわ。……その暗示かもしれない」
レオン「倉庫か……古代文明の倉庫のことだろう……」
リュシア「夢の話なんて信じてもらえないかもしれませんが、リヴェリアおばあちゃんは、 “導き” だと言いました」
レオン「古代の地下室に行ってみよう。もし導きなら、それに応えなければ……」




