第27話 黒い潮流(捜索者たち : ソフィア編)
セラフィム号 艦橋──
ドローンの信号を追跡して、発信場所を惑星マーレスに特定したソフィア達。
セラフィム号では、ファランの修理と同時に、ファランのデータがメインコンピュータにアーカイブされ、道標を示していた。
ハヤセとユリスは、セラフィム号の射撃訓練場で早撃ちと的までの距離を競っていた。
壁際で、ソフィアが見守る。
ユリス「早けりゃいいってもんじゃない!」
ハヤセ「いや、正確性だけでは、勝てない!」
そこには、ブラスターの扱いに慣れていない筈の、ナギサの姿もあった。
乾いたブラスターの音が響き渡る……
「ドシュ、ドシュ、ドシュ」
ナギサのブラスターは、スピードもさる事ながら、的確に的の真ん中を射貫いていた……
ハヤセ「はやっ!」
ユリス「ほんとに初めてなの?筋いいねぇー!」
ゴーグルとヘッドセットを外しながら、ナギサが微笑んだ。
「ふぅー!なかなか楽しいわね。ブラスターも!」
壁に持たれて見ていたソフィアも、うなずく。
「三人とも頼もしいわ……今度は、未知の敵よ。気をつけて……」
ハヤセとユリスが胸を張る。
「お任せ下さい!女王陛下!」
同じセリフを吐いて、目があうハヤセとユリス。
ナギサは、二人の視線に “男” としての火花が散るのを見逃さなかった。
ナギサ「へぇー! そうだったのね! まぁ、二人とも頑張ってね」
ナギサはキョトンとするソフィア艦長を見ながら、珍しく声を出して笑った。
ソフィア「そろそろ、惑星マーノスが見えてくる頃ね。10分後に作戦室に集合よ」
その時、セラフィム号のレーダーが異常値を示し、艦内に警報が鳴る──
「全員、艦橋に集合!急いで!」
艦橋へ走りだす、ソフィア達。
ソフィア「何?ミレイ」
ミレイがレーダーを指さす。
「反応数、十、二十……いや、増えてます。 三十、四十──群れです!」
スクリーン中央に、楕円軌道を描くような光の点群が浮かび上がった。
3Dフォログラムが自動解析を開始する。シルエットが立体化され、輪郭線が白く縁どられた。
「……生物?」
ソフィアが眉をひそめる。
映し出された像は、まるで海の記録映像から抜け出したようだった。
背びれ、尾びれ、流線型の胴体。白と黒のコントラストが宙域の星光を反射していた。
中央コンピュータの音声が続く。
『AI解析完了。形状照合率──約78%。 何百年も前にエルディアで絶滅したとされる哺乳類── “シャチ” に酷似』
ソフィア「宇宙空間に海の生物が泳いでるの? まさか……」
『外殻は未知の金属合金。 内部にAIコアを搭載……生物型兵器』
直後、群れが一斉に姿勢を変えた。
白と黒の巨体が弧を描いてセラフィム号を包囲する。
通信ログがノイズで溢れ、波形が乱れる。
『重力干渉波です! 周波数を合わせて波を──』
「波?」
『群れで干渉波を起こし、艦の姿勢制御を乱しています』
ミレイは過去のデータを探し、指を走らせた。その狩りの技法を彼女は知っていた。
「分かったわ! これは、自然界のシャチの狩り方……“波さらい”よ!」
セラフィム号の外殻に目に見えない重力波が押し寄せ、機体がゆらめく。
艦体が傾くたび、視界の星々が流体のように歪む。艦が激しく震える。
直後、敵群の先頭にいた1体が弾丸のように突進してきた。
ミレイ「あれは……リーダー機!?アルファよ!」
シャチ型ロボットは腹部を下にして滑り込み、尾びれを振り上げる。
その一撃で粒子流が弧を描き、セラフィム号のシールド表面に高圧の衝撃波を叩きつけた。
まるで氷を砕くような衝撃。
ソフィアは、投げ出されないように、操舵輪に捕まる──
ミレイ「魚群戦術……周囲の群体が網を張って、逃げ場を塞いでいる!」
「なら、波を逆に使うわ!」
ソフィアが指揮卓に手をつく。
「干渉波の周波数パターンを分析して! 逆の位相で重力ソナーを共鳴させてみて! 敵の干渉波を打ち消すのよ!」
艦底の重力ソナーが唸りを上げ、セラフィム号が共鳴体のように振動する。
ミレイ「波が静まりました!」
ソフィア「反撃します! ブラスターへエネルギー充填!」
ハヤセ「照準、アルファに固定!充填80%……90……充填100!」
ソフィア「──撃てー!」
光が走った。
セラフィムブラスターの青白い閃光が真空を貫き、群れの中央を裂く。
リーダー機の外殻が破裂し、内部構造が火花のように散った。
だが、終わらない。
破片が漂う間に、周囲の個体が集まり始める。
粒子が凝集し、再び “白と黒の影” が形を成していく。
ミレイ「再構成……! 群体として自己修復している!」
ユリス「つまり、殺しても“死なない”―― 群れそのものが一つの生命体だ」
静寂が艦橋を満たした。
センサーの光点が、再びゆっくりと動き出す。
“母”が倒れても、“子”が意思を継ぐ。
シャチたちは、再び波を起こしながら、セラフィム号を包囲した。
――宙の海が、黒い潮流となって蠢く。
「敵群、依然接近中! 数は六十体を超えます!」
ミレイの声に、ソフィアは眉をひそめた。
シャチ型兵器―― その波形は、まるで音楽のように複雑だった。
ソフィアはモニターを見ながら呟く。
「エルディアの古代文明の生物型兵器がそうだったように、その生物の特色を応用して兵器は作られている。 そうよ……シャチは、賢い生物。 狩りの際には、彼らなりの会話をして連携している……」
ミレイが指を走らせ、波形を分離する。ツインテールの髪が、激しく揺れた。
重なった信号の奥に、リズムのような断続パターンがあった。
「この構造、見覚えがある……」
ソフィアの視線が中央コンピュータのホログラムに向く。
メインコンピュータは、静かに反応した。
『照合中…… 一致率72%。ファラン・アーカイブ・データとの構造類似を確認しました』
ミレイ「ファランの保存データ?」
『はい。古代エルディア文明の碑文で使用されていた文字コード体系と、群れの通信構文が近似しています』
艦橋が静まり返る。
ミレイが息を飲む。
「じゃあ、彼らは……古代の言葉で “話してる” ってこと?」
『正確には、古代言語をAI通信プロトコルに再利用しています。 失われたエルディアの記憶の言語を、通信暗号に転用した可能性があります』
ソフィアは一瞬だけ沈黙したあと、低く指示を出す。
「ファランのアーカイブを展開。 古代文字の文法パターンを再構成して……命令を作るのよ」
『承認。ファラン・データベース展開開始──』
艦内の光がわずかに青く変わった。
モニター上に、古代エルディア語の記号群が走る。
螺旋を描くような記号が、やがて律動を持った波形へと変換されていく。
それは、まるでファランの声が息を吹き返したかのようだった。
「……ファラン」
ミレイの小さな呟きに、中央コンピュータが応じる。
『ファランの解析コードを音波変換中。 “古代通信形式” に同期を試みます』
艦底の共振器が低い唸りを上げた。
数秒後、宇宙全域に柔らかな波が放たれる。
それは攻撃ではなく……言葉だった。
レーダー上の群れが、ぴたりと動きを止める。
螺旋を描いていた点群が、揺れながら分散を始めた。
「効いてる……? 通信構造が崩れていく!」
ミレイが波形ログを拡大する。重ねられた信号が次々と乱れ、中心制御が自己干渉を起こしていた。
『群れの母体AIが応答不能。 同期リンクを失っています』
「つまり――群れが“会話をやめた”ってこと……?」
ソフィアの瞳にわずかな光が戻る。
「もう充分よ。 ブラスターは撃たない。 波を止めるだけでいいわ」
セラフィム号を包んでいた重力波が徐々に消え、星光が戻る。
散ったシャチ型の影が、ゆっくりと解けるように漂った。
誰も声を出さなかった。
やがて、中央コンピュータが静かに告げた。
『通信終了。 古代文字構文と一致する文節を信号より検出。……送信した信号の意味は、“帰還”』
「帰還……」
ソフィアが呟く。
ファランと中央コンピュータは、そう告げたのだ――“帰還”と。
その時、沈黙していた通信波形が一瞬だけ揺れた。
ノイズの奥から、微弱なリズムが浮かび上がる。
『……応答信号検出。 古代構文に類似。 翻訳中──』
ミレイが息をのむ。
「まさか……返してきた?」
波形が変調し、中央スクリーンに一行の文字列が浮かんだ。
『 ──探ス 』
ソフィアは静かに目を閉じた。
「そう……。あなたたちは、帰る場所を探さないといけないのね……」
艦橋のモニターに、ファランのアーカイブログが点滅する。
ソフィアは微笑んだ。
「ありがとう、ファラン。あなたの “言葉の力”が救ってくれたわ」
外の宙域では、群れがゆっくりと離れていく。
白と黒の影が、星の海を泳いでいく……
誰かに戦闘をプログラムされたシャチ型兵器。その絶滅したシャチたちの群れは散り、どこか遠くへ――
いつまでも宇宙の海で、帰る場所を探していた。




