第26話 未知の路(暗躍の糸 : ソフィカレリュ編)
セラフィム号 艦橋 ──
ファランは作業台ではなく、医療区画の手術台に横たわっていた。青ランプは、いまだ消えたままだ……
ミレイは、ファランの頭部の配線と格闘していた。
「うーん……重症ね……」
ナギサ「私が居ながら、申し訳ありません」
ソフィア「ナギサは、自分の危険もかえりみずファランを守ろうとしてくれたわ。 ファランは、ナギサとセラフィム号のデータを守るために、あえて自爆したのよ。 ナギサに落ち度は無いわ」
ミレイ「心配しないで、バックアップはとってあるから……でも修理に一週間は、かかるかも……」
ミレイが頭をあげて、タブレットを操作した。
「ナギサとファランのお陰で、データの発信源が分かったわよ」
カレン「黒幕は誰? 何処だったの?」
ミレイ「それが……発信場所は惑星エルディアでも衛星セレーネでもなかったわ……惑星マーノス……」
ソフィア「マーノス?」
ミレイ「惑星エルディアは、第三惑星……マーノスは第四惑星よ。 つまり、隣の星……セラフィム号なら七日で行けるわ……」
ユリス「よし!そこに行こう!」
艦橋に一瞬、熱が満ちた。
だが、誰より先に口を開いたのはカレンだった。
カレン「……待って。お姉さま」
ソフィアが振り向く。
カレンは視線を落としたまま、ゆっくりと言葉を選ぶ。
カレン「私は……行けないわ」
艦橋の空気が揺れる。
ユリスが驚いた顔をし、ハヤセが息をのむ。
カレン「エルディアは今、王がいない。 しかも、義父上と義母上にオーロラを預けたままにしておけないの。 あの子には母が必要よ」
レオン「うん、俺もソフィア姉さん達と戦いたい…… でも、今、エルディア王国は漂流した船になってる。 もしかして、黒幕のターゲットが、エルディア王国の誰かに向けられる可能性がある……」
リュシア「……女王は私ではありません。 私にできるのは、カレン女王を支えることだけです。 曾祖母の言葉の通りに……私もエルディアに残ります」
ソフィアが微笑み、三人を見る。
ソフィア「……分かったわ。 私達はマーノスへ。 あなた達はエルディアへ。 どちらも、大切なものを守るべき為よ。 この選択は間違っていないわ」
* * *
惑星エルディア──
謁見の間には、沈んだ光が満ちていた。
かつて女王リュシアが座っていた玉座は、今も空席のまま。壁際に立つ兵たちは無言で槍を支え、外の広場からは民のざわめきがかすかに届く。
「リュシア女王が魔女だったのだ」
「いや、黒仮面の魔王に囚われていただけだ」
「カレン自体が、やはり魔女なのでは……」
誰も確証は持たぬまま、声は重なり、波のように広がっていく。
エルディア城では、サディスは玉座を見上げながら、背に冷たい汗を感じていた。
(……ワシはあの時、確かにカレン様を疑った。群集の声に押され、リュシアの言葉に揺さぶられ……もしかしたらリュシアも操られていたのかもしれぬ……いや、ワシが弱かっただけか)
噂は真実を覆い隠し、人々の目を曇らせる。
自分もまた、その渦に呑まれた一人に過ぎないのか……
サディス軍隊長は、黒仮面が城を襲ったあの夜から、胸のざわめきと頭痛が絶えなかった。
「キーン……」と耳鳴りのような高い音が響くたび、視界がにじむ。
サディスは、黒仮面、そして魔女と囁かれたカレンとリュシア、その恐怖が、いつまでも拭えなかった……
(このままでは、自分を見失いそうだ……)
窓に映った自分の瞳が、一瞬だけ赤く滲んだ気がした……
その時、知らせが届く。
「カレン様ご帰還!」
サディスは、胸の奥がふっと軽くなるのを感じた。
(ようやく……この頭痛も消えるだろう。カレン様が戻られたのだ。 考えてみればカレン様は誰かを傷つけたり、騙したりした証拠はない。 カレン様が女王となる……それが一番いいだろう……すべて、元に戻る……)
しかし、レオンも、リュシアまでも一緒だと耳にした瞬間、サディスは安堵の気持ちとともに、頭が痛くなってきた。
「まさか……三人揃って……?」
扉が開いた。
カレン、リュシア、レオンが光に包まれて入場する。
サディスは思わず後ずさる……
「幻か? また私は惑わされるのか?」
冷や汗が額を伝う。
しかしカレンが一歩進み、澄んだ声で言い放つ。
「私は帰ってきました。女王として、この国を守るために」
リュシアが膝を折り、祈るように告げる。
「私はもう逃げません。サディス軍隊長、無礼の数々お許し下さい。私は、操られていました。今度こそ、カレン女王とエルディア王国を支えます」
レオンが剣に手を添え、静かに続ける。
「王家は必ず、私が守る。サディス軍隊長、引き続きよろしく頼みます」
その言葉に、サディスの胸を締め付けていたものがようやく解けた……
彼は冷や汗を拭い、深く息を吐いた。
「……本物だ……皆、戻ってくださったのだ……」
* * *
ふたたび、セラフィム号、艦橋。
ソフィアが星図を見つめ、マーノスの光点を指差す。
「必ず戻る。エルディアとリュミエールの皆が一緒に笑える日をつくるために……」
セラフィム号が白銀の翼を広げた。光を放ちながら跳躍した。
──今、決戦への航路が開かれた。




