第19話 時空光路(重力の穴 : ソフィア編)
惑星リュミエール、議会の翌日早朝。
セラフィム号──
艦内には低い駆動音が満ちていく。
白銀の壁面に青いラインが走り、各区画の照明が順に点灯していった。
セラフィム号には、緊急召集されたクルー達が集まっていた。
ハヤセは砲撃席に座り、拳を軽く握る。
「……やっぱり、この席に戻ってくると気が引き締まります」
ユリスは後方の重力推進メーターを見ながら笑った。
「今度は暴れすぎんなよ、セラフィム号!」
「早々と呼んでくださり感謝します、陛下」
ナギサは凪刀を立て掛けると、瞼を閉じる。
ミレイは端末を抱え、落ち着かない足取りで艦橋を往復する。
「遅れてごめーん。 みんな、準備早っ!」
ファランは、お気に入りの一張羅の軍服を着て告げる。
「セラフィムゲートの通過により、リュミエール地表時間、約1週間で惑星エルディアに到着の予定です」
ソフィアは操舵輪を握りしめた。
セラフィム号に命が宿ったように、その機体が震える。
(お父様、お母様、ダリウス…見守ってて…
LUMIÈRE ELDIA ZOĒ AURORA)
「……セラフィム号、発進!」
地響きを立てながら、山の斜面の木々が揺れる。大きな穴が開くと、そこから巨大な白銀の機体がゆっくりと浮かび上がる。
艦体両脇の装甲板が静かにスライドし、白銀の翼状ユニットが全容を現した。関節部のロックが外れるたび、鈍い金属音とともに推進翼がゆるやかに展開していく。
白銀の翼が朝日を反射した。
リュミエール王国の管制室では、オルディン隊長、マックス博士、AIロボット・オラクルほか学者たちが無言で、その光景を見守っていた。
やがて雲を突き抜け、艦は星々の中へ姿を消した。
* * *
セラフィム号艦橋──
ミレイ「無事に、惑星リュミエールの大気圏を離脱……」
ファラン「約ニ時間後に惑星リュミエール、セラフィムゲートに到着予定──
皆さんは、ディープスリープ航行の、冷却睡眠状態にてワームホールに入ります。
これは、感覚遮断による精神負荷軽減、代謝と循環機能の制御、および万が一の放射線などの受動遮断の為となります……」
ユリス「寝て起きたら、惑星エルディアって訳ね……そりゃ、前より楽でいいや……」
* * *
全クルーは各自のポッドに横たわる。冷却された気体が静かに満たされていく。
ソフィアは胸のペンダントを握りしめた。
「……カレン……必ず助けるから……」
リュミエールの管制室では、マックス博士は腕を組み、表情を引き締めて、モニター越しに見守る。
オラクルがモニターに走る数列を追いながら、淡々と読み上げた。
『セラフィムゲート、リング同期待ち角、偏差0.04°。フレームドラッギングによる有効速度場、所定値。
赤方偏移/青方偏移、スパイク立ち上がり──規定内。
スロート半径、微振幅 ±0.6% で安定。
量子場補正により通行可能──年代記保護監視、警報なし』
マックス博士は腕を組んだまま、短くうなずく。
「……無事に帰って来い……」
自動航行システムにて進む先に、巨大なリング状構造物──セラフィムゲートの入口が迫る。
虹色の光膜が波打ち、星々を吸い込むかのようにゆらめいていた。
「セラフィム号。ゲート進入五分前……」
ファランの冷静な声とともに、艦橋の照明が落ちていく。
ソフィアのまぶたが重く閉じ、静かな眠りが訪れる。
外のモニターに映るのは──白き翼を広げた巨艦が、揺らめく光の奔流へと呑まれていく姿。
光膜がひときわ強く瞬き、セラフィム号はその中へ消えた。
* * *
ファラン『ゲート内、航行ログON』
まばゆい光の中、空間が揺らぐ……
ファランの、青いランプが、 ゆ っ く り と 点 滅 し た
『ゲート境界層に進入。機体姿勢、安定。
姿勢制御:ゼロ・ロール固定。
重力舵:受動→能動へ遷移待機。
冷却睡眠:全ポッド安全域。
記録位相:年代記保護モードに同調』
視界は色を失い、かわりに “距離の層” が重なった。糸のような光が束ねられ、時間のさざ波が目の前で現れては消える。
船体の影が三重、四重にずれ、白銀の翼の縁が音もなくひずむ。
ソフィアの呼吸は深く、夢は透明になっていく。水底の鈴のような響きの向こうで、ソフィアは走っていた。
急に誰かに抱きかかえられた……父だ……子供の頃に戻ったソフィアは、父のオリヴィエに抱きしめられた。今度は、母のアナスタシアに抱きしめられる……あたたかい……。振り返るとダリウスがいた。笑顔で見守ってくれている……隣で、幼い日のカレンの笑い声がはじけた気がした。
女神のような寝顔の唇が揺れる。
『カレン…待ってて』
胸のペンダントが、眠りの中でかすかに脈を打った──
セラフィム号艦橋──
どこかで、目盛が一つ進むようなクリック音。
ファランの報告が淡く重なる。
『スロート中心、相対安定。青方偏移、臨界前で収束。船体ストレス、許 容 内──通 過 続 行……』
次の瞬間──
ファランの青ランプの瞬きがゆっくりとなる。
ファランは暗い海の底で、白い坂道を上っていた。滑らないように、ゆっくりと上る……
後ろを振り返ると、ゴムの膜が中央でへこんでおり、その坂道を上っているようだ……
重力のせいか、足が重たい……上を見ると、先は長いようだ……
しかし、休まずに歩く──
……
ファランは、センサー部の再起動を自分で実施した……青いランプの瞬きが少しだけ早く点滅を繰り返した。
再起動後、ファランが気づくと、艦橋の窓の外は光の束だった。
ファランは、また航行ログの続きを読み上げ始めた……
やがて、遠い星の匂いが艦内の空調に混じった気がした……




