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第1話 翡翠の髪(星の目覚め:リュシア編)


 惑星エルディア ──

 

 ノクティウスによる、惑星エルディアの襲撃から1年。


 エルディアの村も平穏な日々を取り戻しつつあった。古代文明の兵器は教会の地下に戻り、その姿を消した。

 

 唯一、レオンとカレン、村長の息子バロック。そして村の有識者達が教会の地下に入り、古代文明の有効活用を模索していた。事実、古代文明の発電能力の活用により、産業の発展が見込まれる事に村の期待は高まっていた。


 一方、レオンとカレンの家では、新しい命が息づいていた。

 生まれたばかりの娘。名前はオーロラ。

 母カレンのように星の輝きを纏ったオーラを放ち、誰もがその姿を見るだけで癒される……そんな存在だった。


 この日は、会合に呼ばれていたカレンに代わり、村長の息子バロックの妻エレーナが小さな体をあやしていた。彼女はカレンの育ての母でもあり、オーロラを抱く手は深い慈愛に満ちていた。


 その日の村はずれ――

 木々の葉はやわらかな日差しに揺れ、新しい命が芽吹く。山の斜面には白い花が咲き、鳥が枝を渡りながら澄んだ声で鳴いていた。

 春の匂いは、まだ冷たい雪解けの水に混じっているが、肌を撫でる風にのってやわらかく村の隅々まで運ばれていった。


 十五歳になったばかりの少女リュシアは、川のほとりに座り釣り糸を垂らしていた。少年のように動きやすい服を着て、竿を握る手は細く、膝を抱え込むように座る姿はどこか小さく見える。


 水面に映る自分の影を覗き込むと、翡翠ひすい色の髪が風に揺れ、ターコイズブルーの瞳が光を返していた。日焼け避けの帽子の影からのぞく肌は透きとおり、その凛とした横顔のラインは、川の輝きをバックに美しく清らかな佇まいを映していた。


 川下からは子供たちの賑やかな声が響く。

 バロックの子供たち──ティオとミリィが水遊びに夢中になっていた。兄のティオは友達と石を投げては水面を跳ねさせる。妹のミリィは跳ねた水の波紋を数えては、はしゃいでいた。


 「あんまりこっちに来ないでよ。お魚が逃げちゃうわっ」

 リュシアがつぶやきながら、ティオ達に目をやる。

 「でも、子供達だけで大丈夫かしら……」

 もう一度、川下を見やると、岩陰から背の高い男性の姿が見えた。

 「ん…? あぁ、レオンさんね。エルディアの英雄が一緒なら安心ねっ」


 レオンは、1年前のノクティウスとの闘い以降、カレンと共に英雄として称えられていた。村はレオンとカレンに絶大なる信頼を傾けていた。


 リュシアは小さく息をつきながら、レオンの姿を追った。

 「英雄も大変ね。村の子達の面倒まで見て……」

 口の中で呟き、また静かに水面を見つめる。だがそこにあるはずの ” 浮き ” は消えていた。慌てて竿を引き上げると、餌のなくなった針だけが青空に弧を描いた。

 「あーあ、餌とられちゃった」

 苦笑しながら仕掛けを直そうとした、その時だった。


 胸の奥に冷たいものが走った。

 ──危ない

 

 リュシアは、竿を放り出し川下へ駆け出していた。足は自分の意志より早く動き、岩を蹴る音だけが耳に残った。


 「みんな! 逃げて!」

 こんな大声、生まれて初めて発したかもしれない。リュシアは自分で驚きながらも、叫びながら、一番近くにいたミリィを抱き寄せる。

 ティオはとっさに川の浅瀬で遊んでいた女の子の手を引きながら、岸の方へ走りだした。

 レオンは険しい顔で山を見上げた。

 

 次の瞬間、地鳴りが響いた。鳥が一斉に飛び立ち、山肌が大きく揺れた。木々がきしむ音、枝葉の裂ける音。

 「早く岸へ!」

 レオンが川に飛び込み、残った子供の手を強く引き寄せる。ティオも女の子の手を引きながら必死に岸へ戻った。リュシアはミリィを腕に抱え、必死に走りながら声を振り絞る。

 「逃げて―!」

 そして、轟音とともに崖の上から土砂と岩が押し寄せてきた。土の匂いと湿った砂の臭気が風に混じり、川を濁流へと変えていく。土砂が跳ね、水しぶきが全身を濡らした。

 

 やがて土煙が収まり、崩れた川辺には濁った水が渦を巻いていた。だが、子供たちは全員無事のようだ。


 「みんな、大丈夫か!?」

 レオンの声に、ティオが力強くうなずいた。

 「レオン兄ちゃん!大丈夫だよ!」

 リュシアの胸にしがみついたままのミリィも、小さな声で「ありがとう」と呟いた。


 リュシアはミリィを降ろし、ほっと息を吐いた。全身は泥で汚れていたが、その表情には安堵の笑みが浮かんでいた。


 レオンが濡れた髪を払って、リュシアに頭を下げる。

 「助かった……ありがとう。リヴェリアさんのひ孫、リュシアだね。久しぶりに会ったら、大きくなっていて最初は気づかなかったよ」

 

 ──胸の奥で何かが熱く鳴った。あの英雄が、自分の名を呼んでくれた。自分の事を知っていてくれた。ただそれだけで、世界が少し明るくなった気がした。

 

 リュシアは照れくさそうに笑うと、ほんの少し駆け足で竿を置きっぱなしにした場所へ向かった。


 * * *


 村長の息子バロックの家。夕暮れの光が差し込み、木の影が壁に伸びていた。

 レオンはティオとミリィを送り届けると、濡れた服のまま報告していた。


 「……そういうわけで、リュシアが崖崩れの前に気づいてくれて、子供たちは助かりました」

 「なんと……」

 バロックは深く息をつき、子供たちを抱き寄せた。小さな肩の震えを感じながら、彼は胸の奥から安堵の吐息をもらした。

 「レオン、そしてリュシアには礼を言わねばならないね」

 しばし黙ったあと、バロックは目を伏せた。

 「……あの家系は不思議だ。リヴェリアばあさんは長寿だが、娘も孫も皆、病で早くに亡くなってしまった。残された、ひ孫のリュシアは、まだ若いのにひとりで婆さんの世話をしている。村でも “ 伝承の家、祈りの家 ” と呼ばれてきたが、あの子にとっては重荷だろう」

 レオンはうなずいた。

 「今日のあの子は……誰よりも勇敢でした。恐れも見せず、子供を救ったのです。でも…初めて聞いたかもしれない。リュシアの大声……」


 バロックは窓の外に広がる暮色を見つめ、ぽつりと呟く。

 「リュシアが、事前に気づいたか……やはり、あの家系の血に眠る何かか……」


 ティオとミリィは無邪気に兄妹で話しながら、まだ興奮の余韻を引きずっていた。バロックは二人の頭を撫でながら、安堵の笑顔を見せた。


 * * *


 夕暮れ。リュシアが家に戻ると、部屋はしんと静まり返っていた。蝋燭の炎が小さく揺れ、古い木の家に乾いた匂いが満ちている。


 布団の上に横たわるリヴェリアは、浅い息を繰り返すばかりで、目を閉じていた。

 1年前のノクティウス襲撃以降、みるみるその命の灯火は細くなっていった。

 その役割を全うしたように……


 「おばあちゃん、今日ね……川でミリィちゃんたちが危ないところだったの」

 リュシアは床に座り込み、ひとりごとのように話しかける。

 「わたし、なんでか分からないけど……すぐに分かったの。崖が崩れるって。どうしてだろうね?」

 返事はない。沈黙が部屋を包む。炎の揺らぎだけが壁に影を揺らしている。


 「……おばあちゃん。もしおばあちゃんまでいなくなったら、わたし、どうなるんだろう」

 声は震えていた。

 リヴェリアは、寝言のように「あぁぁ」と答えにならない言葉を発した。

 

 窓の外から春の夜風が吹き込み、薄いカーテンが揺れた。

 リュシアは膝を抱き寄せると、しばらく黙ったまま炎を見つめていた。その炎の影は、彼女の「祈りの家」を将来引き継ぐという不安の影を映し出していた。


 その影は、今日の川でのせせらぎの音や、レオンがくれた笑顔だけが癒してくれていた……



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