第16話 魔女の家(衛星の光:カレン編)
惑星エルディア──
夜の森を切り裂くように、巨大な鳥型兵器が羽ばたいていた。背に乗るのは、処刑場から逃れたレオンとカレン。
彼らは、かつてレオンが独りで住んでいた山小屋へ──バロックたちと落ち合う約束の場所を目指していた。
だが、追手の目を欺くために、レオンはまず、別の山奥の開けた場所に鳥型兵器を降下させた。静かな森の木々が裂け、翼が地面に影を落とす。
カレンは鳥型兵器の首筋に手を添え、静かに命じる。
「追手が近づいたら……わざと目立つように飛び立って」
緑のセンサーが瞬き、鳥型は羽を震わせ、首をしならせて応じた。
まだ道のりは遠い。ふたりは徒歩での移動を覚悟した。
「歩けるか、カレン……」
レオンの問いに、カレンは微笑みを返えしたが、喉が渇いて声が出なかった。
その時、森の奥から僅かな音が響いた。
──馬型浮遊機の駆動音。
レオンは咄嗟にルミナスソードに手をかける。
「リュシアか!?」
だが、木々を抜けて現れた馬型には誰も乗っていなかった。
その馬型の額には、カレンが見覚えのある傷がついていた。数年前のノクティウス戦で、ついてしまった傷だ。機械とはいえ、ソフィアやレオンを救った、カレンの愛馬だった。
鳥型と馬型が向き合い、互いのセンサーを点滅させる。まるで無言の会話を交わしているかのように。
その様子にカレンは気づいた。
「……もしかして、あなたが呼んでくれたの?」
鳥型は誇らしげに胸を張り、翼を大きく広げた。
「助かる! 急ごう、カレン」
レオンとカレンは馬型に跨がり、山の上へと静かに駆け出した。
* * *
夜霧が濃く、冷気が肌を刺す。背後からは犬の遠吠えが木霊し、甲冑の軋む音が間を置かず迫ってくる。森の奥でたいまつの赤光が揺れ、追跡者の影を映していた。
──サディスである。
彼は少数の部下を率い、険しい山道を進んでいた。鋭い声が闇を裂く。
「いいか、魔女は必ず棲家に戻る! 奴らを逃がすな!」
兵たちの足音が一斉に高まり、枝葉を蹴散らした。
その時──
森の奥に、大きな影が舞い上がった。鳥型兵器だ。月光を浴び、緑のセンサーを目玉のように光らせ、わざとらしいほど大きな羽音を響かせて飛び去っていく。
サディスはそれを見上げ、口角を歪めた。
「分かった……あちらの山の小屋だ。 そこに隠れたか!」
兵たちも緊張を帯び、恐れと興奮を混じらせながらざわめく。
サディスの部下ガルスは、幼い頃、村の語り部リヴェリアから聞いた昔話を思い出していた。
“魔女の小屋”の伝説……
『魔女は、小屋の中で、おおきな斧の刃を研いでいたのです……』
ひそひそと仲間に囁く声が広がった。噂は恐怖を呼び、足取りを乱す。
「小屋だ! 明かりが見える!」
部下の叫びに、兵たちは息を切らして崩れ込むように突進した。
「隊長! お気をつけ下さい! 魔女の罠かも……」
サディスは扉を蹴破った──
その瞬間、鼻を衝いたのは獣肉を焼く匂いと、酒の甘ったるい香りだった。
中では狩りを終えた村人たちが数人、火を囲んで大声で笑いながら杯を傾けていた。
「な、なんだあんたら! 人の宴に踏み込むとは!」
とっさに椅子を蹴って立ち上がる。
サディスは鋭く叫んだ。
「魔女はどこだ!」
村人のひとりが、酔ったふりをしながら指をさす。
「裏の裏の山さ! さっき鳥に乗って、ひゅーっと飛んでったぜ!」
もうひとりの老人が声をかける。
「兵隊さんも、一杯やってくかい!?」
「くっ……行くぞ!」
サディスが怒鳴り、兵たちは再び駆け出した。
軍犬はよだれを垂らしながら後ろを振り返り、兵に引っ張られて進む。
兵士たちは急斜面で足を取られ、何人も転んだ。たいまつが落ち葉を燃やし、慌てて踏み消す。
兜を枝に引っかけた兵士が「あぁ!魔女が俺の頭をつかんだ!」と叫び、仲間が無理やり引き抜いて転げ落ちた。
ようやく裏山に僅かな明かりが見えた。
「あそこだ! 気付かれぬように進め!」
辿り着いた……
今度は、しゃべり声や笑い声は聞こえない──
そこにあったのは湯気立つ谷川の湯溜まりだった。
若い男たちが裸で肩まで浸かり、こちらをにやりと見上げる。
「魔女? さっき来たかもしれねぇが、湯気でよく見えなかったなあ」
「ベッピンさんの魔女と、温泉に入りたいもんだじゃなー」
老人の言葉に、男達は大笑いする。
別の男がわざとらしく伸びをして、水を跳ね飛ばす。兵のひとりが顔に湯しぶきを浴びて目をしばたたかせた。
サディスは額に青筋を浮かべ、怒声を張り上げた。
「ふざけおって! 小賢しい村人どもめ!」
だが、その叫びは疲れ切った兵の荒い息と夜霧の中に、むなしく吸い込まれていった。
そう──『隠れカレン派』の村人たちの絆と連携は、サディスたちの戦意を見事に削っていた。
* * *
その頃、サディス達から遠く離れた違う山──
かつてレオンが独りで住んでいた山奥の小屋。
バロックと妻マーニャの手で守られる小さな命。レオンとカレンのひとり娘…オーロラの姿があった。そこには、バロックの子供、ティオとミリィも共に身を潜めていた。
馬型が庭先にゆっくりと降り立つ。
カレンは、慎重に馬型から降り立つと、小さく咳払いをした。声を潜める。
トントントン「……こんばんわ」
小屋の明かりは消えており、人の気配は無い。
トントントン「……私よ、カレンよ」
レオンは周囲を見やり警戒する。
カーテンの隙間から顔を出したのは、ティオだった。
「カレン姉ちゃん!」
レオンが人差し指を口に当て、静かにと、合図する。
中へ入ると、奥からマーニャに抱かれたオーロラが現れた。
「オーロラ……」
赤子は何事もなかったように眠り、カレンはその小さな体を優しく抱きしめる。
ミリィも飛び出してきて、カレンにしがみついた。
「よかった! みんな無事で……」
カレンの渇いた頬を、涙が潤していった。
「バロック父さん、ちょっとこっちへ」
休む間もなく、レオンは奥の部屋にあるベッドを横にずらし、床板をパズルのように外す。そこには地下へ続く階段があった。
「食料は数週間分だが、ここに隠れれば何とか持ちこたえられる。父の船から拝借した武器もある。追手が来たら、ここに籠もってください」
バロックたちは目を見張った。
「シェルターのようだ! ここなら一ヶ月は過ごせるだろう。……武器も見たことの無いものばかりだ。数十人分はある」
「ええ、少しだけ借りていきます」
レオンは食料と武器を大きなバッグに詰め込むと、バロックと地下室から出て来た。
井戸の冷たい水で喉を潤したカレンが、不安げに尋ねる。
「レオン……荷物持って……どこかへ行くの……?」
「やつらの狙いはおまえだ。 ここに隠れても見つからぬ保証は無い。 父さんたちやオーロラに危険を及ぼすかもしれない……」
「どうするの……レオン」
「また古代文明の兵器で闘うのは、歴史の繰り返しだ。避けたい。 だから……リュミエールのソフィア姉さんに通信を試みようと思う。 そのために……」
レオンは、星空を指さした。
カレンが見上げる夜空に、三日月が輝いていた。
それは、惑星エルディアの衛星セレーネ。
セレーネは、惑星エルディアの周りを公転し、古来よりエルディアの夜を照らし続けている。
「衛星セレーネの裏側の地下には、今は無人となった都市がある。地下都市は、発達していたが、資源が尽き、戦争で廃墟となった。……忘れられた場所だ」
カレンは井戸水をもう一杯飲み干し、息を整える。
レオンは続けた。
「古文書で、その記述を見つけた。 父から逃げる時に立ち寄ったことがある。 古代文明の通信装置が、そこに眠っていたはずだ」
バロックが心配そうに尋ねる。
「どうやって、あの衛星まで……?」
「この星に隠してある。 父から逃げ延びたときの宇宙船だ」
カレンとレオンの視線が交わる。
それは新たなる道への第一歩だった──




