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ひとつの光路 三つの星命  作者: 慧ノ砥 緒研音


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第14話 時の狭間(二重の輪 : ソフィア編)


 リュミエール王国の研究施設──


 白い壁に囲まれた管制室は、数十台の端末と光のホログラムで埋め尽くされていた。

 ソフィアは深く息を吐く。 

 机上のシミュレーションは、ついに成功を告げていた。


 冷静に報告したのは、リュミエールに帰国後、早々に博士号を取得したミレイだった。

 「……理論上は完全に成立したわね。 入口と出口のリングを同期回転させれば、ワームホールは安定して開くのが実証できたわ」

 その瞳には、確信と緊張が混ざっている。


 二重のリング構造が映像に投影される。その内部では大小さまざまな鉱石が浮かび、磁場に支えられるように宙を回転していた。

 青白く発光するもの、金属光沢を放つもの、淡く脈打つもの――それらは互いに衝突することなく幾何学的な軌跡を描き、やがて中央に水面のような揺らぎを生み出す。


 ──それが、セラフィムゲート。

 祈りを必要としない、純粋な技術の産物。だからこそ過去、戦乱の中で幾度も乱用され、封じられた。

 かつての古代文明時に建設された、そのゲートは惑星リュミエールの上空20万㎞の軌道を回転している事。それと同じものが惑星エルディアの軌道にある事も確認されていた。

 

 「次の段階に進むべきです」

 ミレイが立ち上がる。

 「父の研究室の奥に残された小型ゲート……あれを稼働させれば、机上だけでなく実証に移れるはずだわ」

 ソフィアは頷いた。確かに理論は完璧だ。だが、ソフィアの心の奥には、拭えないざわめきがあった。


 * * *


 マックス博士の研究室。奥の最高機密室。


 リュミエール王国の科学者達、最高の頭脳が集結していた。

 ソフィアとミレイ達が見守る中、直径3メートルほどの小型セラフィムゲートが光を帯びる。

 二重のリングが唸りを上げ、内部の鉱石が宙に浮かんで回転を始める。

 小型とはいえ、実機でのシミュレーション。こちらにも理論上問題は発見されなかった。


 「この試験用ゲートは、入り口と出口を同じ場所につなげてあります。 ここに入った場所、計算では三日後に又ここに戻ってきます。 おそらく入った人は数分間としか感じないでしょう」


 ミレイが迷いなく手を挙げる。

 「もう、人体で実験してみましょう。 いつかは、誰かが入らなければならないのでしょ。 私が行きます」

 ソフィアが眉をひそめる。

 「ミレイ……それは、まだ……危険すぎるわ」


 続いて声をあげたのは、赤くて、頭が丸いAI ロボット、オラクルだった。

 『私が入ります。 ゲート内でのデータ保管も可能です。 人体への影響も計測データで安全を確認出来るでしょう』


 ファランは、書棚の後ろに隠れて出て来ないようだ。

 ソフィア『分かったわ、オラクル。 データを収集して来て』

 協議の末、初回はオラクルが選ばれた。


 ファランは、安心したように書棚から出てきて、ミレイの苦笑いをさそった。


 * * *


 オラクルが、小型セラフィムゲートに入って三日後。


 光の膜が再び開かれ、オラクルの姿が戻ってきた。湧き上がる学者や研究者達の拍手が研究室に響く。


 オラクルの手には一本の古びた万年筆が握られていた。

 『私は、3分25秒間ワームホールにいました。 が……三日間経過しているようです。 あと、一番先に報告する事項が……』


 オラクルは続ける。

 『……ソフィア女王、ミレイ博士……私は、マックス博士に会いました……』

 『えっ!父さんに?』

 ミレイはオラクルが握っていた万年筆を受け取る。

 『父のだわ……』

 ミレイの声が震える。幼い頃に見た記憶があった。父の愛用品に間違いない。


 オラクルは静かに語った。

 「私は真っ白な箱の中に閉じ込められていました。 すると、間もなくその白い壁は無くなり、白い天井には星空が広がりました。 床は草原で風が吹いて光を放つ花々が揺れていました。 ふと気付くと後ろにマックス博士が立っていたのです』

 ミレイは息をのんだ。信じられない……震える声で尋ねた。

 「オラクル。 お父さんは生きてたの?」


 『はい。生命反応は測定できました。 彼は私に『実験は成功だ!オラクル』と言って、わずかな時間に、この万年筆を渡したのです。 戻ったら研究を引き継いでくれた者にこれを証拠として渡せと……… 私は、『戻る事が出来ます』と言ったのですが…… なぜか、博士は帰らないとおっしゃいました」

 皆、すぐには言葉を返せなかった。


 ソフィアは、その言葉に眉をひそめた。『博士が生きている』可能性という嬉しい報告ではあった。しかし『帰らない』という理由には、科学的の理屈では割り切れない『意思』の存在を感じたからだ。


 ──そのオラクルの話は、科学の領域を超えていた。装置を通り抜けた先にあるには、あまりに異質な科学で説明できない空間が広がっていた事になる。


 その上、オラクルの録画データには、ノイズと時々明るくなる画面以外、何も残っていなかったのだ。


 「……次は私が行きます」

 ミレイが涙をこらえながら宣言した。

 「父を連れ戻せるかもしれない……」


 * * *


 ミレイはいつもの笑顔で、ソフィア達に手を振った。心配な表情のソフィア達を安心させるように……


 水面のような空間に、足を踏み入れる。

 ソフィアや仲間たち、学者達も見守る中、ミレイの身体は光に包まれ、次の瞬間……研究室から消えた。


 「無事に戻って来て……ミレイ」

 ソフィアは心の中で祈りを結び、胸のペンダントを握った。


 * * *


 彼女が見たのは、真っ黒なトンネルだった。その中を泳ぐように進む。先にはまばゆい光が見えていた。光が近づくとミレイは光に包まれ、目を閉じた。


 次に彼女が目を開けたとき、そこはオラクルが語った通りの光景だった。


 夜空のように暗く、しかし果てしなく明るい星々が空を埋め尽くし、花々が星明かりに呼応するように淡い輝きを放っていた。

 星と花が同じように輝き、天と地が反転したかのような、静かな草原。


 草原をひとり歩くミレイ……いくら歩いても同じ景色が広がる……遠くに川が流れている。


 ふと、後ろを振り返ると人影が見えた……

 ミレイは走りだした。

 「お父さん!」人影はこちらに顔を向けた。


 マックス博士だった──


 ミレイの父は若い日の姿のまま、老いを知らず、穏やかな微笑を浮かべていた。

 

 ミレイは、父の胸に飛び込んだ。確かな温もり、懐かしい鼓動。

 父が生きている──涙が頬を濡らした。


 「ミレイ!ミレイか!大きくなったな!もう何年経ったんだ?」

 「もう15年よ……お父さん、帰ろっ!リュミエールに帰れるのよ」


 「ミレイ……お父さんは帰らないよ」

 「えっ!なんで!」

 「ミレイ、ここは幸せなんだよ……痛みも苦しみも感じない…何も悩まなくていい……」


 「だめよ!研究はまだ終わってないわ。 お父さんしかやれないことがあるはずよ!」


 マックス博士は星空を見上げた。

 「そうか……」

 「お父さん!お願い!もう時間が無いわ。 今、リュミエールは大変な事が起こってるの! 皆を救って!」


 ミレイは大粒の涙を流した。 

 「私の家族はお父さんだけなのよ!もう、ひとりにしないで……」


 「わかったよ、ミレイ…」

 親子は手をつなぐと後ろに現れた、輪の中へ消えた……

 

 * * *


 光が弾ける。


 眩しさでまぶたを閉じた。

 ソフィアが目を見開いた時には、研究室の床にふたりの姿が立っていた。


 マックス博士と、その腕に抱かれたツインテールのミレイ。


 「……博士……」

 ソフィアは言葉を失う。

 博士の姿は若々しいまま、時間に縛られていないかのようだった。

 だが、研究室の時計は三日分の刻を進めていた。


 科学の扉を越えた先にあったのは、空間ではなく、もしかしたら……


 生と死の境界だったかもしれない。


 そんな思いが胸をよぎり、ミレイは今になって震えが込み上げてきた。


 彼女はソフィアに抱きつき、涙した。

 それは不安と恐怖から解放された涙だった。


 その大粒の涙は、父との再会という幸せに輝きを変えていた……



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