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ひとつの光路 三つの星命  作者: 慧ノ砥 緒研音


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第13話 明暗の炎(罪の性質 : リュシア編)


 リュシアが空を見上げる中──


 鳥型兵器〈Aquila-687〉はレオンとカレンをその背に乗せて舞い上がっていく。

 エメラルドグリーンの残光が尾を引き、群衆がどよめいていた。


 教会の中庭に来た蠍型兵器〈Scorpius-26C〉が、尾部を高く掲げる。

 先端の砲口が赤熱し、空へと狙いを定める。

 その時──

 「待って!」

 リュシアの声が響く。

 「もう、いいわ」

 翠玉の剣を振り上げた彼女の瞳はどこか憂いに満ちていた。


 兵器の動きが止まる。

 蠍型の尾先の光は、少しずつ弱まっていった。リュシアの命令は、神託のごとく絶対だった。


 空を駆ける〈Aquila-687〉の背で、レオンとカレンは必死に身体を寄せ合い、ただその巨翼にしがみつく。

 「……カレン!しっかり掴まれ!」

 レオンの声は風にかき消され、カレンは無言で頷いた。

 光を裂きながら、鳥型は遥か上空へと駆け上がっていった。蠍の尾の赤光も、広場の喧噪も、急速に遠ざかる。やがて城や広場は、小さな点となった。


 サディス達を振り返りもせず、リュシアはそのまま、山の方へと馬型を走らせた。その目には、先ほどまでの覇気はなく逃げるようだった。


 リュシアは、洞窟に戻っていた。

仮面の男に、報告……いや、会いたかったのだ。


 リュシアは洞窟でひとり、朝を迎えた。


 リュシアは、またひとりで仮面の男に教えてもらった修行をこなし、師匠の帰りを待った。


 それから日はめぐり、エルディア王国クーデターから1週間……


 相変わらず、夜の洞窟には外界のざわめきが届かず、しんと冷たい静けさが広がっていた。

 湿った石壁が夜気を含み、奥から滴る水音がこだまする。

 その中央、焚き火の炎がぱちぱちと音を立てて燃えていた。


 炎に照らされたリュシアの顔は、まだ少女の面影を残す横顔だった。

 翡翠色の髪が火の赤に染まり、頬に淡い光を帯びる。

 彼女は両手で膝をかかえ、ひとり小さく呟いた。


 「……レオン様。 きっと来てくださる。 あの仮面の下の瞳は、嘘なんかじゃない……あの城でのレオン様の私を貫くような視線…… 『もう少しだ……最後まで闘え』とおっしゃっていた。 私には分かる……」

 祈るように呟く声は、炎に巻き込まれ火の粉となる。


 だが次の瞬間──

 焚き火の反対側、影に沈んだ半面の唇が、勝手に動いた。


 「愚かだな。待つだけで何が得られるのだ」

 低く冷ややかな声。洞窟の壁に跳ね返った。


 リュシアは目を見開き、唇を噛んだ。

 「でも……私は信じてます。 あの方は必ず……ここへ……」


 「待ってばかりじゃのう? そんな事では、あの男に見捨てられるぞ」


 影の声が囁く。

 「お前が女王となるのを、あの男は待っているのではないのか?」


 「………そう…」

 「そう、その為にレオン様は厳しい試練を与えてくださったわ。 言いつけどおり、邪魔な魔女は私が追い出したもの……」


 「……もう……権力も栄誉も……愛する方もすべて……」

「わしのものとなる」

「わたしのものとなる」


 焚き火が大きくはぜ、光と影が交互にリュシアの顔を照らす。

 あどけない少女の声と、影の低い囁きが重なり、洞窟の闇に溶け合っていく。


 片方は必死に願いを訴える幼い瞳

 もう片方は嗤うように細められた冷徹な瞳

 

 やがて炎が静まり、再びしんとした闇が訪れた。

 洞窟にはリュシアひとり──

 けれどその胸の内には、相反する二つの声が息づいていた。


 * * *


 そして──

 一週間後のエルディア王国


 王都の大聖堂には、重苦しい鐘の音が響き渡っていた。

 群衆は詰めかけ、祭壇の前には金の王冠が据えられている。

 ゆっくりと歩み出たリュシアの顔は蒼白で、笑顔は笑顔にならなかった。


 だが民衆の視線は、神託を受けた新女王としての威光をそこに見いだそうとしていた。


 (……本当に、わたしが……?)

 心臓が強く脈打ち、足が震える。

 だが背後から──あの影の声が囁いた。

 『進め。冠を受けよ。女王として立つのだ』


 侍従の手に導かれ、リュシアは王冠を頭上に戴いた。

 光を受けた翡翠の髪が、荘厳な輝きを帯びる。

 「……わ、わたしは…………

  エルディアの……女王に……なります……」

 掠れた小さな声。自信のない震え。

 だが群衆は一瞬の静寂の後、歓声をあげた。

 「女王万歳!」

 「神に選ばれし御方だ!」

 「エルディアを呪縛から解き放った女神だ!」

 広間を揺るがす喝采の中、リュシアは視線を落とした。


 胸の奥には、まだ「レオン様」と呼ぶ幼い祈りが息づいていた。



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