第12話 炎の魔女(罪の性質 : リュカレ編)
エルディア王国──
教会の広場には、すでに黒山の人だかりができていた。
教会の鐘が十の刻を告げた。群衆は一斉にざわめきを止める。
カレンは、目隠しをされ、両手は頭上で縛られ吊るされたまま夜を明かした。足首も縄で括られ、かすかな衣擦れの音だけが彼女の存在を告げていた。
その瞳は目隠しで見えなくても、憔悴しきっているのは誰の目にも明らかだった。
カレンの足下に積まれた乾いた木材の匂いが朝の空気を刺す。
群衆の中からは罵声と嗚咽が入り混じり、誰もがこの光景に心を乱されていた。
「見よ! この者こそが、偽りの女王! 魔女カレンだ!」
低空でホバリングする、馬型浮遊機〈Equus-287S〉の上からリュシアが高らかに宣告した。
翡翠の髪を輝かせ、翠玉の剣を掲げるその姿は、まさしく新たな支配者の象徴のように見えた。
「干ばつを招き、寒波を呼び、雷で周囲の国を脅かした。 黒き船を引き寄せたのも、この女の仕業!」
リュシアの声が、村中に響く……
「すべては、このエルディア王国を乗っ取り、人々の命を悪魔に渡す為なのだ! この悪魔の手先に、エルディアの神々も憤慨しておる! 神々の怒りを鎮めるには、この魔女を火炙りの刑として、生贄を捧げるしかない!」
声が響き渡るたび、群衆の胸に歓声と悲しみ、そして恐怖が広がっていく。
処刑台の近くには、兵に囲まれたレオンの姿があった。
手首を後ろに縛られ、口には猿ぐつわ。
ただ彼の視線はカレンへ向けられていた。声をかけることも許されず、ただ猿ぐつわを噛みしめる。
「これより、エルディアの神々に生贄を捧げる!」
リュシアの宣告と共に、兵士が松明を手に処刑台へ近づく。
群衆は息をのんだ。
乾いた木片に火が移り、ぱちぱちと音を立て始めた。
その熱気が処刑台に吊されたカレンの足下へ迫る。熱風が頬をなで、肌を刺すように焼きはじめる。
(……熱い……!)
炎は次々と木片を食い尽くし、煙が立ち上る。
恐怖が喉を塞ぎ、呼吸が浅くなる。
彼女の乾いた唇がかすかに震えた。
(どうか……オーロラと、レオンと、村の皆だけは……)
彼女の胸元、三日月のペンダントが、祈りに呼応する星のように淡く輝いた。
その瞬間──
「撃て!」
鋭い声と共に、矢が空を裂いた。
塀の上や建物の屋根から、無数の矢が雨のように降り注ぐ。
奇襲を受けた兵士たちが悲鳴を上げ、陣形を崩す。
「な、何だ! どこからだ!」
「伏兵だ! 迎え撃て!」
混乱の最中、縛られていたレオンが小さく身をよじった。
腰のベルトに隠していた小型ナイフ──幼き頃から、常に忍ばせていたものだ。
縄を擦り切り、自由になった腕で素早く口の猿ぐつわを外す。
「カレン……!」
レオンは処刑台に駆け寄り、足元の燃え盛る木片を蹴飛ばした。カレンの縄へ刃をあてがう。
だが兵士の一人が、叫びながら突進してくる。
その時、群衆の中から声が響いた。
「レオン兄ちゃん!」
振り返ると、そこにはバロックの息子、ティオの姿。
彼は全力で駆けながら、銀色の剣を両手で投げ放った。
太陽の光を受けて輝くその刃──ルミナスソード。
レオンの手に吸い込まれるように収まると、瞬く間に白銀の光が刀身を包み込んだ。
「来い!」
レオンは叫び、迫る兵士を光刃で一閃した。
火花と共に兵士は吹き飛び、周囲の者たちがどよめく。
周りの兵士達も少しづつ後退する。
レオンはすぐにカレンの縄を断ち切り、目隠しを外した。
彼女の身体が解き放たれると同時に、カレンは、レオンの腕に崩れ落ちた。
胸のペンダントが強烈な光を放つ。
カレンは咄嗟にペンダントを握りしめる。
「……助けて!
LUMIÈRE ELDIA ZOĒ AURORA!」
その祈りと共に広場が震えた。
大地の奥──教会地下に眠る「星の聖杯」が共鳴し、エメラルドグリーンの閃光が走る。
やがて轟音と共に、鳥型兵器〈Aquila-687〉がステンドグラスを突き破り、空へ舞い上がった。
鷲のような鋭い翼が広場を覆い、その眼が緑色の線を描いた。
翼下のビームカッターが一斉に展開し、兵士たちを次々に吹き飛ばした。
「くっ……魔女だ! 魔女が逃げるぞ!」
サディスが叫ぶ。
次の瞬間、リュシアが翠玉の剣を掲げて叫ぶ。
「古代の神々よ!我に力を!
LUMIÈRE ELDIA ZOĒ AURORA!」
その瞬間、城の周りで鎮座していた、蟹型兵器と蠍型兵器が唸りをあげて教会へと走り出す。
遙か城の方から、地面を揺るがす閃光と爆音が響く。
蟹型は多脚で地面を駆けながら、両腕のクローから高出力ビームを乱射。
蠍型も、鋭い尾から放たれる高出力レーザーで狙いながら駆けてくる。
教会前はパニックとなり、兵士も村人も皆が逃げ惑い、入り乱れた。
レオンとカレンは、鳥型の背に飛び乗った。〈Aquila-687〉は翼を広げて大きく羽ばたく。
重力制御の甲高い音とともに、馬型に乗るリュシアに体当たりすると遥か上空へと消えて行った。
リュシアは、手綱を引き絞り、制御を失った暴れる馬型をどうにか地上へと戻した。
(……レオン様……)
その瞳は、なお天を追い続けていた。




