プロローグ 翠玉の剣(星の目覚め:謎の少女編)
本作はシリーズ『ふたつの星』のパート2です。
パート1『ふたつの星 ひとつの祈り』をお読みいただいてからのほうが、より楽しんでいただけると思います。
それでは、パート2も最後までお楽しみ下さい。
──惑星エルディア
ノクティウスによる、惑星エルディアの襲撃から2年。
その夜は、数日間に執り行われた式の喧騒が嘘のように静まり返っていた。月は薄雲の向こうで擦りガラスのように滲み、国は早い眠りに落ちていた。
エルディアの教会裏手。石垣の陰を縫うようにひとつの影が動いた。
遠くで犬が一度だけ吠えて沈んだ。
ふそ
軍隊長サディスは自宅で眠りについていた。けたたましく通信機が鳴る。
部下のガルスからだ。
「隊長。夜分にすみません。教会の自動警報装置が異常を検知しました。誰か侵入したようです」
サディスは不意に起こされたせいか、不機嫌そうに言う。
「たぶん誤動作だろ。調べて来い!」
ガルスは声をひそめて言った。
「違います隊長。もう調べに入っています。誤動作ではありません。モニターに、怪しい影がひとり。黒装束なのでノクティウスの残党かと…」
「 何!残党か……わかった。応援を呼んでおけ。今からワシも向かう。どうせ教会の地下の倉庫へは入れまい 」
サディスが教会に着いた。すでに部下の四人が松明を片手に入り口を囲んでいた。
「まだ残党は出て来んのか?」
「はい。まだ中にいるようです」
サディスは短く頷いた。
「よし。この人数なら大丈夫だろう。仲間の居場所も聞き出せるかもしれぬ。取り押さえるぞ」
松明をかざしながら慎重に教会に入ると、奥の隠し扉が開いていた。さらに奥へ進むと、神具「星の聖杯」の奥にある石壁も開いている。
地下から古代の風が流れて来ていた。
「おい、ガルス!カレン様が入ったのではないのだな?」
「はい。昨日は研究者と入られましたが、こんな時間に入るとの連絡はありません……」
サディスは一瞬考えた。
「……だが他の者が聖杯を開けれるはずはない。指示するまで絶対に手をだすな!」
サディスは、聖杯裏の通路に歩をすすめる。隊員達は、物音をたてぬように、ゆっくりと古代文明の装置が眠る倉庫へと足を踏み入れた。
ガルスが松明をかざす。暗闇の中で、影が揺れた。
「誰だ!」
その影の動きが止まる。
「サディス隊長!残党ではないようです」
ガルスの声に応じ、サディスが一歩前に出た。
「……誰だ!何者だ!……女……か?」
カレン様にしては背が低すぎる。その声には、理解不能の驚愕が混じっていた。
黒装束は、フードをかぶり顔の下半分はフェイスベールで表情は伺い知れない。
沈黙の時間が流れるが、黒装束は何も答えない。
「捕えろ!」
サディス達は、黒装束と対峙する。松明の火が黒装束の目に反射した。
──光を帯びたターコイズブルーの瞳──
黒装束はゆっくりと剣を抜いた。
刃は翡翠色の光を纏い、倉庫の暗で眩く輝く。
「大人しくしろ!」
サディスも剣を抜く……
まだサディスは状況を整理できない。
ここへは、カレン様でなければ入れない。……得体のしれない者に恐怖を覚えながらも、隊長として目を逸らさず、その剣筋を見極めようとした。
サディスは斜めから踏み込み剣を叩き落そうとした。
黒装束は素早く構えた。硬い金属の衝突音。火花が二人の頬を照らす。
「なぜだ……! なぜお前が、その剣を起動させている!」
それは、まだ誰も起動させたと聞いたことのない古代文明のエネルギーブレイド。
『翠玉の剣』
黒装束は、その小柄な体格からは想像できないほどの、力とスピードで剣をさばいた。少し荒削りだが、そのエメラルドグリーンの刃文は持ち主の意思と同期するように輝きを増す。
サディスは二撃目を放った。
再びの衝撃音。刃の光が二人を照らす。
サディスは一瞬、剣先を下げてその目をもう一度見た。背格好からしても、やはり少女としか思えない。
「……お前は、誰だ。 剣を降ろせ!」
言葉を結ぶ前に黒装束が踏み込んだ。刃が交差し、金属の鳴りが部屋に響き渡る。
それは、身長に見合わぬ力でサディスの剣を押し返した。
一斉に、部下のガルスたちが間合いを詰め、剣先が黒装束を取り囲む。
もう逃げられまい──
少しづつ後退りする、黒装束……
その瞬間、後ろに鎮座していた馬型浮遊機に飛び乗った。
馬型のセンサーが突然光り、低い唸りを上げて浮かび上がった。床の砂塵が舞い、松明の炎が揺れた。
「なに……馬まで!」
馬型浮遊機〈Equus-287S〉が浮上する。松明の炎が次々と消された。
次の瞬間、馬型浮遊機はサディス達の頭上を飛び越えると、光の尾を引いて階段を駆けあがって行く。
「待て——!」
サディス達は後を追って教会の中庭まで出るが──
馬型浮遊機はすでに月光をバックに天高く嘶いていた ──