手紙で別れを告げられる男子
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
14時にチャミを迎えに行くと病室はもぬけの殻になっていた。
「揖斐川さんなら午前中に退院手続きされて自宅へ帰ったと思いますよ」
「え?」
近くに居た看護師に事情を話し、何処へ行ったのか聞いたら既に退院したと言うのだ。
俺は急いでマンションに戻りチャミの帰りを待つ。しかし、待てど暮らせとチャミが帰ってくる様子は無く、気付くと日付がとうに変わり、朝の陽の光がカーテンの隙間から差し込んでいた。
どうしてチャミさんは俺を置いて行ってしまったんだ……
ゴンゴンッ!
乱暴に扉をノックする音が聞こえる。
チャミさん?
俺はモニターを確認せず玄関まで走って扉を開ける。
ガチャ
「チャミさん!! あっ……」
目の前には高山が立っていた。
「後無か? 見違えたぞ」
「何だアンタかよ……」
同棲生活は昨日の日付で解消されたのだから、高山が迎えにきても不思議では無かった。
「先ずは一ヶ月の同棲生活ご苦労さん。根を上げて直ぐに逃げ出すかと思ったが、チャミとのセックスに溺れて居座ったか?」
「ふざ……ふざけるな! チャミさんはな、ちゃんと一線を引いてたんだ! あんたは知ってるのか? チャミさんは男に襲われて……怪我して……大変だったんだぞ!」
俺は高山に掴み掛かるがサラリとかわされ、盛大に床に転がった。
バサッ
目の前に封がされた手紙が落ちて来る。
「チャミからお前への手紙だ」
「手紙?」
ビリッ バリバリ
俺は手紙を拾い急いで封を破る。そして、中の手紙を読んだ。
後無君へ
この手紙を読んでいると言う事は、私は貴方
の前から消え、高ちゃんから私からの手紙を
手渡されている状況だと思います。
紙に貴方への想いを伝えようと今、この手紙
を書きました。
読んでくれたら嬉しいけど、今の後無君には読
んでくれないかもって不安になります。
だけど、私の気持ちを綴ります。
らしく無い事書くけど笑わないでね?
破ってしまった約束、言い換えれば、私が放
棄してしまった最後の日を後悔してます。
しょうがないと後無君は言ってくれると信じ
てるけど、ごめんなさい。
高ちゃんから紹介された貴方を見てまるで、
山のように大きい人だと思ったよ。
信念を感じず、他のお客が呼んでるからって
用事を作って私は席を外そうとしたんだよ?
すぐに気持ちを切り替えなきゃって席に留ま
ることにしたんだよ?
なんか、まどろっこしいね。理解した?
あーもう、カッコつけて書いたから私の気持ちをもう一度整理して書きます。
後無君と一緒に田舎で暮らそうとこの手紙を書く直前まで本当に悩みました。
あなたとの同棲生活は本当に新鮮で、楽しくて、ずっとこのまま続けられる事が出来たらと本気で思いました。
でも、私にはその資格は有りません。無いのです。
でもこれだけは信じて下さい。
私が後無君と初めて出会った時、私と同じ匂いを感じ、興味が出て同棲しても良いと思った事、これは本心です。
あなたは怖過ぎるほど純真で、私のルールを疑うことなく吸収して自分のものにしていきました。
真っ白なキャンバスが鮮やかな色に染まっていく過程に興奮してしまった自分がいました。
後無君が思っている以上にあなたは成長しています。同年代の女子高生相手じゃ満足出来ないかもしれません。もしそうなってしまっていたら私の事を恨んで下さい。
私からのお願いです。
人生をどうか精一杯生きて、一度きりの高校生活を青春して下さい。死にたいなんて二度と思わないで下さい。
最後の私からのルールその五十
別れ際は潔く、いつまでもメソメソしない事。
揖斐川雅子
「ちくしょう! 何だよこんな手紙をよこしやがって! 言いたい事があるなら直接言えよ!」
俺は手紙をビリビリに破くとゴミ箱へ投げ捨てた。
「チャミとお前はどっちにしろ期間限定の関係だったんだ、馬鹿みたいに落ち込む事はない。それより、俺が与えたミッションは達成出来たのか?」
高山はタバコを一本取り出して吸い始めた。
「……」
「フー……どうやら無理だったみたいだな。まぁ、そう落ち込むな。チャミの本名を聞くのは難し」
「揖斐川……」
「ん?」
「揖斐川雅子が彼女の名前だ」
高山は一瞬、驚いた顔をした。
まるで、絶対に的中すると予想していた結果がハズレたかの様に。
手に持つタバコの灰を携帯灰皿に捨てるのを忘れ、床にポトっと落ちる。
「どうしてそんなに驚く? まるで結果は分かりきってたみたいだ」
「フー…… そんな事はないさ。少なくてもお前は与えられた仕事を忠実にこなす奴だと理解した。むしろ俺にとっては大収穫だよ」
「報酬……貰えるんだよね?」
「勿論だ、次に会った時に渡してやる」
高山がタバコを吸い終わり携帯灰皿へ入れ終わると口を開いた。
「明日から、不破後無として才華学園の2年生として通ってもらう。制服や鞄はチャミと一緒に買いに行ってるから持ってるな? 始業式は一週間前に終わっているから転校という形になるから覚えておけ」
「高山さん、未だ理由を教えてもらって無いよ? どうして俺を助け、才華学園へ行かせるのか?」
「ここでは話せないな。明日、学校が終わったらこの住所に一人で来い。その時に教えてやる。他に質問は?」
高山は住所が書いたメモを俺に渡して来た。
「俺の住む家は? まさかこのマンションに住めと?」
チャミとの思い出が詰まったこの部屋で過ごすのは流石にきつい。
「お前が住む場所はもう決めているから安心しろ。明日の朝8時に才華学園の職員室に行ってくれ。その時に「学園長をおねがいします」と必ず言うこと」
「分かった」
「色々と聞きたい事があると思うが、全ては明日会った時に話す。それにしてもお前……たった1ヶ月でまるで別人じゃないか」
高山は俺の周りをグルグル周り、品定めをしてきた。
「俺は贋作だから……」
「贋作?」
高山が聞き返す。
「そう。俺は贋作だから何をやっても怖くない。本物じゃない分、気が楽だから」
「贋作か……言い得て妙だな」
高山はうっすらと笑みを浮かべた後、部屋から出て行った。
明日から始まる学園生活。
普通の高校生なら胸踊る楽しい時期。
でも、今の俺には不安しかない。
そして、その不安が的中する事になる。
今まで起きた事が霞んでしまう程、この学園生活が大変なことになるとは……
【第一章 不破後無が出来るまで 完】
次は第二章です。
ここからメインの才華学園が舞台となります。
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