【短編】Memento Amor
帰り道の途中に、花束が落ちていた。
誰が落としたのかわからない。
拾っても良かったけれど拾わなかったこと。
後になって、そのことに少しだけ後悔している。
あの花は確か、アネモネだった。そう思い出した時にはどうしても胸の中に引っかかるものがあった。それにあのわかりやすい花束がどうしてそこにあったのに私しか(・・)気づかない様子だった。それを思い出した時には居ても立っても居られない想いに駆られ、私は家を出た。
家からそう遠くない街中だったから、少し小走りで向かえば5分もしない。
そして再び辿り着いたのは19時に手前の時間だった。肩で息をしているのがわかるほどいつの間にか上がっていた。まだ帰宅頃で、近くのバス停から人は降りては家路を目指している。
改めて意識するとわかったがやはり誰も気づいていない。下手したら誰かが踏んでもおかしくはない。にもかかわらずその足で花束がクシャクシャになることはなかった。
「どうして……?」
私が目の当たりにしている現象は超常的な何かが起きているのかもしれないと気づいてしまった。そして最初は何の気なしに見ていたがやはりそれはアネモネであるとわかる。
その花を見ると胸がキュッと締め付けられる。
―――ズキッ。
左目に刺激が入る。いわゆる中二病の常套句「左目が疼く」とかそういうのではない。言うなれば思い出すある一枚の映像だ。
鮮烈で眩しくて忘れたくても忘れられない光景。
だけどその光とも言えるものを私は無意識に拒絶するように目を瞑ってしまう。そしてそのたびに心と瞳に痛みが走り、と言っても出血するとかスプーンで目玉を抉るとか具体的な痛いものではない。薬なんていらないような一瞬で散り散りになる痛みだ。
「またこの痛みが」
正直言ってしまえば慣れてしまった。だから正直この痛みが何かについて考えるのは些事に思ってしまった。
やはり、私はこれを拾うべきなのだろう。この花束を手にしたとて、大きな影響が起きるとは到底思えないが、手にしたいという本能が作用していた。
私としては想像できない程、気難しく考え込んでしまう。
ふぅっと一息ついて、私は決心して花束に手をする。
『あぁ、ようやく拾ってくれたのね』
私がそのアネモネの花束を手にした瞬間、急に声が聞こえた。それは少し籠っていて、少しエコーのかかったような。
声の方を向くとそこには知っている女性がしゃがみ込んで私を見ていた。
「ッ!?」
人は驚くと声が出ない。そんなことを聞いたことがあるが本当にその通りだった。私は思わず後ろに飛ぶように跳ね、尻餅を付く。
こんなところを誰かに見られたらとても恥ずかしいのではないかと羞恥心になり、顔が紅潮してしまう。
『大丈夫、誰も見ていないよ。ほら、周りを見てごらん』
彼女の声でハッとし周りを見ると――――皆が静止している。まるで写真のように
『この花束に触れたから少しの間、私とあなたはつながった。』
そんな意味の分からないことをツラツラと話す彼女の名前は日室 紫。私の通う、都立美作女子学園の生徒だった人だ。
過去形の理由、それは彼女が既に逝去しているからだ。
*****
都立美作女子学園は、別にお嬢様学校というほど敷居の高いものではないが、中高一貫校の名門学校である。進学実績も高く、部活動でも数多くの実績を残している。
そんな学園では一種の壁があった。『中学生からこの学園に通っている生徒』と『高校から学園に入学した生徒』だ。聞いた話では、先の二者で制服のスカーフに違いがあり、根強い差別社会が形成されていた。今では統一された(正確に言えば、2色のスカーフを自由に選べる)。
昔話ではあるが、今となってはそういう強いいがみ合いがあるわけではない。
強いて言うと、人間関係のコミュニティ形成で多少の差が出てしまうところだ。中学時代から付き合いのある友人は無理に新しく広めようとしないのが多い。しかし、全員が全員そうということもなく、かく言う私、月島 白那は高校からこの学園に入学した。成績は中の上、特別優秀な訳でもないが、かと言って馬鹿でもない。
本当は家からもっと近い進学校でも良かったが、中学校にて人間関係で大きなトラブルがあり、その高校を通うことは自ずとストレスになると目に見えた両親がこの高校を薦めた。元々行く予定だった高校と移動距離に大差は無いし、実績も悪くないことから私はそれに乗っかり入学した。
正直なところ、ここで新しい友人を作ることには興味がなかった。できるものならそれは一種の幸福と言えるのかもしれない。そんな受け身な形で身構えていた。
そこで出会ったのが日室 紫だ。
彼女との出会いは同じ教室の中、というと少し異なる。初めて目にしたのは、この学園の最寄り駅だ。私と同じ沿線に乗っているが反対方から通っているみたいで、向かいのホームで彼女を見かけるのが常だった。むしろ見かけない方が珍しい。
紫はいつも、黒い艶やかな髪を靡かせ、スラッとした足腰で上品に立つその姿は格式高い家柄のお嬢様を思わせる。本当にその姿はいつ見ても一枚の絵として完結している程、目を逸らせない何か煌めきのようなものを感じていた。
脳でそう感じていても私の目はそれを靡くものとして映してくれなかった。目隠しなどで真っ暗にするのではなく、ぼやけたような、まるで透かし模様の布を複数重ねているようだった。その歪んだ極彩色は私の目は彼女を邪魔しているようだった。
「あら? 今日は随分と考え事に耽っているわね」
どうして私は彼女の姿に何も感じなかったのか、そんなことを深く考えていた矢先のことだった。
机にしゃがみ込んで私の顔を覗くように見上げて話しかけてきた。
「ひょわ!?」
驚きのあまりそんな情けない、文字にするのも恥ずかしいような声を出してしまった。
「すごいリアクション。さっきまでとは大違いね」
クスクスと笑う彼女はとても愉快そうな様子だった。そして立ち上がり、話を続けた。
「ごめんなさい。あまりにも貴女が考えている様子が綺麗なもので、つい」
「え? へ? あぁ~、そうでしたか」
あまりの動揺に全然適した回答を出せていないよ私! しかも彼女はさりげなしに私のことを「綺麗」と言ったんだよ。嘘でもそこは「ありがとう」とか「いやいやそんな」とかそういうワードを選ぶべきでしょ!?
「動揺しちゃったねぇ。これは悪いことをしてしまったかな」
そう言って紫は私の手を引いて、どこかへと連れていかれた。理解なんてする余裕はない。私は流されるようにそのまま引っ張られていった。
それからは屋上で少し話したが、どうやらこの日室 紫、格式高い中等部上りの生徒ということもあり、周りからは色眼鏡で見られていたようだ。それは直接言わずともなんとなくそれを察していた。だけど私に対してはどういうわけか、そうは見えなかったらしく近づいたようだ。
事の流れで私たちは友人という関係が出来た。等身大でありのままに語れる友人を求めていた紫にとってはまたとない喜びだったのだろう。かく言う私は、少し胸の内に何かを感じながらも彼女を一友人として話す関係を築き、休日には遊びに行くこともしばしとあった。
時は流れ私は彼女を紫、彼女は私をシロと呼ぶ関係になった。紫はずっと私に笑顔を絶やさずにいて、幸せそうだった。
私はその日々を幸せに感じた。ただ一つ、心に引っかかった何かを除いて。元はと言えば、あの日に私を覗き込んだ紫の顔や目が忘れられない。何かにつけて思い出してしまうと、思わず左目を瞑ってしまう癖がついていた。まるでフラッシュに対して思わず目を守る動作と同じだ。だからなのだろう、私はしばし彼女の表情を伺おうとこっちを見ると目を逸らしてしまう癖がついてしまった。それだけ私の中でのあの時の顔は残光のように瞼の裏の残ってしまった。
そんな目まぐるしも愛しい日々が続いていたが、それは突然として幕を閉じた。
先も言った通り、彼女は死んだ。
死因は不幸な交通事故だった。飲酒運転で暴走した車に轢かれて即死。聞いた話では、事故直後の彼女の顔は原形を保っていないほど無惨なものだったようだ。あの綺麗な顔が―――。考えると気分が悪い。
さらに気分が悪いことに、その轢いた人間は、轢き殺し後も暴走し続け最終的には自滅し、償う機会すら許されなかった。
誰も幸せになれない、最悪な終わりだった。
*****
時間を戻して現在。
紫が死んでから3カ月程経って、季節は秋、枯葉が辺り一面に散るころで木もすっかり葉という衣装を失っていた
当時は紫の訃報に対し、周りはどんよりと沈んでいたが、今となっては下火になっている。彼女の死に踏ん切りをつけているわけではないが、いつまでもそんな哀しいことできないのだろう。いわゆる「時間が解決する」というものだ。もちろん、悲しむ人は未だにいるが当時ほどじゃなくなったということだ。
「紫……どうして?」
そんな彼女がどういうわけか私の目の前に現れる。私が見ているのは幻覚かもしくは夢か。周りの時が止まっていることも相まって幻想的な幻惑を考えてしまう。
『ここに意味深めいて花束を置いたら貴女は気付いてくれると思ったのよ』
紫はそう答えた。示した花、紫のアネモネは彼女のお気に入りの花だったことを努々聞かされていた。人の話を覚えることは胸を張って得意とは言わないが、それでも彼女のエピソードの中でも数少ない記憶している内容だった。
それに一度彼女と植物園に行ったときは、アネモネを前に饒舌に話す姿は忘れられなかった。どうしてそこまでその花に強い想いがあるのかわからなかったけど、あの時の話す姿は輝いていた。
「……それでまんまと私はあなたの罠に引っかかったと?」
話を戻して、彼女の真意を尋ねる。
『そうだね。うん、そうだ』
私は大きなため息をついて立ち上がる。
「一応聞くけど、あなたは―――」
『死んでいるよ。貴女も顔を出してくれたよね、私の葬式。ありがとうね。あれは本当にあったこと、私は死んで、ちゃんと体は焼かれて、骨は――――』
「やめてやめて! そんな生々しい話はいいから!!」
『ふふっ、ごめんね。でもそうやって慌てる白那ちゃんを見るのは久しぶりだから、ちょっと嬉しいな』
「紫…」と言いかけたが、その言葉も出る余裕がなかった。
「とりあえず、あなたとは話したいね、どうしようか」
『その花束は私がこの世に残り続けるための砂時計みたいなものなの。ほら、徐々に塵になっているでしょう?』
花束をよく見るとジリジリと音を立てながら花束の末端の包み紙は黒くなっていった。
『それが無くなったら私は消えるみたい』
「早く言いないよ!? あぁもう結構時間経っているじゃない!?」
『そんなに焦らなくていいよ。だって………だって、そんなに私と話す話題は無いでしょ?』
「え?」
その言葉の意図をつい考えてしまったが、それでも今の言葉は実に彼女らしくないとすぐに察する。
「まぁいいわ。この花束を持っていけばあなたはそれについてくる感じなのかな?」
『う~ん、恐らく?』
「わかった。じゃあこれ家に持っていくから!」
そう言って私は全力疾走で家路を急ぐ。その間『ちょっと、速い!?』という紫の声が聞こえたがそんなのを振り切って、私は駆け抜けた。
*****
家につき、まずは花を置く。
「それで? どうしてここに現れたかだよね?」
私にはやはり理解できなかった。どうしてここに紫が存在しているのか。確かに彼女を触れようと手を伸ばすと透過して人の温かさを感じられなかった。
『本当に不思議、だよね。でもここにいるってことは何か意味があるのかもしれないね』
「意味、か……」
私はアネモネの花束に目をやると、ジリジリと黒い粒が宙に舞って消えゆくのを見る。あれから少し経ったが着実に削れている。時間にも限りがあるようだと嫌でも伝わる。
「この花は、紫が選んだの?」
『それがよくわからないんだよね~、それが』
「そっか………なんとなく、あなたはこの花が好きだったことをよく覚えていたから。それにアレが私にしか見えなかったのならある意味私へのメッセージかなと思ったよ」
『へぇ〜、アネモネを見て私と思ったんだ。少し…嬉しいな。私も向こうのルールをすべて理解したわけじゃないんだけどね、どうやらこういう不幸な死を遂げた人には一度きりのチャンスでもう一度会える時間を設けさせてくれるみたいで、それで渡されたのがその花束の包みだけだったんだ。それを持って会いたい人を意識したら花が咲いてその人の下に近づける。あとは会いたい人がその花を触れればって感じらしいわ』
「なんだか素敵なはな――――え?待って。一度きりって言った? 普通こういう時って家族とかじゃないの? なんで私なんかが」
あり得ない、そんな言葉をうっかり発しそうになった。
『うん、私も最初はそう思ったよ。ただ家族にはこれ以上の傷をつけたくないなというか』
「私には傷をつけていいんだ………」
『それは中らずと遠からず、かな』
この女―――と思ったが、正直なところこういう悪戯心はブレないでいて可愛らしさは死後なおあり続けるのかと思った。まあ死をもって改めるまでもないか。
「本当にあなたは相変わらず…まあそういうところが、なんというか………」
『ん〜?』
本心を言えずに淀んでいると、こちらの顔を伺うようにのぞき込んできた。
「な、なんでもない!」
目が合った瞬間私は、バッと後ろを向く。
『フフッ、本当に貴女は私と目を合わせるのが苦手なんだね~。それ含め可愛いからついやっちゃうけど』
「…バカにしてるの?」
『まさか、それもまたシロらしいなってだけだよ。でも………どうしてそんなに目を合わせると逸らすのかは気になるなあ。それに何かにつけて左目がピクッって動いているよね? それも関係しているのかなって』
「はぁ……本っっっ当にあなたは観察力も人一倍長けているね。慧眼というのかしら?」
『滅相も無いよ。それで、どうして逸らすのかな』
「それは………わからない」
嘘だ。わかっている。だけど、それを口にはできずにその場凌ぎの誤魔化しをする。死人の前ですら虚勢を張ってしまう。それがなんとも滑稽なのかと思うと心の中から嘲る思いも湧き上がるものだった。
『わかってそうな気がするけどな~、まあいっか』
「……え?」
「わかっていた」?それはどういうことなのだろうか。だけど私はその言葉が引っかかりすぎて次に質問することができなかった。
『ねね、アネモネもだいぶ減っているしさ、限られた時間の中で話そうよ』
「え、えぇ……」
私が花束に触れ、紫を見れるようになってからすっかり時は止まったままだった。私はいつの間にか有限の永遠に囚われていたのだ。その特別な時間に私情をこれ以上むのは非常に勿体ないと思った。
だから私は―――
「話そう!」
強く、肯定した。
*****
それからはいろいろと語らいをした。
過ごした日々のこと、今だから言える思い出、ちょっとした愚痴。その間も散り散りになるアネモネに目をやったが、そんなの構わずに話し続けた。一秒でも無駄にしたくないから。
「でもふと気になったんだけど、なんで紫はアネモネが好きなの?」
『ん〜?初めて見た時から綺麗に思ったからかな。他にも好きな花はあるよ、ユリとかカスミソウとか。でもアネモネだけはどうしても目を見張るものがあるというか……だんだんと見ているうちにシロとアネモネがリンクしたのもあるかな?』
「もう何そんなキザったらしいこと言って」
私とアネモネの繋がりを話した時、少しばかり私の心臓がうるさいと思った。
「でもさ、アネモネの色って紫の雰囲気とあっているよね。この花束だって、あぁ……もう結構なところまで来たね、それはそうとこの花にはいつもあなたが一緒に映るようにはなれたかな、私は」
『そっか。フフッ、そう言われると嬉しいな』
紫の表情はどこか寂寞の文字が浮かび上がる。そんな哀しみの籠ったものが伝わり、もう時間が限られているんだと思ってしまった。
『ねぇ、シロ。貴女はこの先、どう生きるの?』
「え?なに急に。でもそうだなぁ………こうして紫に会えたことが例え夢だろうが現実だろうが、この時間を抱き締めて生きたいね」
『抽象的すぎだね』
「もっと言えばいい? と言ってもあの日から大きく変わらないよ。大学に行って、勉強して、働く。具体的に何を勉強したいかとか何になりたいかとかは決まってないけど、じっくり悩んで生きたいな。ただそうだね、そこにあなたとの日々を付属させてもいいね。正直、私は忘れたかったよ、紫が死んでから、あなたのことを。でも、こうして会えたからやっぱり私は………私はあなたの友達として忘れちゃいけないんだって思った」
『………そっか』
少し間をおいて、一つため息のあとに紫は言った。
そしてその体は徐々に光に包まれ今まさに消えようとしていた。
「紫?」
『あぁ、これはもう時間なんだね。最後に、最期に貴女に会えてよかった。本音を言えば、あなたの口から聞きたい言葉があったけど………アネモネは意地悪だね』
「『聞きたい言葉』?それって何!?紫、その言葉は――――」
『さようなら、シロ』
*****
そう言うと紫の体には朧な光に包まれ、手先爪先から徐々に消えていった。私は消えゆく彼女の体を掴もうと、咄嗟に手を差し伸ばす。わかり切っていたのに、彼女は幽霊のようなものだ。届くはずの無いものだ。伸ばしても触れられない。
手を伸ばした先に見えた彼女の笑みはあの時と―――。
彼女の姿は完全に消え、私は虚空に手を伸ばしていたままだった。そして、
「あぁ……そうか」
私はあることに、彼女の最期の言葉の真意に気付いてしまった。気付いてしまったあまり、笑ってしまう。
虚しくもその嗤い声は自らを嘲るようなものだった。それと同時に涙が溢れている。どうして泣いているのか、自問自答していながらも答えは明白にあった。
私は彼女から目を逸らしていたのは本能だった。見てはいけなかった。
そうだ、私は彼女を見た瞬間、恋焦がれてしまうとわかっていた。
なのに彼女は私と目を合わせたことで、恋という坩堝に落とされた。
燻っていて今にも鎮まりそうな火種は、紫を初めて見た時点で恋焦がれ、これ以上燃やすまいと避けていたのに、いざ彼女と目が合ってしまったら、その炎は燦然とした火柱として私の拠り所になっていた。
だからこそ、いざ燃え尽きてしまうと、残った火種は一度燃えて再びその種が降らないかと待ちつつ、彼女以外に火を点けて欲しくないと思った。あの爛々とした炎は忘れられない、誰かに火を点けられたら、くすんでしまう。もしくは彼女の煌めきに勝てず見限るんだ。
「私はどうしようもない程、あなたが好きだったんだ……悔しいけど私の負……そもそも何も賭けていない勝負だったね。でもせいぜいしたかな、紫。私はあなたを好きだとようやく認めたことに対して。なら……それだったら直接言えばいいのにね」
今となっては彼女が生きている内に好きだと言えなかった後悔はあった。
だけど彼女は彼女で粘り強く私の言葉を待っていたのなら、ちゃんとそれに報いる形にはなれたけど、だとしたら私は相当罪な女だ。死んで初めてその感情に打ちひしがれているのだから。
生きている内に「好き」という言葉はニュアンスの幅問わず言うべきだった。私にそんな当たり前なことを教えてくれた彼女には「ありがとう」の声も届かないのだと歯痒い思いになった。
いつの間にか時間が再度動き始めた所、花束のあった場所はとうに何もなくなっていた。
何の気なしに思い出したのはアネモネの花言葉だった。紫がよく話していたから忘れるはずもない。本当にどこまでも私を皮肉るものだ。
「ありがとう、紫……私はあなたが好きだったんだね」
『どういたしまして』
「えっ?」
星を眺めていると、知っている声が聞こえる。私はハッと振り返るとそこには、昇天したはずの紫が立っていた。
『えっと……その……まだここにいていいみたい』
少しバツの悪い顔をしながら紫は頬をポリポリと掻いて言った。そんな彼女の顔を見たら自然と、涙がこぼれる。
「なんだよ……本当に」
俯いていると、彼女は私の顔を覗き込んできた。あの時の鮮烈な場面と同じだ。だけどそれをしてももう心にも瞳にも痛みはない。受け入れられるようになった。
私はしっかりと紫の瞳を見る。初めて気づいた、彼女の目はここまで透明で純粋で、それでいて飲み込まれそうなものなのだと。
『フフッ、今度はちゃんと見れたね。シロ』
「……バカ」
私の声は震えていたが、それでも真っ先に思ったことは、限られた時の中であってもまだ紫と一緒に入れるということへの喜びだった。
これは、私がとある出来事をきっかけに抱いた感情を爆発させるために書いた作品です。
そう、爆弾です。
複雑に入り組んだ感情を抱えてしまったのなら創作をしてしまえ!私はその生き様に従ってひたすらに綴りまくりました。内容どうあれ、私の想いを白那はしっかりと語ってくれました。ありがとう、シロ。