第9話
ロザリアがいるクロウフォード男爵領に入ったのは夜中の3時を回った頃だった。
僕らは、先に現地で待っていたフェルディの案内で街外れの監獄までやって来た。
「地下の一室に収監されているようです。王家の影が数人で見張りをしているので間違いないでしょう」
フェルディが双眼鏡を手渡しながら言った。
もはや側近というより諜報員のようだ。
「分かった。僕が行こう」
「我々も同行しますよ」
「そうだな……フェルディは僕と一緒に。ルイは、男爵家に行って僕が贈ったとされる香水と手紙を探してきてくれないか?」
「レディの部屋を漁るのは気が引けますけどね」
「男爵夫妻にも協力を頼むんだ。娘が突然捕まったのだから、きっとまだ眠ってはいないだろう?」
「分かりました。手紙と香水がもし証拠として押収されていたらどうしましょう?」
「そのときは仕方ない。影の者たちに僕から話してみるよ」
それで証拠品を返してくれるかどうかは分からないが。
「それとフェルディ、影の者たちが誰の命令で動いているかは分かるだろうか?」
「いえ……ただ、国王陛下の命令では無いようです」
「どうしてだ?」
「彼らは王家の紋章を掲げておりませんでした」
……なるほど。
影たちは普段、目立たない姿で隠密に動くが、貴族に連なる者を捕らえる場合には、王命の証として正式な紋章を掲げる決まりになっている。
「……もしかして、王家はこのことを知らないのか?」
「その可能性もあるかと。王家に近しい権力を持つ誰かが、単独で影たちを動かしているのかもしれません」
だとするとまずい。これが、呪いに関しての口封じである可能性が高まるからだ。
それどころか、影を動かしている者がロザリアを利用していた可能性だって浮上してくる。
自分につながる証拠をなくすため強引に彼女を処刑する、という見方も出来るからだ。
「エヴァン様とはいえ、直接影の者たちに会うのは危険じゃないですか?」
ルイが心配そうに言った。
「けど秘密裏にロザリアを救出できるほど影たちは無能じゃない……。多少危険でも、正面から彼らと話すしか今は方法が無いんだ」
「……分かりました。……しかし準備だけはしておきますね」
何の準備かは知らないが、ルイが、任せてくださいとばかりに力強く頷く。
それから二手に分かれ、僕とフェルディは牢の門番のもとに行く。
「……ここはクロウフォードの監獄だ。用の無い者は近づくな」
人が寝静まっている時間ということもあり、門番は警戒したように言った。
「用があるから来たのだ。中に入れてもらうぞ」
僕はふところから王家の紋章が刻まれたペンダントを取り出す。
門番はそれを見るとぎょっと目を見開いた。
「王家の関係者ですか?……失礼しました。しかしなぜこんな時間に……」
「今日収監された男爵家の娘に用がある。案内できるか?」
「は、はい」
門番は自分の持ち場よりも僕たちの方が優先だと考えたのだろう。
代わりを呼ぶこともなく自ら率先して案内役になった。
「王家の影たちも来ているだろう。彼らはどこにいる?」
監獄塔の冷たい石畳を歩きながら、門番に尋ねる。
「先ほどまでロザリア様の牢獄の前におりましたが、今は一人を除いて仮眠を取られているようです」
「そうか」
地下に続く頑丈な鉄の扉を、門番が腰から下げた鍵で開く。
中にいた看守が驚いたようにこちらを見たが、門番が何か説明すると「ご苦労さまです」と言って、僕たちが通り過ぎる間ずっと敬礼をしていた。
「あちらの奥です……」
門番が指した場所は、地下の最奥だった。まともな灯りもなく、湿気に満ちた場所だ。
視界の端では数匹のネズミが走り抜ける。
てっきり、監獄の中でも上等な部屋に収監されていると思っていた。
高貴な血筋の者や訳ありの囚人などを入れておく特別な部屋はどの監獄にも1つくらいは設けられている。
「領主の令嬢をなぜこんな所に?」
疑問を口にすると、門番は困ったように顔をしかめる。
「我々もそのように訴えたのですが、王家の命令だと言っておりましたので……」
「王家の命令……?」
少なくとも僕は国王からこんな話は聞いていない。
地下牢を進むと、突き当りに誰か佇んでいるのが見えた。
その視線の先には見覚えある女性の顔が灯りに照らされている。
ロザリアは両腕を鎖に繋がれたまま壁に吊るされていた。
ぐったり目を閉じているが、衣服に乱れはなく、露出する肌に暴力を受けた形跡もなかった。
牢獄の前に立つ者に話しかける。
「影の者か?」
全身に黒い服をまとい、目深くフードをかぶっている。
性別は分からないけれど体格からして男のように思う。
彼は影の人間特有の冷たい空気をまとったまま、こちらへ振り向いた。
そしていささか驚いたようだ。
「エヴァン王太子殿下……? なにゆえこのような所に……」
影の者が低い声でそう呟いた。
「エ、エヴァン王太子……」
門番の男は、紋章を見せたことで僕が王家の関係者だと気付いていたが、第一王子だとは知らなかったようだ。
名乗っていないから仕方ないのだが、不敬を詫びるように慌ててその場に跪いた。
「……ロザリア令嬢が捕縛されたという報告を受けたのでな」
僕は男の呟きに対してそう答える。
「報告……?」
影の者は、僕の後ろに立つフェルディにちらりと視線を向けた。
「そうだとしても、王太子殿下自らがおいでになるような場所ではありません。それにまだ夜も明けぬ時間では?」
「ああ、急ぎ馬を飛ばしてきた」
直接馬を駆けてきたと聞いて影の者はいささか驚いたようだった。
「そこにいるロザリア嬢はどのような罪状でここにいるのだ?」
「……国家転覆罪でございます」
「大きく出たな。何をもってそのような罪に問われている?」
「調査中ですので、殿下と言えどお答え出来ません」
多くを語るつもりがないことは、その様子から見て取れた。
あまり良い状況ではない。王太子が相手であっても決して従うつもりがない様子だ。
「なら調査が済むまでこの令嬢の身柄は僕が預かる。即刻彼女を開放するんだ。これは王家としての命令だ」
「……出来ません」
男は少し沈黙したあと静かに答えた。
「王家の命令に背くということか?」
「エヴァン殿下のご命令にはお応えすることが出来ない、ということです」
僕個人の命令には応えられないが、王家の命令に背いているわけではない……。
すわなちそれは、この男の主が確実に王家の誰かであるということだ。
僕の命令を拒否できるだけの権力を持つ人物……。
「主の名は?」
「……お答えできません」
取り付く島もないな。
けどここで声を荒げても意味はない。
男は影として命令に機械的に従っているだけなのだ。
「……ロザリア嬢と話しをしたい」
「それも出来ません。眠らせておりますので」
「……非人道的な方法を使ったわけではあるまいな?」
「一般的な睡眠薬です。市販に出回っているものですから害はありません。
不当に暴れる容疑者を薬で大人しくさせることは王国法で認められていますから」
あくまで法に準じた行動を取っているということか。ならそこに付け入る隙はないだろうか……。
かつて晩年に読み漁った本の中に、助けとなるような知識がないか記憶をたぐる。
「……王国法では、罪人の処遇を最終的に判断するのは国王陛下だとされている。それは知っているな?」
「ええ、存じております」
「今回のロザリア男爵令嬢の捕縛に関しては、すでに陛下にご報告済みだ。そして、取り急ぎこちらに来ることになった僕は、陛下から罪人の処遇を一任されている。よって、僕の命令は陛下の命令と同義である」
「……しかし書状がなければ……」
「公爵以下の貴族であれば陛下からの委任を証するものが必要となるが、僕は王の後継者たる王太子だ。
書状がなくともこの言葉が証明になる」
「…………」
本当は嘘だ。
王太子といえど国王陛下の代理をするなら何らかの証明が必要になる。
でも王太子の僕が自信満々に言えばそれらしく聞こえるだろうというハッタリだ。
「疑うのなら確認するが良い。君は影の者たちの責任者ではないのだろう? 今すぐ問い合わせるんだ」
「……分かりました。確認してまいりますので……すみませんがご同行願えますか?」
「この確認は君の無知によって行われるもの。僕がわざわざ労力を割いて君に同行する理由は何だい?」
「いえ……。それでは……ここでお待ちください。決して牢には近づかぬようお願いします」
「分かった」
男は早足でその場を離れる。
この牢獄のどこかで休息を取っている統率者に確認をしに行ったのだ。
「エヴァン殿下、あのわずかな時間に国王から委任を授かっていたのですか?」
フェルディが言った。
「そんなわけないだろう。父は僕がここにいることさえ知らないさ」
「……さすがです」
「それより今のうちにロザリアを出すぞ。……門番、この牢の鍵はあるか?」
「は、はい? ですが……」
門番の男は驚いたように僕を見る。
「影の者たちなら構わなくていい。なんなら、家族を引き合いに出されて脅された、とでも言えばいい」
「そ、そんな滅相もない……」
「時間が無いんだ。君も領主の娘がこんなところにいるのは変だと思うだろう? ……これは陰謀だ。彼女を救い出さないと」
「うう…………」
それでも決心がつかないようだ。
僕と影の男のやり取りを見ていたので、どちらに従えば良いのか判断がつかないのだろう。
「これは王家の命令だ。それに君は牢の鍵を差し出すだけで良い。もしそれで職を失うことがあれば王都に来い。僕がもっと良い仕事を斡旋するよ」
「…………わ、分かりました」
観念したように唸ると、門番は先ほどすれ違った牢番のもとへ行き一束の鍵を持って戻ってきた。
そのうちの一本をロザリアの牢の鍵穴に差し込む。
カチャリ、と音がしてゆっくり扉が開いた。




