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第7話



カラスの足首から手紙をほどく。

差出人はルイだった。


「香水を見つけた?」


手紙によると、学院の荷物保管庫にあったロザリアの私物から香水を見つけたというのだ。


「そうか、その手があったか……」


香水は呪いの証拠となるものだから、手に入れておく必要があった。


しかし男爵家は影たちが家探しした後だから見つかる望みは薄かったし、学院寮のロザリアの部屋も真っ先に影が立ち入っているだろう。

そうなると香水を見つけることは難しいと思っていたが…。

学院で使っていた家財や衣類など、手荷物にできないものは学院から馬車便で発送することになっている。

領地の遠い者から順に家財を発送するため、隣領のロザリアの荷物はまだ保管庫に残っていたのだ。


……しかしルイのやつ、大丈夫なんだろうか。

女性の荷物を漁っているところを見られたりしたら、後々大変になると思うんだが……。


手紙の続きには、香水瓶を呪術講師のノームに見せたところ、僕にかかっていた呪いと同じ種類の呪いの残滓が見つかったそうだ。

学院の専任講師が証言したのなら、物的証拠として十分な効力があるだろう。

あとは香水瓶を贈った者が王妃である証拠があればいい。


夜になったら助けにくると書かれている。

西日が差し込んでいるから、あと数時間後だ。



- - -



夜になると、窓辺の格子に鉤縄がかけられた。

しばらくすると、ルイがひょこっと顔を出す。


「ご無事ですか? エヴァン様」


「ルイ! ありがとう……でもよく僕がここにいると分かったな」


「手紙を届けたカラスがいたでしょう? ずっとエヴァン様を監視させてたんですよ。何かあっては危険ですから」


「なるほど……」


どうやってカラスに監視を覚えさせたのか、そもそもいつから監視していたのか、という疑問は今は置いておこう……。


「エヴァン様、これを」


小さなノコギリを僕に手渡すと、「私はこちら側を切りますから、エヴァン様はそちらを」


「分かった」


やや心もとない道具だが、鉄格子がサビかかっていることもあり、ふたりがかりでノコギリの刃をすべらせると案外簡単に格子を切り外すことが出来た。


窓枠はギリギリ肩が通り抜けるサイズだ。

身をよじりながら何とか抜け出し、ロープに捕まる。


城の外壁を伝って降りると、待機していたフェルディとともに馬車に乗って城の敷地を抜け出した。


「見張りが誰もいなかったな?」


「ロザリア嬢の捜索に出ているんですよ」


ルイが答える。


「……見つかってしまうか?」


「時間の問題かと。今は王都の外を中心に探しているようですけど、王都内も一応は探しているみたいです。本格的に王都内を探し始めたら、宿屋も安全じゃありません」


「僕が行けばかえって危険かもしれないが、一人にしておくわけにはいかない。会いに行こうと思うが……」


「今なら大丈夫かと。ですがこれを羽織ってください。王族の服は目立ちますから」


そう言ってフェルディがカーキ色の古びたマントを手渡した。

身を隠すように羽織り、ロザリアのいる宿屋に向かう。



- - -



コンコン、コン、と特定のリズムで部屋の扉を叩く。


僕たちが来たという合図だ。

カチャリと扉が開き、灯りのロウソクを手にしたロザリアが笑顔を見せる。


思わず胸が熱くなった。

ああ、生きている。あの辛い未来は、まだ現実の彼女の身には降りかかっていない。

今ならば彼女に違う道を歩ませることが出来るのだ……。


「エヴァン様?」


「あ、ああ、すまない……」


思わず目頭が熱くなったが、首を振ってごまかし、ルイたちとともに部屋の中に入った。


「誰か尋ねては来なかったか?」


「いえ、誰も」


聞けばあれから一歩も外に出ておらず、また誰も来てはいないみたいだった。


「実はここもあまり安全とは言えなくなってね……。こんな時間に申し訳ないが、夜のうちに宿を出ようと思うんだ」


「……分かりました」


彼女が身支度を整えている間、フェルディが尋ねる。


「エヴァン様、宿を出るのはいいですが、どこに行きましょう? 安全と思える場所が思いつかないのですが……」


「私もです。王都の外はかえって見つかる可能性が高いし、かといって王城も安全じゃありません。教会や宿も同様でしょう。学院寮には見張りがいるでしょうし……」


ルイもそう言って考え込む。


「ひとつだけ心当たりがあるんだ。王都の中でも安全で、影たちが立ち入れない場所が」


「……一体どこです?」


ふたりが不思議そうな顔でこちらを見る。


「ヒュードリック公爵家。……ソフィアの屋敷だよ」




- - -




広い敷地をぐるりと取り囲む鉄製の柵。中心の巨大な門柱は権力者の象徴であるかのように堂々と佇んでいる。


不意に屋敷に近づく私に警戒する門番たちの前で、古びたマントを脱ぎ姿を見せる。


「……エ、エヴァン王太子殿下?」


公爵家の門番ともなると、それなりの教育を受けており有力な貴族の顔はすべて覚えている。当然王族である僕のことも知っていた。


「このような時分に何用でしょうか……?」


「公爵に火急の用があるのだ。取り次いでもらえるか?」


約束もなく晩餐の時間に来訪するなど失礼も良いところだが、そこは王族の権力を利用させてもらう。


「申し訳ございません、公爵殿下は奥方様とともに領地の視察に出ておりまして……」


「ならばソフィアはいるか?」


「はい、おりますが……」


「頼む」


門番は困った様子だったが、よほどのことが無ければ王族の来訪を断ることなど出来ない。

「お待ちください」と言って屋敷に入ったあと、しばらくしてソフィアが出迎えのために外へ出てきた。


「……エヴァン様、どうしたのですか? このような時間に……」


「すまないソフィア。……頼みがあるんだ」


振り向いて合図をすると、一台の質素な馬車が通りの影から現れる。


(かくま)って欲しい人がいる」


一瞬眉を寄せるソフィアに、「ちゃんと説明する。だから今は彼らを中に入れて欲しい」と頼む。


「……分かりました」


ソフィアが門番に目配せすると、馬車が通れる大きさまで扉が開く。

馬車は屋敷の前に横付けし、中からルイと頭まであるマントを被ったロザリアが出てくる。

顔まで隠れているので、ソフィアには誰だか分からない。

御者をしていたフェルディも、執事に馬車を預けて同行する。


「こちらへ」


ソフィアは何か言いたげだったが、黙って僕たちを来賓室に案内した。

そして僕たちは向かい合ってソファに座る。


「ルイさんと、フェルディさん、ですね。……それで(かくま)って欲しいというのは、そちらの方でしょうか?」


ソフィアの視線がマントを被ったロザリアに向く。


「もうマントを外していい」


「……は、はい」


すごすごとロザリアがマントを外すと、ソフィアがわずかに驚いたようだった。

そしてじっとりとした目で私を見る。


「……誤解が無いよう最初に言っておきたいんだが、彼女は危険な立場にいる。それを今から説明したい」


「ロザリアさんが……?」


匿ってもらう以上はある程度の事情をソフィアに知ってもらう必要があるし、ロザリアにも自身の状況を知る権利はある。結局僕はこれまでの経緯、王城で起こっていることを包み隠さず話すことになった。



――ひと通り話し終えたところで、あたりが沈黙に包まれる。


「つまり……」


最初にソフィアが口を開く。


「国王陛下は今も囚われておいでということでしょうか……?」


「そうだ……。僕と同様に何らかの呪いをかけられ監禁されているはずだ」


「にわかには信じがたいのですが……、一体誰がそのようなことを?」


「……王妃だ」


全員が驚いたように息を呑む。


「エヴァン様、その情報は一体どこから……」


フェルディが尋ねる。


「国王陛下だよ。ロザリアのことも含めて助力を願い出たときに、話してくれたんだ。おそらくそうだろうと……」


もっともその時は確証はなく、真実を確かめるべく王妃を呼び出す寸前で影たちが現れた。

確信を得たのは気絶している間に見た前の人生での光景だったが、それを信じさせる術はない。

国王が言ったということにしておくほうが納得しやすいだろう。


「真実を確かめようとしたところで影が現れ、僕は幽閉塔に監禁されてしまった」


「王妃様は、なんのためにそのようなことを……?」


ロザリアが表情を曇らせながら呟いた。


「……すべては弟のアルベルトを王にするためだ。僕を失脚させて継承権を剥奪する。そのうえで現国王である父の引退を早めたいのだろう……」


「……なぜ、アルベルト様なのです? エヴァン様もアルベルト様も王妃様にとって大切な御子息なのでは?」


ソフィアが尋ねる。


「ああ、……アデライード王妃は僕の本当の母では無いんだ。国王は以前も結婚していて、そのときの王妃の子が僕だ。すでに彼女は亡くなっているそうだけど」


「そう……なのですか。……も、申し訳ありません、エヴァン様」


気まずそうにソフィアが謝罪した。


「いいんだ。僕もつい最近知った事実だ。亡き母というのもピンと来ないし、生きている父の方が大事だ」


「アルベルト様は……このことをご存知なのでしょうか?」


ソフィアが真剣な目で尋ねる。


「弟はこの件に関わっていないと思う。あいつは、家族の贔屓目なしに見ても誠実な男だ。知っていたら必ず反対するよ」


なぐさめるように言って聞かせる。


実際、未来の光景を見ていなければ僕も疑っていたかもしれないが、あの光景で見たアルベルトは最後まで僕の身を案じていた。今回のことだって弟の知らないところで王妃が企てたことだろう。


「そ、そうですか……」


アルベルトをかばう発言をしたのが意外だったのだろうか、安心したような、それでいてどこか不思議なものを見るような表情をソフィアが浮かべた。


「さて、状況はおおむね理解してもらったと思う。王妃としては陰謀が明るみに出ないよう、証人となるロザリアを真っ先に捕まえようとしている。捕まれば、おそらく裁判は期待できない」


ロザリアがごくりと唾を飲み込む。


「だからソフィア……、申し訳ないが公爵家で彼女を匿って欲しい。

王家の影といえども公爵家に無断で侵入することはできない。当面は安全だと思うんだ」


「……分かりました。当主である父と母が不在である間、私が代理人の役目を仰せつかっております。公爵家として彼女の保護をお約束いたします」


「ありがとう、ソフィア」


「あ、ありがとうございます。……ソフィア様」


ロザリアとソフィアが最後に顔を合わせたのはあの卒業パーティーだ。

特にロザリアは非常に気まずそうにして頭を下げる。


「でも、エヴァン様はどうされるのですか?」


ロザリアが心配そうに尋ねる。


「幽閉されていたということは、エヴァン様も安全では無いのですよね?」


「そうだな……。けど父を助けに行かないと」


あの影の男、ランスと言ったか。やつは父がもうすぐ王ではなくなると言っていた。前回の未来と違い、王妃は父を殺す時期を早めるつもりなんだ。それはもしかしたら今日、明日かもしれない……。何としてでも止めなければ。


「危険じゃないのですか? エヴァン様が城を抜け出したことが知られていれば、王妃様や影の方々が待ち構えているかもしれません」


ロザリアが真剣な目で訴える。


「……城にはアルベルトもいる。事情を話して協力してもらえば何とかなるよ。ルイ、フェルディ、すまないが一緒に来てもらえるか?」


「「もちろんです」」


ふたりが声を揃えて返事をする。


「ただ、エヴァン様。ロザリア嬢の言う通り、城を抜け出したことがすでに知られている可能性があります。今度こそ、影の連中はエヴァン様を本気で捕らえに来るはずです。そうなれば脱出は困難かと」


「それはそうだが……」


「なので、エヴァン様はひとまずこちらで待機していてもらえますか? 俺とフェルディが行って、可能ならアルベルト殿下に接触してきます」


「……分かった。……何から何まで頼ってしまってすまない」


ふたりはニッと笑うと、無言で親指を立てた。



*✤*✤*✤*✤*✤

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毎日19時頃に更新予定です*

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