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第5話




翌日、呪いに関する報告を受けた国王が、僕を応接室に呼んだ。

朝食を摂ってすぐに向かうと、久々に父と対面することになった。


「……どうしたのだ、エヴァン。私の顔に何かあるか?」


怪訝な顔で父が言う。


「あ、いえ。何でもありません、陛下」


思わず懐かしくて見入っていた、なんて言えばますます怪訝な顔をされるだろう。

けど今の僕にとっては数十年ぶりの父なのだ。

葬儀にも参列できず、こうして再び元気な父親を見れるとは夢にも思っていなかった。


「……そうか。ああ、それとな。アルベルトのことだが……」


父は僕の隣に座るアルベルトにちらりと目をやる。


昨日、出番がなかったせいで、彼は自分が王都に帰ってきていることを知らせる場がなかったのだ。

前触れもなく王城をうろついてるのも変なので、話のついでにここを顔合わせの場にしたのだろう。


僕としては前回の断罪劇でアルベルトが戻ってきていることを知っていたから、まったく驚きはないが。


「久しぶりだね、兄さん」


アルベルトが微笑みを浮かべながら言った。


「ああ、久しぶりだな。元気で何よりだ。留学先から休暇をもらったのか?」


「あ……うん。そうだよ」


「そうか。久しぶりの実家なんだ。ゆっくりしていくといい。今度またチェスでもしよう」


そう話しかけると、アルベルトは幾分戸惑ったようだった。

僕は弟に何の恨みもない。そもそも断罪されたのは自業自得だったし、今は久しぶりに会えたことが素直に嬉しかった。


「オホン……積もる話もあるだろうが、今日は別件で話がある」


このまま昔話に花を咲かせられても困ると思ったのだろう。父が咳払いをして話を戻す。


「エヴァンよ。今日はお前が呪いを受けていたという件だ。……間違いないのか?」


僕は姿勢を正して答える。


「ええ、昨日僕を診た呪術師はそう言っていました。僕自身はあまり実感が無かったのですが」


「……そうか。実はその者からも話を聞きたいと思い、呼んでいるのだ」


そう言って部屋の隅に控えている執事に目配せすると、執事は隣室の扉を開け、そこにいたふたりを招き入れる。

昨日僕を診てくれた呪術師のノードと、医務室の医師だ。


ふたりはソファに腰掛け、国王からの指示を待った。


「ふたりとも昨日は助かった。おかげですっかり体調が元通りだ」


非公式な場だ。国王が声をかける前に、僕から改めてふたりに感謝を伝えた。

一瞬ふたりは面食らったような顔をしていたが、すぐに「とんでもございません」と頭を下げた。


その様子を、なぜか国王は神妙な面持ちで眺めていた。

そして気を改めて、ふたりに問いかける。


「昨夜報告のあった件だが、間違いないのだな?」


「……まずは私からご説明を」


最初に僕を診た医師が答えた。


「医務室にいらしたエヴァン様は顔色が優れず、症状としては食中毒に近いと思われました。しかし、お体自体はどこにも不調の兆しが見られず、それよりも精神系に作用する魔術の残滓がわずかに見られたのです」


一人で大勢の生徒を請け負うこの医師は、通常の医学だけでなく魔法分野にも一定の知識があるようだった。


「そこで学院の専任講師であるノード博士に助力を願い出て、エヴァン殿下を魔術面から診療してもらいました」


続きをノード博士が話す。


「私の診断で、精神作用系の魔術……つまり呪いがかけられていることが判明しました。普通、呪いは体内に隠れ外から罹患を判別することは困難なのですが、昨日は偶然、呪いが肉体を離れかかっており、その一部が残滓となって肉体の外に漏れ出ていたことで発覚したのです。そうでなければ私が診療しても呪いを見つけることは出来なかったでしょう」


「……ふむ。それで呪いをどのように解いたのだ?」


「ここに」


ノード博士は昨日の特製ガラス瓶を見せる。

白く濁った煙がわずかだが瓶の底でたゆんでいた。


「呪いは、そこに“憑いている”ことさえ見つけられれば、取り出すのは簡単なのです。解呪を用いて殿下から取り出した呪いを、今はこの容器に封じ込めています」


国王も、隣にいるアルベルトも、ノード博士の掲げるガラス瓶を凝視している。


「呪いのほとんどは霧散して消えてしまいましたが……わずかに容器の底に沈殿しています」


「……情報は取れたのか?」


「呪いの成分と作用は分かりました」


「どのような作用なのです?」


国王の代わりにアルベルトが尋ねる。


「意識混濁と精神支配です。例えるなら、酒に酔わせてフラフラにしたところへ、何らかの命令を吹き込んでいるような状態です」


……僕はそんな状態になっていたのか?


「それほど強い作用ではないものの、エヴァン殿下は継続的に呪いを受けていた痕跡が見られますので、ここしばらくは頭がぼんやりしていることが多かったんじゃないでしょうか?」


「自覚は無かったが……、言われてみればそうかもしれないな」


思い出してみれば学生の頃や男爵領に婿入りした頃など、物事がうまく考えられず無気力な時間が多かったように思う。


「呪いの恐ろしいところは、病と違って本人に自覚が現れないところです。このまま呪いを受け続けていれば、論理的な思考力が消え失せ廃人のようになっていたでしょう」


ノードの言葉に室内が静まり返る。


「……一体誰がそんな恐ろしい呪いをかけたのだ……?」


間をおいて、国王が苦悶を顔に浮かべながら尋ねた。

しかしノード博士は首を横にふる。


「残念ながらそこまでは分かりませんでした。また、呪いがどのような形でかけられていたのかも不明です」


「そうか……」


国王が悔しげに拳を握る。


「ちなみにだけど……」


僕が声を上げると、みんなが一斉にこちらを見る。


「呪いがかけられるとしたら、どのような方法が一般的なんだろう?」


ノードがアゴに手を当て、視線を上に向ける。


「そうですね……。よくあるのは相手の肉体の一部を用いて、離れた場所から呪いを飛ばすというものです。

肉体といっても毛髪や爪のかけらで十分で、呪われた方に一切気づかれずに行えるのが利点でしょう。

しかしその分効果は薄く、せいぜい相手が体の不調をわずかに感じる程度です。

また精神の強い者が相手ならばほとんど効果はありません。

よって、今回の呪いの手段ではないと予想しています」


「ほかには?」


「直接、相手の肉体に呪印を刻むというものです。非常に効果が高く、場合によっては相手を意のままにあやつることも可能ですが、相手に気づかれずに呪印を刻むことは困難なため一般的とは言えないかもしれません。

ほかに考えられる方法は……呪いを物質化して相手に摂取させるというものです」


「物質化というのは?」


「昨日私がお見せしたように、呪術師のなかには呪いを気体や液体に変えられる者もいます。

たとえば液体に変えて飲み物に混ぜ合わせたり、あるいは気体に変えて香水の臭いに紛れ込ませたり……」


「香水……」


「女性が魅了の呪いを香水に込めて男を誘惑する、というのは割とある話のようです。

もっとも、これもそこまで効果は高くないため、継続して呪いを摂取させる必要がありますが」


思い当たることはある。


ロザリアが(まと)う甘い香りの香水。

昨日はなぜだかそれが気持ち悪くて仕方なかったが、いつもなら彼女からふわりと香るたびに心地よくなって、深く考えることを放棄してしまっていたように思う。

前回の未来で彼女が亡くなってから頭が妙に冴えたのは、香水の効き目が切れたからか……。


「エヴァンよ。思い当たることがあるのか?」


国王が何か感じたのか、そう尋ねた。


「いえ……特には」


どう答えるべきか迷ったが、ロザリアのことはまだ伝えないことにした。


万が一違う可能性もあるし、たとえ彼女が原因でもまずは直接話を聞いてみたいと思ったからだ。

ここで彼女のことを伝え、父が怒りのままに彼女を捕らえてしまったら、弁明さえ出来ず処刑されるかもしれない。

本当にロザリアが原因ならばそれほど重い罪なのだが、それでは彼女があまりに不憫に思えた。


国王は何か言いたげな顔をしていたが、僕がそれ以上答えない様子をみて「そうか」と引き下がった。


「早急に調査隊を編成した方が良いかもしれません。

兄さんだけでなく、陛下や私もすでに被害を受けている可能性もある」


アルベルトが言った。さすが頭の回転が早い我が弟。

自覚が無い以上、自分が呪いにかかってないとはこの場の誰も断言できないのだ。アルベルトの言葉はもっともだ。


「うむ。急ぎそうしよう。エヴァン、アルベルト。各々油断するなよ」


「「はい」」



こうして話はひとまず終わったが、部屋を出ようとするとアルベルトだけが国王に呼び止められた。

僕はお呼びでないので、何の話か少し気になりながらも部屋をあとにした。



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