第4話
「兄さんは一体どうしたんだろう……」
卒業パーティーの会場で、第二王子のアルベルトは公爵令嬢ソフィアとともにテラスにいた。
「分かりません……。意気揚々と私に婚約破棄を告げるまでは、アルベルト様が掴んでいらした情報と同じでしたが……あのとき、なぜだか急に人が変わったように……」
ソフィアは先ほどの光景をもう一度頭の中に呼び起こす。
『君との婚約を破棄する!』高らかにそう宣言した婚約者のエヴァン王太子。
事前の調べで、彼が男爵令嬢ロザリアと共謀し婚約破棄を企てていることはソフィアも聞かされていた。
それでも直接聞くまでは彼を信じてあげたい。そんな気持ちも少なからず残っていた。
しかし案の定、彼は大勢の卒業生の前で企みを実行する。
婚約者以外の女性を傍らに侍らせて……。それが王族としてどれだけ不評を買うか、まるで理解していない様子になかば呆れてしまった。
予想では、幾度かの問答の後に、彼が作った証言記録を持ち出してくると思われていた。
それに対抗するように、アルベルト王子の陣営でも、より正確で公的な記録文書を準備していたのだ。
けれどふたりの予想を裏切り、彼の断罪劇はあっけなく中断された。
何を思ったか、エヴァン王太子は婚約破棄を撤回し、自ら始めた演説を引っ込めてしまったのだ。
「……実はあのとき、」
ソフィアの回想をアルベルトの言葉が遮る。
「あのとき、兄さんと目が合った、気がするんだ」
「アルベルト様が会場にいることに気づいていらした、ということでしょうか?」
「分からない。遠くにいたから僕の気のせいかもしれないけど、一瞬こちらに目を向けたのは間違いない」
「では、エヴァン様がアルベルト様に気づいたと仮定して……、突如ご自分の立場が不利なことを悟って、矛を収めたのかもしれませんね」
だがアルベルトは納得いかないとばかりに、うーんと唸る。
「仮に僕がいることに気づいても、それが自分の不利に繋がるとは思わないんじゃないかなぁ。兄さんは」
控えめに言っても最近のエヴァンは直感的で短慮というのがアルベルトの認識だ。
あの場に自分がいたところで、企みがバレたうえで迎え撃つ準備までされていることにエヴァンが思い至れるとは思えなかった。
「では……体調が優れなかったことが関係しているかもしれません」
「……ああ、先ほど側近に抱えられていたね。あれは……その」
「ええ、仮病ではないと思います。お顔から血の気が引いていましたから。本当に体調が優れなかったご様子でした」
「そうか……」
兄のエヴァンは嫌なことがあるとしょっちゅう言い訳を作って逃げ出していた人だった。
だから今回もその場を離れるために体調を理由にしたのではないかとアルベルトは考えていた。
「……今日は事なきを得たけど、別の機会に再び婚約破棄を伝えてくるかもしれないね」
「そういえば先ほど、あとで謝罪の場を設けたいとおっしゃっていましたわ」
「謝罪? 今日の事で?」
「それも含めて色々だ……と」
アルベルトは右手で顎の先をつまみ、考え込むようにうつむく。
「何を考えているのかは分からないが…、ひょっとすると改めて婚約破棄の意向を伝えるつもりかもしれないね」
「……それも有りえますね」
「王城に君を呼ぶのなら、無理を言って私が同席することも出来るけど、公爵家に出向くならさすがに私は出ていけない」
「わざわざ私の家に足を運ぶとは思えませんが……」
「そうかもね。けど用心にこしたことはないよ。あらぬ冤罪を着せられてはたまらないからね」
「……分かりました。そのときは十分に注意いたしますわ」
「うん。でももし義姉さんに何かあれば、必ず僕が何とかするよ」
アルベルトが優しく力強い笑みを浮かべた。ソフィアもそれに応えるように幸せそうに微笑む。
*✤*✤*✤*✤*✤
ルイとフェルディに付き添われ王城の自室へ戻ってきた。
「ふたりともありがとう。助かったよ」
そう労うと、二人は少し驚いたように顔を見合わせた。
「いえ、気になさらないでください」ルイが答える。
「そういえば、ロザリア嬢はどうしたんだ?」
会場に残した彼女を思い出し、ルイに尋ねた。
「ああ、エヴァン様が医務室に行かれたあと、彼女も帰りましたよ。ダンスパートナーもおらず、一人では退屈だったのでしょう」
「そうか……」
ルイもフェルディと同様、ロザリアを盲信しているわけではなさそうだ。
てっきり以前の僕と同じく、彼女を比護すべき対象だと考えていると思っていたのだが……。
「なあ、二人は……ロザリア嬢をどう思う?」
フェルディの考えは先ほど聞いていたが、改めて二人に問うた。
「そうですね……。身の程知らず、といったところでしょうか」
ルイが少し考えて答えた。
「エヴァン様に取り入る才能だけはピカイチだと思います」
今度はフェルディが答える。
ふたりとも辛辣だな……。
だがそこまで冷静に彼女を見れていたのか。
「こう言うのも何だけど……ふたりにはもう少し僕に対して助言とかしてもらいたかったな……」
もちろん、以前の僕なら助言などされても聞く耳を持たなかっただろうから、
ふたりにそんなことを求めるのは不条理だと分かっているが。
それでも言わずにはいられなかった。
「あれ? エヴァン様、ひょっとしていろいろとお気づきになったのですか?」
意外というようにルイが言った。己の主人に対してこの発言はどうかと思うが、その顔に悪意などまったくない。素の質問だと分かるから余計にタチが悪い……。
「ああ、気づいたよ。自分の行動がおかしいことに。ふたりから見ても僕はどうかしていたんだな?」
「「はい」」
ふたりが声を揃える。
それでも、彼らは今回のずさんな証言集めや断罪劇に付き合ってくれた。
忠臣と言えば聞こえはいいが、もう少し僕を是正してくれても良かったのではないだろうか……。
そう言えば、前回僕が廃位されたとき、このふたりはどうなったのだろう?
卒業パーティーで別々に会場を後にして以来、その後一度も会うことはなかった。
僕の側近をしているが、ふたりともそれなりに格のある貴族家の出身だ。
王族である僕が廃位という重い処罰を与えられたなら、中級貴族の彼らも相応……いやもっと重い罰を受けたかもしれない。
そう考えると、ふたりにはつくづく申し訳ないことをしたと改めて自戒の念が湧いた。
「……これまですまなかったな、ふたりとも。もう大丈夫。くだらん断罪劇は終わりだ。後日ロザリア嬢と改めて話をするよ」
ふたりが再び、驚いたように顔を見合わせた。
彼らが帰り、ベッドの上に身を投げる。
学院を卒業した今、本格的に政務に取り掛かる準備が始まる。
やることはどんどん増えていくから、早いうちに身辺を整理した方がいいだろう。
まずはロザリアだ。
僕やソフィアを謀っていたとはいえ、これまで僕が積極的に協力してしまった負い目がある。
一方的に彼女だけに罰を与えて終わりにするわけにはいかない。
それとソフィアとアルベルトのことも。
彼らは僕が断罪を中止したことで拍子抜けしているかもしれないが、まだ気は緩めていないだろう。
僕に本当に害意が無いことを改めて示しておかなければ。
……それに、以前は僕の廃位のあとふたりは結婚していた。
婚約破棄は僕に大きな代償を与えたが、彼らにとっては愛を紡ぐきっかけになったのかもしれない。
だとすれば今さら僕が考えを改めても、ふたりにすでに芽生えた絆は消せないだろう。
……どうしたものか。
ああ、それと、僕がなぜ過去に戻ったのかも考えたほうがいいのか?
普通はこんな現象ありえないからな。
……でも、これについては考えたところで答えが出るとも思えないな。
ありのまま現状を受け入れて、過去をやり直せる幸運に感謝するだけでいいか。
あれこれ考えているうちに疲れが出たのか、パーティーで着ていた服のまま、いつの間にか眠りに落ちてしまった。
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