第4話
「それで、一体なにがあったのか教えてもらえるかい?」
椅子に腰掛けロザリアに尋ねた。
ルイとフェルディが戻ってからとも思ったけど、
この頃の僕がロザリアをどんな会話をしていたのか思い出せず、
ついつい本題から切り出してしまった。
「はい……えっと、……エヴァン様、何か雰囲気が変わりましたか?」
答えようとして、思わずそれよりも気になっていた疑問を口にしてしまったようだ。
「変わったかな? どのへんがそう思うんだろう?」
「……なんか、大人っぽくなったというか……。人が変わったみたいで」
「まあ……色々あったからねぇ」
しみじみそう言うと、ロザリアが不思議そうに首をかしげる。
「色々……ですか?」
「うん……まあ。それよりも昨日のことを……」
過去に戻ったことを説明しても信じてもらえるはずがないので、ひとまず話を戻す。
「あ、はい……」
「いくつか知りたいことはあるけど、君はなぜ影の者たちに捕らえられたんだろう?」
「影の者……ああ、屋敷に来た人たちですね。……実は分からないのです」
「分からない? 罪状を言ってなかったか?」
「いえ。あの人たちは突然屋敷に入ってきて、逃げようとした私を捕まえたのです。そのときにおかしな臭いのする布を口元にあてられて……」
「それは……犯罪だね」
正式な手続きを踏んでいないどころか、ただの誘拐じゃないか。
強引な手口を見ても、やはり王家からの正規の命令ではない。
「牢獄では何か言われなかったか?」
「……一度牢の中で目が覚めたのですが、それに気づいたあの人たちにまた眠らされたようです。気がついたらエヴァン様と一緒にいました」
捕らえられてからの記憶がほとんど無いということか。
「幸い、体に痛みはないので、寝ている間に暴力などは振るわれていないと思います。もっとも、あのまま牢にいたら分かりませんが……」
彼女の言う通りだ。捕縛されてすぐにどうこうは無かっただろうが、あのまま捕らえられていたらどうなったか分からない。
わけの分からないうちに処刑されていた可能性だってあっただろう。
「辛い思いをしなかったのなら、本当に良かった……」
「……エヴァン様のお力で釈放してくださったのですか?」
「いや、釈放はされてない」
「??」
どう伝えるべきか迷ったが、結局正直に答えることにした。
「君の捕縛に関して不審な点があったからね。無理やり君を連れ出したんだ。たぶん君には脱獄罪、僕には脱獄幇助罪がかけられると思う」
ロザリアが驚いたように目を丸くする。
「私たちは今、あの人たちから逃げているんですか?」
「うん。だから君の家ではなく王都に来た。ここならいくらでも身を隠せるからね」
僕の言葉に納得したように頷いた。
「すまないけど、君にはしばらくここに潜伏してもらいたい。影たちは王家所属だけど、どうやら僕の権限は通用しないらしいんだ。捕まれば正規の手続きで開放するのは難しいからね」
「エヴァン様はどうされるんです? 身を隠すのですか?」
「その必要はないと思う。彼らに命令する権限はないけど、彼らも僕を逮捕する権限はないはずだ。国王陛下が望まない限り自由は保証されると思う」
「……なら良かったです」
「それともう一つ……、ルイから報告を受けたんだが、君は一人で男爵の屋敷に住んでいるのかい?」
ロザリアは「え?」と呟いた。そして覗き込むように私の目を見る。
「……嘘ではないのですね。……本当に知らなかったんですね……そっか……」
そう言うと、彼女は両手で顔を押さえたままうつむいた。
僕は混乱したけど、彼女はしばらくの間そのままだった。
肩が揺れていたから、泣いているのかもしれない。
どう声をかけて良いか分からず、彼女が自分から話始めるのを待つことにした。
「分かりました。きちんとお話します」
しばくして彼女は起き上がり、吹っ切れたような表情でそう言った。
そして、ぽつりぽつりと話を始める。
まず、ロザリアの実家であるクロウフォード家はかなりの財政難に陥っている、というところから始まった。
理由は彼女の両親である男爵夫妻の浪費癖のせいらしい。
男爵領はそれほど規模が大きくないため税収なんかも多くない。
普通に暮らしている分には領民たちとともに十分やっていける収入はあるのだが、
男爵夫妻は無類の贅沢好きなんだそうだ。
思えば僕が前回の人生で男爵家に婿入りした際、
屋敷の造りや調度品にずいぶん金がかけられていたのを思い出した。
王家から婿入りしたばかりの頃は違和感もなく受け入れていたが、晩年に領地経営のことが理解できるようになると、ずいぶんと身の丈に合わない高級品ばかり揃えたなと驚いたものだ。
また男爵夫妻は旅行も好んでおり、他領地の視察という名目で長期間留守にすることが多いらしい。
自分たちの贅沢する金を確保するために使用人たちはギリギリの人数しか雇っていないが、その少ない使用人たちも身の回りの世話をさせるためにすべて連れて行くため、男爵の屋敷には誰もいない、ということがよくあるそうなのだ。
「それじゃあ今も男爵夫妻は視察のために旅に出ているということか?」
「はい。今はロズオール領にいると思います」
ロズオールは王国の南にある海に面した領だ。貴族たちの保養地として非常に人気がある。
「君のご両親が旅行好きなのは分かった。……1年のほとんどを旅行で不在にしていたのも驚きだが……。けど、屋敷を留守にするなら警護の者くらい置いてもいいんじゃないのか?」
「両親は……自分たちの享楽以外にお金を使いたくないのです……。貴族である男爵家に泥棒に入るような命知らずもいないだろうと言って、警備の人たちを雇うお金も出し渋っておりました」
「屋敷が無人だと知られてしまえば、盗みに入る者はいそうだが……」
「おっしゃる通り、防犯面で非常に心もとないのですけどね。
……両親はとても、自分たちの都合の良いように考える人たちなので……」
もっとも、警備の人間がいたところで王家の影たちの手にかかれば瞬く間に鎮圧されていただろう。
本気になった影たちを前にロザリアが逃げることは出来なかっただろうが……。それでもな……。
「ご両親は君が学院を卒業して家に帰ることは知らなかったのかな?」
「知っていたとは思いますが、興味がなかったのでしょう」
諦めたような口調でロザリアが言った。
「興味か。……ご両親は自分たちの享楽以外にお金を使わないと言ったけど、君にはどうなんだろう?
学院だって相当なお金がかかるけど……」
「……両親は、世間体を考えて最低限必要なものは支援してくれましたが、それ以外はあまり……」
思えば彼女は、学院のパーティーではいつも同じドレスを着ていたことを思い出した。
格の高い貴族や、裕福な商人の子などは、パーティーの度にドレスを新調するのが常だった。
「私はそれほど裕福ではないのですよ。
ほかの裕福な同級生たちと一緒にいても、彼女たちと遊びに出かけることできませんでした。その点、エヴァン様は私の金銭的な事情など気になさりませんから、一緒に過ごしていてとても心地よかったんです」
確かに僕はお金に関しては頓着が無い。実家が王族なので、欲しいものはたいてい何でも手に入る。
そのせいか物欲があまり無いのだ。相手がお金を持っているかどうかもさして気にしたことがなかった。
「私は常に我慢していました。金銭的な理由で恥ずかしい思いをすることが多かったんです……。だから、このお手紙を見て、とても嬉しくなってしまいました。エヴァン様から頂いた……」
ロザリアはそう言って、着ている服のボタンを唐突に外し始めた。
「え? ちょ、ちょっと待てロザリア」
慌てて止めようとすると、彼女は落ち着いた口調で答える。
「手紙を取り出すだけですよ。……エヴァン様、後ろを向いていてもらえますか?」
「あ、分かった」
服を脱ぐ前に言って欲しいのだが、という言葉を飲み込んで後ろを向く。
しばらくゴソゴソと音がしていたが、
「もう良いですよ」という彼女の言葉を聞いて再びロザリアの方へ向き直る。
彼女の手にはよれよれになった封筒があった。
「捕まえられたとき、服を脱がされていなかったことが幸いしました」
そう言いながら彼女がその封筒を差し出す。
「この封筒は?」
「エヴァン様から頂いた……と私が思っていたものです。唯一、手元に置いていた手紙ですが、万が一を考えてコルセットの中にしまっておりました」
微かに温かい封筒を受け取ると、そこには『ロザリアへ』と僕の筆跡に寄せた字が書かれていた。
封筒を開き、収まっていた便箋を開く。
そのとき、あの香水の臭いが微かに臭って思わず顔をしかめた。
そこに書かれていたのは、恋文だった。
ロザリアの家庭の状況を憐れむ言葉、王族の力で彼女を支えるという言葉、
そのためにも今の婚約は破棄しロザリアと結ばれる必要がある、などといった言葉や、
贈った香水を君が付けていることで僕は愛を実感できるといった言葉。
ロザリアの心にするりと入り込むであろう甘い言葉が並べられ、
最後には『愛するロザリア、君との結婚が待ち遠しい。エヴァンより』という言葉で締めくくられていた。
思わず頭を抱える。
こんな手紙は知らない。……知らないが、ロザリアはこれを僕からの手紙だと思って受け取ったのだ。
……彼女は被害者ではないか……。
「ロザリア……」
「分かってます……。これはエヴァン様が書かれたものでは無いんですよね……?」
彼女の目にホロリと涙が溢れる。
「愛されていると思ったんです。私を愛する人がいて、
しかもその人がこの国の王太子だってことが嬉しくて、深く考えることもせず、
舞い上がってしまったんです……」
何と声をかけたら良いのか分からない。
心苦しいが、それでもいくつかの質問を投げかける。
「手紙はこれだけじゃないんだね?」
「……はい。月に一度、香水と一緒に送られてきました。
季節の休暇のときは私の実家に。それ以外は学院の寮に」
「君から手紙のことを聞いたことは一度もないけど、それはどうして?」
「……手紙を送っていることを口にしてはいけないと書かれていたのです。
これは秘密のやり取りだから、万が一にも他人に知られてはいけない、
だから二人きりのときでも手紙のことには絶対触れないように、と。
私にはそれが蜜実の約束に思えたのです。ふたりだけの特別な隠し事が出来たのだと……」
……手紙の送り主は用意周到だ。僕のふりをして甘い言葉を囁いておきながら、ロザリアの心を利用してうまく手紙のことが僕にバレないようにしている……。
「ほかの手紙にはどんなことが書かれていたんだろう? 今は持っていないんだよね?」
「はい、今持っているお手紙はそれだけです。屋敷に戻ればいくつかあったのですが……」
ルイの話だと彼女の部屋は荒らされていた。
手紙を探していたという確証は無いが、おそらくもう残されていないだろう。
「手紙には、婚約破棄するために協力をして欲しいということも書かれておりました。
……もうお分かりだと思いますが……ソフィア様のいじめを捏造して婚約破棄の理由にするという……」
心苦しそうに彼女が目を伏せる。
「いくら僕の依頼とはいえ、公爵家の令嬢を相手にさすがに危険だと思うんだが……」
公爵は王家に次ぐ地位の高さだ。下位貴族の男爵家とは大きな格差がある。
「不安はありましたが、エヴァン様の後ろ盾があれば大丈夫だと自分に言い聞かせました……。
……でも、手紙を書いたのがエヴァン様じゃないということは、……私は……」
改めて恐怖を感じたのか、自分の肩を抱きかかえるようにして震えた。
そうだ、僕の指示でない以上、彼女が単独で公爵家の娘を陥れようとしたことになる。
証拠となる手紙も無いのだから。
けどそれではあまりにもロザリアが不憫だ。
僕にはどうしても彼女が嘘をついているように思えないのだし。
「幸い、卒業パーティーではイジメの罪を言及するような発言はしなかったから、ギリギリ大丈夫だろう」
前回と違い、今回は婚約破棄を告げたところで断罪劇は中断している。
破棄を告げたことはどうしようもないが、罪の捏造については大事にはならないはずだ。
証人役をする者たちにもあとで改めて説明と謝罪をしておこう。
「……とはいえ、僕が君とこれ見よがしに恋人のようなやり取りをしていたのは事実だ。
これについては改めてふたりで公爵家に謝罪に行こう……」
すでに一度ソフィアに謝罪はしているものの、
ロザリアとの関係についてはうやむやにしたままだ。改めてふたりで出向くのが筋だろう。
「……エヴァン様も一緒に謝っていただけるのですか?」
「当然だよ。婚約者がいながら君の好意に応えていたんだから……。むしろ僕の方が愚かだろう? だって手紙も何も受け取っていないのに、君に気持ちを傾けてしまったんだから……」
「エヴァン様は愚かなんかではありません。……でも、一緒に謝罪に出向いてくれるなら嬉しいです。ありがとうございます……」
ロザリアが深々と頭を下げる。
「いいんだよ。……君の実家の状況については分かった。それと僕からもひとつ、君に伝えないといけないことがある。……香水のことだ」
「香水ですか……?」
不思議そうな顔を浮かべるロザリアに、先日医務室で呪術師の講師に言われたこと、その後の国王とのやり取りをかいつまんで伝える。おそらく箝口令を敷かれている話だが、当事者である彼女は知っておく必要がある。
「……つ、つまり、エヴァン様からいただいたと思っていたあの香水には呪いが込められていたということ、ですか……?」
ロザリアの顔が青ざめていた。
王家を害したとなれば、それは処刑されて当然のことだからだ。
「絶対そうだとは言い切れないけど、香水が原因の可能性は高いね」
「だからその……影の方たちが私を捕らえたんですね……エヴァン様を呪った容疑者だから」
「それは……少し違うと思ってる」
「え?」
「王家の影が動くのは、容疑者が逃げたときや、抵抗できるだけの武力を持っているときなんだ。
もちろん、秘密裏に容疑者を捕らえることもあるけど、
それは十分な証拠があって、かつ公に出来ない場合のみ。
今回のことは確かに公にできないけど、十分な証拠が揃っているとはとても言えない。
そもそも君が、僕を騙る相手から贈られた香水を使っていただけ、ということは調べれば判ることだと思うんだ」
「なら、なぜ……?」
答えに少し詰まる。憶測で彼女に恐怖を与えたくないから。
でもきちんと話しておかないと、彼女も心構えができないだろう……。
「これは憶測だけど……、影たちに指示を出した者が、その手紙の本当の差出人かもしれない」
「……え? でも影の方たちを動かしているのは……」
「そう、王族の誰かだ」
ロザリアは混乱したようにまばたきする
王族がわざわざ僕の名を騙って自分に手紙を送る理由がまるで分からないといった様子だ。
「理由はまだ分からないけど、その王族の誰かは、君に証言されたくないんだと思う。
手紙のことや香水のことを。だから、秘密裏に君を捕らえて、ひょっとするとそのまま処刑するつもりだったかもしれない……」
ぞくり、とロザリアが身を震わせた。
「もちろん憶測だし、君が捕らえられたのは呪いの件とは無関係かもしれない。
けど、あまりにもタイミングが合いすぎてる。
僕の呪いが解呪されたことを知っていて、かつ影たちを動かせる者がいるとすれば王族だけだし、
それが真っ先に君を捕まえる理由になるのなら、
そいつが呪いの香水を送りつけた本人である可能性はとても高いと思うんだ」
「あー……、そう言われると、もうそれが真実のように思えます……」
青ざめた表情のままロザリアが納得したように頷く。
「僕たちが君を連れ出し、この宿に匿う理由が分かってもらえたかな」
「……はい。……でも、これからどうすれば良いんでしょう?」
「まずは影たちに指示を出した王族を特定しようと思う。……それほど人数が多いわけじゃないから、案外すぐに見つかると思うんだ」
「王族の方はどのくらいいらっしゃるのですか?」
「10人くらいかな。僕の家族のほかに血縁者を含めるとね」
家族、と言ったあとに、両親や弟の顔が浮かぶ。……正直彼らを疑いたくないし彼らであって欲しくもない。
「……ともかく香水の送り主が特定するまでは君はここから出ない方がいい。窮屈だと思うけど、食料や生活に必要な品はすべて準備するから」
「ありがとうございます……。……あの、その王族の方はどうして私に呪いの香水を送ったのでしょう。というよりなぜエヴァン様を害そうと……?」
「……たぶん、僕を国王にしたくないんじゃないかな」
前回の人生を思い出す。
卒業パーティのあと、廃位され男爵領に婿へ出された。
婚約破棄騒動を巻き起こしたとはいえ、若者の過ちに対する処分としては重すぎると今では分かる。
おそらく誰かの意向が働いたのだ。
ただ僕を排除したかっただけか、あるいは意図的に弟のアルベルトを王にさせたかったのか。
政治には様々な人間と思惑が絡んでいる。
それぞれの利害を紐解けば、自然と真相に辿り着けるだろう。
ロザリアは思い詰めたような顔をして、僕の手に自分の手を重ねた。
それはあまりにも自然な仕草だったので、本当は避けなければいけないのに、それも忘れてしまった。
「あなたが国王じゃなくても、私は構いませんよ」
ロザリアがそう言った。
それがどんな想いからの言葉なのか分からなかった。
僕の記憶ではロザリアは権力やお金を欲していたように見えた。王でなくなった僕に心底落胆して見えた。
それを踏まえれば、今の彼女は聞こえの良い言葉で僕を慰めて、実際は王妃になることを望んでいるのだと思う。
でも彼女の表情に浮かぶのは悲しさと優しさだった。
僕のことを想っているように見えた。権力争いの中心にいる僕に、精一杯の励ましを投げかけているように思えた。
「あ、ああ」
うまく答えられず、言葉に詰まる。
あの頃から精神的に一回りも二周りも大人になったと思っていたけど、
実は僕はまだ何も見えておらず、何も判っていないんじゃないだろうか。
ロザリアが見せた表情は、あまりにもかつて知る彼女とは違っていたから。
- - -
そのうちにルイが服を持って戻って来た。
ロザリアとの話も一段落したので、いったん彼女を宿に残してルイとともに王城に戻ることにした。
「男爵家の事情は聞けましたか?」
城に戻る道すがら、馬車の中でルイが尋ねてきた。
僕は先程ロザリアから聞いた話をルイに聞かせる。帰りは御者を呼んだようで、フェルディもキャビンに同席し話を聞いていた。
「男爵夫妻の旅行……。王家の影たちに命令した方は、そのことも知っていたのか。
男爵家にロザリア嬢しかいないことを」
ルイが独り言のように言った。
「令嬢をさらうなんて大胆なことを影たちが無計画に行うとは考えにくい。よほど調べたうえで行動に及んだのだろうね」
「……宿も安全とは言えませんね。状況を調べる慎重さと、素早く行動を起こす大胆さを兼ねた方が相手です。ロザリア嬢の行き先について今も調べが進んでいると考えた方が良さそうです」
フェルディが眉を寄せながら言った。
「エヴァン様、これからどうされますか? このままロザリア嬢を隠し続けることは難しいですよ」
「……まずはロザリアに手紙と香水を送った相手を探してみよう。影たちに命令を下している者と同一人物である可能性が高いからね」
「……つまり、これは政争なのですね?」
ルイが真剣な顔で言った。
影たちに命令しているということは相手は王族だ。
その王族が呪いを使って僕を害そうとしているのなら、それは政治的競争になる。
簡単に言えば、誰かが僕を次期国王の座から蹴落とそうとしていることに、ルイとフェルディも思い至ったようだ。
「そうだ。ロザリアは政争に利用された形になる。
そして、彼女を捕らえる目的はおそらく証拠の隠滅だ。ルイの言う通り、どこに身を隠しても安全じゃない」
「だから犯人を見つけ出すんですね。そうすれば証拠を隠滅する意味もなくなり、彼女を捕らえる必要性が消えますから」
「そうなるね。彼らがロザリアに辿り着くよりも先に、僕たちは犯人に辿り着かないといけない」
事態を整理したことで、馬車の中に重い空気が生まれる。
「エヴァン様は……」
ためらいがちにルイが口を開く。
「香水を送った相手に心当たりはあるのでしょうか……?」
「……いや、分からない。国王陛下は違うと思うが、それ以外の者は正直誰でも動機がある」
父である国王の場合、もし僕を次期国王候補から外したいなら、そのように言えばいいだけだ。
策略など必要ない。
では、他の者は?
国王候補から外す、というのが動機で合っているなら、誰でも有り得るのだ。
人の思惑など外からは分からないから。
口に出さないだけで、第二王子を擁立したい思いを抱いているかもしれない。
あるいは僕が王になることに納得していないかもしれない。
表立って反論するような分かりやすい者は王族にいない。
だから心当たりを絞ることは出来ない。
「ともかく王城に戻ってから、影の動向を探ってみよう。父にも相談できるかもしれないし」
「気を付けてくださいね。はっきり言ってエヴァン様の今のお立場は微妙ですから」
ルイの言う通りだ。
影たちが捕らえた容疑者を逃がしてしまったしな……。
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