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第3話


ふたりは真っすぐ医務室へ行く。


そういえば弟のアルベルトや国王陛下はどうしているのだろう。

僕の婚約破棄宣言を事前に察して秘密裏に待機していたはずだから、僕が体調を崩したとあってもやすやすと姿を見せることは出来ないか……。


医務室に控えていた学院専属の医師に見せると、

医師は原因を調べるべく慎重に僕が口にした食べ物や、パーティー前後の出来事を尋ねる。

そして聴診器を当て、すみずみまで異常を調べた。


側に仕えていたルイとフェルディに気づいた僕は、ふたりに声をかける。


「ふたりとも、大丈夫だからパーティーに戻れ。急がないとダンスパートナーがいなくなるぞ?」


前回のパーティーは、僕が台無しにしたせいで強制的に解散してしまった。あれでずいぶん卒業生たちの反感を買ったと後から知らされた。


「いえ、私はエヴァン様と一緒にいます。護衛も兼ねてますから」


律儀な側近だ。


「気にするな。それにな、ロザリアを一人にするのも心配なんだ。もしかしたらソフィア相手に暴走するかもしれないし……」


ふたりは納得したように顔を見合わせる。


「では私だけ会場の様子をこっそり見てきましょう。ここにはフェルディが残ります」


ルイが言った。

別に誰も残らなくても良いのだが、これ以上の押し問答は無意味に思えたので黙って頷いた。


医師は、少し調べたいことがあると言ってどこかへ行ってしまった。

僕とフェルディがふたり残される。


「すまなかった、フェルディ。君も僕のしたことに納得してないだろ?」


僕はベッドに横になると、傍らのフェルディに語りかけた。


無口で勤勉なフェルディは、自分の正義をまっすぐ貫く男だ。

以前の僕と同様、ソフィアが罪を犯したと思っているフェルディにとって、断罪劇を早々に切り上げたことは納得していないだろう。


ところが、彼の返事は僕の予想外だった。


「……婚約破棄の撤回ですか? それなら懸命な判断だと思います」


「……どうしてだ?」


「ロザリア嬢の言葉は、真に受けるべきじゃないです……。エヴァン様が一体どこまで行くのかルイと心配していました」


僕は思わずベッドから起き上がる。


「……フェルディはもしかして、ロザリアの証言が捏造だと知っていたのか?」


そう尋ねると、いつも笑わないフェルディが珍しく苦笑いを浮かべた。


「エヴァン様もですか? ……てっきり嘘にちっとも気づいていないとばかり」


僕は混乱する。


ロザリアが嘘をついていると気づいていたのなら、なぜ協力者として断罪劇を実行したのか。

前回のパーティでは、僕たちの作った記録書を高々と掲げ、証言が真実であることも肯定していたではないか。

僕が疑問符を浮かべていると、察したフェルディが先回りで答えを言う。


「俺たち、エヴァン様に付いていくと決めてますから。黒いカラスも、エヴァン様が白だと言えば俺たちにとっては白なんですよ」


……僕を盲信しすぎだろ。いや……その忠誠心は見上げたものだと思うが、それでも限度があるだろう……。


「それに、エヴァン様にロザリア嬢のことで諫言(かんげん)しても、聞く耳をもたなかったでしょうし」


思わずフェルディに苦言を呈そうと開きかけた口をそのまま閉じる。


なるほど確かに……あの頃の僕に何を言ったところで聞きはしなかっただろう。

恋は盲目とはよく言ったものだ。国を背負う王族の身でありながら恥ずかしい話だが……。



そこへ、先ほど出ていった医師が戻ってきた。

隣に見慣れない男を連れて。


「エヴァン様、この方は学院で呪術の講師をしている……」


「ノードと申します。ごきげんよう、殿下」


呪術? ノードのあいさつに片手で応えながら、怪訝な目でふたりを見る。


「エヴァン様から微かですが呪いの痕跡が見つかりました。私は専門ではないので、彼に協力を仰いだのです」


ノードは対呪術のための防衛学を専門で教えているらしい。彼の授業を選択していなかったのでその存在は知らなかった。


「それでは殿下、失礼します」


ベッドから起き上がった僕のみぞおちに両手を重ねると、ノードが古代語で呪文を唱えた。

途端にかつて無いほどの不快感と吐き気が湧き上がってくる。


「お……おええっ!!」


こらえきれずその場で嗚咽する。

吐瀉物で辺りを汚すと思ったが、出てきたのは白い煙のようなものだった。


ノードはその煙を指先をつかって器用に誘導すると、持ってきたガラス瓶に吸い寄せ、煙が瓶に完全に入ったところでフタをする。

それを見ていた僕は、これまでの不快感が一切消えていることに気づいた。


「これは……なんだ?」


恐る恐る尋ねると、ノードは「ふむ」と首をかしげる。


「呪いの一種であることは間違いないですね。しかしどのような呪いかはまだ分かりません」


「呪いとは、こうして目に見えるものなのか?」


「普段は目にすることは出来ませんが、呪いを払うために魔術で可視化したのです。そしてこれは魔封じの薬を塗布した特別な容器です」


煙は行き場を失ったように、ノードの持つビンの中でゆらゆらと壁にまとわりついている。


「しばらくは中に留めておけますので、後でどのような呪術なのか調べてみましょう。しかしこれで殿下にかけられていた呪いはキレイに消えました」


「僕にかけられていた呪い……」


すると医師が険しい目をして声を潜めた。


「殿下。私どもはこのことを大変重く考えております。我が国の王族に害をなす者がいるということですから。当然ながら国王陛下にもご報告いたしますが、改めて、殿下にも調査の協力依頼があると思います」


「……分かった」


王族への害意となると、僕ひとりの問題ではない。王家、ひいては国家全体の問題にもつながってくる。

これが僕一人を狙ったものなのか、王族を狙う手始めが僕だったのか、また目的は何なのか、など調べることはいくらでもある。


調査に協力することを約束し、フェルディとともに医務室を後にする。


「体調はどうですか?」


フェルディが心配そうに尋ねた。


「ああ、もうすっかり大丈夫だ。……しかしパーティーには戻らず、このまま帰るよ」


「分かりました」


フェルディとしては呪いをもたらした相手が誰か分からない以上、

人の多い場所には行かないほうが良いと思ったのだろう。

だが僕としては、ソフィアや弟のアルベルトがいるパーティー会場に戻って、

これ以上恥を上塗りしたくないというのが本音だ。


それに思考も混乱したままだ。一度休んで考えを整理したかった。



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