第27話
王都から離れ、喧騒の少ない穏やかな地で、僕は季節の移り変わりを感じていた。
かつて男爵家が収めており、今は王家直轄領となったクロウフォードの地に暮らしている。
窓辺の新緑から木漏れ日が差し込み、書斎の絨毯がキラキラと光りを反射する。
「エヴァン様、王都からお手紙が届いてますよ」
開け放した扉から入ってきたルイが、そう言って手紙を手渡す。
「ありがとう」
手紙には王家の封蝋が押されていた。
「アルベルト様からですか?」
封を切り、便箋をパラパラとめくる僕にルイが問いかける。
「ああ。来月、王城でパーティーを開くらしい。ソフィアの懐妊祝いだそうだ」
「それはおめでたいですね! もちろん参加するんでしょう?」
「……そうだな。アルベルトにも会いたいし、久しぶりに顔を出すか」
僕が預かる領地は広大だ。
かつての男爵領に加え、取り潰しとなった他の貴族家の持ち領も一気に併合してあるからだ。
王家直轄ということで誰が代理統治するのか揉めたが、僕が自ら名乗りを上げ、運営をまとめて引き受けることで話がまとまった。
幸い、ルイとフェルディもついてきてくれて、持ち前の才能と手腕をいかんなく発揮してくれるおかげで、どうにか安定して領地の運営を行えている。
貴族たちのさじ加減でバラバラだった税額も統一し、領地間の交易も活発になるよう制度やインフラを整備した。
物流が増えたことで格段に暮らしが良くなった領民たちからは概ね良い評判をもらえているし、農業、商業が安定したことで経済効果も大きくなった。
そのため、王都からの信頼が増し、こうして王城のパーティーに招待されるようにもなった。
以前までは、学院での行いもあり、多くの貴族たちが出席する場は敬遠していたのだが……、いい加減ほかの貴族も兄さんの功績を認めているから、という弟の言葉を信じて、久しぶりに王城へ帰ることにした。
最後に王都を訪れたのは1年半前。アルベルトとソフィアの結婚式だった。
あれから久々に見る街は相変わらず活気づいている。
「よく来てくれたね、兄さん!」
アルベルト夫妻が城の入口まで出迎えにきてくれた。
「久しぶりだな、アルベルト。……ソフィア、出歩いて大丈夫なのかい?」
ソフィアは少し膨らんだお腹をさすっている。
「安定期に入ったから大丈夫よ。それよりアルベルトがはりきっちゃって……」
「僕らの子どもが生まれるんだ。そりゃ、はりきるさ!」
仲の良い夫婦だ。
――あの日、中庭でソフィアにアルベルトの婚約者になるよう頼んだときから、色々あった。
当初、ふたりは互いの立場を慮って一向に首を縦に振らなかったが、僕が王位を継がないことが正式に決まったこと、このままではソフィアの王妃教育が無駄になってしまうこと、ふたりには本当に幸せになって欲しいこと、などなどを説得し、最後には父と公爵まで説得に加わり、ようやくふたりを婚約させることが出来たのだ。
その夜、パーティーが始まる直前、ソフィアがふと僕につぶやいた。
「ありがとう、エヴァン。あなたのおかげで、今とても幸せよ?」
そう言って傍らのアルベルトに寄り添う。
「そうだろう? 君たちふたりが一緒になれば幸せになれると、僕は知っていたからね」
おどけたように言ってみせる。実際、本当に知っていたわけだし。
「でも、兄さん。あのとき僕らがお互いに特別な感情を抱いていたってことにどうやって気づいたの?」
アルベルトが尋ねた。ずっと聞きたかったことを今ようやく聞けたような表情で。
もちろん未来を見てきたからさ、とは言えない。さすがに信じてもらえないだろうから。
だから、
「アルベルトは僕の大切な弟で、ソフィアは僕の大切な友人だからだよ。大切な者同士が何を考えているかくらい、僕にだって分かるさ」
と言ってごまかした。
やがてパーティーが始まる。
弟の挨拶があり、乾杯のあとに豪華な食事が運ばれてきた。
舞台の中央では華やかな装いの婦人たちがパートナーとのダンスを始める。
僕は会場の隅でグラスを片手にその様子を何気なく見ていた。
前王妃の一件で、事情を知らない貴族からは僕が失敗をしでかして廃位され、田舎の領地に封入されたと見る者もいる。そんな地雷案件とダンスしたがる淑女はいない。
それが分かっているから、僕は周囲に気を遣わせないよう、目立たない場所でそっと時間をやり過ごすのだ。
そこへ、ソフィアが近づいてきた。
「王子さまは踊らないのかしら?」
「ああ、飲みすぎてしまってね。もう少しここで休んでいるよ」
「あら、そう。……そういえばエヴァン。ロザリアさんが今どうしているか知ってる?」
「ロザリア?」
今となっては久しぶりに聞く名前だった。同時に、胸のあたりがじんわりと熱くなる。
彼女のその後を確かめたことはない。王家からの慰謝料で一人暮らしを始めたところまでは知っているが。
「いや? 彼女がどうかしたの?」
「うふふ。ロザリアさんは今ね、私の秘書官として働いてもらってるのよ?」
「本当に? それはすごいな」
初耳だった。
次期王妃の秘書官ともなれば、出世を約束されたようなものだ。執務にも深く関わるため、優秀な者でなければ務まらない重要な職だ。
「彼女、もともと学院での成績も良かったし、何よりご両親に変わって領地運営のようなこともしていたから、私がスカウトしたのよ? 見込んだ以上に力を発揮してくれて、安心して仕事を任せておけるわ」
「それは素晴らしいな。彼女もそうだけど、彼女の資質を見抜いた君の慧眼にも感心したよ」
「あら、嬉しい」
ソフィアがいたずらっぽく笑う。
「そんな優秀な秘書官なんだけどね、今ちょっと困っているのよ」
「困ってる?」
「彼女も良い年頃なんだけど、婚約者となる男性になかなか巡り会えないようで、……今日はね、彼女の婚約者探しも兼ねたパーティーなのよ?」
「ずいぶん親切な上司だねぇ」
「秘書官である前に、彼女は友人でもあるからね」
「じゃあ、彼女もいまここに?」
「いるはずなんだけど、ちっとも見つけられないの。だからお願い、エヴァン。私の代わりに彼女を探してきてくれない?」
思わず、口に含んだワインを吹き出しそうになる。
「僕がかい? でも彼女とはしばらく会っていないし……。だいたい君が探せばいいんじゃないか?」
「ねえ、エヴァン。これはお願いよ? あのとき城の中庭で、私もあなたのお願いを聞いたでしょう?」
「それとこれとは……。うーん……まあ、いいけど」
正直、どんな顔で彼女に会えばいいのか分からない。
最後はうやむやになったまま別れて、それきりだ。
何度か彼女にきちんと謝罪をしに行こうと思ったけど、今さら顔を見せることはかえって迷惑になるんじゃないかと思い、結局会わずじまいだ。
色とりどりのドレスが揺らめく広間の中へ歩み出そうとしたとき、背後でソフィアが言った。
「実はロザリアさんには以前も何度か婚約者を見つけてもらおうとパーティーに出席してもらったんだけど、なかなかピンとくるお相手がいなかったようで……」
「……なるほど」
「でも彼女、言っていたわ。もしも結婚したいと思える男性がいたら、思わず自分からダンスに誘ってしまうはずだって。エヴァンには関係ないことでしょうけど、そういうことだから、早くロザリアさんを探してね」
……そういうことだからと言われてもな。
もやもやした気持ちで広間に足を踏み込むと、
様々な香水の香りがダンスの動きにあわせて流れてきた。
シャンデリアのきらめきが、バルコニーで語らう者たちのグラスに反射する。
誰かの話し声が近づいては遠ざかり、クラシック奏者の楽器だけが一定の音色を奏で続ける。
立ち止まり、あたりを見渡しても彼女を見つけられない。
今の僕に果たして彼女が分かるだろうか?
女性はちょっとしたことで別人のように変わることさえあるのだ。
いつの間にかアルベルトの隣に戻ったソフィアが、微笑んだままこちらを見ていた。
そのときだった。
人の多さに困ってしまい、その場に立ち尽くす僕の肩に、誰かがそっと触れたのに気がつく。
振り向くと、一人の女性がゆっくり丁寧なカーテシーをした。
僕の記憶よりも数段美しくなった、ロザリアだった。
「ロザリア……?」
彼女は上品に微笑むと、僕の手を取って言った。
「素敵な王子さま。……どうか私と一曲、踊っていただけませんか?」
End




