第26話
「僕との婚約を、破棄して欲しい」
そう伝えると、ソフィアが目を丸くする。
「……私が、……何かエヴァン殿下のお気に触ることを……」
「違う、違うんだ」
ソフィアは答えを探るように僕の目をじっと見た。
「君は何も悪くない。これは、僕の一方的なお願いだ。……もちろん、この件は君から破棄したことにしてかまわない」
「……ロザリアさんが何か関係しているのでしょうか?」
「そうではないよ。実際、ロザリア嬢とはしばらく会っていない」
それは本当だった。
ロザリアは王妃が捕らえられたあと、呪いの香水を身につけていたとして簡単な取り調べを受けたが、あくまで形だけのものだ。
ランスが前王妃に依頼されたすべてのことを証言したため、ロザリアが故意に僕を呪ったわけではないことは分かっていた。
それでも、相手が第一王子である以上は、形だけでも取り調べを行わなければという、世間体を気にしたものだ。
それから、僕の進言もあって、ロザリアの領地は王家直轄領となった。
ロザリアの父であるクロウフォード男爵から何度か抗議があったが、国からの予算や徴収した税がまともに管理されておらず、使途不明金も多数あることを指摘すると、結局は口をつぐむしかなかった。
男爵といい、先日取り潰された貴族たちといい、今回の一件を機に思いのほか多くの膿が国内に溜まっていたことが明らかになった。
前向きに考えればそれらを一旦は取り除くことが出来たのだから、悪いことばかりでもないだろう。
ロザリアは王妃の陰謀の被害者であるという見方に落ち着いたため、国からの慰謝料としてロザリア個人にかなりの金額が渡された。
領地運営という重荷も無くなり、両親とも決別して王都で一人暮らしを始めたらしい。
「私が納得できる理由がおありですか?」
ソフィアが冷静に問いかける。
僕は少し考え、思っていることを彼女に伝える。
「ソフィア、僕は君を尊敬しているし、大切な存在だと思っている」
「ならば……」
「大切だと思うからこそだ。……僕たちは幼い頃から将来を誓い合い、良き伴侶となって国政を担うべく努力してきた。……まあ、ここ数年の僕はまったく努力できていなかったけど」
「それはエヴァン様のせいではありません。呪いが原因でしょう?」
「それも要因のひとつかもしれないけど、もとも僕の心に隙があったせいだよ。呪いに洗脳の効果は無い。君から離れ、ロザリアという分かりやすい逃げ道に誘導されてしまったのは、あくまで僕の責任だ」
「エヴァン様だけの責任ではありません。私が……もっとエヴァン様を支える努力をすべきだったのです」
「君は十分に尽くしてくれたよ。でもね、これは僕と君だけの問題じゃないんだ。僕が学院でとった行動を、これから国の中心となっていく貴族の子息たちが大勢目にしてきた。しかもそれを呪いのせいだった、と公言するわけにもいかない」
王妃が第二王子を擁立するためにクーデターを企てたことは貴族家には伝わっている。
その手段として僕に成りすました手紙をロザリアに送ったことは公表しているが、そのときに呪いを用いていたことには箝口令を敷いている。万が一にも同様の手段を使う者が現れるのを防ぐためだ。
そのため、呪いについて知る貴族はほとんどおらず、僕が公爵家の娘と婚約しながらもロザリアと親密になっていたことは、そのままの意味で受け止められている。
「けどそれは、前王妃様が偽のお手紙をロザリアさんに送ったからで……」
「彼女は被害者だけど、僕は違うよ。自分の意志でロザリアになびいた。……世間ではそういう認識になっている」
ソフィアが困ったように僕を見つめた。
「だからね、ソフィア。僕を王の後継から外してもらうことにしたんだ」
「……え?」
「国王陛下にはすでに伝えている。王位を継承しないという文面も作って、正式に受理されたよ。……君のお父様もご存知だ」
「で、でも、お父様からは何も聞いて……」
「僕が口止めしたんだよ。ソフィアには直接伝えるから、それまで黙っていて欲しいと」
「……本気なのですか?」
「もちろん。……王に相応しいのは僕じゃない。弟のアルベルトこそ適任だと思うんだ。あいつは昔から誠実で優秀だからね」
ソフィアが沈黙を浮かべる。
そのときふいに、僕を呼ぶ声がした。
「兄さん!……と、ソフィア嬢? どうして」
タイミングよくアルベルトが中庭に訪れた。
もちろん、アルベルトにも話があるから、と事前に声をかけておいた。
「やあアルベルト、ちょうど良かったよ」
「ちょうどいいって……兄さんが呼んだんだろ? ソフィア嬢もいるとは知らなかったけど……」
「ごきげんよう、アルベルト殿下……」
ソフィアが立ち上がり、カーテシーをして出迎える。
ふたりが着座したところで、改めて話を続ける。
「アルベルト、今、ソフィアにお願いをしていたところなんだ。彼女にとっては突然のことで驚かせてしまったけど」
「お願い……?」アルベルトが眉をひそめる。
「そう。……それでソフィア、君にふたつめのお願いがあるんだ」
「……何でしょうか」
「僕との婚約を破棄したうえで、アルベルトと婚約して欲しい」
しばし二人のときが止まった。
「え?」
「……は? ちょっと待って兄さん、婚約を破棄って……」
「今しがた、ソフィアには婚約を破棄してもらうようお願いしたんだ。僕は王位を継がないし、彼女を幸せにできる自信がないからね」
「王位を!? ま、待ってよ、いきなりすぎて何がなんだか……」
「アルベルト」
「……な、何?」
「ソフィアは僕の幼馴染で、大切な友人だ。だから、本当に愛する人と一緒になって欲しい。……君とならきっと彼女は幸せになれると思うんだ」
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