第25話
城下に入ってから、第二王子派を制圧するのはあっという間だった。
城門の向こうには王妃の直下兵が陣取っていたが、突然の事態に対応できなかったようで、掌握にそれほど時間はかからなかった。
もっとも彼ら自身、職務として王妃に付き従っているだけで派閥に属しているわけではない。血を流すこともなく早々に彼らを降伏させたあと、公爵兵と王国の騎士たちは城の中になだれ込む。
僕と公爵も彼らのあとに続き、何事かと慌てる城の家令に王妃の居場所を尋ねる。
すると先程アルベルトとその友人たちが王家の影たちを制圧しながら城の上層に登って行ったというのだ。
自分たちでどうにか地下牢から脱出したようだ。
公爵と顔を合わせてうなずくと、兵たちに指示を出しながら城の上階を目指した。
……そしていま、扉が開け放たれた談話室までやってきたのだが……。
「こ、これは……?」
思わずつぶやく。
談話室では王妃であるはずのアデライードが床に横たわり、手足をバタつかせながら泣き叫んでいた。
「いやよ!! 私はアルベルトを王にしたいのっ!! 見ず知らずの女の子どもが王になるなんて嫌よ!」
「お母様、ほら……皆さんの前ですから」
「いやだっ!! アルベルト、あなたがしっかりしないからよっ!! ランスっ何とかしなさいっ!!」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにし駄々っ子のように喚く姿に、僕をはじめ公爵も兵士たちもみなドン引きだった。
「あ、エヴァン様、ご無事だったんですね」
ルイとフェルディがこちらに気づいて駆け寄ってきた。
「お前たちも無事で良かった! ……しかしこれはどういう状況なんだ?」
「それがですね……」
ルイがことのあらましを皆に説明する。
公爵たちが城に来たことで王妃の権威は失墜。事実上のクーデター失敗となった。
そのため部下であったはずのランスが手のひらを返して一切の命令を受け付けなくなった。
王に掲げようとしていたアルベルトもはじめから味方ではないし、
なすすべがなくなった王妃は……現実逃避に走ったというわけだ。
「彼女はもともと伯爵家の三女としてずいぶん甘やかされて育ったからな……。そういえばテオドールと結婚したばかりの頃も思い通りにならないとああして駄々をこねていたよ……」
遠い目をしながら公爵がつぶやいた。
そのあと我々は自室にいる国王陛下を保護し、王妃は国家転覆の罪で収監された。
父はいくぶん衰弱していたが、医師の見立てでは命に別状はないらしい。
呪術師であるノードもやってきて呪いの残滓など調べたところ、僕に使われていた呪いと同系統のものが使用されていたことが分かった。加えて、もはや王妃に権力はないと聡ったランスが証言したことで王妃の罪は決定的となり、正式に彼女の廃位が確定した。
王家の影については、元王妃の命令に従っただけであったため正式な罪に問うことは出来なかったが、組織としてのあり方は見直す必要がありそうだ。今回のように、ひとりの王族の命令でほかの王族を害すことも厭わないというのは非常に問題だから。
元王妃の計画は用意周到だった。
アルベルトを王にする手段として、僕が王の器ではないと周囲に思わせることが最も効果的だと考えた彼女は、呪いを使って僕から知能と感情を奪う方法を選んだ。
さらに、婚約者以外の女性と僕が親しくする状況を作ることで公爵家からの信頼も失わせ、卒業パーティの断罪劇が失敗に終わることで学院内のほかの貴族からも嘲笑されるよう仕向けた。
そして僕の相手役に選んだのが、両親が放蕩だが本人はいたって真面目で、領地の運営に悩み苦しんでいるロザリアだったというわけだ。
彼女は一年以上の時間をかけてこれらの状況を作り上げた。
恐ろしいことにそれらはすべて彼女の計画通りに事が進み、卒業パーティの夜に僕へかけられた呪いが発覚しなければ、まさにその目論見が完璧に達成されてしまっていた。
審問会で元王妃とランスがそれぞれ証言をしたとき、国王陛下も公爵も「そんなことがうまくいくと本気で思っていたのか?」と呆れていたが、……僕は知っている。そのがすべてうまくいってしまうことを。
この未来では幸いにも未遂で終わったが、以前の未来で僕は彼女のせいで長い時間を精神支配の影響を受けながら過ごすはめになった。
何より、ロザリアが不幸だった。救ってくれるはずだった僕は頼りにならず、領地運営に関わる一切の苦労を、その小さな体で背負っていた。
僕はたぶん、元王妃を許すことはないと思う。
この未来で起こらなかったことも、かつての未来では起きてしまった現実だ。
僕の記憶にそれが刻まれている限り、彼女がしたことは許せない。
元王妃であり、アルベルトの母であることも考慮して、彼女は処刑されるまではいかなかった。
修道女として王国北部の教会に生涯奉仕することがこれからの彼女の贖罪になる。
ただ、彼女のことだからまた良からぬ謀を企てる可能性もある。彼女が生き続ける限り、徹底的に監視を行うつもりだ。
……ちなみに、かつての未来で困窮したロザリアに体を提供させた貴族たちだが、そのすべての家を取り潰すことにした。
決して王族の権力を濫用したわけじゃない。
若い娘に体を差し出させるくらいだから、どうせ他にも後ろめたいことをいくつも行っているのだろう……と考えて諜報部に調べさせたところ、出るわ出るわ。横領から不法賭博、奴隷売買から禁止薬の輸入まで。
言い逃れの出来ないレベルで犯罪に手を染めていたため、関わった貴族は一発で領地取り潰し、お家離散となった。
とりわけ、前回ロザリアを殺害したグリード伯爵家に関しては、家ぐるみで犯罪を隠蔽していることが分かったため、取り潰しだけじゃ済まず、家族全員が国外で強制労働に従事することになった。
過酷な肉体労働に無期限で従事しなければいけないので、おそらくもう一生、故郷の土を踏むことはできないだろう。
僕の指摘によって貴族の腐敗が芋づる式に発覚したわけだが、彼らの悪事に気付けなかったことで国王も公爵もひどく落ち込んでいた。「そろそろ国政を交代する時期が来たのかもしれないな……」とまでぼやいていたくらいだ。
だから、「まだまだ、あと十年は父上に頑張っていただかないと」と釘をさしておいた。
実際、王妃の呪いが解けた今、父ならそれくらいは大丈夫だろう。もともと健康で頑丈な人だから。
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「それで、お話とは何でしょう?」
王城中庭のガゼボで、紅茶を飲みながらソフィアが言った。
話があると、わざわざ王城に呼び出していたのだ。
ティーカップを置き、一呼吸したあと、ソフィアに伝える。
「すまないが……、僕との婚約を破棄して欲しいんだ」




