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第22話

「エヴァン殿下、よろしいでしょうか?」


公爵家の執事の声だ。


「かまわないよ」


執事がそっと扉を開く。その手には、一羽のカラスが抱きかかえられていた。

見覚えのあるリングを足首につけている。ルイのカラスだ。


「玄関先にうずくまっているのを護衛が見つけました。どうやらエヴァン殿下へのお手紙を運んできたようです」


執事が小さな紙片を手渡す。


「怪我しているのか?」


紙には宛先が分かるよう私の名前と、血の跡のようなものが滲んでいた。


「カラスの血ですね。胸元に矢がかすめたような傷があります。夜が明けたら獣医を呼びましょう」


「ありがとう、頼む」


執事が部屋を出ていくと、小さく折りたたまれた紙片を開く。


そこには、ルイとフェルディが影たちに捕まったこと。

王城の地下牢にいること、そして……地下牢には弟のアルベルトまで囚われていることが書かれていた。


「アルベルトが!? なぜ……。王妃は弟を王にしたかったのではないのか?」


手紙の続きには、アルベルトは貴族位の高い者が一時的に収監される、牢のなかでも比較的上等な部屋に監禁されているらしい。薬で眠らされてはいるものの、丁重に扱われているためひとまず心配はいらないそうだ。


推測だが、国王陛下が囚われたこと、あるいは王妃の企みに弟も気づいた。

そのうえで王妃のやり方に反対したため、事が済むまで……つまり国王や私とロザリアの処分が済むまでの間、牢に監禁されることになったのではないだろうか。


手紙には、国王陛下は地下牢にはいないと書かれてある。

さすがに現国王を牢に入れるのはリスクが大きいからな。

城内のどこかに軟禁しているといったところか。


……だが困ったな。

アルベルトの協力が得られないとなると彼らを救い出すのが一気に難しくなる。

カラスの怪我を察するに、情報のやり取りをしていることは影たちに気づかれているはずだ。

ルイたちがカラスを飛ばした事に気づいて弓矢で射落とそうとしたのだろう。


僕とロザリアが公爵家にいることは知られたか?

暗闇のなかで一羽のカラスを見失わずに追いかけるなど不可能だと思うが、油断はできない。


このままでは公爵家を……ソフィアを危険な目に遭わせることになる。

ロザリアを連れて屋敷を離れた方がいいか……。だがどこへ……? 父上やアルベルト、ルイとフェルディをそのままにするわけにもいかない。……一体どうすればいい?


答えのない問いに思案しているときだった。

再び誰かが部屋の扉をノックした。





*✤*✤*✤*✤*✤





アルベルトはふいに目を覚ました。

見慣れない部屋の雰囲気に、かすかに漂う異臭。


どこかで水の落ちる音がする。


体を起こし、直前の記憶を確かめるように額に手を当てる。


「父さん、兄上……」


母であるアデライードが暴走している。

止めなければ父が、そして兄が……。


立ち上がり、扉の上部につけられた小窓から外をのぞく。


薄暗くて分からないが、牢獄になっているようだ。

格子が嵌められ、藁を敷かれたただけの簡素な部屋がいくつも並んでいる。


自分のいる一部屋だけが床にカーペットを敷かれ、天井には明かりもある。

貴族用の収監室。それがあるということは、ここは王城の地下牢だろう。


「ここまでするなんて……」


アルベルトは、王妃の部屋で起こった出来事を思い返していた。



- - -

- - -



「ソフィアさんと結ばれるとしても?」


すべてを見透かしたように王妃は言った。


まさか隠していたこの感情を母に気づかれているとは思わなかった。


たしかに自分はソフィア嬢にのっぴきならない想いを抱いている。

そしてそれはすでに誰かの婚約者となった者に向けて良いものではなかった。


周囲に失望されていた兄の姿は、呪いによるものだった可能性が高い。

とすれば婚約破棄はなくなり、元通り兄とソフィア嬢が結婚することになるだろう。


それは耐え難い事実だったが、王族である以上は感情よりも優先すべきことがある。


まして、それを引き合いにして父上である国王や兄への呪いを肯定するなど絶対に許されない。


しばし逡巡したあと、アルベルトは王妃に向けて毅然とした態度をとった。


「やっぱりダメです。母上。これは……良くないことだ。国王陛下に相談します」


相談、と言ったのはせめてもの情けだ。告発でも進言でもない、あくまで温情を引き出すための相談をしにいくのだと、母を慮る気持ちを見せたつもりだった。


「あら、そう」


だが王妃は冷たくそっぽを向く。


「やっぱりまだ幼いわね」


ふうっとため息をつく。「……いいわ、今回は。ことの成り行きを見て学んでちょうだい。政争がどんなものか」


そう言って目配せすると、ランスが小さく頷いた。


そして瞬く間にアルベルトの背後に回り込み、薬品を染み込ませた布を口元に押し付ける。


「このっ……」


わずかな抵抗も虚しく、アルベルトの体からぐったりと力が抜け落ちた。


「しばらく外に出ないように地下牢へ運んで。この子の部屋にも鍵をかけておくのよ。体調を崩して部屋で療養させていることにするわ」


「承知しました」



- - -

- - -



まさか地下牢に閉じ込められるとは。

アルベルトは体についた薬品の匂いを取り除くように服をぱんぱんと払った。


おそらく事が済むまで自分は閉じ込められたままだろう。

しかし母のことだからそんなに長い時間、息子である自分を拘束するとは思えない。


……今日、明日で一気にカタをつけるつもりだ。


歯がゆい思いで扉を叩く。


そのときだった。


「アルベルト殿下」


と、ささやくような声が聞こえた。

じっと小窓の向こうをのぞくと、牢屋の奥で誰かが手を振っているのが見えた。


「誰だ?」


「ルイです。エヴァン殿下の側近をしております。フェルディも一緒です」


いつも兄のそばに控えている二人の姿を思い出した。


「……なぜ君たちがここにいる?」


「国王陛下をお救いするため、アルベルト殿下に協力を仰ぎに向かうところでした。王家の影に捕まり、今はこのような状況です」


「陛下を……? 父は今どんな状況なのだ?」


「エヴァン様のお話では影たちに捕まりどこかに幽閉されているようです。エヴァン様ご自身も捕らえられておりましたが、今はご無事です」


ルイが、エヴァンから聞いた話を伝える。


「兄上にまで手をくだすなんて……どうかしてる。けど、無事で良かった……」


「殿下は、陛下の居場所に心当たりはありますか?」


「王城には使用人も多いから、幽閉できる場所は限られてる。この地下牢にいないとなれば、たぶん王の自室だろう。許可がなければ誰も入れないし、案外良い幽閉場所だと思う」


「なるほど。……殿下、ここから出るためにお願いがあります」


「出来ることなら何でもする。出たいのは私も同じだからね」


「ありがとうございます」




お読みいただきありがとうございます。

面白いと思ったら評価をいただけると嬉しいです。

毎日19時頃に更新予定です*

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